少年探偵団のバッジを通じて呼び出されたのは、近所の公園であった。
少年探偵団バッジはこの度私が皆にわけてもらったものだ。
トランシーバー機能付きで、かつ犯人追跡メガネで位置を追えるようになっている。
小型なのになかなかの高性能で、阿笠博士の確かな腕を感じさせる。
実は私の分のみちょっと改良が加えられてたりする。
通常のバッジは人間の可聴域外の高音がずっと鳴っていて、私にはちょっと持っているのがキツかったからた。
調査の結果、下も上も人間より広い可聴域が私には備わっているようだった。
まあ、これはおそらく研究者達にとっておまけのようなものだろう。
どっちかと言えば聴能の方を強化しているはずだ。
音の聞き分けや、どちらの方角から聞こえてくるかの性能のことだ。
少なくとも現段階では猫程度には高い精度で聞き分けられることがわかっている。
獲物を狩るための必須能力だ。
でもそのせいで掃除機の音がちょっと苦手。
そのせいで、小学校への道はさらに遠のいたと言ってもいいだろう。
つまりうるさいところが苦手って意味だからな。
テンションMAXの小型犬がテン上げで爆走する教室に放り込まれたらストレスで禿げるかもしれない。
いや、私は転生者ゆえに我慢はできるが。
そんなことをつらつらと考えつつ、公園に到着。
「待ってたぜ空!」と元太君が元気よく手を振ってくれた。
見知らぬ男の子も連れているようだ。
たしか学校で依頼人が来たから事件の捜査に協力しろという話だったか。
あれが依頼人なのだろう。
「ご依頼の内容は?」
「あのね、私達で猫を探すの!この子の猫!」
「ど、どうしましょう歩美ちゃん、空君の分のヤイバーカードがありませんよ!?」
「そうだった!ねえねえもう一枚無いかな!?曽良君も少年探偵団の一員なの」
「僕が集めたのはその4枚だけだよぉ」
子供達がどんよりと俯いてしまった。
どうやら依頼料にヤイバーカードをもらっていたらしい。
私は「構いません。僕は必要ありませんから」と言ったのだが、少年探偵団諸君はその言葉に憤ったようだ。
3人とも私に詰め寄って口々に叫んだ。
「ヤイバーカードですよ!?それもゴールデンヤイバーカード!ここで手に入れられないなら一生見ることはないかもしれないんですよ!?」
「そうだぜ!俺だって初めて見たんだぜ!」
ふーんと思って検索にかけてみると、確かに珍しいカードであることがわかった。
現在はカードショップで10万円ほどで取引されているようだ。
思ったより高額で慄くなど。
そんなのを4枚用意とは、やるなぁ依頼人。
そのカードを売っぱらった金で探偵雇った方がいいと思うなど。
まあ、傷有りだから10万そのままで売れるとは思わないが。
なお、依頼は猫探しらしい。
地味に難易度高い依頼を持ってくるなぁ。
「とりあえずこの辺を探し歩きましょう!」と意気込む光彦君について歩き出す。
私はひとまず依頼人君に問いかけた。
「いなくなった猫は外を歩く経験がありますか?つまり元々保護猫であったり、外飼いであったりとかは」
「ううん。家の中にいるよ。でもよく居なくなるんだ」
「……それは、少し厄介ですね」
外に慣れている猫は行動範囲が広く大胆だ。
家の近くの暗がりに隠れているだけと期待しない方がいいだろう。
ふむ、と考え込んで腕を組む。
少年探偵団は意気込んでズンズンと練り歩いていふ。
慌てて私もはぐれないようについていけば、コナン君が私に話しかけた。
「悪いな、変なことに付き合わせて」
「構いません。僕が好きで行っていることです」
少年探偵団との交流は日常のアクセントにはぴったりだ。
老人が時々来る園児を可愛がるみたいなものだろう。
転生者なんて人生二度目のご老人でしか無いからな。
そのように考えていると、コナン君が穏やかに微笑んだ。
「お前、最近表情が若干柔らかくなったよな」
「そうでしょうか」
「若干だけどな。前は機械みたいな印象だったけど、今は普通の無表情ぐらいだ」
「大きな違いを感じられない表現です」
それってつまり仏頂面。いや私緊張してる言うてるねん。
天下の主人公の辛辣な表現に、私は内心ぶすくれた。
「それに、意外と人間味もあるみてーだし。ここでの生活に慣れてきたみたいで安心したよ」
「………僕もヒトをベースに作成された生物兵器ですので。人としての温かみがあるとすれば、それはオリジナルの温かみでしょう」
すかさずバーボンをヨイショする。
現段階では単なる組織幹部でしかないからな。
こうやって仲間に引き入れる伏線を撒いておいて損はない。
コナン君はやや眉間に皺を寄せて異論を示した。
「お前の人格が善性だった、って可能性も残ってるぜ?」
「ヒトを引き裂き殺戮の中で愉悦を啜るようデザインされた生き物が、そのように表現できようはずもありません」
「でもお前はそうしない。言葉で分かり合える奴だ」
まっすぐな瞳が私を貫く。
難しいことを仰るものだ。
人間にとって、言葉で分かりうことこそが一番の難題だと言うのに。
というか、この肉体たる生物兵器はマジでそんな生やさしいものではない。
日々生活するにつれて私も分かって来た。
血に飢えている、なんて安っぽい表現は不適切だ。
もっとシンプルに、人の味を覚えた大型のヒグマとでも言うのが相応しいだろう。
街中に置いておけるものでは無いのだ。
肉体の欲求は私が魂の理性でキャンセルしているが。
これで転生者なしの怪物が解き放たれていたらどれほどの被害になったことか。
ぼんやりとそんなことを考えていると、コナン君が険しい表情を見せた。
「おい、また余計なこと考えてるだろ」
「さて。心当たりがありません」
誤魔化しつつ周囲を適当に散策する。
不意に、穏やかならぬ匂いが鼻をついた。
思わず眉を顰める。
「っ、すごい匂いですね」
「匂い?」
「血液です。結構な量ですが、屠殺場が近くにあるわけでもない様子。少しばかりきな臭いですね」
肌がザワザワする。
どうやら肉体は本能的に獲物を求めているようだ。
なんとなく落ち着かない気持ちになって、私は拳を握りしめた。
匂いの大元たる建物を注視すると。
ひょい、と窓から姿を現した猫が血だらけの状態で現れた。
猫はにゃおーんとブサ可愛く鳴きながらこちらに近寄ってくる。
正確には依頼人の元に、か。
撫でろと言いたいらしく、血まみれのままゴロンとアスファルトに横になった。
この猫は無傷だ。
ということは、何か血液源が他にあるということだが。
「如何しますか?」
「念のため確認する!」
言葉短にフェンスを乗り越えたコナン君に、私も続いてビヨンと垂直跳びで乗り越えていく。
子供達も揃ってわらわらと頑張ってよじ登りだした。
そこは浴室であった。
高めの灯り取りの曇りガラスが半開きになっている。
そこから中を覗くと。
男性の死体が一つ、無惨にも血を垂れ流したまま放置されていた。
撲殺されたらしい。
頭から血を流して、湯の中に半分突っ込んだまま倒れ伏している。
コナン君が「お前ら警察に連絡しろ!」と叫んだ。
わあああ、と子供達が公衆電話に駆けていく。
まだスマホを持たせられていないからだ。
幸運にも近場に米花駅があるから、公衆電話もあるだろう。
コナン君は一旦足場代わりの大きなスチールゴミ箱から降りて考えを巡らせ始めた。
私は壁に張り付いて様子を見ることとする。
すると子供達の悲鳴を聞きつけたのか、浴室に男が一人駆け込んできた。
おや、あれが犯人か。
死体とそっくりな顔立ちで、兄弟か何かだと思われる。
先ほどの子供達の声を聞いてバレたのを理解したのだろう。
死体の血を洗い流し、そのまま別の部屋へと死体を引きずっていった。
「どうやら死体を隠すようです。血を洗い流して運んでいきました」
「っ、どんなに急いでも警察が到着するまで15分はかかるぞ!」
「出入り口を見張る……いえ、単純に乗り込んだ方が早いでしょう。話が単純で、手間がない」
「っ、来い空!俺たちで止める!」
私たちは子供だから、警察の信用も低い。
イタリアの強盗団の件で多少信用は得られているが、死体を隠されたら最悪イタズラだと思われてしまう。
玄関の扉は開いていた。
そこから、物音のする部屋まで一直線。
私の耳は人よりも随分と敏感だから、この程度の音を聞き分けるのは些細なことだ。
二階でごそごそ死体を着替えさせていた男は、私たちの姿を見て驚愕に目を見開いた。
コナン君が犯人を鋭く追求する。
「おじさん、その死体をどうするつもり?」
「…お、お前達は逃げたんじゃ……」
「もう間も無く警察が来る。観念しなよ」
犯人は沈黙した。
血走った瞳で肩を戦慄かせて、私たちを睨みつけた。
「まだだ、お前達の口を塞げばいいだけのこと!」
「逃げ惑う二人の人間を二人とも無手で処分するのは、いくら相手が子供であろうとあまり現実的ではないと思いますが」
「うるさい!お前達が、お前達がいなければ!」
飾ってあった銅製のトロフィーを振りかぶって、こちらへと猛然と走り寄ってくる。
すかさず、私がコナン君の前に出て対処した。
軽く振り下ろされたトロフィーを避けて、下がってきた上半身に合わせて首に蹴りを一発。
それだけで意識を刈り取ることに成功した。
うむ、随分と手加減がうまくなったものだ。
でもこの部屋に立ち込める死の匂いが、私の肉体を昂らせる。
瞳孔が開く感覚に背筋がゾクゾクする。唇が勝手に孤を描いて、興奮しているのが分かる。
「空、それ以上手を出すんじゃねーぞ」
「………はい。あなたの御心のままに」
ピシャリとコナン君が静かで鋭い声を出した。
やべぇ、コナン君に猛獣扱いかれた。
内心しおっとしながら、念のため裸で放置された死体の生存確認をする。
やはり死んでいるようだ。
しばらくすると、警察を引き連れて少年探偵団が現れたようだ。
「無事かコナン!」
「空君!大丈夫!?!?」
歩美ちゃんが半泣きで私たちに駆け寄って来た。
私は本能に侵されそうな思考を切り替えて微笑んだ。
背後にいるのは目暮警部だ。
恰幅のいい警部さんで、推理はできないが人望は十分以上にある。
私たちを見て、ズンズンとやって来て肩を掴んだ。
「君たち!死体があったと言うのは本当かね!」
「あちらの裸の男が死体です。すでに脈が無いことも確認済みです」
「っ、ならばこちらの男は」
「犯人だよ!僕らに犯人を見られたから、死体を浴室で洗って誤魔化そうとしたみたい」
「!!!ほ、本当だ……もう息も無い!」
目暮警部が大慌てで部下に指示を出す。
この犯罪都市の捜査一課として馬鹿ほど忙しい日々を送っていると言うのに、わざわざ子供の言葉を聞いて駆けつけてくれたとは。
頭が下がる思いだ。
「ご多忙の中僕たちの言葉を信じて来ていただきありがとうございます、目暮警部」
「かまわんよ、それがワシらの仕事だからな。というより、最近の子はみんなこうなのかね。ワシの子供の頃はもっとこう、ちゃらんぽらんだったが」
目暮警部が心配そうに私を見つめた。
そりゃ子供の姿をした高校生一人、生物兵器一人だからな。
少年探偵団は小学生一年生の上澄みだし。
高級住宅街近くの私立小学校たる帝丹小学校も上澄みっ子の集まりだ。
そりゃ側溝で泥だらけになってザリガニ捕まえるノーマル小学生とは一線を画すだろうよ。
目暮警部が私の頭をヨシヨシと撫でて、好々爺の表情で困り顔をした。
「それにしても君たち、危険なことをしちゃいかん。犯人の家に突入するなど、殺されてもおかしくなかったんだぞ」
コナン君が誤魔化し笑いモードに入った。
私はその分の怒りを逸らそうと、素直にぺこりと頭を下げておく。
「申し訳ありません。向こう見ずでした」
「だがそのおかげで犯人の偽装工作を見抜き、いち早く逮捕ができた。二度とやっちゃいかんが、お手柄だったぞ」
「………はい」
うーむ善性の極みみたいな人であることよ。
「ところで、犯人はどうして気絶しとるんだ」
「僕たちに見つかって、慌てて動こうとして足を滑らせちゃったみたい!」
コナン君が流れるような大嘘をついたので、思わず私は笑ってしまうところだった。
・ヤイバーカード
クローンの分はない。
つまりコクーンには乗れない。
・クローン主の気性
魂はのほほん。肉体は人の味を覚えたヒグマ。
本来の運用としては、殺人ヒグマをコマンド操作で使いこなす形。
ただ、知恵もあるのでそのうち約束されし反逆がある。