徒然なるかな幻想草子   作:ドスみかん

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第四話:友とするに悪しき者

 

 

 今日も今日とて夏真っ盛りの幻想郷。

 外の世界では温暖化だなんだと騒がれているが、この世界はそんな雑多とは切り離されて久しい。生命力に溢れる田畑の作物はやがて訪れる実りの秋へ向けてすくすくと成長し、里山では緑豊かな夏を謳歌する獣たちが走り回る。小さな命はやがて種子を成し、仔を成し、それが巡り巡って輪廻の輪は廻り続けるのだろう。

 そんな考えを頭の中で巡らせながら人間の少女、袴那は自室で筆を走らせていた。普段は人里まで出向いて恋文の代筆や写本をしているのだが、今日はそんな仕事もなく暇だったりする。なので前世に倣って気晴らしの一環として思い浮かんだことを何ともなしに書きとめていた。それこそ徒然なるままに。

 

 

「むぅ、何だかキレがないわね……。もっとスカッと凡人の脳みそを蹴り砕けるくらいアグレッシブな出来にはならないかしら?」

 

 

 書き散らされた言葉たちはお粗末なもの。

 これくらいの年齢の娘が綴ったということを考えれば大した出来ではある。外の世界でどこかの賞に応募したなら入選できるくらいの実力はあるだろう。しかしそれでは足りないのだ、『二条派の和歌四天王』や『三大随筆者の一角』として称えられた兼好法師の極致には程遠い。これでは童子の戯れだ。

 

 

「はぁ、やっぱり記憶があるだけじゃどうにもならないか……。単なる知恵袋じゃ物書きは務まらない、コレばっかりは経験を積んでいくしかないわね。チクショ」

 

 

 くるくると紙を丸めて本棚に押し込んだ。

 そして「うーん」と両手を上げて伸びをしてみると、ずいぶんと身体が固まっているのを感じた。何ともなしに天狗の新聞を手に取ってゴロリと寝転がってみる。夏の畳の匂いが鼻をくすぐった。

 目にした記事は相変わらずのゴシップ紙、やれ人里で誰と誰が浮気しただの怪しい噂の特集だ。そんな話題ばかりなので溜息をつく。もっと幻想郷の自然だとかそういうものを伝える紙面を増やすべきよ、と袴那は疲れた頭で考えていた。

 

 

「でも友達、友達……かぁ」

 

 

 少し前にブン屋とした会話を思い出す。

 あんな天狗にも友人がいて、初めてみるような優しい表情でその相手のことを語っていた。あの顔を浮かべていると胸のあたりがチリチリと疼いてくる。

 妖怪のことを気にするなんて可笑しな話だ。少し散歩でもしてこようかと新聞を閉じて立ち上がる。ひとまず人里にでも向かうとしようかと袴那は部屋の外に踏み出した。

 

 

 

 

 

「おおっ、水が出たぞぉ!」

「ありがたやありがたや、まさしく仙人さまの御技じゃのぅ」

「物部さま、この御恩はいつか必ずや……」

 

「はっはっはっ、褒められるのは愉快であるな。皆の者、今回の礼の品々は我宛にではなく太子様に献上してくれれば良いぞ?」

 

 

 何だこの茶番と、袴那は頭を抱えていた。

 人里の一角にて、高らかに笑い声を上げていたのは物部布都。黒髪ツインテールの袴那に対して、銀髪ポニーテールという出で立ちの少女である。袴那に服をくれたのは彼女なので今日も二人はお揃いの狩衣である。どう見ても自分たちは知り合いにしか見えない。ここで無視するのも難なので、とりあえず話しかけてみることにした。

 

 

「ちょっと、何やってんのよ?」

「おおっ、袴那ではないか。お主も我の偉業を褒め称えにきてくれたのだな、そうであろう?」

「んなわけないでしょ、このお気楽飛鳥頭め」

 

 

 容赦ない返答に少しばかり肩を落とす布都、紺碧のスカートからちらりと見える脚が眩しい。そんな少女と里人たちの前の地面には大きな穴が空いていた。さっきの会話から察するに『井戸』を掘るのを手伝ったのだろうと袴那は判断する。

 

 

「慈善事業とはご苦労様ね、仙人さま」

「せめて公共事業と言ってくれ。いずれは太子様が治める予定の地ゆえな、今から少しずつ里人からの信頼を集めているのだ。ふふふっ、我は誠に忠臣であろう?」

「あー、はいはい。っていうか井戸の水脈なんてよく探り当てたものね、けっこう難しいでしょ。こっちの世界ではボーリング調査もできないし」

「……ぼう、りんぐ?」

 

 

 コテンと首を傾げる烏帽子の少女。

 こんな仕草をするから人里の住民たちから「ちまちまして可愛い」だの「抜けてて可愛い」だの言われているのだが、本人は気づいているのだろうか。ちなみにボーリング調査とは要するに大地をくり貫いて、地下にある温泉や水脈を探すものである。それを説明してやると布都は得意げな笑みを浮かべる、これは自慢を始める前兆だと袴那は一足先にため息をついた。

 

 

「ふふん、外の世界も大したことがない。水脈の位置さえ掘ってみないと分からんとは二度手間にも程があるぞ、どうやら我のような一流の風水師はなかなかおらんようだな」

「そういやアンタって、道教の分野だけじゃなくて風水使いでもあったわね。物部氏直系の姫君が大陸かぶれとは……頭が痛いわ」

「時代は常に動いておるからな。我は物部の秘術と風水、道教を融合させたのだ。おかげで現代に蘇って尚、強敵たちと渡り合うことができておる。今回も役に立ったしの、ハイブリッドというやつだ」

 

 

 風水において、水脈の位置を把握するというのは重要な要素の一つである。水脈の上に家を建て、そこで寝泊まりを繰り返せば健康を損なうというのは常識だ。流石は神々の末裔として栄えた物部氏、その中でも『聖童女』として崇められた存在である。頭の方は若干軽いが、その身に秘めた才能は本物だ。やんごとなき血筋を持ち、仙人であるがゆえに老いず、病を患うこともない。

 

 全く持ってあまり関わりたくない相手である。ただ今日だけは特別だ、特別なのだと袴那は自分を納得させる。そして少し躊躇ってから口を開いた。

 

 

「と、ところでさ。アンタお昼はもう済ませたの?」

「む? そういえば朝から井戸掘りに付き合っておったから腹の虫が収まらんな。……うむっ、井戸の開通祝いとして一つ豪勢に行こうかの!」

「それなんだけどさ……………私も一緒に行っていい?」

 

 

 たっぷり間をおいた後で精一杯の声を絞り出す。

 俯いた視線に布都は映っておらず、ただひたすらに袴那は地面を見つめていた。恥ずかしさで顔が熱い、どうしてこんなことを行ってしまったのだろうと頭の中で天狗に八つ当たりをしておく。

 布都からの返事はない、やはり断られるのだろうと陰鬱な気持ちが肺から上がってきた。

 

 

「ごめん、変なこと言っ……」

 

 

 その時、うつむいていた袴那の顔の横で銀髪が揺れた。

 

 

「もちろん良いぞ、お主は何がいい?」

「……た?」

 

 

 ひょっこりと布都は顔を傾けて、素直ではない少女の横顔を覗き込んでいた。その屈託のない笑みにしばらく言葉を失った袴那は知らず知らずの内に口元が緩んでいたことに気づかない。やがて二人並んで、少女たちは人里を散策し始めることになる。

 

 

『友とするに悪き者、七つあり。

 一つには、高くやんごとなき人。

 二つには、若き人。

 三つには、病なく身強き人。』

 

 

 それはかつて兼好法師が書き残した『友になるべきでない相手』の条件。しかし年若き娘たちには、まだ当てはまらなかったらしい。黒髪の少女は照れくさそうに銀髪の少女に手を引かれて歩いていく。

 

 それは良く晴れた夏の日のこと。

 

 

 

 

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