「ベギラマ!」
マーニャ嬢の放った幅広の炎の帯が洞窟の入り口を塞いでいた
辛うじて燃え残ったものも、ソロ殿とライアン殿が振り翳した破邪の剣から解き放たれた
「姉さん、あまり飛ばし過ぎないで」
「ええ、気をつけるわ」
そして魔力の使い過ぎを案じるミネア嬢の言葉にも冷静に頷く。少し前までであったなら、『このぐらいなら、まだまだ大丈夫!』と空元気とも見栄ともつかない強がりを見せていたところであろうに。
未熟な魔法使いは新しい呪文を覚えると、ついそれに頼りがちになる。それまでは手の届かなかった強い力に酔って、ついつい自分の限界をわきまえずに魔力を浪費してしまうことも珍しくはない。
「ミネア、祈りの指輪は幾つ持ってるかしら? 魔法の聖水の残りは?」
「私は……指輪が一つと、聖水は二つよ」
「あの指輪って壊れる時は壊れるのよね。ほら、あの銀の女神様の洞窟で最初の一回目で壊れたこともあったし。洞窟に入る前にトルネコから予備の指輪を一つずつもらっておきましょうか」
「そうね」
だが、今のマーニャ嬢は実に冷静そのもの。ずいぶんと昔の話になるが、果たして儂が同じ年の頃はどうであったか。初めてヒャダルコを覚えた頃に、こうも冷静に足元を確かめて居られていたかどうか。
「この洞窟の大きさだと、残念ながら馬車は入れないようですね。となると、外で留守番をする者と中を探索する者に分かれるしかありませんな」
トルネコ殿が洞窟の幅や広さと馬車の大きさを見比べている。
「当然わたしは留守番をさせていただくとして――」
「私とミネアは行くわ。お父様のためだから」
「ボクも、ソレッタ王にパデキアの種を持ち帰るって約束したからね。行くよ」
姫様とマーニャ嬢が真っ先に名乗りを上げる。となるとミネア嬢とクリフトも同行するであろう。
「姫様、儂は今回お暇を願ってもよろしいでしょうかな?」
「え?」
「ブライ様?」
ゆるりと髭を撫でながら切り出すと、姫様とクリフトが目を丸くする。
「昨夜クリフトめが纏めた素案を馬車で吟味しておきたいというのもございますが、この洞窟は種を長期保存するための氷室と同じで特に冷涼な環境となっておるとか。儂の
「あ、うん。それはそうかも」
「クリフトや、そろそろ儂の目がなくとも一人で姫様のお世話が出来るほどに成長しておると信じておるぞ」
「は、はいっ! お任せください!」
まだまだ楽隠居を決め込むつもりはないが、いつまでも儂が背中を見ていては独り立ちはそれだけ遅くなってしまう。日々の成長著しい若人を信じ、任せることも必要であろう。
「ライアン殿、この老い耄れの話し相手をしてもらっても構わぬかな?」
「承知した」
前衛にソロ殿とシンシア嬢、中衛に姫様とクリフト、後衛にマーニャ嬢とミネア嬢。物理攻撃、魔法火力、回復に補助。いずれもバランス良くどんな魔物にも対応できる面子ではある。
かの山奥の村で
「じゃ、行ってくるね!」
「ブライ様、行ってまいります」
姫様たちの背中を見送り、儂は馬車の御者席に腰を据える。
トルネコ殿は桶に水を満たして馬のパトリシアの前に置き、首を撫でている。本来の飼い主であったホフマン殿が離れても文句も言わず、暴れもせずに危険な魔物が跋扈する中を馬車を牽いてくれている賢い牝馬じゃ。
「どうじゃな、トルネコ殿。ここまでの道中の働きに報いるためにも、パトリシアめに角砂糖の一つも褒美に与えてやっては」
儂の声を理解したように、嬉しそうに低く嘶く。
「ああ、そうですね。あまり頻繁に与えるのは良くないとホフマンさんから聞きましたが、まあ、たまには良いでしょう」
トルネコが手のひらに乗せた角砂糖を口にして、また嘶く。もっと欲しいとばかりにトルネコ殿に鼻面を押し付けて甘えておる。
そうしている間もライアン殿は馬車から少し離れて腰の剣を抜き、無言で型稽古を始めておる。口数こそ少ないものの、まことに頼もしい御仁じゃ。
「おっとっと、好物をお土産に持ち帰った時のポポロみたいですね。仕方ない、あと一つだけですよ?」
パトリシアの世話をトルネコ殿がしている間に、儂は馬車の御者席と膝の上に資料を広げる。ソレッタが首尾よくパデキアを取り戻したとして、それだけに頼らず新たな特産品を開発する。口にするのは簡単じゃが、実際はそう簡単なことでもない。
パデキアほどに高い需要があり、安定した収穫が見込めて、しかも高く売れるような特産品。そんな都合の良い作物があるのなら、そもそも苦労はない。皆がそれを作ればパデキアの代わりとなる。ソレッタ王が自ら畑で鍬を振るう必要もなかったであろう。
昨夜も姫様たちとソレッタの宿で議論を交わしたが、トルネコ殿も含めて儂らは農業の専門家というわけではない。結論が出る前にソロ殿やマーニャ嬢たちが戻ってきてしまって、議論はそのまま先送りとなってしまった。
「おや、ブライ様。一体どうなさいましたか」
そこまで考えて、さらに頭の痛い問題に思い至ってしまった儂が思わず手で顔を覆うと、トルネコ殿が目敏く気付いて声をかけてくれる。
「……一つ、難題を思いついてしまっての」
「はて、昨夜の議論の続きでしょうか」
「うむ。もし儂らがソレッタの新しい特産品を思いついたとしても、じゃ」
「はい」
「一体ソレッタの誰がそれを育ててくれるんじゃろうな」
トルネコ殿も渋い顔になった。
「……確かに、そうですな。ようやくパデキアを取り戻した。ようやく貧しい生活から抜け出して、元の安定した生活を取り戻せる。皆がそうする。なのに、どうして自分だけがそうせずに、売れるかどうかもわからないものを作るのか」
「しかも、その新しい商売が軌道に乗るのは一年後か、二年後か。あるいはもっと先かもしれん。そんな息の長い話に付き合ってくれる者がいるのか。ましてや、それを提案するのが――」
「今後そのパデキアの取引で利益を上げる、わたしたちですからな。むしろ新しい作物を勧めても、それも同じように買い叩かれるのではと警戒されるでしょう」
幾ら儂らがパデキアだけに頼った産業は脆弱で危険だと訴えたところで、そのパデキアで利益を上げている側が何を言うかと鼻で笑われるのは目に見えておる。
「姫様があえて憎まれ役を買って出て、ソレッタの民の反感を買ったのは、理屈では正しい。しかし、反感というのは理屈だけでは片付けられぬ。根っこのところでは感情に紐づいておる」
「そして種は既に蒔かれてしまいました。それを今さら無かったことには出来ませんね」
「ここで言を翻せばパデキアの全滅でソレッタに見切りをつけた連中と同じ穴の狢だと思われる。友人となる遥か以前に、取引相手としてすら二度と信じてはもらえんじゃろう」
トルネコ殿と儂が顔を見合わせて深々と歎息したところで、黙って型稽古をしていたライアン殿が口を開いた。
「自分では、その難題を解決する糸口さえも皆目見当がつかぬが。そのような時は、やはり知恵者に相談なさるべきかと」
「バルザック殿か?」
「それも一つの選択肢かと存ずるが、自分であればエドガン殿の方がより適しているかと愚考する」
ライアン殿は儂らの方に目を向けることもせず、静かな眼差しで正眼に構えた剣の切っ先を見据えていた。
「自分がコーミズ村で伺った限りでは、エドガン殿は長らく農夫たちの指導や手助けをしておられたとか。その弟子のオーリン殿も、村の農夫たちに混じって畑仕事で汗を流しておられた。おそらく、農業の分野に限って言えばバルザック殿よりもむしろエドガン殿やオーリン殿の方が造詣は深いと思われるが」
思わずトルネコ殿と顔を見合わせてから、再びライアン殿の横顔に目を戻す。確かに、そういうことであればバルザック殿よりも相談相手として適任ではあるだろう。
エドガン殿とライアン殿が顔見知りであったことは既に聞いてはいたが、全く人の縁というものは思わぬところで繋がっているものよ。
「忠告に感謝する」
「わたしも、エドガンさんがそのような前歴をお持ちとは存じませんでした。教えて下さってありがとうございます」
「礼には及ばぬ。――それから、ブライ殿。どうやら敵が出て来たようだ」
その静かな声の語尾に重なって、重たげな金属音が響く。エンドールの近辺で見かける彷徨う鎧にも似た影が近づいてきた。
「やれやれ。のんびり考え事をする暇も与えてくれぬとは。老人を敬う礼儀も知らぬと見える」
杖を手にして馬車の御者席から立ち上がった儂は
「ヒャダルコ!」
本作における船の名前は?
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ゲームブック準拠で『トリスタン号』
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小説版準拠で『聖なる種火丸』