その日の夜。
メッセージを送ったすぐ後に安室さんから鬼電があった。
「オリジナル、どうかされましたか?」
『君の送ってくれた件について詳しく話が聞きたい。今時間はあるかい?』
「もちろん。では、ひとまず僕の知る限りについてお話しさせていただきます」
2分ごとに6件の鬼電の勢いに比べて、じつに冷静な返事であった。
私が少し部屋を離れてる間に何があったかと思ったよ。
とはいえ、私の手元にある情報はそれほどない。
コナン君がいうには、事前に毛利探偵宛に電話が来ていたことだけ。
その言い回しから、先週のサッカー教室の参加者が疑わしいということのみだろう。
まだ今のところこれだけではあるが、犯人の目論見が崩れたのも事実。
次がないとは考えづらい。
事前に大量にコナン君が爆弾を解体したから、サポーターがスタジアム前方に避難するだけで無事に死者もなく済んでいる。
多少混乱で転んだとかの怪我人はいるが、それだけだ。
将棋倒しが起こらなかったのは奇跡に近かった。
コナン君がいなければ間違いなくたくさんの人間の命が失われていたことだろう。
「その代わり、今は解体された大量の爆弾を前に『誰がやったんだ』と爆処がざわめいてます」
『あー、僕の方で巻き取ろう。彼の功績だし、あまりとやかく言われたくないだろうしな』
「ありがとうございます。彼も喜ぶと思います」
私が礼を言うと、しばしの間安室さんが黙り込んだ。
そして、静かに口を開く。
『君は……怪我はないか?』
「はい。とはいえ、あらゆる匂いの乗った爆風が吹きつけて鼻は曲がりそうになりましたけど」
『はは、君の鼻は警察犬レベルだからね。それはもうとんでもない匂いだったろう』
「とんでもないというレベルですらないです。危うく気絶しそうになりました。情報量という鈍器で脳天ぶん殴られた気持ちです」
私がしみじみ頷くと、肉体君がぎゃぎゃあと喚いた。
『だからあんなに人間がいるとこやめときましょうって言ったんですよ!臭いし穢らわしい!全部引き裂いてミンチにするならともかく、ニコニコ並んで観戦なんてとんでもない!』
肉体君は通常運転のようだ。
人間なんて大嫌い、研究者と名のつくジャンルはもっと嫌いがデフォルトのお方である。
ただ、ここのところその勢いがトーンダウンしているらしい。
次代に移ってから熱意が一段下がったとのことで。
そのせいで「僕って…前の僕と本当に同一なんでしょうか…」と憂鬱になってしまっている。
もしかしたら感情の継承には上限があったのかもしれない、などと思いつつ肉体君をこまめに元気づけている日々である。
でも一人ぐらいぶっ殺して元気付けると言うわけにもいかないし、難しいものなのだ。
つい最近は「ここらで一旦人類滅亡からは方向転換しましょう!」「いやですけど?」という会話は交わした。
断固人類は滅亡させるらしい。
そんなところで初志貫徹しなくても。
安室さんがぽそりと、出し抜けに私に質問する。
『誕生日プレゼントは、何がいい?』
「……僕って誕生日ありましたっけ」
『培養開始年月日は君の持っていた研究所のデータに記載があったよ。それに、今の君の誕生日は明確だろう?』
まあ確かに、今代はみんなの前で生まれたからな。
灰原さん達の反応からは、祝っていいのか微妙なラインではあるのだが。
まあ祝ってもらえるならなんでもいい現金な私である。
「僕は手品用のスポンジボールがいいです」
『却下。もっと高価なもので』
「却下!?!?スポンジボール舐めちゃダメですよ!?使い心地いいのだと2000円はするんですからね!」
『合計10万超えるまで考えたらまた連絡してくれ』
「金額下限があるんですか!?!?」
安室さんは心底楽しそうにカラカラ笑って通話を切った。
み、貢がれてる……!?貢がれてるぞ私!
戦慄しつつ、私は遠慮なく思考を切り替えた。
とりあえず高い炊飯器とホーロー鍋、欲しかった包丁セットを所望しよう。
買ってもらった暁には安室さんにも手料理を振る舞うのだ。
彼にお出しするにはちょっと己の腕が不安だが、でも礼儀として使っている姿は見せておきたいし。
まあともあれ、安室さんが楽しそうでなによりである。
私はスマホをポケットにしまい、とことこと阿笠邸の地下室に向かった。
二重ロックに、金庫室のそれを流用した扉を二つ開ける。
完全密閉のそこをさらに生体認証で通って、ようやく地下室に入場する。
手足が一斉にギイギイと鳴いてクイーンの来訪を歓迎した。
そのかごの一つを手に取り、隣の鉄の檻に入って内側から施錠する。
鉄の檻は個室ほどの広さがあり、外側は密閉のための謎耐久力の透明カプセルとなっている。
カゴを開けて中から手足を出してやると、手足はギョッギョッと気色悪く鳴いて大喜びした。
ここは阿笠博士が私のために用意してくれたプレイルームだ。
手足とこうして触れ合うことで、手足のストレス解消とともに手足が暴れにくくなる効果がある。
うろちょろと手足が動き回り、それから私の膝の上に乗ってギイギイとおやつを所望している。
我々特有の回線から「うまいもん!うまいもん!」と思考が伝わってきた。
ほーれ特売の鶏肉だよぉ。
持ってきた鶏肉を放り投げてやると、手足は喜んで食いついた。
そして「コレじゃない……」とややガッカリした様子でしょぼくれた。
人肉が良かったらしい。あるかいそんなもん。
こいつは猫ほどのサイズの小型手足だ。
研究でわかってきたことだが、どうやらこいつらは宿主の体躯に正確に比例するらしい。
あらゆる生き物に感染して成長し、例えば魚や鳥などからも同様に生まれる。
鯉から生まれたそれは水中適性を得て、長時間の潜水や尾鰭を獲得する。
オウムから生まれたそれはわずかながらも飛行能力があった。
こいつもそのようなもののうちの一つで、翼が生えて鶏程度には飛べる力を持って。
寄ってきた手足を抱っこして、翼を広げさせてよく観察する。
手足はギギッと喜んでバタついた。
私の前でだけはコーギーぐらい人懐っこいんだけどなぁ。
オウムのそれを受け継いで、鮮やかな緑の翼が人体の肌を思わせる体からにゅきりと生えている。
体重も他の個体に比べてかなり軽く、骨も脆そうだ。
感染から3時間で孵化して、1日でほぼ成長最大限のサイズとなる。
感染に必要な幼生の量は非常に少ない。
私が直接噛めばさらに少なくて済むだろう。
おそらくその理由は、私の牙から同時に出る毒が免疫系に作用してスムーズに幼生を定着させるからだとか。
その繁殖力は脅威の一言。
ただ水に溶いただけで連鎖的に感染爆発し、感染した生き物を別種が捕食することでも感染していく。
まさに、世を滅ぼすことが可能な、無制限に増えて地に満ちる災いである。
灰原さんも地下室に来たらしい。
重苦しい扉の開く音と共に、軽い足音が響く。
「また来てたの?」
「今度はアイドルの曲を歌って踊らせようと思ってるんです。こいつら歌上手いですから、やらせがいはありますよ」
「別にいいけど見た目は最悪じゃないかしら…?」
灰原さんが胡乱な顔をした。
それはその通りというか、SAN値直葬間違いなしの絵面であるのは間違いない。
灰原さんの姿を見て、手足がいきりたって吠えつきながら檻の外側に噛み付いた。
ガシャンと檻が鳴り、ガジガジ涎を垂らす手足が「ギギギギャギャギャ!!!」といきりたっている。
めっ!ママンに吠えつかない!
厳しく叱りつけると、手足はしおしおのしおになってしょぼくれてしまった。
凄くショックを受けたらしい。
露骨に小さくなって震えている。まったくもう。
灰原さんがしばし手足を見て、わずかながら目を伏せた。
「貴方は、その子達のことをどう思ってるの?」
質問の意図がつかめず、私は首を傾げた。
萎れてしまった手足をゲージに詰め直して、プレイルームの外に出る。
灰原さんは物憂げだった。
「無為に生み出されて殺されていくこの子達を、貴方は熱心に面倒を見ているわ。そこに愛情があるとしたら、私のやっていることはあまりに非道と言うべきものよ」
「まさか。僕のための研究してくださっているんです。せめて僕の方でも何か制御の術がないか探したいと思ったのみ」
消費されるならせめて無駄のないように、弄ばれるならばせめて長く大切に。
そう言う消費者の傲慢でしかない。
そこにまともな情があるかどうかは別問題というものである。
私の言葉に、それでも灰原さんは納得しなかったらしい。
「そう」と言って静かに俯くのみだった。
「…………ごめんなさい」
囁くような声。
私はいまだしょげかえって震える手足を檻の隙間からつつき回した。
そして灰原さんに笑いかける。
「気にしないでください。貴方の愛に、僕はいつだって助けられています」
「空君……」
「こんなにも想われている僕は幸せ者です」
『傲慢な研究者の女よ。僕らにこれ以上ない愛情を注ぐ母君よ。貴方は最後に殺しましょう。愛をもって、丁寧に首を削ぎ落としましょう』
捻くれた肉体君がブツブツ言っているが無視。
地下の灯りは煌々と灯ったまま。
私たちは静かに同じ時を共有したのだった。
しばらく日が経って。
私はJリーグ会館でみんなと一緒にサッカー観戦をしている最中である。
すでに2個目の予告が毛利探偵事務所に届いているらしく、安室さんも一緒に事務所に詰めているとのこと。
まあ、できることは限られるが……こまめに連絡は取り合っている。
ちなみに、2個目の予告状について連絡したら安室さん、何故かキレ散らかしていたんだよな。
「いい度胸だ…テロリスト如きが…」とガチギレの様相であった。
もしかしたらテロ声明文の締め「では健闘を祈る」が例の東都タワー爆破犯と被ってたからかもしれない。
そんなの単に被っただけだと思うんだが、やる気が出たならいいことだと思うべきか。
でも偶然にしてはピンポイントに被っているのは間違いない。
もしかしたら爆弾犯界の流行の決め台詞なのかもしれない。
画面越しに広がるプロ達の激闘を見ながら、私はぼんやりと思いを馳せた。
歩美ちゃんが不思議そうに私に顔を向けた。
「つまんない?」
「いえ。生で見るのも素敵ですが、大画面で見るのもいいものだなと」
「そうですね!十試合同時に見られますから!」
「博士んちにもこんだけたくさんテレビあればジュース飲みながら観戦できたのによ!」
「貴方達、無茶言ってんじゃないわよ」
灰原さんが一喝すると、いい子の子供達は「はーい」と声を上げた。
阿笠博士の方はそれはそれでアリだと思ったのか、何か閃きそうな顔をしている。
たくさんの画面で新しい発明が思い浮かんだのかもしれない。
世の常識を塗り替える凄まじい発明もたくさんあるが、トンチキレベルも高いからな、阿笠博士は。
ああ、手足ももうちょっと人間に対して友好的だと、博士の面白発明時間がたくさん取れるのに。
今は手足の関係に時間が取られてしまって中々発明品を作れていないしな。
でも、手足を閉じ込めたままうまく定刻に餌をやる超頑丈な給餌機とかは作ってもらっている。
小さなうちに素早く戦争型を見分けて警告音を鳴らすシステムも博士の発明品だ。
その才能を遺憾なく発揮してくれているからこそ阿笠邸で事故が起きてないと言えるだろう。
並の研究所ではあっという間にパンデミックだし。
あいつら知恵が働く上に力があるから、頑張って金具を外して脱走するんだよな。
ともかく、本番はこれからだ。
試合は3時のキックオフから順調に進んでいる。
私はよそごとに気を取られつつ、ぼんやりポップコーンをパクつきながら観戦に勤しんだのであった。
・「手足」兵士型
安価で大量生産可能。
広範囲の戦場を制圧、虐殺、根こそぎ滅ぼす弾丸の嵐の代替品。
寄生型(疫病型)とセットで運用されるすべての基礎であり、世紀の発明である。
・研究者(故人)
「被験体の脱走前に愛しの兵士型に食いつかれて死んでもうた…本当はゴキブリに似せた単為生殖の機能もつけるつもりだったのに…しょぼん…」