あれから。
無事私たちは名古屋観光に入ることができた。
ミステリートレインで起きた殺人事件のせいで愛知県警に散々事情聴取されたが、それはご愛嬌だろう。
動物園やお城の観光に私たちは存分に盛り上がることができた。
忙しいだろうに、安室さんはそのイベントに一通り付き合ってくれた。
「僕チケット買っておきましたよ!」だとか「こっちのルートで行くと近道みたいです!」とか、甲斐甲斐しいことこの上なく私たちをサポートしてくれた。
その上で大層嬉しそうに笑って私の手を取って歩くので、なんともむず痒い気持ちになる。
ううむ、あむぴを搾取しているみたいで居心地が悪い。
まあなんにせよ、ミステリートレインの旅概ね満足に終わったというわけである。
そんなわけで時は流れて。
今日はサッカーの試合観戦の日である。
東京スピリッツVSビッグ大阪、東都スタジアムにて。
わあわあとすごい熱気に気圧される。
耳が痛いほどの歓声と盛り上がりに、私は思わず呆然とした。
隣の席の灰原さんがそっと私の顔を覗き込んで心配そうに眉を下げた。
「大丈夫?体調悪いなら休んでる?」
「問題ありません。凄いなと、気圧されていただけですから」
まさに熱の渦だ。
これだけの人数の人間が、サッカーという共通のイベントに一体となって一喜一憂する。
私はそこについていけない。そんな熱意に追いつけない。
取り残される感覚は少しだけ寂しいが、いつものことか。
熱中というのはかくも難しいものでして。
こういうのなんだ、冷笑病っていうんだったか。
重症になると逆張りに命をかけるようになるって聞いたぞ。
ああ、いやだいやだ。
途中に挟まる休憩中には、みんなで売店に寄ることにした。
私は普段使いのためのビッグ大阪のショルダーバッグだ。
なかなかかっこいい赤を基調としたデザインで、そこに比護選手のストラップを付けるなどすれば完璧である。
別に比護選手に思い入れはないのだが。
どのバッグにするか迷っていたら、灰原さんに「これがおすすめよ、はい」って手渡されたのでそのまま購入した次第である。
コナン君が半笑いで灰原さんに声をかけた。
「いや、灰原はさぁ、英才教育はどうかと思うぜ…?」
「なによ。悪い?」
「悪いってお前、空もちょっとは抵抗しろよ」
「異論がないので。比護選手かっこいいですね」
「いい子ね。ほら、こっちのうちわも持って、よし」
灰原さんは力強く頷いて満足した。
私はすっかり全身ビッグ大阪コーデである。
こちらは東京スピリッツの席なので完全に敵地だったが、灰原さんがいうのであれば否やはない。
私は神妙に赤いタオルを控えめに振った。
ふれーふれービッグ大阪!
コナン君は大きなため息をついて「いや、空がそれでいいならいいけどよ」と肩をすくめた。
まあこういうのは勢いが全てだからな。
「そういや、この間の子供サッカー教室も結構楽しんでたみてーだし。サッカー好きか?」
「はい。単純な筋力やスペックではなく、戦略が試されるあたりがワクワクします。僕も手加減が上手くなりましたし、技術の探究の楽しさがわかってきた感じです」
「だろ!お前も見学ばっかじゃ飽きるだろうし、そろそろ一緒にサッカーしても問題ないんじゃねーか?」
コナン君かニカッと私に笑いかけるから、私は嬉しくなって控えめに頷いた。
元来、私の肉体は精密さも非常に高い。
前の未成熟な第二段階でも、犯人の拳銃に向かって正確にビー玉を飛ばすことができた。
それでも、この間の子供サッカー教室はビッグイベントだった。
私の筋力は人間のそれを遥かに超える。
いくら相手がプロでも、いつだって事故は起こりうるからだ。
キック力増強シューズの一撃にも似たそれを放つこともできるという事実は、私がスポーツをするというのは危険を伴うことを如実に示している。
でも逃げてばかりではいられない。
サッカー教室のために一人ずっと力加減の練習を続けていたのだ。
今はただの子供のようにサッカーを楽しむこともできるようになった。
正確性もある程度は担保できたし。
ただ、やはり経験は如何ともし難いので、そのままならなさは楽しく思う。
灰原さんがくすりと笑って私を撫でた。
「そうね、この子の体を動かす機会にもなるし、あなたの方で見てやってあげられないかしら」
「もちろん。サッカー教えるなんて久しぶりだ。空、お前もそれでいいか?」
「コナン君とサッカーとは……緊張します。代理で手足にやらせてはダメですか」
「ダメに決まってんだろどんな絵面だよ」
手足を調教してサッカーさせるとかさ!
私が迫真の真面目顔で進言したが、コナン君に切って捨てられてしまった。
だってだって、天下のサッカー系主人公様に直々にサッカー教えてもらえるとか畏れ多いというか!
と、そんなふうに小学生しかいない親子をやっていると。
コナン君のスマホに電話がかかってきた。
蘭ちゃんからだ。
そのまま「悪い、俺ちょっと行ってくる!」と言ってコナン君が駆け出した。
また事件のようだ。
コナン君はそれっきり、休憩時間ギリギリまで帰ってくることはなかった。
席に戻り、私は子供達に新作の手品を披露する。
愛用のトランプとハンカチしか持ってきていないが、それで十分。
私は風がある場所でも自由自在にトランプを舞わせられるようになったし。
パパパッと手の中からハンカチを出現させて、子供達に配ったカードをそこから出してみせる。
子供達はわあわあと盛り上がった。
ふふん、凄かろう。たくさん練習したんやで。
灰原さんが肩をすくめて入口の方を確認した。
「探偵さんはこのまま欠席みたいね。今度は何を引き連れてきたのやら」
「コナン君が絡むと何が起きても不思議ではありませんからね」
まだ確信は持てないが、多分これは劇場版たる「11人目のストライカー」だ。
この広い球場内に爆弾があるということで、頑張れば嗅ぎ取れそうでもあるが。
すん、と鼻をすませて次の瞬間激しく後悔した。
あらゆる匂いで鼻が曲がりそうというか曲がったというか尊厳破壊の香りがした。
鼻を押さえて涙目でうずくまる。
意識的に無視はできるが、気を向けると破滅的な匂いがするらしい。
しばらくコナン君の姿を探していると、天井を支える丸い鉄骨の上を歩くコナン君を発見。
私は灰原さんの裾を軽く引っ張って指差した。
「なんかとんでもない場所にコナン君がいます。あれ。あのポールの上でデスゲームしてるのがそうです」
「!?!?!?」
凄まじい高さの天井の梁を、命綱無しで渡っているのだ。
あれはもう渡り切ったら1000万とか貰わなきゃ割に合わない長さのポールだ。
落ちたら間違いなくお陀仏である。
灰原さんが押し殺した悲鳴をあげた。
「何やってんのよあのバカ!?」
「何かを探しているようですね。あんな場所で、あんなにも急に命をかけて探さねばならないようなものがあるのだと思われます」
「爆弾とかかしら。爆弾で天井が崩落したら大事故になるわ」
「ちょっと助力に行ってきます」
そうして立ち上がろうとすると、灰原さんに服の裾を強く引っ張られた。
「だめよ!」
「っ、」
私は思わず目を見開いて灰原さんを見た。
灰原さんはあまりにも必死な、決死の形相で私を止めていた。
「だめよ。江戸川君に任せておいて、あなたは行かないで。身を守るためならともかく、態々危険に突っ込んでいく必要はないわ」
「一人より二人の方が成功率は上がります。彼の命の危険も減るでしょう」
「それでも、よ。彼ならきっとやり遂げる。でもあなたを失ったら、私は……」
それは立場の違いだろうか。
コナン君は灰原さんを導く者で、光で、希望と理想の具現化である。
私はきっと灰原さんの守るべき者で。
もしかしたら罪の象徴なのかもしれない。
これまでも、飛び出す私を止めるのを躊躇い、不安で押しつぶされそうになりながら私の帰りを待っていたのだろうか。
それがいよいよ、彼女の懇願を引き出した。
私は彼女の震える肩を抱きしめて、そうっと座り直した。
「……わかりました。ここに残ります。でももし貴方に危険が迫ったら身を挺して護りますので、そのつもりで」
「ええ。ごめんなさい。私が貴方の可能性を狭めているのはわかっているの。でも」
「気にしないでください。それは人が愛情と呼ぶものでしょう。愛されていて、嬉しくないものなどいませんよ」
にこりと笑みを浮かべると、灰原さんは緩く息を吐いた。
そのまま儚い笑みを浮かべ、私を抱きしめたのだった、
なお、やっぱり爆弾だったらしく。
試合は中止。
サポーター達は避難することになった。
凄まじい爆発でビッグ大阪側の席は半壊したが、コナン君が相変わらずありえん強度の伸縮サスペンダーを使って全て解決してくれた。
世は全てことも無し。流石コナン君である。
あと寄り添い抱きしめ合う私達にそわそわが止まらない光彦君を添えて。
これ絶対親子であって男女の仲じゃないんだが。
でも人間関係は複雑怪奇なのでそうとも言えないかもしれない。
結論はまだ出ず、混迷を極めるばかりであった。
・あむぴ
毎日一言近況メッセージをもらってる。
息子の平和な日々が潤いとなっているようだ。
「今日はサッカー観戦に行ったらスタジアムが爆破崩壊しました。凄い迫力でした。公安の案件の可能性があるのでオリジナルもご確認ください(添付ファイル)」
白目である。