怪談屋   作:伊藤修平

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「ん」

 そう言って怪談屋は右の掌を差し出した。

 私は状況が呑み込めず、とりあえず左手を握って甲を上向きに乗せた。

 すると、違う、と言って怪談屋に手を払われた。なんなんだ一体。

「阿呆かお前は。金だよ金。依頼料。犬になりたいと言うのなら止めはせんがな」

「お金?いくら位ですか?今出せるのは五百円くらいですけど……」

 昨日怪談屋から両親経由で手に入れた金額だ。

 抑々私は未だ小遣いと言うものを貰ったことがない為、必然的に文無しが基本なのだ。

「阿呆も行き過ぎると怒りが湧かんのだな。熟々(つくづく)勉強になるよ。足りるわけなかろうそんな端金で」

 反論が出来ない。社会通念や一般常識を知らないと蔑まれてもおかしくない発言だと自分でも思う。

「ならどうすればいいですか?この五百円が今の私の全財産なんです」

 きっと親に無心したところで、聞き入れてくれないどころかこんな怪しい大人と関わるのはやめなさいと叱られるだろう。それが正常な反応ではあるのだから責められない。

 暫く思案した怪談屋は「あぁ、そうだ」と呟くと何かを戸棚から取り出し、私の前に進んで来た。

「金が払えないなら身体で払え、と言うのは必定だな」

 そう言って何かを私の首にかけた。それは赤いベルトのような首輪だった。チョーカーとかそう言うオシャレグッズではなく、完全に犬用のそれ。

「犬になれ」

 普通、端正な顔立ちをした男性にこのように迫られれば少しはときめくのかもしれないが、この男の中身を知っている所為で一つも心が揺らがない。不思議だ。否、不思議でもなんでもない。当然のことだ。

 私は首輪を外して投げ捨て、怪談屋に頭突きをした。

 そこからは掴み合いの取っ組み合いになった。激闘の末、運悪く怪談屋に足を払われ、地面に組み伏せられた。

 その時怪談屋は高笑いをし(なが)ら、余り大人を舐めるなよ!などとほざいていたが、生憎(あいにく)お前を大人と思ったことはない。

 

 そうして私はどこから取り出したのやら麻縄でギチギチに縛られた。当然、首輪も付け直された。人生で最も屈辱的な瞬間だったと思う。

 怪談屋は未だ肩で息をしていた。

 女子中学生に首輪を付けて犬になれと宣うのもそうだが、運動神経が平均以下の女子中学生と肉迫して辛勝する成人男性と言うのは如何なものだろうか。

 怪談屋は呼吸を整えて言った。

「何を勘違いしている。犬になれってのは愛玩動物になれと言った訳ではない。と言うか、その風体じゃどう繕っても無理だろうがな」

 愛玩動物になれと言われた、と解釈した訳では無いのだが、この際もうどうでもいい。

 怪談屋は続ける

「捜査に協力しろということだ。国木田(なにがし)ってのを探す捜査のな。そうすれば依頼料はロハにしてやる。でなければこの話は無しだ」

 私はゆっくりと頷いた。

 凌辱でもされるのかと思ったので、その程度なら断るようなことではない。どちらかと言えば、捜査の進展を自分の目で常に確認出来るのだから、願ったり叶ったりだ。

 

 そうこうしていると、不意に背後のドア……つまり、この怪談屋の入口が開いて男が一人、ただいま帰りましたっす、と言い乍ら入ってきた。

 見るに二十代の男性で、背丈は怪談屋より少し大きいくらい。かなり筋肉質で、シャツの上からでも胸筋の膨らみが解る。髪は金髪に染まっているが、頭頂部が地毛の色をしている所謂(いわゆる)プリン頭と言うやつで、顔はどこか幼さが残っているものの男らしい顔だった。

 白いシャツの上から虎柄のスカジャンを羽織っており、ダメージジーンズを履いて赤地に黒の模様が入ったスニーカーを履いている。

 如何(いか)にも破落戸(ごろつき)(やから)と言った風体だが、不思議と威圧や恐ろしさは感じなかった。

 

 その男は私を見るやいなや、怪談屋のところに歩み寄ってびしっ、と縦に向けた掌を脳天に振り下ろした。

 そうして(うずくま)った怪談屋を他所に私の縄を解いてくれた。とても優しい筋肉の妖精だろうか。

 

 こうして私は怪談屋の捜査に協力する運びとなった。

 

 

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