間章
――ソレは、怪物だった。
子供が泥団子を作るように、血と、肉と、骨を捏ね合わせた団子状の球形をしていた。
その表面からは無数の手足が突き出していた。そして腕や足の隙間を、人の顔が埋めていた。老若男女、年齢も性別も問わぬ人間の顔が。悲哀。苦悶。狂気。様々な表情の人間の顔、顔、顔。
何よりも悍ましく、怖気をそそるのはソレがまだ
およそ真っ当な生態ではありえない。
――およそ使えない役立たずどもでも、とにかく一纏めにすれば
そんな、不条理で乱暴な狂った論理で、大勢の人間の体を滅茶苦茶に混ぜ合わせて捏ね合わせた怪物。
いっそ殺してくれていれば。いっそ一思いに処刑してくれていれば。こんな、
「エビルプリースト様」
そんな
「キングレオが間もなく目覚めるかと」
「ようやくか。遅すぎる」
その声もまた、ひたすらに無情で冷酷だった。もとより自分以外の全てを見下し、利用し、使い捨てる究極の利己主義者である。
そして、そんな上司の思考は百も承知の
キングレオ城の通路を我が物顔で歩く魔族の姿を見ても、誰も何も言わない。侍女も衛兵も侍従も、何一つ。何か一言でも余計な無駄口を叩けば『消される』。この城においては沈黙は金、ではない。沈黙できない者は生きていけない。否。死ねれば、まだ幸福だとさえ言える。
「つくづく使えんな、人間は」
慎ましく、命惜しさに服従と沈黙を保つ人間たちにエビルプリーストは小さく吐き捨てる。
役に立つか立たないかで言えば、今のキングレオ城で生き延び続けられている人間は有能と保身という二つの点で極めて長けている。そうでなければ、とっくの昔に実験台として使い捨てられている。
錬金術師エドガンが研究成果を破棄し、その弟子であるバルザックが協力を拒んだことで『進化の秘法』に関する研究は遅々として進まなかった。
キングレオ城に集まったのも錬金術師とは名ばかりの、研究のために提供される資金を目当てにした詐欺師や山師ばかり。
冷酷で狡猾だが、それゆえに無駄を嫌う合理主義者でもあるエビルプリーストが見るに見かねて手と口を出さざるを得ないほどに、キングレオ城における『進化の秘法』の研究は停滞と迷走を繰り返していた。
「こちらでございます」
通路の一角に設けられたスイッチを大魔道が押しこみ、隠し部屋への入り口が開く。
そこは事実上、一から十までエビルプリーストが設計し、徹頭徹尾エビルプリーストが計画し、最初から最後までエビルプリーストが監督して作らせた研究室だ。逆に言えば、エビルプリーストがいなければ何も出来ないし、何一つ始まらない。こうなると、『人間は使えない』と吐き捨てたくなるのも無理はない。
勇者襲撃も、ヘルバトラーとギガデーモンに任せざるを得なかった。より正確に言えば、前者がピサロの命令で出撃し後者が勝手にそれを追いかけたのだが、どちらに対しても干渉している暇が無かった。
サントハイムやエンドール、ボンモールといった諸国への干渉も間接的なものに留まらざるを得なかった。
物事には優先順位というものがある。現状のエビルプリーストにとっては、『進化の秘法』こそが最優先にするべきものであり、それ以外は二の次に回さざるを得なかったのだ。
『――、ン、ッ……』
ゴボリ、と培養液の中に気泡が立つ。
『フ、ハ……ハハハ、ハハハハハ……!』
目を覚ました
見上げるほどの巨躯に備わった四つの足と、四本の腕。キングレオ王国の国章にちなんだように、獅子に酷似した頭部。勇壮で、それでいて凶悪な外見。
『手に入れた! 遂に手に入れたぞ! これこそ私に相応しい力だ!!』
高熱のガスや凍り付く息を吐き、ベギラマやベホマも使う。普通の兵士どころか、一国の軍隊であろうとも薙ぎ払える。確かに恐るべき怪物ではあるだろう。――人間の目から見れば、の話だが。
――これでは
それどころか、エビルプリーストの冷たい目には明らかな失望と落胆の色が滲んでいる。さんざん時間と労力を無駄に費やした挙げ句に、『進化の秘法』が
人目を避け、密かにこっそり細々と研究せざるを得ないというわけではない。キングレオ王国という、この世界における屈指の大国を裏から操って、その協力と権力を可能な限り行使しての結果がコレなのだから尚更だ。
『感謝するぞエビルプリースト! とうとう私は、私に相応しい力を手に入れた!!』
初めは、牢に囚われていた犯罪者を。次に、過去に犯罪を犯していた前科者を。そして王に
片っ端から実験の材料にした。
さらに大臣がサントハイムから持ち帰ってきた
挙げ句、とうとう焦れに焦れた
『この力さえあれば、
「そうか、それは良かったな」
高揚と興奮も露わに吼えるキングレオとは対照的に、エビルプリーストは無感動に冷めきった声で答えた。
――例え世界の覇者になったところで、いずれ
大それた野心に目が眩み、自分の力も、器さえも計れぬ
現状で手に入れられる限りの材料は吟味した。貴重な触媒も惜しまず注ぎ込んだ。もちろん増幅器も使った。そこまでしたのだから、完全な失敗に終わっては目も当てられない。それでいて、完成したのは期待値を遥かに下回っている出来損ないだ。不幸中の幸いは、キングレオの記憶と意識を保持したまま魔物に変化させられたことぐらいか。
『待っていろ、エドガン! それにバルザック!』
「……」
『草の根を分けても必ずや探し出してくれる! 私の差し出した手を拒んだことを後悔させてやるぞ!』
まあ、それ自体は別にどうでもいい事だが、少なくとも城に残されていた資料を見る限り、まがい物の詐欺師などではない『本物』の錬金術師ではあったようだ。実際、その二人がいれば、これほど自分の手を煩わされることも無かっただろう。
「デスパレスに戻る」
「はっ」
もはや培養槽の中で好き勝手に吼えているキングレオの声を聞いている時間すら堪え難くなり、素っ気なく言い捨てたエビルプリーストは踵を返した。背後ではまだキングレオがエドガンとバルザックの名を繰り返し喚き続けている。
「エドガンとバルザック、か」
勇者でもない、そしてその仲間ですらない老い耄れと若造に興味や関心など抱きようも無かったが、あの出来損ないに煩わされた無駄な時間と労力に対する苛立ちが、少しばかりの皮肉と面当てに転化した。
「見つけた時は何かに利用してやるか」
積極的に探し出そうとするほどの労力をかける価値などあるまいが、もし目の前に現れた時にはどうしてくれようか。――そんな益体もない思考を意識の片隅で弄ぶ程度には。