こんにちは、三代目こと私である。
なぜか米国研究所で育成されている今現在だ。
処分しろよ人類を滅ぼしうる生物兵器だぞ!と、憤ってもなんともならぬ状況にムシャクシャが止まらない。
多分育ててみたかったんだろう。
小学校のカブトムシじゃないんだから生物兵器を拾って育てない。
真白いばかりの部屋で、今日も与えられた問題を解き終わる。
「全て設問を回答しました」
『上出来よアンセル。15分の休憩が与えられるから自由にしていいわ』
神の加護を意味する名前だ。
さてはて、守って欲しいのは私のことか自分たちか。
私にはアンセルという名前がつけられていた。
毎日毎日クソつまらん性能検査で、早くも飽きが出始めている。
一応おもちゃも与えられるが、情操教育のため道徳的な絵本とか聖書とか。
あとは積み木みたいなごく簡素なものばかりだ。
もはやまともな娯楽は聖書のみ。
物語代わりに何周したことか。
アムピの優秀な脳だと覚えちゃうんだぞ!敬虔な信徒でもないのに!
などと憤っていると、15分の休憩も終わりを迎えた。
次は三日おきの面談だ。
私には実験以外にもいろいろな予定が詰まっているのだ。
私の個室に入って来たのは、カウンセリングのお姉さんだ。
私の情緒の発達の監視し調査するという名目である。
そのままニマッと、サル顔おじさんの声で話し始める。
監視カメラだけで、音声データがないことを利用しているのだ。
「どーよ。調子は」
「大きくなれません。はやく大きくなれー!と祈って屈伸してるんですが」
「あのね、それで大きくなったら生き物ですら無いの。分かる?」
「でも前はこれで大きくなりました」
あそう、とクツクツ笑って女性らしい仕草で椅子に座った。
見た目と声の誤差で脳がおかしくなりそう。
愉快なルパンおじさんは、足長がてらこうして侵入し、私に近況を伝えてきてくれている。
盗みの提案は私から断っている。
前の焼き直しになるだけだし、できれば打開策を見つけてから逃げ出したいからな。
「しかしなんつーか、この研究所でのお前さんキャラ違わね?」
「それはまあ。記憶がないふりをしていますから。この何もない環境下で育った情緒の薄い子供を装っているだけです」
「律儀だねぇ」
ルパンは呆れたように手元のバインダーをくるくる回した。
せっかくなので頑張って「研究所の望む理想の被験体」を演じてやろうと努力を続けている。
ちゃんと教えられた通り聖句も誦んじるし。
常に丁寧に、親切にを心がけつつ表情は動かさない。
これに心打たれる研究員も出てきているようで、待遇改善を上に掛け合ってくれている。
ひとまずのところ狙いの利益は出ているといったところか。
私は咳払いして本題を切り出した。
「それで、灰原さん達の様子はどうです?無事ですか?」
「大した情報は知らないらしいと解放されたみてーだぜ。うまくやったらしい。まあ、あの灰原ちゃんとやらは寝込んでるけど」
「っ、体調を崩してしまっているのですか?」
「そりゃ愛しの息子が『アレは研究所で死亡した。原因は現在調査中だ』とか言われたら卒倒の一つもするでしょ」
どうもご丁寧にも私の死亡を灰原さん達に伝えたらしい。
ルパンは「もう文字通りお通夜。どいつもこいつもこーんな幽鬼みてーな面してやんの。そんなもん感じさせられる俺の身になってくれる?」と頬を膨れさせた。
ぷりぷり怒りつつ、そこには大きな心配が宿っている。
「それは大層失礼いたしました…」
「後オメーの元になった公安の兄ちゃん。様子がおかしいからフォローしとけ」
「ど、どのくらいおかしいです?正気ですか?」
「皆の前では『あまり親しくないけどあの子どこに行ったのかな…寂しいです…』みたいなふりして会話しつつ目がどす黒く輝いてる」
「OK把握しました。なるべくはやく脱出します」
このままだと元公安のアメリカを狙ったテロリストが爆誕しかねない。
早くなんとかしなければ。
コナン君はそこまで心配しなくていいだろう。
彼には蘭ちゃんがいるし、彼はまだ何も失っていないのだから。
「今後どうする気だ?」
「ひとまず大きくなって、この体の仕組みを研究所を通して把握するところからでしょうか。まず僕の無害さを担保せねばと思いまして」
「ふぅん。オメーさんがいくら無害さを主張したところで、誰も納得はしてくれねえだろうよ」
「はい。ですが現実問題としてうっかりパンデミックは防がねばなりませんから」
最低限、バイオハザードな世界観にはしないようにするのは私の義務だ。
逆に言えば、それさえ担保できればあとは勝手に逃げ出してまったり過ごせばいい。
私が死んでも次代を無理やり育成するんだもん、最早やってらんねーの心境である。
あんなに苦しい思いをしたのに死ねなかったし、まだ肉体君も返事がないし。
二度と自死を試す気にはなれない。
ここは大きなラボだから設備も人員もかなり充実しているし。
何か私の体についてきっかけが掴めるといいな、と思う次第である。
ルパンは面白そうな顔をしてニヤッと私に目をやった。
「脱出、自分でやれるか?」
「なるほど。あなたに習った全てを生かすときが来ましたね。やって見せます!」
「いいぜ。少し早いが、一人前になれたかどうか試験にしよう。無事俺らのところまで辿り着ければ合格。簡単すぎたか?」
「あはは、厳しいのは相変わらずですね。大人形態になった僕は一味違いますよ」
ルパンは「結構!」と言ってから、静かに私と目線を合わせた。
「お前には、いなくなって悲しむ人間がたくさんいる。自分を軽んじるな。自分を軽んじる奴は、大抵周りのことすら軽んじてるもんだ」
「………肝に銘じます」
「俺がオメーを気にかけるきっかけも、オメー自身より周りの奴らを思ったところが大きい。これ以上は、お前自身で助けるだけの価値を見せるんだな」
「はいっ!」
厳しい人で、これ以上ないくらい優しい人だ。
こんなにも思われているのならば、私もやる気を出さねばなるまいよ。
そのように思って、私は決意を新たにしたのだった。
灰原はまだ、部屋に鍵をかけて外へ出てこないらしい。
部屋の外からノックをして声をかけたが、コナンに返事は返ってこなかった。
某月某日。今日も蝉が鳴いている。
諦めて居間に戻ると、阿笠博士が心配そうにウロウロと部屋を彷徨いていた。
「今日も何も食べとらんのじゃよ。中で倒れとらんか心配じゃ」
「水は、飲んでるんだよな」
「ワシが部屋の前に置いておいたペットボトルはなくなっとった。ワシが出かけている間に外へも出ているようじゃ」
コナンは俯いて、それでも言葉が出てこなかった。
灰原の悲しみがいかばかりか、コナンには想像することしかできない。
両親を幼いとき亡くし、姉妹で過ごした彼女の心の支えは姉だけだった。
その姉を亡くして、次は家族同然の空まで。
心を閉ざして当然だ。
コナンはぎり、と奥歯を噛み締めて口を開いた。
「あいつは……空は本当に死んだのか」
「理屈は、わしもわかっておる」
暗い顔で阿笠博士が目を伏せた。
「自分に対して自死の命令を送ったのじゃ。そうすればたとえ自分自身に効果がなくとも、中の免疫機構を司る幼生は死んでしまう」
「………」
「きっと苦しかったじゃろう。免疫不全であらゆる病があの子に牙を剥いて。苦しんで死んでいったのじゃろう。すぐには死ねんかったはずじゃ。またワシらは、あの子を救えんかった」
コナンは少しだけ、彼の顔を思い起こした。
ちょっとマイペースで、冷静そうに見えてその実冗談を好んで、本人が思っているより愛情深い姿。
本人は淡白なつもりだったのだろう。
でも歩調を合わせる一瞬の気遣い、他の子供を含めた体調変化にすぐ気づき、適切に対処する優しい注意力。
悲しみには悲しみを、喜びには喜びを合わせて心で寄り添う、そんな優しい心を持っていた。
それは間違いなく日常の一部、守るべきものの一部だった。
「そうよ、あの子を私たちは救えなかった」
「っ灰原!」
涙に濡れた跡を残したまま、腫れぼったい目がコナンをとらえた。
灰原が部屋から出てきたのだ。
明らかに憔悴し、黒々とした隈が目の下にできて、充血している。
灰原は叫んだ。
「また!また私のせいで!また私が殺したのよ!お姉ちゃんも!あの子も!!!」
「落ち着け灰原!」
「私が!私が悪かったのよ!あんなことしなければ、あのとき止められてれば、あの子を、どうして、どうして…!」
泣き崩れる灰原を抱き止めてやることしかできない。
今のコナンにはどうしようもなかった。
国家権力に抗える術を持たない、無力な探偵だ。
早く大人になりたい。早く大切な人をあらゆるものから守るための力が欲しい。
この無力感を、絶望を、二度と味わいたくない。
コナンは血が出るほど拳を握りしめて、そのように思ったのだった。
「取り込み中かな」
「っ、安室さん!」
「チャイムを鳴らしても出なかったからね。お邪魔させてもらったよ」
音もなくコナン達の背後に立つのは安室透その人だった。
にこやかだが、どこか声のトーンがおかしい、壊れかけの機械を連想させる立ち居姿だった。
「聞いたよ。収穫はあったんだけど……僕は遅かったみたいだね」
「それは…」
眉を下げて悲しそうに、作り物めいた様子で目を伏せる。
「今となっては意味のないことかもしれないけど、データを持ってきたよ」
「念のため、渡しててくれる?」
「いいよ。これ、何にも使えないから君が持っているといい」
やや捨て鉢な言葉で、ひょいと無造作に安室はUSBメモリをコナンに渡した。
すぐにコナンはPCに差し込み、その中身を確認する。
安室はやはりどこか虚ろな、しかし悍ましい何かが宿る瞳で茫洋と宙をみている。
「僕、やっぱりちょっと間が悪いのかな」とカタカタ不恰好に笑う、その姿は明らかに追い詰められていた。
「あった!幼生排出の手段!この人、研究を続けてたんだ!」
「よかった。なら僕はそろそろ行くよ」
立ち上がった安室の後ろ姿に、コナンは慎重に声をかけた。
「変な気は起こさないでね。空君は、そんなの望まないから」
「────さて」
答えることなく、安室はピラリと手を振って部屋を後にした。
未だ、灰原は泣き崩れている。
全ては遅きに失した。
もうどうしようもない。失ったものは帰らない。手元には、もう使えないデータのみが遺言のように残っているだけ。
「…………ちくしょう」
コナンは吐き捨てた。
未だ、外ではじーわじーわと蝉がいつも通りに鳴いていた。
・アンセル
研究員達に大変可愛がられている。
危険な生物兵器ではなく、希少な疾患に感染してしまった児童として扱うべきではという意見が沸騰中。
敬虔な基督教徒として育てられてる。