勇者ソロとマーニャ:15歳
クリフト:17歳
アリーナ:14歳
ミネア:13歳
オーリン:33歳
バルザック:31歳
第一話:色褪せた舞台
俺たちがマーニャのルーラで降り立ったのは、かつてキングレオ城へ向かうために隊商の一行と共に出発して以来、およそ5年ぶりとなるモンバーバラの街だった。
「懐かしいわね」
「ここはもう街門の近くだ。顔は隠せ」
わざと泥や土埃で汚して、古びた風に偽装を施した地味な色合いの外套のフードを引き下ろしてやる。
「ん、ありがと」
いちいち俺が言うまでもなく、地面の土を手に付けて頬や顎、首の辺りを汚し、肌の色を見咎められにくいようにカモフラージュの化粧もしている。
「ここが歌と踊りの街モンバーバラかぁ……旅芸人として一生に一度は訪れてみたいと思ってたけど、こんな形で夢が叶うなんて」
「気持ちはわかるが、あんま浮かれんなよ、メイ」
「わかってるってば」
今回は事前の下見と情報収集を兼ねての隠密行動だ。演劇用の扮装で、ちょっとした小金持ちの娘ぐらいの服と小道具を身につけたメイと、その世話役のように小ざっぱりとした服装のフェブが俺たちに代わって人前に出てもらう。
「じゃあ、
「あいよ、
無言で目配せをされたので、頷きを返す。二人の背中についていくと、やはり門番に声をかけられる。
「待て。見ない顔だな。どこから来た?」
「ハバリアから参りました。お嬢様がモンバーバラの大劇場を見物したいと仰るので」
「そっちの二人は?」
「最近雇い入れた護衛役です。アッテムトから兄妹揃って逃げて来たそうですが、どちらも多少の魔法の心得があるとかで。……ああ、身なりがあまりよろしくないのはあらかじめお詫びしておきます。最初の給金でツケを溜めていた宿代を支払わなければならなかったので、服にまで回す金が無かったそうなんですよ。私としても、一々こうしてご説明しなくてはならないので困っているのですが」
さも嘆かわしいと言わんばかりに大きな身振りで首を横に振る。新参者のせいで余計な手間をかけさせられて迷惑していると、わざとらしく不愉快そうに睨みつけられたので、俺とマーニャは恐縮したように頭を下げておく。
「……そうか。まあ、逃亡民ならよくある話だな。魔法が使えたおかげで仕事を見つけられただけマシな方か」
そんな俺たちをチラッと一瞥した門番は納得したように頷いた。
「わかった。そういうことなら街に入るのは構わんが、帰る時は二人とも忘れずに連れて帰れ。最近はどこからかモンバーバラに逃げ込んできて、そのまま貧民窟に居座る連中も多い。街中の治安も昔ほどは良くない。大切なお嬢様から目を離さず、なるべく夜は暗所に行かないようにしろ」
「これはこれは、ご忠告どうも。気をつけるといたしますよ。お嬢様にもしものことがあっては、私が旦那様に殺されてしまいますから」
さりげなく取り出した数枚の銀貨を門番の手に握らせる。
「ついでにお伺いさせてもらいたいのですが、お嬢様に余計なちょっかいを出すような『お行儀の悪い』客はお断りの、そっちの護衛の二人には屋根裏あたりの安い部屋をあてがえるような宿に心当たりがあれば教えてもらえるとありがたいのですが」
「なら、大劇場前の広場に面した『白鳥亭』だな。大劇場の前には大きな池があって、昔そこに白い鳥がどこかからか飛んできたことがあるんだとさ。まあ、最近はあまり客が入ってないようだが」
「と言うと?」
「ハバリアから来たなら知ってるだろうが、最近はエンドールと行き来する船の数がめっきり減ったせいで、外国からの観光客がほとんど来なくなった。特に金払いの良い上客がいなくなったせいで、ただでさえ城に持って行かれる重税で青息吐息の街の連中は……」
銀貨のせいで軽くなった口を手で塞いだ門番は、慌てて周囲の目を窺った。
「おっと、口が滑った。これ以上は止めておこう」
「いやいや、あまり大きな声では言えませんが、旦那様も頭を抱えていらっしゃるようですよ。交易の船が入ってきてくれないとハバリアも干上がってしまいますから」
「そうだろうな。ともかく、気をつけることだ。今のモンバーバラは遊び半分で悪所に顔を出すとろくでもないことになる」
「ありがとうございます。では」
とっさのアドリブで如才なく話を合わせたフェブは怪しまれることなく門番の前を通り抜ける。さすがは旅芸人だけあって、即興劇もお手の物らしい。
「やるな」
「ったく、いきなり出だしから喋りっぱなしで喉が渇いたぜ。なんか飲もうぜ」
モンバーバラの通りは、一見すれば相変わらず賑わっているように見えた。だが、確かに門番が言っていた通り、昔に比べると道ばたに座り込んでいる物乞いが目に付く。
見覚えのある屋台から果物の搾り汁を買って口に運ぶ。違和感。思わずマーニャに目を向けると、顔を顰めていた。
「……薄い?」
「それだけじゃないわ。前にオーリンやミネアと一緒にお風呂屋の帰りに買った時より量も減ってる」
俺が呟くと、マーニャも囁くように付け加えた。
初めて買うフェブとメイは気付いていないようだが、水を混ぜて薄めることで見た目の量を増やしている。それでいて一人頭に提供する量も以前より減らしている。原価を下げて、利益を上げる。前世の記憶で言えばステルス値上げだと言うところだ。
店主に文句を言いたくても、ひどく不景気そうな顔をしている。実際、俺たち以外に飲み物を買い求める客の姿はいなかった。飲み物を入れた容器も、前は使い捨ての安い陶器だったのに、今は回収して使い回す木製のコップになっている。回収用の水桶の中にも他にコップは見当たらない。
以前より客が減ったから仕方なく水で薄めて利益率を上げる。だが薄くなった飲み物に気付いた馴染みの客は二度と来ない。だから量も減らす。そうやってさらに客が減る。悪循環だな。
「ねえ、
屋台から離れると、マーニャが小さな声で提案する。そう言い出すのではと予想していた俺は黙っていた。
「どこに行くつもりだよ?」
「前に私が踊ってた小さい劇場よ。今はどうなってるのか気になって」
フェブが俺に目を向けてくる。
「……遠目から見るだけだぞ。あと、騒いだり知り合いに話しかけるのも禁止だ」
「わかってる」
あまり良いことにはなっていないような気がするが、それも含めての情報収集なのだからやむを得ない。街の大通りから道を外れて脇道へと進むと、急に荒廃の雰囲気が濃くなった。
薄汚れた風体の人間が小綺麗な服を着たメイやフェブに胡乱げな目を向けてくる。道ばたにたむろっている剣呑な雰囲気の連中は、フェブが背負った鉄の槍を見てすぐに目を逸らす。ヒノキの棒や棍棒程度なら街のならず者でも手にする機会は多いだろうが、オーリンやスコット、ホフマンといった原作ゲームにおけるお助けNPCが愛用する鉄の槍は間合いの広さや殺傷力からしても棍棒では相手にならない。
「――」
だが、そんなならず者の一人が背中を預けている、釘で板を打ち付けられた見覚えのある扉を見た時、俺は思わず足を止めてしまった。
「え? ここって……」
俺の目を追ってマーニャも立ち止まり、入り口の扉が閉め切られた店舗の煙突を見上げる。カァカァと耳障りな鴉の鳴き声が辺りに響く。煙突の先端の吹き出し口に、鴉が巣を作ってでもいるのか。それは、つまり――。
「確か……気の良いおじさんが竈で焼いたパンを、優しいおばさんが売ってて。ここで買ったのを、よく朝に食べたわよね」
微かに震える声で囁くマーニャに、俺は小さく頷く。
扉に板を固定している釘は錆びていた。打ち付けられている板も風雨に晒されて、一部には黒いカビまで生えていた。煙突に作られた鳥の巣といい、昨日や今日に閉店した様子ではなかった。
「行くぞ」
「う、うん」
閉店したパン屋の前に居座っているならず者が俺を睨んできたので、余計な揉め事になる前に目を逸らして足を動かす。
「何があったのかしら。おじさんとおばさんは……」
知り合いを案じるマーニャの紫の目を、今の俺は見ることが出来なかった。こんな時に限って思い出したくも無い何気ない会話を、どうしてか思い出してしまう。
『ウチの娘がねえ、自分もマーニャちゃんみたいに踊りが上手になりたい、なんて言うのさ』
『最初から無理だと自分で諦めるならともかく、親の言いつけとはいえ誰かに言われたからって諦められるようなものを、夢とは言わないだろう?』
『そうなんだよねえ。それはわかっちゃいるんだが、ただ踊り子になりたいって言うだけならともかく、マーニャちゃんはねえ』
踊り子。モンバーバラの。俺たちと共にハバリアへと向かった隊商に同行した踊り子たちの声を思い出す。
『お城に行くんだって。お城! もしかして王様の目にも留まったりして?』
もし、あのパン屋の夫婦の娘も踊り子になったとして。踊り子になったその娘も、キングレオの城に呼ばれたとして。いつまでも城から帰って来ない娘を心配した両親は――。
「なんだ? 何もないじゃねえか」
拍子抜けしたようなフェブの声に、俺は半ば無意識に俯けてしまっていた顔を上げる。そこには小さいながらもテントが張られていたはずだった。安いテントの布はたびたび破れて、そのたびにオーリンが修繕して穴を塞いでいた。だが、そのテントによって日差しや風を避けて、雨に濡れることもなく、客は踊りを見物することが出来ていた。そこで踊るのは若く、あるいは幼さを残した子供たち。
まだ未熟だが、それゆえに将来は大劇場で踊るような売れっ子の原石が混じっているかもしれない。そんな期待と冷やかしが交錯する客の野次が遠慮なしに投げつけられる小さな野外劇場が、そこにはあったはずだった。
――しかし。今は何もなかった。そこはただの空き地だった。もう何年も誰も立ち入っていないように、伸び放題の雑草だけが蔓延っていた。誰かが捨てた生ゴミが腐ったような悪臭までもが漂っていた。
「何よ、これ……」
マーニャが思わず低い声を漏らす。かつて自分が練習に汗を流し、知り合いの踊り子たちと笑い合い、励まし合い、客の前で拙いながらも懸命に踊りを披露した思い出の場所が、こうも無残に荒れ果てた有様を見れば気分を害するのは当然だ。
「落ち着け」
「でも……っ!」
俺が肩に手を置くと、一瞬だけ何かを言いかけたマーニャは、しかし、小さく首を横に振って言葉を飲み込んだ。
「言いたいことがあるなら後で聞くさ。そのために安宿ではないちゃんとした宿に泊まるんだ」
「……うん、ごめんなさい」
「気が済んだなら、さっさと行こうぜ。さっきから後をつけられてるんじゃねえかって気が気じゃねえんだ、こっちは」
あえて空気を読まずにぶっきらぼうに促したフェブに向かって頷きを返し、歩き出す。肩に置いていた俺の手が離れる前に、マーニャは手指を絡ませてきた。俺は何も言わない。マーニャも何も言わない。ただ黙って互いの手のひらを重ね合ったまま歩いた。