幽霊船の掃除屋さん   作:BWC

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 人々が海への憧れを募らせ、そして漕ぎ出していった時代。

 その男もまた、海へ向かった者のひとりだった。

 四男坊の彼は家業を継ぐ事が出来ず、自分で食い扶持を見つける必要があったのだが、そこで見つけたのが船員。

 貿易船は航路上を数多走り、それを動かす船員もまた求められていた。

 

「オレはよ、デケェ事して名を残すんだ!」

 

 常々そう言っていた彼は貿易船の船乗りの……下っ端として、海の男としての人生を始めた。

 そして終わるのも早かった。

 幾つかの航海を終えた頃、彼は持ち前の血の気の多さにより、他の船員と喧嘩をした事により寄港地に置き去りにされたのだ。

 

「ああクソ、やらかした……帰りてェな」

 

 荒れた彼は酒場で酔い、そして喧嘩をした。

 相手は海賊。そしてそれを倒してしまった。

 そんな腕っぷしの強さに、誰よりも感心したのが殴り倒された本人。

 彼を自分の船長に引き合わせ、海賊の一員としたのだった。

 

「いいじゃねェか! あのいけすかない貿易会社の連中にギャフンと言わせてやんよ!」

 

 彼自身、自分の質が海賊に合っている事は理解していた。

 そのまま海賊として新たな人生を始め、幾つかの悪事に加担。

 そうして……名が知れ渡る。

 故郷を離れ、遠い地で荒れた生活を送る彼が手に入れた居場所となるのは1隻の船。

 敵から奪った船を与えられ、船団として活動するようになった彼はその勇猛さで恐れられ、そして敬われるように。

 

「これがオレの生き方だ……! 誰にも止められねェ、欲しいものは全て手に入れてやる。オレの名は未来永劫語り継がれる」

 

 周囲にそう語り、実際そのようにした彼は次第に誰しもが注目する海賊となる。

 海賊らは敬い、貿易会社は恐れ、そして国は明確な脅威とみなした。

 普通ならば、たかが賊が国家を相手に敵うはずもない……のだが。

 彼にとっては折よく、戦争が起きた。

 

◆◆◆

 

 今日も、船長室の扉は閉ざされたまま。

 エリーは先生と共に扉の前に立ち、ノックなどして開かないかと試していた。

 

「やあこんばんは。ワタシは君と同じようにこの港にやって来た幽霊だ。よろしければ本物の海賊と話をしてみたいんだが……」

 

「思ったんだけど、幽霊なんだし扉すり抜けられるわよね?」

 

「出来るがマナー違反だ。何か理由があって閉じているのだから」

 

「はぁー? 理由ならこっちにだって、掃除ってちゃんとした理由があんのよ」

 

「そもそも、入ったとしてどうする? 扉を閉ざしてコミュニケーションを拒否しているからには、それなりの理由がある。それを解消する手立てはあるのか?」

 

「そんなの知ったこっちゃない。私は! 掃除が! したいの!」

 

 エリーはデッキブラシの柄を構え、突撃態勢。

 先生が「待て」と言い切るより先に、腰を入れて力強く突っ込んで……扉にブラシが突き刺さる。

 

「なんだァ!? 敵襲か!?」

 

「何度言ってもアンタが扉を開けないから! こうなんの、よ!」

 

「おい待ちやがれ! オレ様の船に傷付ける気かよ!?」

 

「もうボロボロじゃない! こじ開けてやる!」

 

 扉を貫通したブラシを梃子の原理で押し込んで、無理矢理に開錠(・・)してやれば、軽快な破壊音と共に新鮮な空気が船長室に。

 

「あとはこの部屋だけだから」

 

「んなこた分かってる。オレ様の大切な船に滅茶苦茶しやがって」

 

 船長室の様子はエリーが最後に見た時のまま。

 キャプテンすらそのまま、テーブルに座って真っさらな絵を見る姿勢のまま。

 変わった事と言えば、キャプテンが死体然とした見た目ではなくなっている事だろうか。

 服装の荒々しい海賊としての擦り切れ、ほつれはあるものの服の体を成している。

 骨も見えず、肉も皮膚の下に隠れていて……唯一残った死人の証は、空の眼窩と濁った瞳。

 懐中電灯の明かりに照らされ、そんな顔が振り返るのだから恐ろしいものだが。

 エリーは怯まず、鼻で笑う。

 

「多少はマシな見た目になったんだから、死体みたいに暗くてジメジメした所に閉じ籠らないでよ。ここ、掃除するから」

 

「マシな見た目になったって事は、テメェの掃除が進んだって事でもあんだろ。オレはまだ死ぬつもりはねェんだわ」

 

「なんで死にたくないのかも分からないのに? というか、もう死んでるでしょ。なんて死にたくなかったのか、過去形にするべきね」

 

「喧嘩売ってんのか? 別にオレは女子供は殺さない主義ってもんでもない。女だろうが海賊なら殺したし、子供だろうが一端の船乗りなら殺したさ。同じ目に遭えばテメェも多少は──」

 

 キャプテンは懐からピストルを取り出して、エリーに向けるが……間に先生が割って入った。

 

「待て。流石にそれは看過出来ないな。死者が徒に生者に関わるべきではない」

 

「誰だよテメェは」

 

「君と同じ幽霊だ。だから生者への干渉に限界がある事も知っている……君の行いは無駄だ。あと君もだ、エリー。ジメジメ閉じ籠って未練がましく思ったよりも背が低くて海賊の理想像が壊れるのは分かるが、喧嘩を売るような言葉を言うもんじゃない」

 

「アンタが1番喧嘩売ってんのよ」

 

「この港にはこんなのまで居んのか? てか幽霊同士ならどうだよ、弾当たんじゃねぇか?」

 

「既に死んでいる我々に弾が当たったところでな……脈も無いようだ」

 

 自分の脈を測る先生の姿に、戦う気を失せたキャプテンはため息を吐いて床にへたり込む。

 使い道の無いピストルを放り投げ、真っ暗な天井を仰ぎ見る。

 

「あぁ、クソだろ。こんなんよォ……殺したくても殺せず、死にたくなくても死んじまう」

 

「そんなの生きてる時からそうでしょ。それでも何かをしようとしてる」

 

「少なくともオレは殺しの分、損してるぜ。気に食わない奴のド頭かち割れねェんだからな」

 

「でも生きてた頃には、どうしても出来なかった事が出来る」

 

 エリーの言葉に空気が張り詰める。

 船長室の温度が下がり、エリーは鳥肌が立った肌をさすって、毅然とキャプテンへ向かい合う。

 

「このオレ様に出来ねェ事だと? テメェに何が分かる」

 

「分かる。この船が帰るべき港についてとかね」

 

「分かんのか……? 歴史書か!? 誰かがなんかに書き残したのか!?」

 

「ああそういえば貴方は、自分が後世でどんな語られ方をしているか気にしてたっけ? まあ、それは重要じゃないんだけど」

 

「あァ? 重要だろが!」

 

「別に、重要じゃなかった。人柄が知りたいなら、目の前に居るアンタより重要なものなんてない。あれはただの記録だったから」

 

 エリーは怯まず、恐れず、船長室の掃除を始める。

 まずは散らかった金銀財宝を片付けようと、ひっくり返された宝箱に次々と放り込む。

 

「アンタは自分で稼いで生きていく必要に迫られて、そうして海に出た。でも船員と上手くいかなくて、故郷から離れた土地で放り出されたアンタは、生きていく為に海賊になって……更に故郷が遠くなった」

 

 財宝を一旦端にまとめて、空いた場所から掃除を始める。

 懐中電灯を当てれば、天井、壁、床まで様々な汚れが照らされた。

 エリーはそれに眉を顰めながら、ブラシを振るって汚れを落とす。

 

「でもアンタは故国が戦争状態になったとき、私掠船として故国の為に戦った。海賊のアンタでは故郷に帰れないけど、戦争の英雄なら帰れるって、思ったのかもね」

 

 継ぐものの無い四男坊が、しかも血の気の多い問題児が故郷に帰るには、相応の土産が必要だった。

 誰に言われる訳でもなく、本人のプライドによって。

 流されるように、楽で自分に合った生き方として選んだ海賊では、錦を飾る凱旋にはならない。

 だが折よく起きた戦争では、己に染み付いた生業が賞賛されるのだ。

 国の免状が付いた海賊船である私掠船は、その暴力を正当化し、ただの荒くれ者を英雄へと変える。

 

「ハッ……オレの事をまるっと分かったような口ぶりだ」

 

「そうね、実際は分からない。でも……不思議だったの。この部屋、やたら暗いのに蝋燭の一本も無い。扉を閉じたら、私のライト無しじゃ何も見えないでしょ」

 

 エリーは唐突に話題を変えて、キャプテンの目の前へ。

 デッキブラシを床に突き立て、無地を収めた額縁の前に視線を遮るように立つ。

 

「これは記録の話だけど、死ぬ前のアンタは、火薬で目を焼かれて視力を失っていた。アンタが自分の身体をベタベタ触ったり、私にベタベタ触ったり! ……この絵の一部が擦り切れてるのは、失った視力の代わりに手を使っていたから」

 

 懐中電灯で照らせば、キャンバス生地に擦り切れた部分がよく見える。

 あちこち擦れて、油絵具を乗せていたのだとしたらすっかり剥げてしまっていたのだろう。

 だが、この絵の持ち主には関係がなかった。

 ここに何が描かれていたのか、それが分かってさえいれば問題はなかった。

 触れる事でしかその絵の向こうに想いを馳せられなかったから、こうするしかなかった。

 

「ここからは私の、分かったような言い分。そんな状態でもアンタは戦った。明らかに無茶なのに、そうまでして戦った。それには理由があるはず。どんな無茶だって出来るような、死んだ後も船にしがみ付いちゃう程、強い理由」

 

 額縁には無地が収められている。

 だがエリーもキャプテンも、そこに何が描かれてあるのかをもう分かっていた。

 

「その絵に描かれているのは、アンタの故郷の景色なんじゃないの? 海賊になって帰る事が叶わず、視力を失って見る事すら叶わない故郷を、アンタは最期に欲していた」

 

 エリーが退けば、キャプテンは()に向かって手を伸ばす。

 かつて何度もそうしたように、擦り切れた箇所をそっと撫でる。

 指先はキャンバス生地を透過してしまうが、目を閉じてそこにある筈の景色を思い浮かべれば、手は届きそうな程前へ伸びてゆく。

 

「海賊の割に地元愛が強いなって思ってたけど、これがそうなんでしょ? アンタがどんなに望んでも、どうしても手に入れられない最高の宝」

 

「帰港、しねェとな。山程宝を積んだデケェ船だぜ? きっと大盛り上がりだ」

 

「うん、きっとそうなる。今ならもう、故郷への道に迷ったりしないでしょ? だからどう? そこを次の目的地にするのは」

 

「オレはここを出たら死ぬんじゃねェのかよ」

 

「そうかも。でも私はここで見送るだけだから。出航した幽霊船がどうなるかなんて、死へ向かうって話を聞いただけ」

 

「ハッ! 確かにそうだ。死んだ筈がこうして存在している事に気を取られて、嬢ちゃんの言葉が真実だって思い込んでたな。そうさ、ここを出発したら好きな場所へ向かえばいい! 誰もオレを止められねェ。行きたい場所へ行き、欲しいモンを手に入れる!」

 

 キャプテンは衝動に突き動かされて跳ねるように立ち上がり、死者とは思えない活力に満ちた獰猛な笑みを見せる。

 幽霊はかつて生きていた人の落とす影のようなもの。

 死という結果で終わった物語を描き変える事はできず、この港で起きている全てに価値は無いのかもしれない。

 それでも、エリーは目の前の死者を見た。

 

「アンタの物語には、まだ注釈を書き加える余白が残ってる。死後にどんな形で記憶されるのか、きっと最後に選べるわ」

 

 デッキブラシを構え、エリーは胸を張る。

 

「一度始めた掃除だから、私は最後まで綺麗にしたいの。そっちだって、そうでしょ?」

 

 これはエリーの衝動。

 受け継いだ役目への責任感と共に、始めた事を終わらせたいという個人的な動機によって。

 

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