朝焼けの幻想郷。
清々しい陽光が大地を染め上げ、活動を始めた鳥たちが新しい一日の到来を告げている。輝く青空は神々の祝福のごとくに黄金の流線を描き出していた。
そして晴れ渡る朝空の下に広がっていたのは清水の流れ、そこではとある少女が川で禊(みそぎ)を行っていた。腰まで伸びた艶やかな黒髪は水面に浮かび、たおやかな肢体がゆっくりと虚空を撫でる。
「ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここのたり」
その口から零れていたのは『神言』だった。少女によって丁寧に紡がれる霊厳あらたかな呪文たちは、キラキラと水辺を揺らめかせながら大気へと溶け込んでいく。
言葉は思いを込めることで『言霊』となり、魂の込められた言霊はやがて吉凶を呼び寄せる神言となる。そしてその果てに決められた運命をねじ曲げ、天変地異さえ引き起こすとされていた。
更に少女は神言を紡ぐ、自らに課した修行のために。
「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」
少女、ト部袴那の唱えるのは『十種神宝』。
とある古代の豪族に代々伝えられし櫛玉命(くしたまのみこと)のもたらした神言である。少女の声は青々とした夏の息吹きを呼び起こし、木々の上では鳥たちが少女に合わせるかのように歌い始める。
神聖で清らかなる空間がそこにはあった。ただしーーー。
「…………よーし、こんなモンでオッケーッ。あとは実践で鍛えるだけね、布都め今度こそぶっ飛ばしてやるんだから!!」
少女の修行が終わると同時に、瞬間的ともいえる速さでもって俗世色に染まる空間であるわけだが。残念そうに飛び去る鳥たち、少女は気にしていない。じゃぶじゃぶと川から上がる袴那(こな)、彼女は平べったい胸を水滴が伝い落ちるのをむず痒く感じていた。
「てりゃ、ファイヤー…………なんちゃって」
袴那の声に反応したのか、あらかじて用意していた薪が勢いよく燃え上がる。夏とはいえ長時間水に浸かっていれば寒くもなる、少しばかり暖を取りながら身体を乾かそうと思ったのだ。
そして少し暖まってから、「そろそろ、着替えよっと」と川縁に脱ぎ散らかしてあった召し物に手を掛けた瞬間であった。頭上から聞き慣れた声が降ってきたのは。
「相変わらず風情があるのかないのか、わからん娘だな。生娘がそう易々と肌を見せるものではないぞ?」
「っ、ひゃぁぁあああっ!!!?」
とっさに腕で身体を隠す。
当然であるが今の袴那は何も身につけていない、つまり裸身のままである。そして兼好法師の『記憶』と『魂』を持つとはいえ、それは『経験』ではない。袴那自身の意識は十代の少女と変わりない。
つまり、今の状況は年頃の娘が裸身を覗かれたことと同じなのである。とりあえず袴那は相手も確認せずにスペルカードを宣言する。
「吹き飛べ覗き魔めっ。占符『六爻占術、十八の貨幣投げ』!!」
「なぁっ、待たんかっ!?」
オレンジ色の弾幕が上空にいた人物に着弾し、燃え上がる。その間に袴那は真っ赤な顔で下着を身につける。そして狩衣を羽織り、烏帽子を頭に乗っけたら完璧であった。あっという間に服を着込んだ速さは中々のものだった。
「私の身体を覗くなんていい度胸じゃないの。出て来なさいっ、ぶっ飛ばしてやるから!」
「…………いや、もう既にぶっ飛ばしたではないか」
「げっ、布都じゃん。何してんのよ?」
草むらからのっそりと現れたのは袴那と同じ格好をした少女だった。ただし衣装は所々焦げ付いている。
「相手も見ずにスペルをぶつけるとは、我でさえやったことがないぞ?」
「え、覗きの犯人さは布都だったの…………もう一発お見舞いしてやるから、じっとしてなさい!」
「あまりにも熱心に我が一族に伝わる神言を唱えておるのでな。途中に口を挟むのも難だと思い、控えて見ていたのだ。…………だから覗きではなく、観客みたいなものだと思うのだが?」
「知らないわ、とりあえず黒こげになりなさい」
「それは残念、ならこの場での解決方法は一つだけ」
二人の導師はスペルカードを構えつつ向かい合った。ト部袴那と物部布都、早朝から少女たちは決闘へと洒落込むことに決めたらしい。ニヤリと二人は笑い合う。
「さあ、いくわよ!」
「うむ、いざ尋常に!」
「「勝負!!」」
高らかに宣言させるスペルカード、軽やかに繰り広げられるグレイズ。少女たちは不敵に微笑みながら次々と必勝の弾幕を撃ち出しては打ち破る。この勝負の結果がどうなったのかはまた別のお話。