「キキー! ギガデーモン様が取り逃がした勇者というのはお前か!? む!? どっちが勇者だ!?」
「「さあ、どっちでしょう?」」
大灯台の探索中、自分たちの前に三叉のフォークにも似た槍を持った緑色のミニデーモンが現れた。
「ならばどっちも喰い殺してやる! イオナズン!!」
いや、逆だろうか。三叉の槍に似た巨大なフォークというべきかもしれない。何故なら、喰い殺すというなら手にするのは槍であるよりも食器であるフォークの方が相応しいというものだろうから。
そして、あの山奥の村でヘルバトラーが唱えた強力な攻撃魔法が来ると覚悟して、誰もが盾を構えて防御態勢をとった。自分も咄嗟に姫様を庇った。しかし何も起こらなかった。
「む!? そ、そうか! ここに来るまでにルーラを唱えてしまっていたせいで魔力が……し、仕方ない! 今回は見逃してやろう! ルーラ!」
「「――あ」」
ズガン!という非常に痛々しい音がして、やはり誰もが思わず首を竦めた。脳天を天井に直撃させたミニデーモンは床に墜落し、完全に白目を剥いてピクリとも動かない。
「……死んだのかしら?」
「どうでしょうか。……いえ、死んではいないようですね。尻尾がまだ動いています」
体はピクリとも動いていないが、その代わりに先端が尖った尻尾がピクピクと震えている。ヤモリやトカゲの切り離された尻尾だけが動いているのにも似ている。
「ホントだ。あ、なんだか昔サントハイムのお城の屋上で見つけたトカゲの尻尾みたい」
そして自分の横から覗き込む姫様までもが全く同じ感想を抱いたというのが、妙に嬉しい。
「トカゲ。なるほど、このミニデーモンはギガデーモンの手下で、いざという時は切り離せるトカゲの尻尾というわけですね」
「そういう意味だったんだ。さすがアリーナ。サントハイムのお姫様だけあって、何気ない一言にも深い教養が現れてる。私もソロに言われなければ気付かなかった」
「……え? あ! そ、そうだね!」
自分が知る姫様であれば、おそらくは何も考えずに素直な感想を仰っただけとわかるが、ソロ殿が無駄に深読みしてしまって、しかもシンシア嬢まで悪意なくそれに乗っかってしまったせいで、かえって引っ込みがつかなくなってしまった姫様があらぬ方を見やりながら必死に誤魔化している。
「アリーナ、そういう時は素直になった方がいいわよ。幾ら仲の良い友達でも、姉さんの悪い真似はしない方がいいわ」
ミネア嬢が軽く窘めてくれたおかげで、姫様も悪い意味での見栄を張る気を失くされたようだった。
「う、うん、そうだね。……ゴメン。実は何も考えてなかったんだ」
微妙な照れ笑いを浮かべながら人差し指で軽く頬を掻く姫様に、ソロ殿もシンシア嬢もクスッと微笑んでから頷いた。
「いえ、むしろ自分の方こそすみません。変なことを言ってしまって」
「ソロって自分の頭が良すぎることをよく忘れて、日頃から周りの他人も自分と同じくらい深く考えて話すのが当たり前だと思ってるから。気にしないで大丈夫」
自分はブライ様と目を見交わして頷き合う。王族は誰にも弱音を吐けず、孤独だ。だが、孤独であることと周囲から孤立することは必ずしも同義ではない。自分が、ブライ様が姫様をお支えする。マーニャ嬢、ミネア嬢は友人として姫様の傍らにいて下さる。最近はそこにソロ殿やシンシア嬢も加わった。
失敗も恥も取り繕うことなく笑って
「さて、では進むとするかの」
適度に緊張が緩んで肩から力が抜けたところで、ブライ様が締めて下さる。
「この魔物はどうしよう?」
「念のため、トドメを刺しておく?」
「いえ、放っておいてもいいでしょう。どうも、あまり頭が回る敵ではないようですし。むしろトドメを刺して、もっと有能で油断のならない敵に出て来られるとかえって面倒です」
「むむむむっ、それってもしかして、父上が前に言ってた『有能な敵より無能な味方の方が怖い』ってことかな? これぐらいの敵がギガデーモンの足を引っ張ってくれた方が、ボクたちにとっては助かるよね!」
「はい、そんな感じです。……やっぱりアリーナ姫は頭がいいんじゃないですか?」
「違うよ。今のは父上の受け売り」
そんなことを言い合いながら自分たちは前進する。かつて囀りの塔で戦った人喰いサーベルや、エンドール周辺で見かけることも多い彷徨う鎧なども出てくるが、ソロ殿とモシャスでソロ殿に変身したシンシア嬢の連携は完璧で、最前列にライアン殿が立った時ほどの頼もしさはないが、それでも確実に敵を追い詰めていく。
時々すり抜けてくる敵を食い止めるのは自分の役目で、その脇から姫様が前に蹴り飛ばした骸骨剣士を前衛の二人が鋼の剣で左右から叩き斬る。あまりにも順調すぎて、たまに見かけるメタルスライムなど自分たちを一目見ただけで即座に逃げ出す始末だ。
「これが聖なる種火でしょうか」
「……はい、間違いないと思います。何となくですが、これがそうだと感じるので」
持ち運べるように持ち手がついた燭台に、赤々と燃える火が灯っている。自分の目から見ても、教会や聖堂を照らす神聖な灯火にも似た雰囲気を感じる。確かにこれが聖なる種火だろう。
「と言う事は、あとはこの上にいるであろう魔物を倒して灯火を浄化すれば――」
「では、ここで体力と魔力を回復しておきましょう」
装備を確認し、薬草を口に含む。祈りの指輪で魔力も万全にしておく。
「うーっ、やっぱり薬草の苦いのって嫌い」
「好きな人はいないんじゃないかな」
「それはそうだろうけど! クリフト、ハッカ飴ちょうだい! というか、皆で舐めよう。こんな苦いのを口の中に残したまま戦いたくないし!」
「かしこまりました」
自分が取り出したハッカ飴をシンシア嬢に渡すと、
「はい、ソロ。あーん」
と、ごく自然にソロ殿に食べさせていた。そして、それを見たミネア嬢までもが、横目で一瞬だけ自分の方を見て。
「では、ブライ様にも。どうぞ」
「ホッホッホッ、照れるのう」
と、ブライ様に食べさせている。そうなると、そうなってしまうと、必然的に――。
「じゃあ、ボクも。はい、クリフト。あーん」
「!?」
当然のように、姫様までもが。自分はどうしたものかと迷い、しかし、この場の空気に流されてしまい、いや、それを言い訳にして姫様の手で食べさせていただけるという誘惑に負けてしまい、口を開けた。
ポイッと口の中に飴玉が放り込まれる。甘い。飴なのだから当然だが。
「美味しいでしょ?」
「は、はいっ!」
勢い込んで答えると、思わずガリッ!と飴玉を歯で噛んでしまう。勿体無い、と思ってしまった。せっかく姫様のお手で食べさせていただいたものなのに、と。どこまで自分は欲深いのか。姫様の手を煩わせてしまっただけでも身に余る幸運と光栄だというのに。
「クリフトや」
「はい?」
「次はハッカ飴だけでなく、別のものも見繕うのじゃな。噛んでもそう簡単には無くならぬものを」
自分の卑しい心底までも、完全に見透かされてしまっている。本当に、ブライ様には敵わない。
「そうね、最近アリーナがハマってる干し肉なんてどうかしら? 姉さんも喜ぶと思うわ」
ミネア嬢まで。いや、善意で助言して下さっていることはわかっているが。
「け、検討いたします」
自分は俯いた。そうしている間も口の中で嚙み砕いてしまった飴が溶けていくのが名残惜しくて。きっと、自分は言われるがままに次は干し肉も買ってしまうのだろうと思った。また、姫様の手で食べさせてもらえるのではと内心で密かに期待しながら。
「では、行きましょう」
ソロ殿の号令に、顔を上げて息を吐く。今は上で待ち受けているであろう魔物の相手に集中しなくては。下らぬ雑念に囚われて姫様をお守り出来ないことの方が、自分にとっては遥かに恐ろしい。
階段を上がり、通路を進む。海から吹きつけてくる潮の香りを含んだ強い風を頬に感じる。しかし、それ以上に嫌な感じの熱気が辺りに立ち込めている。
「――」
先を行くソロ殿とシンシア嬢が、そっくりの仕草で同時に手を挙げて停止するよう無言で指示する。
この奥に何かがいる。いや、強風の唸りに紛れて微かに何かが聞こえる。耳を澄ませると、それは笑い声だった。
「けけけ。燃えろ、燃えろ」
「邪悪な炎の光で全ての船を沈めてしまえ。けけけけ」
声高に歌うように、あるいは邪神に祈るように、暗紫色の妖しく燃え盛る炎の周りで踊っている魔物がいる。
自分は手の中の理力の杖を握りしめる。あの砂浜にぐったりと横たわった大勢の人々の姿を思い出す。親しい人が目の前で亡くなって号泣していた人の姿を思い出す。ここで、この魔物を倒さなければ、あの光景がこれからも延々と続くことになるのだ。
顔を上げる。ソロ殿も、シンシア嬢も、姫様も、ブライ様も、ミネア嬢も。目を見ればわかる。誰もが同じことを考えていた。全員が頷いて決意を新たにする。
「行きます」
再びソロ殿を先頭にして進む。自分はスカラを傍らの姫様にかけた。姫様が自分に微笑みかけて下さる。それだけで自分はどんな魔物が相手でも恐れずに戦える。
「ん!? 誰だ?」
「けけけけ。ここまでやって来るとは馬鹿な人間たちだ」
「丁度良い。この炎の中に投げ込んで焚き付けにしてやる!」
戦いは挨拶代わりの魔物が放つ二条のギラと、ブライ様が放ったヒャダルコの応酬から始まった。
「バルザックの言ってた通り、炎に強そうな見た目ね! ラリホー!」
両手から炎を出し、頭からも遠目には逆立った赤毛に見えなくもない炎を吹き上げている魔物は邪悪な笑みを浮かべて炎を吐いてくる。
だが、奥にいた虎の毛皮を被った魔物が真っ先に眠りに落ちたのは幸先が良い。自分は盾を構えて姫様と、後ろのブライ様とミネア嬢に攻撃が行かぬように火の玉を体で受け止める。火傷の痛みに耐えながらホイミを使う。
「シンシア!」
「うん!」
即座に反撃に出たソロ殿が右上から左下に、一瞬遅れてシンシア嬢が左上から右下に、二条の斬撃が交差するように魔物を切る。
「けけけぇっ!!」
「てやああぁっっ!!」
苦鳴とも哄笑ともつかない叫び声を上げる魔物に姫様が飛び掛かり、鉄の爪で喉元を深々と抉った。突き立てた爪をさらに捻り、傷口を抉る。口元の笑みを歪め、憎悪の目で姫様を睨みつけながら魔物は倒れた。
「まずは一体目!」
一体が倒れ、もう一体も眠りで無力化されて孤立した魔物は立て続けに火の玉を吐き出して自分たちの接近を阻む。
「舐めるなぁぁぁっっ!」
姫様が飛び出した。右に、左に、跳ねて、飛んで、敵の的を散らす。火の玉が掠めた姫様の髪の端が焦げた。しかし姫様は怯まずに前進する。左右から一転して地を這うように低い体勢で駆け抜け、真下から鉄の爪を跳ね上げる。喉から顎、そして頬から目までを爪に抉られて魔物が仰け反る。
「けけぇえぇっっ!」
「ソロ!」
「シンシア!」
視界を奪われた魔物が後退して体勢を立て直す暇すら与えず、ソロ殿とシンシア嬢が突進した。二振りの鋼の剣を魔物の胴体に突き立てる。火を放つ魔物の両手が二人の鎧の肩を掴む。高熱で肉が焦げる嫌な臭いが立ち込める。だが、ソロ殿もシンシア嬢も歯を食いしばりながら更に剣を深々と刺し貫いた。断末魔の絶叫が大灯台に響いた。
「ミネア嬢」
「はい。同時にやりましょう。目を覚まされる前に」
最後の一体は、まともに戦うことすら出来ずに倒されたことは不幸だったのか、それとも、苦痛を味わうことなく死ねたのは幸運と言うべきなのか。
確かなことは、ブライ様とミネア嬢の二本の理力の杖に同時に貫かれても、死の瞬間まで目を覚ますことは無く終わったという事実だけだった。