徒然なるかな幻想草子   作:ドスみかん

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第三話:香は匂えど姿なく

 

 

 蒸し暑い日々が続く幻想郷の一幕。

 朝、袴那(こな)が目覚めると引き戸の隙間に無理やり新聞が突っ込まれていた。ミシミシと悲鳴を上げているそこから渋い顔で袴那は紙束を引っ張り出す。その瞬間、バキリと木片が砕けて飛んだ。袴那は怒ったように、そして呆れたように叫ぶ。

 

 

「あの鴉天狗め、少しは手加減しろっての。新聞受けがないからって、どんな力で突っ込んでんのよ!」

 

 

 幻想郷に来たばかりの頃に「幻想郷についての情報を知りたいなら私の新聞が最速です!」と言われて購読してしまったのが運の尽きだったらしい。それから黒いブン屋から新聞を定期的に届けられるようになってしまった、ちなみにあの鴉天狗の頭には契約解除という概念はない。

 

『文々。新聞』の内容自体は面白おかしく、人里でも人気がある。しかし世捨て人としての性質を持つ袴那にはゴシップ誌というものは相性が良くないのだ。だからこそ興味も湧かない。粉砕してしまった引き戸を見て、少女はため息をついた。天狗に弁償代を請求するのは難しいだろう。

 

 

「はぁ、納得いかないわ。いつか布都と合わせて思い知らせてやるんだから。…………うぅ、とりあえず上着を身につけるのが先か」

 

 

 今、袴那が着ているのは粗末な麻衣(あさぎぬ)だけである。夏なのでこれだけでも寒くはないのだが、見た目が貧相なので落ち着かない。それは年頃である袴那には堪えられない服装だった。

 

 

「そろそろいっか」

 

 

 少女は部屋の中央においてあったソレを見下ろした。

 袴那の視線の先にあったのは小さな香炉、そしていつも着ている真っ白な衣が被せられていた。

 

 

「よーし、いい匂いじゃない。香木の量も種類も適切だったみたい、さっすが私!」

 

 

 いそいそと香木を焚き付けた着物を身につける。

 すると着物から漂う苦みと甘みが入り雑じった香りが鼻をくすぐった。上機嫌そうに袴那は烏帽子を被り、いつもの格好を完成させる。この幻想郷に来た際に、とある少女から譲ってもらった一式だ。袴那にとっては因縁の相手だが、あの少女にとって袴那はせいぜい友達未満知り合い以上の何かなのだろう。

 

 

「あの飛鳥頭め。あの時は私を撃ち落としたくせに後から服をくれるんだから、意味わからないわよ。…………っと、せっかく香を焚いているんだから聞かないと損よね。布都のことは忘れよう」

 

 

 諸説あるものの、『香道』が成立したのは室町時代だとされており、袴那もまたその作法を習得している。菊の花と流水が描かれた香炉からは煙が立ち込め、上質な香りが部屋を満たしていた。ちなみに上流階級の者たちは『香を嗅ぐ』ではなく『香を聞く』と表現していたらしい。これもまた、雅(みやび)な話である。

 

 

「寂れた道具屋で買ったにしては悪くない、むしろ上等な逸品ね。ふふふ、今度訪ねたら店主を誉めてあげようかしら」

 

 

 袴那はなんとも優雅な動作で香炉をもてあそぶ。この少女は貴族としての風習を心得、古式ゆかしき花鳥風月を愛でる。それはこの島国に生きる人々が忘れてしまった感情であり、とても儚く美しいもの。布都が指摘した通りに黙ってさえいれば、ト部袴那という少女は本当に風流な在り方をしていた。

 

 

 ここは人里から少し離れた場所に建てられた簡素な小屋、それは本当に何でもない幻想郷の朝のことである。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 そして夕暮れも近い、その日の午後。

 頼まれていた仕事も無事に終わり、帰宅の途に着いていた袴那(こな)の前に『彼女』は現れた。

 

 

「おお、これはこれは袴那さん。こんにちは」

「げっ、射命丸文!?」

 

 

 仕事帰りの人里の市場で出会ったのは、黒いブン屋こと鴉天狗の射命丸文だった。自称『清く正しい射命丸』と名乗っているが、プライバシーもへったくれもなくネタをかき集めては幻想郷中にばら蒔く危険人物である。

 

 今日は厄日に違いない、そう袴那は確信した。ジリジリと天狗から距離を取る少女、その黒いツインテールが可愛らしく揺れた。しかし、そうしている間にも天狗はニコニコと胡散臭い笑みで近づいてくる。

 

 

「あなたが人里にいるなんて珍しいですねぇ、今日はどうしたんですか?」

「仕事よ仕事、手紙の代筆っていう面白くもないゴーストライターをちょっとね。ぜったいっ、依頼主は教えないけど!」

「ちょっと警戒しすぎじゃないですか?」

 

 

 幻想郷に来たばかりの頃、こっぴどい目に合わされてからは袴那の中では危険度ナンバースリーに入る妖怪がコイツである。おまけに頭の回転は人間の数倍以上、そんな相手に一切の油断をするつもりはない。

 

 

「うぅー、何なのよ。あっち行きなさいよ、私より強い奴は嫌いなの」

「あややや、心配しなくても弾幕ごっこは袴那さんの勝ちだったじゃないですか」

「本気を出してない奴に勝っても意味ないわよ。アリスといいアンタといい、ここも面倒な連中ばっかり……………ん、それは何?」

 

 

 鴉天狗の腕に抱えられていたのはカメラではなく、手製の小さな花束だった。生命力に溢れた花弁が咲き誇る色鮮やかな草花たち、それは文にしては珍しい荷物であった。鴉天狗の少女は「あー、これはですねぇ」と少し考えてから話はじめる。

 

 

「キレイに咲いた花を見つけて、せっかくなので友人の所へ持っていこうと思ったんですよ。あの娘は四季をネタにした新聞を書いていたので喜ぶんじゃないかと」

「なーんだ、それってツインテールの天狗のことよね。アイツは花より団子を持って行った方が喜ぶんじゃないの?」

 

 

 袴那はつまらなさそうに反応した。

 てっきり花束片手に「これから殿方に告白を」とでも言おうモノなら、からかいついでに商売にも繋がったというのに残念なことである。この鴉天狗の友人といえば、たまに一緒に飛んでいる姫海棠はたてのことだろう。人里で人気のある新聞の一つを発行しているので、それなりに有名な天狗だ。しかし射命丸文は首を横に振る。

 

 

「間違ってはいませんが、はたてに失礼ですよ。それと花束はそっちではなくて、もう一人の友人への贈り物です」

「えっ、あんたに友達が二人もいるの!? …………意外過ぎてびっくりだわ、よほどの変わり者なんでしょうね」

「私が言うのも難ですけど、けっこう袴那さんもキツイこと言いますよね。人によっては泣きますよ、それ」

 

 

 基本的に誰これ構わずネタにする射命丸には多くの者が辟易していたりする。

 本人の明るい性格のおかげで嫌われることはないが、好かれることも少ない。実力者でありながら手の内を隠すという性分と合わさって警戒もされやすい、それが射命丸文という鴉天狗であった。それゆえに彼女と仲の良い相手というのは希少で、袴那としても気になるわけである。

 

 しかし検討も付かない、つまり袴那はその存在と会ったことがないのだろう。よほど巡り合わせが悪いのか、袴那の行動範囲にその天狗がいないのかは不明だが。

 

 

「最近はなかなか会いに行けなかったので、お土産片手にお邪魔しようと思ってます。久しぶりの再会ですねぇ、変わってなければ良いのですが」

「ふーん、夕方からってことはソイツの家に泊まっていくの?」

「いえ、あの場所は少々寒いので少し話をしたらお暇するつもりです。あの娘も長居されることを望まないかもしれませんし」

「…………あんた、そんな顔もできるのね」

 

 

 楽しそうに友人のことを語る鴉天狗の少女、そこにあったのは見たことがないくらい優しい笑顔だった。このお調子天狗はこんな顔もできたのかと、袴那は小さな驚きを感じる。いつもなら相手の裏を掻こうと企む怪しい光が浮かんでいた瞳には、どうしようとなく暖かな光が宿っていた。それが袴那には不思議でならないのだ。

 

 

「おっと、早くしないと日が暮れてしまいますね。ではでは、私はこれにて失礼!」

 

 

 黒い双翼を広げ、ただ一度だけ羽ばたくことで宙へと浮かんだ鴉天狗。そのまま「バイバイ」と手を振ると風を纏って一気に夕日色の雲間へと消えていった。幻想郷最速は嘘っぱちではないらしい、相変わらず痺れるほどのスピードだ。その時、

 

 

 

 

「あれ、そういえば私って友達いないんじゃない?」

 

 

 

 空を見上げながら、ぼんやりと呟かれた袴那の声を聞いた者はいなかった。

 

 

 それは何でもない幻想郷の、とある午後のお話。

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