今、眠りの小五郎が目の前で推理を披露している。
予定外のことは数多くあった。
コナン君がイージス艦側の動向を探ろうと「僕トイレー」を連発したせいで、蘭ちゃんに捕獲されたこととか。
そのまま二人が艦内で迷っているうちに、注排水弁から人の腕が発見された現場に居合わせたとか。
それが笹浦一等海尉の腕だと判明して、一番驚いていたのは当のスパイだったとか。
もちろんすぐに私の呼び出しでコナン君とともに尋問したのだが。
本人は完全に寝耳の水で「日本側がどこまで漏らしたか尋問した後始末したんじゃないのか?」と言い出す始末。
「日本も意外と動きが早いな」と感心していた。
んなわけあるかいな。
だがそうなると他に犯人がいるわけで。
私は前世の知識としてそれが偶然の事故だということを知っている。
具体的には、「スパイに情報を渡しているところを見られた笹浦一等海尉が、逃げる途中で足を滑らせて崖から転落した」と理解している。
だがその事実は未だ闇の中。
いくら私の件で忙しいと言っても、殺人犯がいるかもしれないのにコナン君は放っては置けない。
というか、放っておくと海保が首突っ込んでくるかもしれないのでなるべく早く片付けたい。
そんなわけで推理ショーは定刻通り開催されたわけである。
眠りの小五郎がICUの椅子に深く腰掛け、その推理を披露している。
今回の犯人と呼べる人物、すなわち海保のうっかりさんは既に犯行を自供した。
呼び出されたスパイの方も、己の計画の全てを白日の元に曝け出され、肩をすくめて首を振った。
「降参だ。だが人道的な扱いをしてくれると助かる」
「……貴方が人質に取った勇気君の両親は無事ですか?」
「あのガキの自宅だ。だがまあ、どうやら公安が動いているようだから今どうなってるかはわからんがな。竹川も捕まったか」
「…………」
そう、事前にコナン君の腕時計型衛星電話機で安室さんには説明済みだ。
彼には先回りして逃亡を企てていたスパイ共犯の竹川を追ってもらっていた。
既に確保連絡も入っている。
スパイに囚われていたご両親も解放済み。
ここでわざわざコナン君が触れたのは、今後の捜査で公安が巻き取りやすくするためにすぎない。
せっかく海保、海自、捜査一課が協力体制を築いたのに獲物は全部公安に掻っ攫われていましたでは現場の憤りが高まるからな。
やはりというべきか、スパイを護送する迎えのヘリには風見さんが同行していた。
そして威圧的に捜査一課を睥睨して、冷たく言い放った。
「Xの身柄は我々が預かります」
「な……まだ我々が捜査中で」
「不要です。全てこちらが巻き取ります」
ちらりと風見さんが私を見る。
このスパイさんは私の幼生に感染しているから、扱いは本当に慎重にならなければならない。
例えば出血した時など、細心の注意が必要となる。
そんなものを普通に別の捜査機関に任せられない、というのならその通りだ。
そのままスパイさんが連れられ、ヘリが飛び立っていく。
まったく、散々だった体験航海も終了の時間だ。
ゆっくりともとの舞鶴湾に戻っていく。
電波が入るようになってすぐ、スマホが鳴った。
Xの上層部に関するデータを安室さんに送信しておいたから、それも読んでくれたのだろう。
非通知でかかってきたそれを取ると、いつもの彼の声が聞こえてきた。
『やあ。お疲れ様。コナン君も君もお手柄だったね』
「はい。ありがとうございますオリジナル。できるだけ長くXを檻に留めておいてもらえると助かります。特に、本国と絶対連絡できないように」
『了解。スパイなんて元々そのつもりで対応するし、問題ないよ』
降谷さんの声は平坦だ。
抑揚がないというか、スパイに対する怒りがないというか、本来激情家の降谷さんらしくないというか。
私は怯えて声を小さくした。
「あの……怒っていますか。日本を、その、危険に晒していることを」
『……?ああ、そうか。ここは怒る場面だったな。しまった。ごめん空君、上手く繕えなくて』
言い回しがなんだかおかしい。
え、本当は怒ってないけど怒ってるふりするべきだったと思ってるってこと?
なんで???
『そんなのオリジナルを完膚なきまでにぶっ壊した貴方の責任でしょう。貴方が日本を大事にしろっていうから律儀に大事なフリしてるのに、失礼ですよ』
!?!?!?!?!?
私は肉体君のツッコミに混乱してあちこちに視線を乱した。
いや、私はただ日本を守る情熱に胸に秘めた降谷さんが好きなだけで!
壊れたまま以前の己のように振る舞う悲しきマシーンを作りたかったわけじゃないんだが!?
『何驚いてるんですか。人の心が無いのもいい加減にしないとなんらかの罪に問われますよ。ほら、早くフォローして』
うす。
私は慌てて何か言おうとしたが、どうにも言葉が出てこない。
長く沈黙していたせいで、降谷さんは「こ、ごめんね。本当にごめん。うまくできなかった」とだんだん酷く取り乱し始めた。
違うんだ申し訳ない本当に違うんだ!
なんか落ち込んでたようだけど時間も空いたし、もうとっくに復活してるとばかり思っていて!
「あ、その。いえ。ぜ、全然お気になさらず。ともかく、送った分以外で確認したいことはありますか?」
『っ、奴の脳には幼生が寄生してるんだろう。ベルモットと同じような形になっていると見ていいのかい?』
「いえ。始末を主軸に置いていましたので、人の脳の支配を司るタイプと、孵化するタイプ。二つの混合を投与しました。どちらも増殖抑制してあります」
一応話の主題に戻れたようだ。
幼生には今までのところ3種類。
通常のタイプに加えて、人の脳に棲みつき、長期的な操作を可能とする「支配型」。
脳の中枢神経を破壊する、未だ発生原理不明な「飢餓型」が存在している。
今のところ、支配型や飢餓型が孵化する事例は確認されていない。
もっとも、分裂増殖すると通常タイプが生まれるみたいでそちらは普通に孵化するがな。
『そうか、了解した。……それにしても、惜しいな』
「なにがですか?」
『君の幼生が全世界にばら撒かれてしまえば、もはや君を狙うものは誰一人いない。君を玉座に人は平和を手に入れるのに。残念だなと思ってね』
ふむ。さてはこの人寝てないな?
私は首を捻った。
ちょっと疲れすぎて変なことを言っているだけだろう。まったく多忙は程々にしろと。
「あはは、やだな。国家統一された程度で人は平和を手にできたりしませんよ。教師を戴いたひとクラス30人前後で諍いが発生するんですから」
『その通りだな。だが夢があると思って。できれば日本を贔屓にしてくれると助かる』
「もちろん、そうなったら存分に贔屓しますとも」
多少の冗談を交えつつ、私は降谷さんとの会話を終えた。
スパイの扱いは降谷さんに任せればあとは心配ないだろう。
よし、と私は満足して頷いた。
地上に到着すると、港で待っていたらしい灰原さんと阿笠博士が急ぎ合流することができた。
駆けつけた彼らは私を見て安堵したようだ。
灰原さんが私を抱きしめて悲痛に眉を歪めた。
肉体君が「あ、母君だ!」と子供のようにはしゃいだ。
「どこも怪我してない?」
「ええ、僕は平気です、灰原さん。コナン君が妙案を出してくださいましたので」
「そう……工藤君、私がすることはある?」
「大丈夫だ。今日は帰る以上のことはない。あとは安室さんがなんとかしてくれるはずだ」
それを聞いて、ようやく灰原さんも安堵したようだ。
はあ、と安堵に胸を撫で下ろした。
「けどあの男、大丈夫なの?少しおかしい気がするけど」
「それは…まあ、そうだけど。でも頭脳のキレは本物だぜ?」
「頭だけ良くても困るわよ。空君の教育に悪いわ」
降谷さんの可笑しい扱いに涙が止まらない。
私のせいだって?そのとおりです………。
さて、この辺りで電話があった。
相変わらず非通知。みんな非通知使うせいで非通知着拒機能使えないじゃんね。
電話に出ると、怪盗キッドの爽やかな声が耳を打った。
『よ、坊主。元気か?』
「いったいどうやって僕の番号を…メールアドレスは渡しましたが」
『そこはナイショ。で、早速だが見つかったぜ、例の研究者の居場所』
「!!!」
驚きに目を見開く私に、キッドは得意げに宣言した。
『杯戸中央病院に技士として勤めてた!!どうよ俺凄くね?』
いや都内かよ組織に追われてるくせに肝太すぎか?
・降谷さん
クローン至上主義。
君が日本を大切にしろというなら、そのように振る舞おう(お目目ぐるぐる)
・研究者
研究するには実験用モルモットがたくさんいる場所が適してるなと思って。
組織に見つかったら?
まあそんときゃそん時でしょ!