コナン君の反応は想定内というか、「そうであってくれてよかった」というものだった。
降谷零が身分を打ち明けたことに安堵の息を吐き、しかし少しだけ苦々しげに顔を顰める。
それが彼の複雑な心境を表していた。
灰原さんは動じず、ただ厳しく降谷さんを睨め付けている。
降谷さんは頭を下げて居住まいを正した。
「身分を明かすのが遅くなって申し訳ない。僕も慎重にタイミングを図っていて、そのせいでこんなにも遅くなった」
「それは構わないよ。貴方の立場からすれば命に関わる事案だし」
コナン君が子供の口調で柔らかく応じた。
赤井さん相手もそうだが敵対していない相手への礼儀として、コナン君は無垢な子供の口調を使うようだ。
少し不可思議な感じだが、「自分の立場を明かすつもりはない」ということを明確にする誠意でもあるのだろう。
コナン君は少しの間をおいてから言葉を続けた。
「つまり、伊達刑事は本当に貴方の知り合いだったと?」
「……ああ。班長とは、警察学校の同期だよ」
寂寞を裏に隠して、降谷さんは目を伏せた。
彼にとって色褪せぬ思い出が、あんなふうにメチャクチャになってしまったのだ。
それを悔やんでいてもおかしくはない。
「貴方がNOCだったとして、疑問が残る。どうしてあんなにも赤井さんの、」
「それはもういいんだ、すまなかった」
不意に耐えられないと言ったように降谷さんが口を挟んだ。
沈黙が場に満ちる。
赤井さんへの恨みは誤解だった上に、真犯人は己と来た。
その恥と自己嫌悪と衝撃は、未だ彼の心に深い傷を刻んでいるらしい。
灰原さんがため息をついた。
「そんなことどうでもいいわ。問題は空君のことよ。貴方は空君をどうする気なの?」
鋭い敵意に、私は思わず目を見開いた。
あれほど恐れていた組織の人間に、こんなにも強く立ち向かうことができるようになったなんて。
それは守る意思の表れでもあり、彼女の強さの表れでもあるのだろう。
降谷さんが眉を下げて言葉に迷った様子を見せた。
「僕が情報を止めているから、公安が動くことはない、と、思う。組織も同様だ。本当は僕がこの子の面倒を見られれば一番いいんだが…」
「潜入捜査官である貴方の側はかえって危険、というわけね」
「そうだ。君たちのもとで今まで通り暮らすのが一番いいはずだ」
灰原さんが皮肉げに口角を吊り上げた。
「あら、国家の僕が迂闊なのね。空君の存在を見逃すの?」
「彼は僕の星だ。桜の誓いにすら優先される、何よりも大切なもの。ならばそれを守るのに異論はない」
「!?!?」
私は思わず目を剥いて降谷さんを凝視した。
いやいやいやいや、今耳を疑うフレーズが聞こえてきたような気がしたが、気のせいか?
灰原さんは信用が置けないとばかりに鼻で笑う。
「ふぅん?ベルモットに脅されてもどうでもいいと突っぱねたこともあるみたいじゃない?どういう風の吹き回しかしら」
「……あれは僕が愚かだった。また大切なものをこぼれ落ちさせる、僕の愚昧さの表れだった」
降谷さんの目が異様な熱を帯びている。
なんだか熱っぽくて、それでいて爛々と輝いて。
あれ?まだ不定の狂気治ってないのか?
ほう、と熱い息をついて降谷さんを目を細めた。
「僕の生きる意味だ、その子は。間違いばかりだった僕の希望、生きるための光そのもの。彼のためであれば僕はあらゆることを優先するだろう。信念よりも友情よりも命よりも何よりも」
コナン君も灰原さんも、その異様さに思わず息を呑んだ。
私は慌てて立ち上がって、彼の服の裾をギュッと掴んだ。
降谷さんもそれは予想外だったのか、「えっ…?」と困惑に私を見下ろす。
「し、信念、桜の誓いを捨ててしまったんですか…?」
うる、と目が潤む。
そんな。あむぴの尊さの極みみたいな部分がなくなってしまったなんて…そんな酷いことがあっていいのか!?
私の涙に、降谷さんはカチコチに固まって彫像のようになった。
「え、あ、その。僕は……」
「あんなに美しい思い出を無かったことにするんですか?僕の憧れを、あの日々を…」
「あっ、えっ、いや。そうじゃなくて、いや」
うぇぇえええん。
たばあ、と涙を流せば、滝汗を流した降谷さんがダバダバした不恰好な動きをしだす。
私の推しが、推しが壊れちゃった……!
えぐえぐ。
『いや貴方のせいですよね?お気に入りの玩具は壊すタイプってラノベの登場人物か何かですか?』
うるさいぞそこ!
降谷さんは不恰好な盆踊りみたいな動きをした後、私の両肩をそっと触れて、もう一回ダバダバした。
「その、えっと、その、僕が国家を優先している方が君も嬉しい?」
「は゛い゛ぃ」
「わ、わかった。僕は今まで通りあいつらとの志を守ろう。でも、できるだけ君も優先したいんだがそれはいいかな?」
「もんだいない、です」
「良かった。僕、降谷零は志を守りつつ君も守る。難しいがやり遂げて見せよう」
降谷さんはガタンガタン動揺しつつ頷いた。
やった!推しの日本愛続投!
私は降谷さんに抱きついてすーはーした。
ああ〜推しの決意と清廉さ尊いぜ、すーはー。
降谷さんは私をそっと抱きしめ返し、とろけるような笑みを浮かべる、
それは若干解釈違いだがまあええだろう。
公式が勝手にやってるだけだ。
灰原さんが特大のため息をついて首を振った。
「不健康よコレ。こんな男に空君を任せてはおけないわ」
「だな。まあこれはこれで手綱は握ってる感じだからいい…のか…?」
「良いわけないでしょしっかりしてちょうだい!」
ひとしきりふれあいを堪能したあたりで、降谷さんが咳払いをした。
改めて灰原さんに向き直ると口を開こうとする。
「ところで、君の」
その時。
ドォン、と地下階で無理やりに扉を突破された音が響いた。
金庫に使うような分厚い鋼鉄製の扉に最近変えたんだが、また突破されてしまったらしい。
部屋中にウォンウォンウォン!とアラートが鳴り響く。
阿笠博士が血相を変えて立ち上がった。
「ま、まずい!また戦争型が現れたんじゃ!」
「空君!」
灰原さんの鋭い声に、私は頷いて一言命令を発した。
実態は声では無く、未だ原理不明の戒厳によるものだ。
「『大人しくしろ』」
瞬間、扉を吹っ飛ばして地下から現れたのは、化け物としか言いようのないものだった。
人の胴体を歪に繋ぎ合わせたような、ムカデ型の体が現れる。
そいつは窮屈そうに体をくねらせ、8メートルはある胴を無理やり扉の向こうに出そうともがいていた。
その側面には50を超える人の腕が生えて、長く伸びて床を打っている。
崩れた人の顔がたくさんついた頭部は、その全てが苦しげに吠えて、乱杭歯が無秩序に伸び放題であった。
私の指令が届いたのか、半分胴体が挟まりながらしおっと戦争型はしおらしく座り込んだ。
「ギギギギギ…」
「下の手足はこの分じゃ全部食われたわね…やっぱり危険すぎるわ。今後の実験の方法を考えないと」
「ああ、せっかく小型手足にソーラン節教えてたのに…動画撮り損ねました…」
「いやオメーは何やってんだよ」
降谷さんは驚きのあまり声も出ないのか、驚愕のまま硬直している。
あれは戦争型、と仮に名付けているものだ。
私が研究所から持ってきた資料に僅かながら記録が残されていた。
最近になって普通に幼生を育てていたら生まれてきているもので、条件はまだわかっていないがコレで二匹目だ。
一匹目も地下室を荒らしまわって殺処分せざるを得なかったから、その厄介さは折り紙つきだ。
特筆すべきはその筋力と質量だろう。
食べれば食べた分だけあっという間に大きくなり、あらゆるものを薙ぎ倒していく。
しかもちびっこの時は普通の兵士型と見分けがつかないのがさらに厳しい。
また、解剖の結果口の中に特殊な器官があることがわかっている。
その長い体をアドバルーンのように膨らませて神経系の毒ガスを放出することができるらしく。
敵地の制圧に特化した個体ということができるだろう。
一応私の命令は聞くようだ。
というか兵士型よりやや頭が良くて従順だ。
私はしおっと項垂れた戦争型に近寄って頭をペシペシした。
「ともかくコレ大きすぎて後処理大変ですよ…ともかく処分しますね」
「頼んだわ。ぶつ切りにしてもとんでも無く時間がかかるわね…博士、三日間は重労働よ」
「わしもう腰が、うう」
「『死ね』」
私の指令を聞いた戦争型が、コテっとからだを傾けてそれっきりうごかなくなった。
降谷さんがようやくびっくりから帰ってきたらしく、コナン君に眉を下げたまま進言した。
「凄いな、僕の死体処理ルートを融通しようか?」
「ありがたいけど外に出すには機密情報が多すぎるよ。研究もするし」
「そうか。なるほど、君らの苦労には頭が下がる」
深々と頭を下げて、降谷さんが礼をしている。
私はつくつくと戦争型の体をつついた。
人肌に見えてかなり硬い。拳銃でどの程度効果があるのかも分からない。
馬代わりに乗ったら機動力になるかな、などとどうでもいいことを考えつつ、私は今回の阿笠邸の修理費について思いを馳せていたのだった。
・「手足」戦争型
人とって食うタイプの生き物。
長時間の生存は考えられてないので、無制限にデカくなってそのまま自重に耐えきれずに死ぬまで暴れ散らかす。
毒ガス吐いて動かない餌を次々食ってまたデカくなってのサイクル。
・研究者(故人)
「本当はこいつに飢餓ってつけようとしたけど別のやつに名前取られてしもたんや…(しょぼんぬ)。成熟して自然に死ぬから、その巨体から大量の寄生型を放てる。わしの最高傑作や!!」