電子書籍が普及して早十数年。携帯性や管理のしやすさなどから、そちらを愛用しているという方も多いのではないだろうか。
今の世の中、電子書籍にも
しかし、旧態依然と笑われようとも、ひねこびた手合いの
本屋さんの棚の前に立つと、
まるで名刺のようだ、とそう思う。
矢張り、並べられると、その気圧されるような威圧感、圧迫感に胸が踊る。見知らぬ作品に手を出すもよし、タイトルや表紙買いをしたり、好きな作家先生の新作を買ってみたりするのも良いだろう。
文字という情報の海を、物語という人間の可能性を、手で探って
現在、私は
扉を挟むように軒先に並べられた、様々な雑誌を陳列する棚の間を抜ける。自動ドアの前に立つと、があっ、と重さを感じる速度で開く。そうして、一歩、中に踏み入る。すると
「あっ、いらっしゃい!牡丹ちゃん久しぶり!」
と、聞き慣れた明るく元気な声がする。
声の主は泉 彩さん。高校生であり、この店でアルバイトをしている、見るからに陽キャと言った感じの風体をした女性だ。
水泳をしているらしく、健康的な小麦色の肌に、色が塩素で抜けて茶色くなった髪。それを今はポニーテールにしている。
本来、私とは正反対な存在ではあるのだが、不思議と本の趣味、
明るい笑顔で「おすすめの本入荷してるよ!」と彼女は言う。
私が応答するが早いか、怪談屋がぐい、と私を押し退けるように前に出て彩さんに聞いた。
「おい。ここの店主は今どこにいる」
なんとも不躾な言い方だ。普通ならむっとするか、少し戸惑うかするだろう。しかし、彼女は聞かれ慣れている様に「多分レジの奥の控え室で寝てると思いますよ」と返した。
それを聞くと怪談屋はつかつかと店の奥の方へと向かっていく。
「あの人ってよくここに来るの?」
と、彩さんに聞く。
「まぁ……一ヶ月に一回くらいの頻度かな。なんかウチの店長に毎回用があるみたいで」
ここの店長と怪談屋が知り合いだということだろうか。
「気になる」
そうボソッと呟いた。というより、意図せず口に出てしまっていた。この時期にここへ訪れたこともそうだし、一体どういう関係なのかも気になった。
すると彩さんも
「だよね!気になるよね。あの二人、元恋人とかなのかなぁ」
と言う。今までここ、蛇目堂の店長の姿を見たことが無かったが、どうやら女性であるらしかった。
続けて彩さんは言う。
「ちょっと盗み聞きしちゃう?」
野次馬根性ではあるのだが、正直自分も気になっていた。彩さんは虎さんに店番を任せて(店員が客に店番を任せるなど言語道断ではあるのだが、生憎《あいにく》、今この店に客は私たちの他にいなかった為、ギリギリの範囲に留まっているだろう。)レジの奥、控え室のある通路へ出た。
通路とは言っても、そこまで長くない。実際、この通路の両隣に一部屋ずつ(控え室と倉庫の二つ)あり、二階へ上がる階段があるだけだ。
この建物自体、かなり和風な建築をしており、控え室の入口に扉は無く、
入口より手前の所で静止し、身体を壁に這わせる。
「やい、暇人」
怪談屋の声が聞こえる。
「酷い言い草だなぁ。やっちゃん。君だって大差ないだろうに」
間延びしたような、それでいて落ち着く感じのする低い女性の声がした。
と言うかやっちゃん……?あの男に愛称をつけるような人間がいたとは。奇特な人だ。
「程度が語る人間によって変化するものか。真実は真実だろう。暇人が暇人を指差して暇人と言っても、互いに暇人なのは変わるまい」
「はは。同じ穴の
「
「それを言うなら自分を棚に上げて、同レヴェルの人間を指差すたぁ無責任な話だ、と言いたいところだけどねぇ。まぁいいさ。で?如何《いか》様な用向きで。まぁ大概君の持ってくる話は碌でもないんだが、
それを受けて怪談屋は
語られた嘘の怪談が実現したこと、その実現した怪異は既存の怪異の混ぜ物としてできていたこと、新しい概念の怪異は生み出せないだろうということ、そして先程判明した「酔い」が実現するための条件になっているだろうこと、火が弱点のようだということ。
最後に、この呪いは集団に対してかけられたものの可能性が高いことを語った。
「ふぅん。不思議な話だねぇ。随分……複雑怪奇と言うか、遠回りだなぁ。で、その原因となった呪いの元は特定できたのかい」
「阿呆め。出来ていればここには来ない」
「阿呆という方が阿呆なのだよなぁ」
「ガキみたいな理屈は止めたまえ」
「なぁに?芥川龍之介馬鹿にしてんのぉ?」
「
阿呆の言葉……「河童」の作中に出てきた哲学書だ。この会話はその冒頭の「阿呆は常に彼以外のものを阿呆と信じている」の部分を指しているらしい。
「痛いところ突かれたねぇ」
「全く。それより本題だ。お前と話しているといつも会話が本題から外れるな」
「そこに関してはお互い様だよぉ」
「……【
「いんやぁ。どちらかと言えば起こってることが逆じゃないかね。それは本心とは真逆のことをするようになる妖怪だろう。今回のは嘘を現実にしている。天邪鬼の挙動としては変だねぇ」
「……ひっくり返すなら【枕返し】が変質した可能性は」
「かなり低いと思うよぉ。そもそも、枕返しの憑代なんて聞いたことないからねぇ。あったとして、集団にかける呪いとして真っ当に機能するか分からんよぉ」
「……もしかして」
怪談屋の声のトーンが少し落ちた。嫌な想像をした時のそれだ。
「うん。多分そのもしかしてだよぉ。今回の呪いに使われてるのは妖怪とか
「特定は出来るか」
「酔い……酒の神様なら
「【
「うーん……。「身の潔白を証明する為」に行われた行為の解釈を歪めて「嘘を現実のものにして嘘そのものをなかった、潔白な身にする」ということかい?そうなると「酔い」の引き金が分からなくなる。回りくどいことになるんだよねぇ。逸話が幾つもあるんだからそこから条件を設定すればいい話でさぁ。
「酒解神じゃなく、【
「
「となれば憑代は……いや、そうか……。合祀先の御神体の一部か何かを使わないと成立しないのか」
「ってことはさぁ、犯人はその神社関係者ってことになるんじゃないかい?」
「目的がわからん。そもそも何故女学生達を相手に……」
「女学生って決まってるのかい?例えば住居の方が呪いの範囲の中にあるとかは……」
「いや、おそらくそれはない。もしそうなら、もっと酒を飲む大人の嘘が現実になってないと変だろう。そういう話があれば僕のところに噂にしろ依頼人にしろ舞い込んでくる。今回、初めて聞いたような事だってことは、酔うことが滅多にない、飲酒等をしない女子中学生が呪いの対象ということになる」
矢張り今回の嘘の怪談は、珈琲で擬似的な酔いのようになった為、発動したようだった。
「男子中学生も対象かもしれないだろうに」
「それはないな。あの芋女の制服は近くの女学院中学のものだ」
「ははぁ。なるほどねぇ」
「取り敢えず、素戔嗚尊と八岐大蛇を仮想の憑代、呪いの正体として行動をする。犯人については……今回は依頼に含まれてないしな。ヤバそうなら飯綱辺りに頼むか」
「それなら気をつけた方がいいかもねぇ。既に二回、嘘を現実のものにしているのだろう?素戔嗚尊から生まれた誓約の儀の神は三体だ。三回目が最後かもしれないからねぇ」
「そこについては大丈夫だ。既に策は練ってある」
そのすぐ後に怪談屋のものと思われる
通路から出た怪談屋は私に向けて言う。
「決行は明日の夜だ。心しておけ」