鈴木大博物館にやってきたのは夕方だった。
今晩、怪盗キッドによる予告があるのだ。
そこで特別に園子ちゃんにお招きいただき、私たちは特等席でキッドとの対決を観戦できるわけだ。
博物館はキッド人気で満員御礼。
園子ちゃん様様である。
今日のメンツは女子高生三人組にコナン君と私の五人組だ。
世良さんは「探偵として興味がある」なんて言ってたが、本命はここにくるコナン君であることは明白だった。
なにせ見てるし。じっと。じーっと。
コナン君はキッドキラーとして次郎吉氏直々のお招きがあったので断れない。
タジタジで観察を逃れるべく、コナン君は蘭ちゃんの後ろに隠れた。
哀れなり……。
「空君も元気だったか?」と世良さんが片手をあげて私に挨拶する。
非常にボーイッシュな見た目は女の子にモテそうだ。
手遊びのトランプをそのままずい、と覗き込まれて私までたじたじになった。
完全にロックオンされている。
「それ。君もマジックが好きなんだってね。彼も、宙君もうまかったよ。…少し見せてくれないか?」
凄い圧かけるの上手いですね。
流石の私もおこである。
パララララ、とトランプを勢いよく舞わせてその全部をダイヤのエースに変える。
赤井秀一の暗示だ。血の暗示でもある。
そして来葉峠の暗示として、滝のように流れ落ちるその一枚をパチッという音とともに手中に収めて黒く変える。
それをしゅるるっと束に戻し、そのままケースにしまっておしまい。
ぺこりと一礼。園子ちゃんも蘭ちゃんが拍手してくれた。
私の意趣返しがわかったのか、コナン君が滝汗をかいている。
「いかがでしたか?」
「へぇ、凄いな!全然トリックがわからなかったよ」
「古典的なものなので調べればすぐわかるでしょう。どちらかというと指先の器用さが必要になる技術ですので」
「そりゃますます凄い」
全然凄いと思ってなさそうな、「お前阿笠宙だろ」感全開の視線だ。
それに私も「そうですけど証拠でもあるの?」という雰囲気をバチバチに利かせている。
コナン君が困り顔で汗をかいている。
その空気を苦にしたのか、園子ちゃんが「ところで、私もマジック練習したのよ!」と言い出した。
取り出したのは一本のコーラの空き缶である。
「私の念力で!この空き缶を元の形に直して見せます!はああああああ!」
ベキベキベキっという音と共に潰れた空き缶が手の中で元の形を取り戻す。
トリックは単純だが、非常に堂に入った立ち振る舞いだ。
私は本心からパチパチと喝采した。
「どんなもんよ!」
「凄い園子!不思議!」
「見事です園子さん!すごく動きが滑らかでしたし、堂々として視線誘導がしっかりしている!あとは指のシールの誤魔化し方と、缶に空いた穴をどれだけ完璧に下処理できるかですね!」
「…………それ、褒めてる?」
「とても褒めてます!トリックで一番肝心なのはオドオドしないことですから!」
自分で知ってるからこそ、嘘をついているという自覚があるからこそ動きは不自然になりがちだ。
それを堂々と落ち着いて見せているということは、幾度もタイミングを測って練習したのだろう。
まさに弛まぬ努力がその下地となっているというわけだ。
ふむう、とやや納得しきれていない顔で園子ちゃんが首を捻ってうむむと唸っている。
「ガキンチョに負けた…指導された…」と若干世を儚んで、蘭ちゃんに「凄かったよ!」と元気付けられているようだ。
手放しで褒めたつもりだったのに難しいものである。
いや、私がガキの姿をしているのが全部悪いんだが。
コナン君による詳しいトリック解説付き。
コナン君はコナン君で人の心がない。手品の種を明かすのはマナー違反やで。
ちなみに、ルパンにもちょっとおまけで手品を習っている。
これまた難しいのなんのって。
盗賊の極意とも共通する部分があるから、極めがいはあるんだよな。
今の私のルパン採点の点数は42点。
あまりの厳しさに涙がちょちょぎれそうな私である。
まあいいさ。
今回私はコナン君に無理を言って連れてきてもらったのだし。
せっかくキッドと会う機会を活用して、今回もご指導を賜ることとしよう。
到着した後は次郎吉氏自ら案内してもらいつつ。
宝石の展示室へと向かう。
どうやら亀君に宝石を貼り付けて展示しているらしい。
巨大で豪華な水槽で、一匹泳ぎ回る亀さんの姿が見えた。
その甲羅にはベタベタに宝石が貼り付けられている。
これは……亀君に不満はないのだろうか。
とはいえ、これは今回のキッドとの対決のためくっつけたわけではない。
前の持ち主が海難事故に遭った時、自分はダメでもせめて亀だけは誰かに引き取ってもらえるようにと、必死で亀に接着剤でくっつけたものとのことだ。
間も無く中森警部もやってきて、一時的に観客が外へと追い出されていく。
中森警部は私たちを見て顔を顰めた。
「また素人の観客か。キッドの変装の良い的になるって何回言ったらわかるんだ!」
「それを言うならぬしらの機動隊も同じじゃろう。あ奴は変幻自在の怪盗なのじゃから。それに、子供には変装できん。ゆえにこそキッドキラーじゃ」
かっかっか!と次郎吉氏が笑うので、コナン君が困ったように愛想笑いした。
それにしてもすごい警備だ。
二階のバルコニーにも機動隊がずらり。
水槽はサーチライトで照らされていて、亀君もちょっとだけ眩しそうだ。
と、そのあたりで人並みを押し除けて世良さんがトイレから帰って………来てない。
「ごめん!遅くなった!」って言ってる顔面は完全なラバー製である。
私は世良さんことキッドの袖を引っ掴んで困り顔をした。
「すみません、トイレに着いてきてくれませんか?僕どこかわからなくなっちゃって」
「もちろん、こっちだ」
キッドも私の言葉通りに受け取ったわけでもないだろう。
そのまま大人しく人通りの少ないトイレのある廊下の奥まった箇所に案内してくれた。
私は改めてぺこりと頭を下げた。
「怪盗キッド、またお会いましたね」
「だからさ、毎度どうしてわかるわけ?名探偵にはバレてなかったよね?」
「残念ながらそれは秘密です」
人差し指を立てて内緒話のポーズをした後、私は微笑んで見せた。
警察犬並みに鼻がいいことが知られると、次から現場に香辛料が撒かれかねないし。
考えただけでくしゃみが止まらなくなりそうだ。
キッドはにっと笑って私の頭をわしゃわしゃした。
「それにしてもお前、ついに戻れたんだな!」
「戻れた…?確かに見方によっては戻ったと形容できますね」
「んん?何か訳ありか?」
「そもそも僕はどちらかといえば二代目と言った方が正か」
瞬間。
殺人シュートがキッドの頬を掠めた。
怖い顔をしたコナン君が廊下の角に立っていて、パリパリとキック力増強シューズを光らせている。
「おい、表出ろよ。空は戻ってないしその話は触れるな」
「なんで!?!?俺なんかした!?」
すごく理不尽に怒られたキッドがオドオドと右往左往している。
あまりに可哀想なので私はキッドを庇った。
「待ってくださいコナン君!僕はまだ彼にマジックを教わってません!処刑は、処刑は勘弁していただければ!」
「俺なにされんの!?!?」
「ちっ、命拾いしたなキッド」
キッドに人権が無さすぎる。
コナン君てばクイーンの私より女王様じゃん。
私は「キッド!カッコいいですよ!いつも応援してます!!」とむやみやたらと元気付けた。
キッドは涙目になったようだ。
「良い子だなぁ…それに比べて名探偵はこんなんだし。人って大きくなると捻くれるんだな」
「うっせ。大体何しに来たんだよ。あの宝石あからさまに偽物だろ」
「喧嘩は買うのが主義なので。あ、そこ今3段目綻びあった。角度によっては違和感かも」
「あ、ここ。難しいですね…トランプは慣れてきたと思ったのに」
雑談しつつ手品を披露。
私は手癖でできてしまったズレを修正しつつ、トランプをしまった。
キッドがため息をついて肩をすくめる。
「なにかデケー訳ありっぽいけど、なんか手伝うことある?師匠のよしみで多少は動いてやらなくもねーけど?」
「!!渡りに船ですね。もしよければ、酒井卓という人間を探して欲しいです。ただ深入りだけはしないように。捨てアドあります?」
「これ。ここに送って。……ほーん、研究者?まあやるだけやってやるよ」
私が流れるように組織のデータを出したからか、コナン君が焦って私の肩を掴んだ。
「お、おい空!」
「大丈夫。キッドは信用できます。そして何より僕たちには時間がない」
「………」
「次僕が第四段階まで成長した時、幼生がどう変化するかわかりませんから」
私の性能は成熟と共に変化している。
細かな肉体的変化もそうだが、「兵器」としての性能が跳ね上がっているのだ。
研究を停止した今、不意なパンデミックだけは避けなければならない。
コナン君が長い沈黙を挟んでから、キッドに頭を下げた。
キッドがギョッとして目を見開いた。
「頼んだ、キッド」
「お……おいおい、名探偵がそこまでするレベルの事案なのかよ。俺そこまで伝手があるわけでもねーんだぜ?」
「今はなんでも良いから手掛かりが欲しい。オメーだけが頼りだ、キッド!」
キッドは目つきを鋭くして、優雅に一礼した。
「そこまで言われては、私も腕がなると言うもの。良いでしょう。これは貸しにしておきますよ」
月下の奇術師としての姿を見せた後、キッドはイタズラげに笑ってぽふんと煙で身を包んだ。
「というわけで、あばよ!」と言う声と共に、姿が一瞬で見えなくなる。
残ったのは、彼が来ていた世良さんの服のみ。
ご丁寧に畳んでそっとシートの上に置いてあった。
そんなわけで、事件は無事解決。
現場には「どうも偽物の可能性が高いので手を引きます。貴方も怪しい話にはご注意を」と描かれたキッドカードが残されていた
キッドが居ないことに博物館の外の観客たちはがっかりしつつ、しめやかに幕を閉じた。
去り際、救助されて無事服を取り戻した世良さんが声をかけてきた。
どうにも納得し難い、と言うような顔をして私を見る。
「君とコナン君はどういう関係なんだい?」
「それはもちろん、友人ですよ」
「それにしては仲がいいというか、奇妙な感じに見えるけど」
今日の2時間もない間で、そんなふうに思ったのか。
確かに撫でられたり父親目線で見られたりしてたけど。
隠しきれぬパパン臭が香っていたのかもしれない。
私はにっこり笑って誤魔化した。
「友情の形は千差万別です。そうだと思いませんか?」
「答える気はないと」
「さて。余人には知る必要のないことですよ」
笑みの形だけで、私はそれが阿笠宙と同一のものだと言うことを示す。
どこかミステリアスに、軽薄でとらえどころのないバーボンの笑みだ。
世良さんは私をじっと見据えて、口を噤んだようだった。
・頭が良い人から見た翻訳
世良「お前阿笠宙だろ。薬で小さくなったんだろ」
空「貴方に話すメリットが無いですね」
世良「情報を握るこちらと敵対するつもりか?」
空「貴方の身分を明らかにすれば考えないでも無いですよ。例えば警察組織関係だったりします?」
世良「むう(MI6並感)」
コナン「お前突然すげー水面下でバチバチ始めるじゃん」