最早誰の目から見ても手遅れなのは明らかだった。
今代は生きているのがおかしいほどに脳の圧迫を受けて、頭部は崩れ、膨れ始めている。
阿笠邸の火は消えて、まるで全てが生の終わりを悼んでいるように見えた。
ルパンがその一報を聞いて駆けつけられたのは偶然であった。
世界のどこにいるかで、どれだけ急いでも間に合わなかった可能性も十分に考えられたからだ。
本来なら夜を待って侵入するところだが、それでは弟子との会話の機会を逃すかもしれない。
するりと阿笠邸内に侵入を果たし、ルパンは堂々と部屋に入った。
彼はぽやっとベッドの中で暇そうにパタパタ足を揺らしていた。
こちらを見て、阿笠宙が驚きに目を見開く。
「よ、見送りに来たぜ」
「だから次代に変わるだけだと言ってるのに。みんななんで理解してくれないんですか」
「オメーなぁ、新興宗教を周りに理解してもらうのは骨だってこと知らねーのか?」
「新興宗教扱いされた……」
弟子はガックリと肩を落として、それからむすっと頬を膨らませる。
「ここだけの話なんですけど、僕前世の記憶があるんです」
「やけになってより深い宗教の話するじゃん」
「違います!そうじゃなくて、脳がほぼ無い今の状況で僕が喋れる理由です!転生者として、魂で思考して体を動かしてるので喋れるんです!」
「フーン」
「面白い与太話聞いたみたいな顔しないでください!肉体に付随する人格からの返事も無くなってしまいましたし、暇なんですよ」
阿笠宙は少しだけ寂しそうに俯いたようだ。
なにはともあれ、阿笠宙自身は特に何も心配していないことだけは見て取れた。
ならば、自分が勝手に悼むだけだ。
「ここに花飾っとくな。お土産。あと次の課題セット。『新しい体』になったら解いていつも通り送り返してくれ」
「承知しました。どうしようかな、一旦また幼児の姿に戻っちゃいますし。できるとこまでで構いませんか?」
「おんやぁ、宙君は幼児化した程度で課題をこなせる自信がなくなると?パパさんがあんなに立派にやってるのに?」
平熱な割に意外と負けず嫌いな弟子は、むすっとして「やってやりますとも!オリジナルの名にかけてやり遂げます!」と意気込んだ。
元気なことだ。
ルパンは肩をすくめて笑って、その寂寞を裏側に隠し通した。
知り合いを亡くすのはいつだって寂しいもんだ。
「そういや、そのオリジナルさんは間に合わなさそうだぜ。まだ仕事が終わってねぇってんでこーーんな顔してた」
「そ、そんなムンクの叫びみたいな顔を…!?」
あながち大袈裟でも無い顔真似だったのだが、弟子はショックを受けたらしい。
眉を下げてうんうん唸った後、結論を出したのか一つ大きく頷いた。
「でもこんな脱ぎ捨て前のヘニャヘニャの体見られても心配させるだけですし、新生僕のシャキッとした姿を見てもらったほうがお得ですね」
「うーんお前、こう、まぁいいか」
ルパンは色々言おうとして、今更かと思い直した。
本人が死を前に明るいんだからわざわざ訂正する必要はあるまいよ。
それにあのオリジナルとやらも自業自得だ。
自分の芯が決められないから、何が大切なのか決めきれていないからあんなことになるのだ。
ルパンは机の上にことりとお土産を置いた。
阿笠宙はきょとんと首を傾げてまじまじとそれを見やる。
「なんかすごく価値のありそうな小像が現れましたね…」
「アステカの遺跡の500年閉じられたままの宝物殿の鍵。縁起がいいから持っとけ」
「盗品は困るんですが!?!?」
「やだなー。近くの市場で売ってたから一目惚れして買ったんだよ。それが偶然鍵だっただけで」
「ギリありそうな逸話で困る…!」
などと言いつつほくほくと手に取って嬉しそうに「ありがとうございます、師匠!」と笑いかけてきた。
幸運の鍵だ。きっと運命を開くだろう。
転生者だと言うから、魂の旅の無事を願って悪いことでもない。
そうやって、少しだけルパンは愛弟子と最期の話をしたのだった。
転生とは割と一瞬のことだ。
パチリと目を開けると、阿笠邸の天井が見えた。
肉体君は無事にこの体にもコピーされただろうか。
本義としては死に近いものだ。
彼ほどいい子はなかなかいない──いや人類滅亡を目指しているが──ので、少しばかり寂しい。
きちんとこの体にも彼が受け継がれているといいのだが。
起き上がって…腹筋だけの力で起き上がれなかったので、ゴロンと寝返りを打って四つん這いになる。
そのままベッドの柵に手を置いてヨイショと体を起こす。
すると、隣に設置されたスピーカーが爆音で警報音を鳴らし出した。
重量センサーが仕込まれていたらしい。
ビヨヨヨヨヨヨ。一大事じゃ!ビヨヨヨヨヨヨ。
阿笠博士の発明品のようだ。
すぐさま足音がして、灰原さんがすっ飛んできた。
私は笑顔になって彼女に手を振った。
「あ……はいばら、しゃん」
「っ、!?」
灰原さんの姿がやけに大きく見える。
ようやく魂が定着したのだろう。
何日経っているのかわからないが、1ヶ月単位ということはないはずだ。
部屋は朝日が差し込む、風通しのいい明るい部屋だ。
清潔な幼児用の衣服に包まれ、私は概ね12ヶ月程度の赤子のサイズであった。
未だ恐怖に囚われたように声を発さない。
私は恐る恐る近寄ってきた彼女のその手を、優しく握って微笑んだ。
「子供をうむのって苦しいですね…すごくいたかったです。はいばらさんも、ずっとそばに付いていてくれてありがとうございます」
まったくとんでもない痛みだった。
あれは二度と経験したくない類のもので、私も恥も外聞もなく絶叫してのたうち回ってしまったからな。
あれがまたあるのかと思うと今から憂鬱である。
多分次は動物病院に連れて行かれた犬ぐらい震えるだろう。
「本当に、あなたなの……?」
「はい。阿笠宙です。あなたに紙の花をおくったことまで、ばっちりおぼえてます。中にお菓子が入ってました。食べてくれましたか?」
「食べたわ。折り直すのに苦労したけど」
彼女は私の手を握り返した。
そして肩を震わせて歪に笑うものだから「とっといてくれたんですか?嬉しいなぁ」と私はクスクス笑った。
捨ててくれて構わないのに、あんな小さく頼りないものをまた花の形にしてくれたのか。
しばらく黙ってから。
彼女ははらはらと、透明な涙を流し始めた。
次から次へと、止まらないままどんどんと涙がこぼれ落ちる。
「え、はいばらさん!?ぼく、悲しい気持ちにさせてしまいましたか!?」
「………嬉しいのよ。でも悲しいかもしれない。わからないわ。わからないの。だって」
こんなにも貴方は宙君だわ。
彼女はそれだけ言ってただひたすらに泣き続けた。
そうして優しく、強く、縋るように私を抱きしめる。
短い手足は彼女を受け止めるには不向きで、どうしても抱きしめ返してあげられない。
それは少しだけ不満だったけれど、仕方のないことか。
阿笠博士が来ても、コナン君が到着しても。
彼女はずっとずっと、泣き続けていたのだった。
・次代誕生
R-18G。
頭を割り開いて赤子が出てくる。
クローンは「世のお母さんはすげぇなぁ」ぐらいの気持ち。
苦しんで絶叫して息絶えたので灰原さんはその日から次の日まで一時的狂気だった。
コナン君もトラウマ未遂レベル。
次回から「子供の子供の話」編です。