本当に国木田先生が失踪した。
国木田先生が行方不明になる怪談を騙ったすぐ翌日に。まるで怪奇小説の中心にいるかのような錯覚に陥ったが、
気付くと私は早退をして、例の怪談屋の事務所のドアノブに手を伸ばしていた。
こんな
……
だからと言ってあの不遜な怪談屋に何が出来ると言いたいが、彼に何か施しをして貰いたいなどとは
ガチャ、と
「お邪魔します」
「
怪談屋はデスクの上で仰向けに寝転がりながら何か仰々しい装丁の本を読んでいた。
「あの、す……少し……話したいことが」
私がそう言って後ろ手にガチャ、とドアを閉めると
「なんだ。君か。昨日の今日でなんの用……嗚呼、そうか。昨日の迷惑の謝罪に来たのだな。
「いえ、謝罪……もそうなのですが。と言うか、靴は舐めませんよ。」
「舐めさせる用の靴でもか?ならこの靴は存在意義が無くなって
怪談屋はどこから取り出したのか、一際輝いて見える革靴を両手に持っていた。
「履いて使えばいいでしょう。靴なんですから。それよりも」
「それよりなんだね。この靴を舐めるよりも重要な僕の邪魔をする用とは。」
彼が被せるように言った。
「……。昨日の私が話した怪談は嘘なんです。」
「そんな下らないことを態々言いに来たのか?やはり貴様は
昨日より何か増えている。こともあろうに
兎に角、私はこの偏屈七三喪服男と下らない言い合いをしに来たのではない。事の顛末を手短に話した。
「ふぅん。で?」
怪談屋は私にそう尋ねた。
「で?」とはなんだろうか。昨日からそうだが、この男は時折要領を得ない発言をすることがある。怪談屋に怪談を語ったのだ。それで終いでは無いだろうか。
「冷やかし異常に最悪な
「何の話ですか。私そんなこと一言も」
「じゃあ何のためにそんな話をしに来た。怖くなったんだろう。不安になったんだろう。お前の所為じゃないと言って欲しかったか?怪談を扱っている故に怪異なんぞはこの世界に存在しないとそう提示してくれると?」
そう言うと彼は鼻で笑った。
「はん!お前の自慰に僕を巻き込むんじゃない」
「だから……私そんなこと……」
否。そうであって欲しくないと、そう願っていたのは事実だ。怪談にして茶化すことで、心の呵責を楽にしようとしたのは、立派な自己的な慰めではないか。
怪談屋は不敵そうに口角を片側だけ上げて、見下すような視線で言った。
「
「否、そんな筈無いでしょう!だってそれじゃあ、まるで理屈になってない。話した内容が現実になる?馬鹿馬鹿しいにも程がある!それじゃあまるで───」
それじゃあまるで、怪異が実在するみたいな言い草じゃないか。そんな訳はないだろう。この底意地の悪い男は私を
「馬鹿はお前だ。否、お前のような奴を形容するのに使われる馬と鹿が不憫だな。言うなれば
「お前は僕が今何屋をやってるのかてんで理解していないのではないか?」
そう言い
理解している。怪談を仕入れるのだろう。その後は多分……怪談を話す商売。
「存在しないものを存在するように騙るのは詐欺の手口だ。そんなものを商売と呼んでいいはずが無いだろう。」
何を言っている。それなら怪談は仕入れるだけ仕入れて、どれも売り物にならないのだから収益は上げられない。それこそ商売とは程遠いじゃないか。
「仕入れたものの真贋を確かめる。」
だから、この場合に
「阿呆にも分かり易く言おうか」
不要だ。と言うより聞きたくない。
「怪異は実在する」
こんなところに来た私が馬鹿だった。荒唐無稽で支離滅裂な大人の言うことなんて、信じるに値しない。怪談屋なんて胡散臭いもの、端から頼りにするものでは無かった。
「信じてないなお前」
「当たり前でしょう!そんな突飛な話、どう信じれば良いんですか!!証拠……そうだ怪談屋でしょう!何か証拠のようなものはあるんですか!」
そういうと、怪談屋はすっと、スマートフォンの画面を見せてきた。
画面にはSNSのタイムラインが表示されている。
思わず息をのんだ。
「なんかずっと進行方向に赤い服着て赤ちゃんあやしてる女の姿が見えるんだけどナニコレ。」
写真も添付されていた。
被写体は大きく歪んで波打っていた。
私が昨日、考えてはいたが語らなかった部分……と言うより設定だ。これが怪談屋の仕込みだとして、頭の中でも覗けない限り、偶然以外に不可能な仕掛けだ。
そしてその写真に映る
それはここから直ぐ近く。
話している最中、想像していた、あの路だ。
偶さかそうであった。
偶さか、そうなった。
二度、珍しくも偶然が重なっただけ。
……本当に?
「……どうしたら良いですか。」
私の声は震えていた。自分が思っていたよりも。
「何故僕に委ねる。君がどうしたいかだろう。尤も、それを言葉にするほどの能が無いと言うのなら話は別だがね。」
正直に言えば、自分でもどうしたいかは分かっていない。ここ二、三日、この怪談屋と関わるような場面では衝動的にしか動いていないように思える。
私はどうしたいのか。
呵責を取り払いたかった。
どうすれば取り払えると思った。
私の怪談の所為じゃないと、そう思えられればよかった。
でも現実は確信が増すばかり。
ならばどうすれば取り払える。
この胸の内に巣食って纏わり付く罪悪感という感情は。
「……真実だと分かって、その後はどうするんですか。」
「だから僕ぁ言ったろう。君がどうしたいかだと。それは君だから特別という訳では無いんだぞ。」
それは詰まり
「解決も……出来るということですか。」
「確約は出来んがね。依頼の程度にも
消してくれ、なんて言わない。今の私にとって一番重要なのは、私の所為で国木田先生が居なくなったかもしれないということ。
いけ好かないし目付きも気持ちの悪い教師だったが、だからと言って消えて欲しい、死んで欲しいと思ったことは無い。
私は深々と頭を下げた。
「お願いします。国木田先生を見つけて下さい。」
怪談屋は不敵に笑った。