導入
キングレオ王国。
世界地図で見ると南西部に広大な国土を持ち、新たに金鉱脈が発見されて好景気に沸く鉱山街のアッテムト、他国との交易拠点でもある港街ハバリア、そして何より世界最大の劇場を誇る歌と踊りの街モンバーバラと、それぞれ異なる分野で豊かな税収が見込める三つの街を抱える世界屈指の大国である。
それらを治める当代の国王もまた情け深い名君として有名であり、北部のハバリアとキングレオ城と南部のモンバーバラを繋ぐ街道を中部のコーミズ村を拠点として整備し、国内流通経路を拡大させようとするなど、この国はさらに繁栄していくに違いないと多くの民は疑っていなかった。
「バルザック、この実験記録を纏めておいてくれ」
「はい、先生」
キングレオ王国を南北に分断する中部山岳地帯のほぼ中央に位置するコーミズ村は川と森に囲まれた村であり、良く言えば牧歌的な、悪く言えばド田舎のちっぽけな村だ。
そんな村の名士である錬金術師エドガンは豊富な知識を持ち、医者や獣医として村人や家畜の面倒を見る傍ら子供たちに読み書きや計算を教える私塾の講師でもあり、あるいは村に水車小屋を建てるための設計に関与しては手ずから図面を引き、そして長雨でも鉄砲水や浸水が起こらぬよう無理のない水路を引くよう土木工事の指図までするなど、村人たちから尊敬と信望を集める偉大な人格者だった。
「先生、薪にするための木を伐り終わりました」
「とーさま!」
「とーさま、はなかんむり、つくってきました!」
立木を伐採するための手斧を持った精悍な青年の足元を双子と見紛うほどにそっくりの姉妹が駆け抜け、多忙な養父の気を少しでも引こうと盛んに話しかける。
「おお、そうかそうか。綺麗なものだな。二人で作ったのか?」
白髪と白髭に囲われた皺だらけの顔を緩めてエドガンは膝を折り曲げて二人の娘に笑いかけ、拙い手つきで養父の頭に乗せられた花冠の位置を枯れ木のように細い手で直しながら相好を崩した。
「うむ、マーニャもミネアもありがとう。どうだ、オーリン。儂に似合っているか?」
「はい、先生。とてもお似合いです」
「そうか、そうか。バルザックはどう思う?」
振り向いた恩師は何気なく訊いたのだろうが、その脚に背後からしがみつく姉妹の目は明らかな隔意と警戒心を抱いて『俺』を見て――いや、明らかに睨んできていた。
「……」
「……」
時間的にはほんの僅かな、しかし微妙に居心地の悪くなるような沈黙の間。
「はい、お似合いだと思います」
この大恩ある師を殺して『進化の秘法』を奪い、そして父の仇敵としてマーニャとミネアの姉妹に討たれることになる卑劣な裏切り者、バルザックの名を持つ『俺』は、ただ淡々と答えるだけだった。この状況で否定も保留も出来るはずもなく、他に言いようも無かったのだから。