無事に高木刑事は救助された。
佐藤刑事と抱き合っていい感じになっている映像が犯人のタブレットに映し出され、私はほくほくした。
いいものだ。爽やかな恋と愛は世界を救う。
コナン君が私の隣に立ち、耳打ちした。
「なあ、あの情報の出所、本当にバーボンなのか」
「はい。バーボンが個人的に親しくしていたと言うのは本当です」
「それは伊達航刑事が黒の組織の内通者って意味か?」
「ッそれはありえません!」
つい声が大きくなってしまった。
私はそこまで声を出したつもりはなかったのだが、あむぴの脳がびっくりして声を出してしまったのだ。
内側で肉体君もびっくりしている。
「伊達刑事が悪く言われたと思ったら声出た…」とのこと。
あむぴ、我らを洗脳しすぎじゃんね。
「個人的に、と言うのは本当のことです。伊達航とオリジナルは個人的に親しかった」
「普通、警察とは距離を置くだろ。それを婚約指輪を見せるほど親しくしていたのか、組織の人間が」
私が黙ってそれに頷いた。
コナン君は真っ直ぐに私を見て、言葉を促している。
予想はしていて、その上で答えを待っているのだ。
私は少しだけ視線を逸らして、そのまま息をついた。
「それはオリジナルの口から直接聞いたほうがいいでしょう」
「答えを言っているようなもんだぞ、それ」
「形式というものがありますから」
仕方なく電話をする。
様子のおかしい安室さんに全権委任されてはいるが、やはり最終確認は安室さんがすべきだろう。
改めてもう一度電話をすると、電話はすぐに繋がった。
「オリジナル、今少しいいですか」
『もちろんだよ。高木刑事のことは助けられたかい?』
なんか声が弾んでいる。
明るくて元気がいいのに、どこか虚ろで録音音声みたいな平坦な声色だ。
シンプルに怖い。
私はしばし電話口から顔を離してコナン君に耳打ちした。
「コナン君、ちょっとオリジナルは体調不良みたいなので日を改めてもいいですか」
「え、あ、ああ、別にいいけど…」
私は了承をもらってから再度安室さんに声をかけた。
あまりにも様子がおかしい。
混乱状態から時間をおいて落ち着いたかと思ったのだが……。
「高木刑事は無事救助できました」
『そっか!流石空だ。信じていたよ!』
「それと、今からオリジナルの家に行きたいのですが、住所を教えていただけますか」
『もちろん。君の仰せの通りに。君相手なら口頭で構わないかな?』
「はい。お願いします」
怖い怖い怖い怖い怖い。
かなりの恐怖を感じた。
ぐるぐると虚さの中に狂気の混じる明るい声色もさることながら、住所なんてウィークポイントを躊躇いなく教えるあたり怖すぎる。
「喫茶店で待ち合わせしよう」って言われると思ってたのに。
なんで!?私のゼロ呼びがそこまで致命傷だったのか!?
慌てた私に、肉体君がギョッとしたような声を出した。
『えっ、まさか貴方、とどめ刺しに行ってたんじゃなかったんですか?この期に及んでふざけたことを抜かすオリジナルを遂に刈り取りに行ったのだとばかり……』
ひでぇ言われようである。
私はコナン君の目を盗んで音を出さず口だけで言葉を発した。
「あむぴになにが」
『何って、貴方に息の根を止められたんでしょう。自尊心の全てを失った廃人です。今の貴方の命令ならなんでも聞きますよ』
「そんな」
『しかしいい塩梅を攻めましたね。あのままだと失踪しかねませんでしたが、貴方が権利を欲したためにその生死すら決定権がこちらにあることを示せました。人の心なさすぎて僕気絶してましたもん』
あのとき何も言わなかったのは、しめやかに気絶していたかららしい。
なんでや。なんでそこまで言われなあかんのや。
ともかく、コナン君に「ちょっと打ち合わせしてきます!」と言って教えられた住所に急いだ。
場所は建て直した木馬荘、すなわちメゾン木馬である。
チャイムを鳴らすと、すぐに扉が開いて安室さんが出てきた。
安室さんはニコニコ微笑んで嬉しそうに私をあげてくれた。
真っ暗な室内は電気が何もついていない。
家具もほとんど何もないのはもとからだろう。
病的に整えられた室内に、キッチンだけがなぜか荒れ果ててぐちゃぐちゃに散乱している。
明らかに自分で荒らした跡が見える。
「見苦しくてごめんね、片付けが間に合わなくて」
「いえ……」
もはやサイコスリラーなんよ。
私は深く反省した。
ちょっと小突いただけのつもりだったんだが、こんなになってしまうほど推しをいじめてしまったのだ。
ともかく座らせてもらって、端に体操座りする。
安室さんは笑顔でお茶を用意してくれた。
肉体君が実に懐疑的な声色で私に話しかける。
『あの、まさかオリジナルを復調させる気ですか。だとした貴方はもう口を開かないほうがいいですよ』
「でもせきにんはとりたいのですが」
『貴方では人の心がなさすぎて壊してしまいます。これ以上壊したら使い物にならなくなりますし、それは勿体無いでしょう』
言い回し的に、肉体君はオリジナルのことが好きではないらしい。
ちょっと嫌そうに、しかし同じだけ心配そうに進言してくれた。
かと言ってどうするかと問われれば答えは出ない。
肉体君に主導権を渡すのが安全なのだろうが…一体どうやって。
いや。
単純に私が優先権を全面的に手放せば擬似的な入れ替わりが完成するか。
善は急げ。
私が優先権を一時的に手放すと、ぱちくり、と肉体君は己の体を見て動揺をあらわにした。
安室さんはそれを疑問に思うことすらなく、ニコニコと私たちの前で待機している。
肉体君が状況を理解してため息をつき、肩をすくめた。
「オリジナル。まず、貴方は自己を放棄しないでください。貴方は降谷零だし、僕は阿笠空だ。別人でしかない」
「………?」
降谷さんはぐるぐると濁った瞳でクエスチョンマークを浮かべた。
言っていることが理解できないような顔だ。
「でも君の方が降谷零として適切だろう?僕なんて出来損ないを使い続ける必要がない」
「僕に尻拭いをさせようと?随分と都合がいいのですね」
キツイ言い方だ。あえてきつく、彼の心にメスを入れようとしているのだろう。
笑顔がひび割れて、言葉が崩れ始める。
「え、でも、僕は間違えてばかりで、ヒロもしんでしまって、班長の家族があんなことに、なにも、ぼくは」
「ストップ」
ずい、と肉体君が安室さんの顔を覗き込んだ。
視線が定まらなかったあむろさんの両頬を挟んで、瞳を覗き込むように顔を近づける。
「貴方、抱え込みすぎですよ。全部救えるんならそも救世主という宗教的発想は必要ありません」
「で、も」
「単純な乱数の偏りでしょう。非業の死を遂げる人間が周りに多い生い立ちだっただけ。それが全部貴方の行いの結果というのは、流石に思い上がりというものだ」
深く暗い絶望がぐるぐると瞳に渦巻いている。
喉が痙攣し、声が出ない様子だ。
肉体君はむすっとしてはっきりとした声を出した。
「この役立たず、意気地なし、冷血漢。貴方のせいで高木刑事が死ぬところだった」
「ッ」
「貴方が望むなら責めましょう。貴方のせいで組織で弄ばれた僕が、なぜこのようなことをしなければならないのか。まったく、貧乏くじもいいところだ」
喘ぐように息を途切れさせ、縋るが如く震える手を伸ばす。
その手を取って、肉体君は柔らかくその腕の中に入って安室さんを抱きしめた。
「『僕』がどれほど貴方を慕っていたのか思い出してください。それは無償のもののはずだ。貴方が貴方でいてくれさえすればいい。なのに貴方は、貴方であることすら放棄するのか」
「……僕は、許されないことをした」
「抱えきれないのなら共に背負いましょう。重くて押しつぶされそうならば手を差し出しましょう。僕はそのように母君から習いました」
柔らかく安室さんの背に手を回し、体温を享受する。
それはまさに灰原さんの手つきで、灰原さんの口調で、彼女そのものの優しさだった。
「僕が貴方と共にいます。それでは不満ですか?」
「………それ、は」
「貴方は失敗したっていい。一人ではないのだから」
ゆったりとした口調で、言葉で、肉体君が回した手で優しく彼の背を撫ぜる。
「人は醜く悍ましいが、同時に溢れんばかりの愛もある。滅ぼすべき敵だが、愛おしき同胞でもある。……生物兵器たる僕は、そう思いました」
貴方もまた、醜いが愛のある人だ。
貴方は、どう思いますか?
優しい声は穏やかで温かい。
二面性を語るのは、己が罪だけでなく、救ったものでもできていることを自覚させるためか。
「最初の交番勤務の時、覚えてますか?迷子の子を保護しましたね」とか。
「詐欺を未然に防いだときもありましたっけ。おばあさん、ほっとして息子さんと頭を下げてましたか」とか。
一つ一つ、安室さんの価値を教えていく。
だんだんと安室さんの呼吸が深く安定していく。
やべえ、肉体君すげえ、カウンセリングの腕半端ないわ。
私はひたすらアムピヨイショして立ち直ってもらおうと思ってた程度なのに。
安室さんに目に光が戻って、そのまま震えながら私の体を抱きしめ返した。
ええ話やなぁ、と私はほくほくした。
そんなふうにのんびりしていることがバレたのか、肉体君が思考だけで私を非難した。
『貴方がオリジナルをぶち殺すからこんなことになったんですよ。責任感じてます?』
ぶち殺してねぇんよ。そんなことしねぇんよ。
私はブーブー文句を垂れた。
いや犯人は私かもしれん。正直すまんかった。
そうして。
しばしの間バイブレーションするあむぴに抱きしめられ続けていたのだった。
・あむぴ
復活したがクローンへの想いが信仰の域に達した気がする。
・肉体君
母君の愛情をたっぷり受け、光の生物兵器になっている。
人は悍ましいだけじゃない。
その優しさを丸ごと愛した上で滅ぼしてやろう。
愛しく悪辣な者達よ。
全て全て死んでしまえ。
・クローン
その熱量どっから来るの???