まだ私たちがコーミズ村で暮らしていた頃。まだお父様も元気で、まだ私もミネアも小さくて、まだ私が小さな
私とミネア、そして村の子供たちの目の前で、バルザックが錬金術で
同じように、別の機会では水をかけても消えない火や、逆に水をかけると燃え上がる不思議な金属の粉末も見せてくれた。メラやギラの魔法とは違う、種も仕掛けもちゃんとあって、そういう世界の仕組みがあって、そういう現象が起きる。
『水の中だから火の魔法は使えない、なんてのは誤った思い込みだ』
そんなことを言っていた。
『きちんと世界の仕組みや成り立ちを理解していれば、そんな常識に囚われる必要はない』
とも言っていた。
魔法を使いこなすことは、世界の成り立ちを知ることに通じる。逆に、世界の成り立ちを解き明かすことが魔法の深奥にも繋がる。錬金術とは、元々そういう学問だったのだと。
けれど研究に必要な資金を捻出するために卑金属を貴金属に変えるという一側面ばかりが強調されるようになってしまって、当の錬金術師たちでさえ本来の目的を忘れてしまうことも多かったらしいけれど。
「――」
海の中に潜って、目を閉じて集中する。イメージするのは燃え盛る炎。ただ燃えるだけじゃない。
例えば密閉したガラスの瓶の中で火を燃やすと、やがて火は小さくなり消えてしまう。それは空気の中に燃焼という現象に必要な『何か』が含まれているから、なのだとか。
だけど、その瓶の中に水と水草を入れて太陽の光を当てると、やがてまた火が燃えるようになる。それは、水草が水の中で生み出している小さな気泡の中に、その『何か』が含まれているから。
目には見えないけれど、私の周りにある水の中にもその『何か』は溶け込んでいる。ソレを手の中に集めることをイメージする。
ソレに着火する。必要なのは、水をかけると激しく燃え上がる金属粉。私の手元にはないけれど、でも、やっぱりソレも水の中に少しは溶け込んでいるはずなのだ。ほんの一つまみでいい。ソレを魔力で疑似的に再現する。
「……っ!」
手応えはバッチリ。薄目を開くと、私の右手が燃えている。正確には、私の右手に集めた魔力が炎という形で世界に現れている。
「メラっ!」
唱えた声は大きな気泡になって私の口から出て行った。
拳ほどの火球は水の中でも消えずに直進していって、沈没した船の船体に当たって、それを燃やす。水の中でも消えることなく、船体に使われている木材を焦がしていく。ただ、やっぱり長くは続かない。火は少しずつ小さくなり、やがて消える。それが限界だった。
「…ぷはぁっ!」
水面から顔を出し、大きく息を吸う。口の中に入った海水を吐き出し、近くで揺れていた小舟に手をかけて肩を大きく上下させる。
「おお、大分メラミに近づいてきたの。さっきのメラの大きさ、これまでにないほど見事だったぞ。水の中でもあれほど火を使えるようになるとは。さすがは『導かれし者たち』かの」
小舟の船底に杖を突いてカラカラと上機嫌に笑うカダルをチラッと見上げて、額に貼り付いた前髪を手で掻き上げる。
「その言い方、あんまり好きじゃないわ」
「ふむ?」
「私は私。ソロもソロ。ソロは『勇者』になりたくてなったわけじゃない。私も『導かれし者たち』なんて知らない。どこかの誰かが勝手に決めた呼び名なんかでわかったように言われたくない」
もっと言えば、『導かれし者たち』かそうでないかで、バルザックが勝手に私たちと太い一線を引いてる態度なのが、すごく嫌なのだ。
「――…そうか。それはすまんかった。以後は二度と言わぬように気をつけよう」
真顔になったカダルは真摯に謝ってくれた。私みたいな小娘が相手でも、ちゃんと一人前として扱ってくれる。ソロの周りにいる人たちは、すごくいい人たちだった。コーミズ村の人たちと同じくらい。
「む」
そこで視線を横に転じたカダルが杖の先端をそちらに向ける。
「メラミ」
私のメラより一回りも大きな火球が遠くに飛んで行って、海面に顔を出していた首長竜の頭を焼いた。だけど、ほとんど効いた様子がない。逆に敵意を剥き出しにして襲い掛かってくる、だけどカダルは慌てない。
「ああやって海の魔物でも火炎に強い種類もいる。気をつけるように」
小舟に上がった私に、講義する余裕まで見せる。
「ライデイン」
大きく口を開けた首長竜の牙の本数まで数えられるほど間合いを詰められていながら、落ち着き払ったカダルの魔法が炸裂する。
紫電一閃。一瞬で黒焦げになった首長竜の体が力なく倒れ、プカプカと水面に浮くのが見える。
「首長竜は見た目よりも意外と臆病でな。たまに逃げることもある。逃がさずに仕留めるのであれば、わざと引き付けてから一撃で、じゃ」
そして茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。カダルといい、ブライといい、どうして私の周りにいるお爺さんはこんなにも元気なのか。
――お父様も、これくらいお元気なら良かったのに。
つい、嫌なことを思い出してしまう。つい先日もサランの街に皆でお見舞いに行ったけど、あまり調子は良くなさそうだった。もちろん私たちを歓迎してくれたし、話す時もずっと笑顔で、弱ったところは絶対に見せないようにしていたけれど。でも、わかってしまう。
少しずつ、ほんの少しずつではあるけれど、お父様の命の蝋燭が短くなってきているのが。以前から不自由だった目は、もう完全に視力を失ってしまっているのが。少なくとも、以前なら目の焦点は朧気ではあっても私やミネアの方を見ようとしてくれていたのに、今はもう顔を動かすこともない。完全に、耳で聞いた声だけで応答するようになってしまった。
まだ声はしっかりとしていたけれど、それでも、コーミズ村にいた頃に比べればずっと弱々しい。何より、最後に私とミネアが手を握った時の指に、もうほとんど力が感じられなかった。以前なら、もう少しぐらいは握り返してくれていたのに。
「どうした?」
「……」
「もしや、エドガン殿のことを思い出させてしまったか。すまんな」
カダルは何も悪くないのに、かえって気を遣わせてしまった。私は黙って首を横に振る。
わかっている。お父様は、もう長くないって。オーリンは必死に介護してくれているし、バルザックが私たちの旅に同行せずにサランの街に残っているのも、お父様のことを優先しているから。逆に言えば、もう、バルザックがそうしなくてはならないほどにお父様の容態は予断を許さなくなってきている。
わかっているけど、私たちには何も出来ない。いや、ミネアが密かに、でも必死に
「世界のどこかに世界樹という巨木が生えているらしい。その樹の葉には、死者をも蘇らせる特別な力があるとか」
「!?」
落ち込んでしまった私を見かねたのか、カダルはそんなことを教えてくれた。
世界樹?
あれ。
でも、それって最近聞いたような。
『ここから東の世界樹の一番高い枝に――』
……あ。
「カダル、今日の勉強はここまででもいい? 明日、その分も埋め合わせてやるから」
「ふむ。何かあったようじゃな。まあ、良かろう。その様子では無理にやらせても身につくまい」
「ありがとう。ルーラ!」
居ても立ってもいられなくなってしまった私は、すぐさまサランの街に向かって飛んだ。