それから、アイリッシュに監禁されていた松本管理官は無事救助された。
面白そうな顔をしたベルモットも加わり、復讐者の会はしっかり形となったわけである。
一応、アイリッシュは姿をくらませたという体をとったらしい。
裏切り者として正式に組織に追われる身となったそうだ。
アイリッシュはどこかすっきりとした顔をしていた。
「早くこうしてりゃよかったぜ」とのこと。
裏社会の人間にしては情に厚い男だ。
そんなふうに諸々は過ぎ去っていくとして。
本日は、安室さんとの会食の日である。
私たちは情報交換のため、定期的に会う時間を設けている。
そこで組織の動きや近況を報告し合うのだ。
会うたびにハイライトの無い瞳で見られるので少し怖いが。
潜入捜査官も大変だということなのだろう。
ちなみにコナン君は昨日からロンドンへ旅行に行っている。
ロンドン観光いいなぁ、と思いつつ私の身分はパスポートまでは出ないのでお預けである。
コナン君は解毒剤で工藤新一に戻って力技で渡航していったから、体張ってんなと思う私である。
とと、本題に戻ろう。
フレンチのフルコースに招待された私は、本日ホテルの最上階にいる。
美しい夜景に、格式ある内装。
前菜が運ばれてくるのを尻目に、相変わらずハイライトのない濁った瞳で私を捉える。
そして安室さんが「どうだい、高校生活は」と問いかけた。
「楽しく過ごせています。友達もできました。皆いい人ばかりで、現在はテニス部に所属しています」
「そうか、僕の記憶があるならテニスもお手のものかな」
「……いや、テニスの記憶までは無いので、正直手探りです。筋力の違いを隠すのも難儀して、ですがそれだけやりがいがあり楽しいですよ」
自分が上達している感覚は嬉しいものだ。
淡く笑って、私は園子ちゃんなど部活でできた友達の話をした。
降谷さんはどんどん暗くなって目に光がなくなっていく。
これから始末しようって相手の生活を聞くからそうなるんでしょ!
同情しないように距離を置けばいいのに、どうして積極的に私生活を聞き出そうとするの!
私は内心困惑していると、肉体君がため息をついた。
『情があるならその幸せが確かかどうか知りたくなるのが人のサガってものです。その幸せを己で壊さなければならないからこそ、自傷行為に走るんですよ。はっ、反吐が出る』
詳しい解説を肉体君がしてくれて、ほへぇ、と私は瞬いた。
そんなに思い詰めていたのか、安室さん。
ではせめて私が少しでも心を軽くしなければ。
私は真っ直ぐに彼と向き合った。
「オリジナル。もし公共の利益のために殺されそうになったなら、僕は逃げますよ」
「!」
「素直に殺されることがあなたの重荷になるのなら、僕は逃げましょう。あなたは仕方ないと全力で捕殺してください。その行為があなたの心を軽くするなら、逃げる手間は惜しみません」
「……おれは…」
「逃げたから仕方なかったんです。僕の主義とは異なりますが、そういう体で動くと便利でしょう。僕はあなたが辛い思いをするのを見たく無い」
うまく逃げおおせれば肉体君のためにもなる。
追うという行為で苦悩と向き合わずに済むのなら、非常にコスパの良い現実逃避の手段になる。
最近ルパン三世にも細かな罠抜けなどの通信教育をしてもらってるし。
まさに完璧なソリューション!というわけだ。
安室さんは完全に俯いて、食事の手も止まってしまった。
暗くて顔が見えない。
指先が小刻みに震えているようだ。
『人の心。分かっててトドメ刺しに行ってるとしたら、結構センスありますよ貴方』
肉体君は見下げ果てたみたいなトーンでやれやれ声を出した。
なんでや、私の完璧なソリューションに文句でもあんのかオラ。
安室さんが長い沈黙の後、搾り出すように独白を始める。
「………僕は、この期に及んでどっちつかずに躊躇っている。公安にも、逃げ延びた生物兵器について報告できていない」
「それは、意外でした。道理で公安がいつまで経っても動かないわけだ」
「報告すれば君を処分するしかなくなる。僕は結論を出すことから逃げていたんだ」
自己嫌悪で押しつぶされそうな様子だ。
私は冷静に言葉を紡いだ。
「でしたらすぐに報告したほうがいいでしょう。私は工藤優作氏とコンタクトを取って、海外機関に健康検査を依頼したことがあります。そこから、国際機関が私の処分に動いている気配がありますから」
「ッ!」
「まだ動きは本格化していませんが、今なら日本が一歩先んじて動くことができます。日本のメンツを保つため、公安の威信を保つため、貴方の手柄とするため。報告は早い方がいいでしょう」
そうなったらルパンと高跳びするわけだが。
もちろんきちんと準備もしている。
原作は名残惜しいが、逃げながらでも観察できると思えばそれもまた一興よ。
ぎり、と壮絶な表情で安室さんが奥歯を噛み締めて震える吐息を漏らした。
せっかくの高級フレンチなのに味しとるんかコレ。
美味しいよこのホタテとシャケを包んだやつ。
ぽつりと、縋るように安室さんは言葉を落とした。
「………君は悪く無い。悪いのは、君をそのように設計した者達だ。君は何も悪くなかったんだ」
「それは違う。僕は僕の判断で研究者を皆殺しにしました。人を殺した生物兵器が危険と判断されるのは妥当というものだ」
「だが、そうしなければ第二第三の被害がうまれていたかもしれない。君は最悪の中で最善を尽くした。誰にも真似できないほどの功績を残した」
苦しみを喉の奥から搾り出すような、苦悶に満ちた声だ。
安室さんがか細く私に囁く。
「君のデータのバックアップが一部、組織のサーバーに残っていた。それは僕の方で秘密裏に処分しておいたから、心配しないでくれ」
「それは、ありがとうございます。助かりました」
「それと事件当日研究所にいなかった男の一人の足取りが掴めた。今追っているところだ」
「どこか組織に情報が流れたら厄介ですね。これは民間組織にも、国家にも、どこにも漏れてはいけない研究ですから」
「ああ。奴のデータは僕が責任を持って握り潰す。君は心配しなくていい」
どこか悲壮な決意に満ちた声色で、私は少しだけ安心して微笑んだ。
「本当に、オリジナルは頼りになる」
「………」
「貴方の似姿として生まれて来れて良かった。この姿は僕の誇りです」
ちょうどいいタイミングなのであむぴヨイショをしておくこととする。
推しを前にファンですサインくださいと頭を下げるムーヴのジェネリック版だ。
探り屋としてクソほど忙しいだろうに。
こんなふうに研究者の足取りまで追っていてくれたのは驚くべきことだ。
流石あむぴだぜ!!!
メインディッシュを食べ終えると、心地よい満腹感が体に満ちた。
家に帰ったら手足に餌やらないといけないだろう。
あいつらお腹空くと人の声で鳴いて獲物を誘き出そうとするからな。
それが不気味だったから、最近は作業中にTWOMIXの歌を流しながら作業をしている。
結果、ちゃんとお腹が減ったらバックミュージック付きで歌うようになった。
いい傾向である。
安室さんが、暗く沈んだ瞳を向けた。
「僕は、正義にもとる行為はしたくない。あいつらに顔向けできないことをしたくないんだ」
「はは。正義は人の数だけありますから。オリジナルの信じて進んだ正義が間違いであるはずがない。だって、オリジナルはこんなに頑張っているんですから」
にこりと、背を押すように言葉を紡ぐ。
肉体君が「地獄への道は善意で舗装されているとは聞きますが、地獄道の舗装工事の風景は初めて見ました」と嘆息した。
安室さんが長い沈黙の後、か細く小さな声を漏らす。
「………僕は、君に信頼されるような人間じゃ無いんだ」
あまりに全肯定botだったからか、私の言葉が重荷になってしまったのかもしれない。
でも私が推してるだけだしな。
ある種、相手がどう思おうがこちらの勝手でしか無い。
最初からこれは無責任にペンライトを振り回す行為なのである。
「僕のことはお気になさらず。偶像崇拝と一緒で、本当の貴方を見ていない勝手な信仰です。貴方には裏切る権利があるし、応える義理もない」
「…………でも」
「どうしてもというのなら、僕の死後体が変な研究に使われないように見張っていてください。またこんなことが起きたら悲しいので」
にこりと笑って彼に視線を向ける。
肉体君が「怒涛のラッシュを決めてKO。情け容赦のない連撃、見事でした」と喝采した。
会話に対する評価かそれ。
安室さんは俯いたまま、色のない声でただ一言。
「また、次の食事の日程の連絡をする」と応えるのみであった。
・あむぴ
精神状態が極めて悪い。
公安に生物兵器の報告もできてない。情報共有のための食事会という名目で自傷行為。
突発的にクローンを騙して行動を起こそうとする等。
しっちゃかめっちゃか。
・風見さん
めちゃくちゃ心配してる。
阿笠空失踪は掴んでいるので、まさか組織に殺されたのかと青くなってる。
「手を出すな」という命令を無視して親族らしい阿笠宙の保護を強行するか迷ってる。