深夜のこと。
コナン君はわりと狙撃事件にかかり切りで、今日も帰りが遅かったらしい。
屋敷の外に害意を感じて、私は夜中にごそごそと服を着替えた。
お客さんが来るだろう事はわかっていたからな。
流石に裸足の寝巻きで攫われたくはない。
特にこのナイトキャップ灰原さんが買ってくれたやつでお気に入りだし。
私は連れていかれても捕殺されても、特段の問題はない。
予定通りというか、原作にない異物が消えるだけだ。
気をつけるべきは、灰原さんたちに危害が加えられることだけだろう。
まあ、基本無抵抗を貫けばいい。
子供のふりをして哀れみを誘って潜り込んだとでも言えば、そこまで厳しい目が灰原さん達に向けられる事はなかろうよ。
例の研究者から押収した、私の回線と繋がる機器にも一応その旨のメッセージを残してある。
地下研究は凍結した時に全て廃棄したし、データはナイトバロンを流用して手を出されると削除されるように博士が組んでくれた。
後顧の憂いはない。
そろそろと居間に出ると。
灰原さんが、待ち構えるようにそこに立っていた。
私の昼の様子から何かを察していたらしい。
しまったな、あまりに終活が露骨すぎたか。
「どこへ行くつもり?」
「ちょっと寝つきが悪かったので、散歩です」
「嘘」
ピシャリと灰原さんは断じた。
そして私の手を取り、厳しい視線でまっすぐに向かい合う。
「言ったわよね、私たちに任せておけばいいって」
「僕は少し、あなた方が護るには重く有害すぎますので」
私は肩をすくめて、努めて口調を軽くした。
冗談を言っているみたいに聞こえれば、なんとか灰原さんが許してくれないだろうかと期待して。
「貴方が大切なんです。コナン君が大切なんです。阿笠博士が大切なんです」
「なら私たちの幸せのために、一緒にいて」
「割に合いません。負債が大きすぎる」
まあ、これに尽きるだろう。
私は国家の手にあるべきではない。それが欲望を暴走させることになるから。
私は民間の手にあるべきではない。それが事故で氾濫するとき、誰にも責任が取れないから。
どこにもあるべきでないなら、自ら始末をつけるべきだ。
下手に死ぬと死骸からなんか生まれるかもしれないから、死ぬとしたら専門の施設があるといいなとは思っていたのだ。
ちょうど今、そこにご招待してくれるのだから、それを逃す手はない。
「ええと、僕は『何も知らない家庭に子供のふりをして紛れ込んで、事情発覚後も情に訴えて匿ってもらってた』という体で話します。なので灰原さんもそれを踏まえて証言してください」
「待って、何が迫っているの、何が起きようとしているの!?」
「メイラー大を発端に、国が動き出したという事です。これを早く阿笠博士に伝えてください。整合性を保つために!」
そろそろ時間がない。
私が声を荒らげると、灰原さんが叫んだ。
「やめて、行かないで!私をおいていかないで!!!」
「お元気で。……貴方のことを、いつまでも大切に思っています」
「嫌よ!絶対に離さない!」
「罪を背負うのもそこまでに…」
「罪じゃないわ!!!」
灰原さんが、喉の奥から搾り出すような声を出した。
切なる響きとして、魂からの言葉として、それを溢れ落とすように口に出す。
「私は、貴方を、家族だと思ってるの…!」
「───!」
「家族を失うのはもう嫌なの!護らなくていいから、一緒に死んだっていいから、最期まで一緒に居て……!」
宮野明美と同じ立場とは、これまた光栄な事だ。
絶望の叫びに、一緒に連れて行きたい気持ちがむくむくと溢れ出す。
でも残念。
転生者たる私が根本的に彼女を連れて行ける事はあり得ないので、彼女には幸せに生きてもらうより他ないのである。
「明美さんの気持ち、今ならよく分かります」
「え」
「失礼」
衝撃を与えて、灰原さんを気絶させる。
そっとソファに横たえてから、私は改めて玄関へと向かった。
玄関扉を開いて、パタリと外へ出る。
私の嗅覚には隠れ潜む特殊部隊の気配が手に取るように分かった。
そのままとことこ歩き出す。
「動くな」
門扉にたどり着く前に、背後から拳銃を突きつけられた。
両手を上げると、首筋に何が注射される。それでも抵抗しない。
そして次第に意識が薄くなっていく。
外見は普通だが、明らかに内部が改造されたバンが道の向こうに停まっていた。
このまま空輸だろうか。
私の意識があったのは、それまでである。
あるいは、それをお隣さんが窓の外からじっと眺めていたのかもしれなかったが。
目を覚ますと、広い手術室だった。
八つのライトが天井から煌々と差し込み、四肢は完全に拘束されている。
武器になりそうなものは何一つない。
無機質な白い部屋に、後から取り付けられたらしいテレビモニターのようなものが機器が設置されている。
部屋は完全に密閉されていて、なんともSFじみた重厚な扉だけがたった一つの出入り口だった。
画面が点る。
知らないコーカソイド系の男性が、やや荒い画質の画面から問いかけてくる。
『聞こえているかね』
「はい。画面が映り、音声も明瞭です」
英語だったので咄嗟に英語で返した。
あむぴも英語ができるらしく、この辺はお茶の子さいさいだ。実に便利。
『結構。君には聞きたいことがいくつかあるんだ。いいかな?』
「どうぞ」
『まず、君の生まれた経緯を聞きたい』
どうやら色々整合性を確かめて行きたいようだ。
この局面で時間が稼げるのなら、それ以上にありがたい事はない。
一つ一つ丁寧に答えていく。
もしかしたら組織壊滅に向けてFBIの予算が倍増するかもしれんし、この辺は詳細にな。
うっかり前世の知識を含まないよう、慎重に情報を整理する。
誤解がないように明瞭にしていくことを意識すれば、比較的スムーズに話は済んだ。
しばらく話していくと、画面越しに男は頷いた。
『では、次は君の話をしたい』
「僕……と、いいますと?」
『君は、人類をどう思うかね?君を作った研究者、我々、君を匿った人々。彼らをどう思う?』
気軽な調子で、まるで雑談とでもいうかのようなトーンである。
だがその声の裏の意識は、ここまでの一番の本題として注意を浴びていた。
何を馬鹿な、事ここまで至って私の意思など関係ないというのに。
私は転生者目線であまり参考にならないし、せっかくなので肉体君に応えてもらうこととしよう。
肉体君を表に出すと、私の意図を理解したのか肉体君は一瞬大きなため息をついた。
それから、心底からの憎悪に顔を歪めて言い放つ。
「滅ぼしたいと思っていますね。憎い、悍ましい、絶対に許さない、死んでくれ。僕をこのようなどうしようもない形にして生んだすべてよ、疾く滅びるがいい」
『………!』
おお、凄い。
カメラ越しでもきっとわかるだろう、凄まじい怨念が全身から放たれている。
なんか聞くだけで呪いのビデオとかになってそうな勢いだ。
肉体君が内側に戻り、ブーブーと私に不平不満を述べた。
『なんで僕にこんな真似させたんですか。いや分かりますよ。母君達が騙されたことを強調するためですよね。あと利用しようとせず早めに殺させるため』
私は静かに微笑んだ。
そう。無理心中に付き合ってもらうための施作のひとつだ。
肉体君はもう一度ため息をついてぶすくれた。
『これじゃ僕まで死んでしまうじゃありませんか。いや、今更ですけど。母君達のためなら、死んだって仕方ないとは思いますけど』
おや、随分と丸くなったものだ。
あんなにも荒れ狂っていた憎悪の塊が、日を追うごとに角を削られ、こんなにも柔らかく解きほぐされた。
それは間違いなく彼女達の功績だと思うのだ。
今たとえば私が居なくなったとして、きっと肉体君は人を滅ぼすのをなんだかんだ躊躇ってくれるだろう。
『おい余計なことを考えていたでしょう。僕は人間なんて嫌いです。滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ』
なんか高確率で私の考えてること肉体君にバレるんだよな。
変な回路でも繋がってる?
画面の中の男がふむ、としばし沈黙してから口を開く。
『これから、君たちには各種実験に参加してもらう予定だ』
「お断りします」
『君たちに拒否権はない』
「いいえ、あります。僕には取りうる手段がある」
『………何を』
「『死ね』」
己の体内を含めた全ての幼生、全ての手足に向けた最大威力の命令だ。
これを発するために力を蓄えてたんだよな。
どこまで届くかは未知数だが、寝てるうちに採血しただろう私の血液にも届くといいなと思う私である。
勿論だが、体内の幼生が突然全部死んで生きられるほど、クイーンは頑丈ではない。
胃や腸と一体化していた幼生が剥がれ落ち、私はにわかに喀血した。
どうやらこの命令、クイーン自身には効かないらしい。
すぐに死ねないということだ。なんたること!
「馬鹿な…毒を隠し持っていたのか!?おい、早くあの部屋を開けろ!」とにわかに画面の向こうが騒がしくなる。
おいおい、迂闊だぞ。
もし私が本気なら、多少の幼生は生かしておいて私の肉体から食い破らせて氾濫させるんだからな。
研究員を殺したいわけじゃないからしないけど。
ああ、世界が遠い。視界が遠い。
緩慢な死は辛いから、少しの間寝ていよう。
手術台の明かりは瞼を閉じても少し辛い。
そうして、私は眠りにつくのだ。
死の眠りに、悍ましき転生に至る眠りに。
ちなみに、この数日後必死の救命活動の末に苦しんでから死ぬことになった。
ちっくしょうもう二度とやらねえ。
・軍事研究所
大変だ!貴重な被験体が死んでしまった!
あれ、なんか内側にあるぞ!
子供がいたらしい!育ててみるべ!!!
・三代目
失敗した次代のクイーンはコマンド外かよ。ちぇっ。
記憶無いフリだる……。
灰原さん元気かなぁ。