今日はお留守番である。
子供達が「子供防犯プロジェクト」とやらのモデルの子供に選ばれたらしく、撮影に行っているのだ。
皆いい子なので「空君も我ら少年探偵団の一員ですよ!」「一緒に写真撮ろうぜ!」「ねっ空君!」と口々に文句を言ってくれた。
優しい子達だ。
だが、私はもう見た目からして全身あむぴの弱みでできてるみたいな子供なので、こんな広報物に映るような真似はできない。
私は「この悔しさをバネに体を万全にするつもりだから、どうかここは残らせて!」とお願いしておいた。
私のことを病気だと思っている少年探偵団は涙ぐみ、「絶対治りますよ!!」と私を勇気づけてくれた。
可愛いのぉ。
ちなみに、来週から学校にも通うことになっている。
阿笠空の帰還は、子供達には大層喜ばれた。
この第二段階がいつまで続くかはわからないが、無理やり培養槽を出た前回よりは正規の手続きとなる。
長生きになることが予想できた。
さて、そんなわけで今。
何故かお庭で昴さんと世間話をしているわけである。
日課の草むしりをしていたらふらりと昴さんが現れたからだ。
暇そうなFBIがぷかー、とタバコをふかしながら柵にもたれかかっている。
実に牧歌的だ。
神妙な顔をした昴さんは、そのままゆっくりと口を開いた。
「君は二人目なんだろう?」
「聞いてたんですね。あー、かなり哲学的な話になりますが、僕は同一人物のつもりです。なのでそう扱ってくださると助かります」
「……なんとも、奴らも業の深いことをするものだ」
組織の研究者に対してか、昴さんは大きなため息をついてもう一度煙を吐き出した。
「沖矢昴」はタバコを吸わない設定なのに、珍しいことだ。
事情を知る私の前だから別にいいと思ってるのか、吸わなきゃやってられないことでもあったのか。
昴さんは「阿笠宙、ヒロか。意図的につけた名前なのか?」と苦笑した。
「何がです?」
「そんな名前の男を耳にしたことがあってな」
「ああ、それなら意図的です。オリジナルの幼馴染で親友。今どうしているか知りませんが、そんな彼から取りました。確か貴方の組織での同僚でしたよね」
「……?彼の最期を覚えていないのか?……いや、培養開始のタイミングか。なんとも、安室君も心苦しいだろうに」
タバコの2本目を口にして、赤井さんは天を仰いだ。
きちんと一本目は携帯灰皿に捩じ込んでいる。
「安室君の記憶があるんだろう?彼はどこの所属なんだ?」
「オリジナルが口を開かないことを僕が勝手に言うことはできません」
「君は義理堅いな」
昴さんはしばらくぼんやりとしてから、流れる雲を見ている。
冬の寒さは少し厳しくて、乾いた風が手足を冷やす。
「…おそらく君は知らないことだろうが、彼は俺が殺したようなものだ」
「穏やかではありませんね。任務がバッティングしましたか?」
「いや。彼がNOCであることがバレて、目の前で自殺した。止められなかった」
「それは貴方のせいではないのでは?」
「安室君のクローンである君がそう言うのなら、そうなのかもしれないな」
自嘲した昴さんがふっと笑顔を作ったあたりで、たまらず肉体君が喚いた。
『ふざけるなよ赤井秀一!貴様の下手くそな思いやりなど反吐が出る!あれ、僕これ自分の意思で言ってます?』
あまりに濃ゆいあむぴに肉体君が洗脳されているようだ。
怖いなオリジナル。クローンまで洗脳してくるなんて。
なんともまあ、不器用な人であることよ。
「少しばかり下手な気を利かせ過ぎたか?」
「僕の体が朝食がせり上がるほどムカムカしてます。オリジナルは、貴方に思いやりを向けられるのは反吐が出るらしいです」
「ふっ、それもそうか。彼の足音が自殺の引き金になったとなると、流石の彼も憔悴すると思ったが。余計なお世話だったな」
ううむ、今の弱り切ったあむぴだとその真実はトドメになるかもしれんが、まあ大丈夫だろう。
向き合うことは悪いことじゃない。
こんなタイミングでなぜその話をと思ったが、なんのことはない。
組織のせいで散った命を、あるいは明美さんを含めて悼んでいただけだろう。
私は組織のせいと言うにはちょっとアクロバティックだが、そうデザインしたのは概ね組織で間違いないからな。
語ると言う行為を通して被害者たちを悼む、と彼なりの弔いをしていたのだろう。
2本目を灰皿に捩じ込んで、昴さんは暗い話は終わりとばかりに声のトーンを変えた。
「ところで、ルパン三世の一味と交流があるのは本当なのか?」
「え、僕の部屋にルパンが来ましたよ。聞いてませんでした?」
「一時期設置していた耳が君の部屋だけ不具合で聴こえなくなったんだ。そうか、ルパンの仕業か。凄いな」
ピンポイントで私のいた部屋だけ盗聴器を聞こえなくするとは、細やかな仕事をするものだ。
私はほへぇと口を開いてから昴さんに問いかけた。
「新しいキットが送られてきたので今日送り返すところです。今回だけ貴方も一緒に解いてみます?」
「!!!是非とも。そうだな、俺からは狙撃のイロハでお返ししようか」
「ありがたいです。僕に才能があるかは微妙なところですが…貴方程の師匠を得られる機会は二度とないでしょう」
「……やはりこう、微妙な気持ちになるな。素直なバーボンを前にしているようで居心地がすこぶる悪い」
「内なるオリジナルが『ふざけろFBI表出ろ』って言ってます」
洗脳されてオランオラン荒ぶる肉体君を宥めながら部屋へと向かうと。
ふとスマホが鳴っているのに気がついた。
子供達から電話のようだ。
電話に出ると、ビッグな声の少年探偵団が口々に喚いた。
『大変だよ空君!高木刑事が攫われちゃったの!』
『空君のお兄さんはとっても頼りになりますから、どうか連絡をとってもらえないでしょうか!』
『縛られて爆弾があるんだぜ!』
なんとも、警視庁捜査一課は忙しいのに誘拐までされるのか。
人手不足になるのも当然の状態である。
話を聞いていくと、つまりこう言うことらしい。
有給をとった高木刑事が次の日になっても登庁しない。
ここのところ様子がおかしく、指輪を持っていたりどこぞへ飛行機で行っていたり。
いなくなる直前に調べていた資料に関係のある人がいるのではと目をつけてはいるが、ということらしい。
なるほど、これはあれだ。
原作「命を賭けた恋愛中継」だ。
別名伊達刑事の顛末バッドエンド事件。
コナン君が「お前も何か思いつくことねーか」と聞いてくるあたり、行き詰まって焦っているらしい。
どこぞに括り付けられて動画だけ送りつけられてるようだし、時間の経過とともに問題は大きくなっていることだろう。
というか、確か冬の北海道の野外に放置されてるから普通に凍死する可能性がある。
「少し考えてみます」
『……?おう、頼んだ』
それだけ言って手短に電話を切る。
これは伊達刑事の件だし、解決の一番の近道はあむぴに干渉してもらうことだ。
あむぴに電話すると、幸運にも組織の仕事中ではないらしく繋がった。
私は咳払いして慎重に口を開いた。
「すみません、少しいいですか」
『…君からかけてくるのは珍しいな、何があったんだい』
「伊達航刑事についてです。彼の婚約者が北海道で暮らしていたと思ったのですが、確認をしたくて」
『どう言う風の吹き回しだ?』
私は困惑した様子の安室さんに、かいつまんで事情を話した。
すなわち高木刑事が伊達刑事の心残りを解こうとしてナタリー来間の縁者に誘拐された可能性が高いこと。
その事実に誰も辿り着いていないこと。
「貴方が伊達航と知り合いだと名乗り出れば、その説明は容易にすることができます。どうか警視庁に足を運んでいただけませんか?」
『それはできない。捜査一課の女刑事と僕は以前接触している。記憶が繋がる可能性はわずかでも排除しなくてはならない』
「ならば、コナン君にのみ打ち明けることは可能ですか。彼ならば弱みを握り合う形となり、ダメージは少ないかと」
『彼は赤井の件で少しばかり疑わしい。あまり腹の内を探られたくない』
その言葉には溢れんばかりの憎悪が宿っていた。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはこのことか。
私は困って、眉をハの字に下げた。
その恨みに切り込んでもいいが、今の体調が悪いあむぴに酷いことをしたくない。
だが下手をしたら本当に高木刑事は死ぬのだ。
ええい、ままよ!
私は腹を括ってあむぴを精神攻撃することにした。
「以前、赤井秀一と言葉を交わしました」
『ッ!』
「かなり前のことで、僕がまだ一度目の幼児型だった時の話です。彼は僕を心配してFBIの名刺を渡してきました」
『………奴が』
凄まじい怒気は、赤井さんが何を心配して私に名刺を渡したのか理解したからだろう。
僕のフォローをしたつもりかFBI!という怒りである。
そんな、普通に親切心なんだから感謝すればいいのに、恨みに濁ってはそれも難しいらしい。
「そこから僕と彼の交流は継続的に続いていました。彼は僕の生態も知っていましたし、かなり深いところまで情報共有をしていました」
『………』
実のところスコッチのことを聞いたのは今日というかさっきの話だが、まあそれはそれとする。
私は本題に入った。
「彼が諸伏景光の死について語るのも、聞いています」
『っ……君に、そこまで踏み込む権利はないと思ったが』
「事実誤認があったようなので、それは流石に訂正すべきかと」
『誤認だと?』
凄まじい激情が渦巻いている。
たかが己の記憶のある程度のクローンが彼の死について語るな、と言いたいのかもしれない。
それを言わないだけの分別が彼にはあった。
あったのに心は納得していないから苦しむのだ。
彼の理性の強さに対して、生来の心の動きが激しすぎるのだ。
私などは何があっても生来平熱のタイプだから、彼のような人間の苦労には頭が下がる。
「諸伏景光は愛情深く友情に厚い人間です。自分の存在が親友の命の危機となるくらいなら、死を選ぶほどに」
『そうだ。だから……だからそれを利用して奴は自死させた!手間を惜しんで自ら死ねと拳銃を渡した!だからヒロが使ったのは赤井秀一の拳銃だった!!!』
「それにしては妙ですね。ライの右手は返り血でびっしょりだったそうだ」
『おおかた、手を添えて無理やりに銃を握らせたんだろう』
「諸伏景光ともあろうものが、幼馴染のために死ぬのに他人の手を借りなければならないのですか?」
凄まじい殺気に似たものを電話越しですら感じ取ることができた。
『何が言いたい』
「赤井秀一いわく、自身の身分を明かして保護を申し出ていたそうです。
『…………馬鹿馬鹿しい。そんな情がやつにあるわけない』
「だが赤井秀一も人並みに失敗するもので、下から非常階段を駆け上がる音に気を取られて、つい拳銃を奪い取られてしまったとか。組織の人間の追手だと思ったのでしょう」
『………』
「諸伏景光も必死だったんでしょう。もし追っ手に捕まれば、親友の命はない。このスマホから芋蔓式にバレてしまうと」
悍ましいまでの沈黙が場を支配した。
喘ぐような、地上で溺れるかのような憎しみに塗れた声が響く。
『────だから、何が言いたいと聞いている』
「僕は単純に、貴方が後悔する前に高木刑事を救って、ナタリーさんの縁者の犯罪を止めたいだけです」
心の底からの心配を混ぜて、私は真摯に言葉を重ねた。
今は蟠りに囚われている時ではない。
赤井秀一のことは一旦傍へ置いて、コナン君と協力すべきだ。
「コナン君に、貴方の身分を打ち明けたいだけなんです」
『………そんなの、ありえない。僕の足音?そんなバカな。あの男がそんなミスするはずがない』
「ご決断はお早めに。高木刑事が凍死するのも時間の問題です」
『だって、僕のせいだったのか?ヒロは助けてくれたのに、だから僕も、でも、そんな』
だんだん会話にならなくなってきた。
それほどの衝撃が彼を襲っているのだろう。
やっぱり推しが大ダメージを受けて可哀想になってきたので、勇気づける気持ちで声をかける。
そっと、静かに、心を込めて。
「ゼロ」
『………………ぁ』
誤解だったんだし心機一転切り替えていこうぜゼロ!の気持ちである。
しかし、安室さんはそのまま沈黙してうんともすんとも言わなくなってしまった。
「あの、オリジナル?」「オリジナルってば」と声をかけるも無言。
やっぱあれか?
「ヒロ」の名を持つ幼い自分が呼ばれなくなった愛称を呼ぶのが殺意高過ぎたのだろうか。
でもあのままぶつぶつ言うだけでも困るし。
しばらく私が焦っていると、安室さんから返事が来た。
『……………きみにまかせた。君がただしい。ぼくではまた間違える。君の選択にゆだねる。きみがただしい。僕はもう、きみが』
「えっ!?」
それだけ言ってぶつりと電話が切れる。
全権委任は困ります、困りますよお客様!?!?
・あむぴ
ついに崩落した。
自分が降谷零であることが間違ってる、聡明な彼の方が、クローンの方が上手くやれるのに。
オリジナルだなどと言われてその気になって笑い種だ。
いつもお前はそうだ。誰もお前を愛さない。
・クローン
そんなネットミームみたいにへこたれられても困る…!