「とーさま! あーん!」
「儂の膝の上に座りながらでは、それは出来ぬ相談であろうよ、マーニャ」
「じゃ、ミネアなら」
「オーリン、ミネアをちゃんと捕まえておくことだ。膝の上から落とすなよ」
村の畑で取れたキャベツの、虫に喰われたり色が変わるほど泥が染みて食用には適さない一番外側の葉で切り分けた魚の身と巻いた香草を包み、紐で縛ってから鉄鍋でじっくりと蒸し焼きにする。魚の生臭さは香草で消え、芯まで火の通った脂の乗った切り身は柔らかく仕上がっている。しかも、今日は椅子を客人の分として譲るという口実で、自分は大好きな養父の膝の上に座れるとあってマーニャは大喜びだ。ただ父の膝を独り占めするのではなく、時々ミネアと交代する辺りも姉としての優しさなのだろう。
で、エドガンの膝から降りて移動する先がオーリンの膝の上なのだから文句など出るはずもない。
「バルザックはうるさい!」
「はは、賑やかですな」
夕方からオーリンと薪割りを始めたライアンは、何やら無言のうちに二人の間で競争というか意地の張り合いの如く淡々と薪が積み上がっていく現象が突如として発生し、日が暮れる前に向こう一か月やそこらは薪割りは不要になりそうなほどの大量の木材が出来上がっていた。どこの家でも食事の支度に薪は使うので、棚に収まりきらない分は近所に配っておいたので無駄にはならない。
「マーニャとミネアの二人が来てからですよ。先生もですが、俺とバルザックも口数が多い方ではないので」
どちらも生真面目で朴訥な堅物という点で似た者同士なのか、薪割りをしている間に打ち解けた様子のオーリンが珍しく積極的に話し相手をしている。
「それにしても、バルザック殿の料理は見事だな」
「錬金術と同じです。材料を揃え、加工し、鍋に入れ、適切な温度を保ち、時期を見計らって火から下ろす」
俺は静かに答えた。別に含むところはない。他意があったわけでもない。
しかし、ほんの僅かにだが食卓の空気が冷えたのを感じた。まるで客人の無知をあげつらっているように聞こえたのだろうか。
またやってしまった。自分ではそのつもりがなくとも、他人から見れば冷淡で拒絶的としか映らない応答。これだから俺は村人たちに敬遠されるのだと分かっていても、長年の習性はそう簡単には直らない。
「なるほど。いや、お恥ずかしい。自分は無学で無知な兵士ゆえ、料理と錬金術の違いもよくわからぬ有様。これからモンバーバラの街へも足を運ぶというのに、歌と踊りについてもさっぱりで」
「えー、そうなの? ジプシーの踊りも見たことない?」
「ええ、バトランドでは旅をして芸を披露して回る一座など、てんで聞いた試しも無く」
「ねーさまの踊り、すごく上手なのに」
そんな居心地の悪さを救ってくれたのは、当のライアンと俺を警戒し嫌っているはずの姉妹だった。
「じゃ、ご飯の後で一曲踊って見せてあげる! 私、将来はモンバーバラの大きな劇場で踊るの! 絶対!」
宝石のようにイキイキと紫の瞳を輝かせるマーニャ。その横でミネアも控えめに、しかし姉と同じく未来への希望を秘めて頷く。二人の養父であるエドガンが誇らしげに髭を撫で、ライアンは目を丸くした。幼いながらも将来の夢をはっきりと語る褐色の肌の少女には、そうなることを誰も疑わせないだけの説得力が既にあった。
「素晴らしい。そうなった暁には、是非ともバトランドにも興行に来ていただきたい。我が国の王と養父にも、その踊りを披露していただきたい」
「いいよ! その時は護衛として迎えに来てね、ライアン……さん」
いつも俺にしているようについ名前を呼び捨てにしようとして、膝を僅かに揺らした養父の躾を思い出したのだろう。マーニャはぎこちなく付け加えた。
「ライアン、で構いませんぞ」
「えへへっ、ありがとう。ライアンなら強いから、道中で魔物が出ても安心だね!」
屈託なく笑う娘には見えないところで、黙とうをするように一瞬だけエドガンは瞑目した。オーリンはミネアの頭を大きな手で撫でた。俺は席を立つと、竈の鉄鍋に残っていた最後の一切れを二つに切り分け、小皿に乗せて姉妹の前に置いた。
「ほら、二人とも、これから動くならもっと食べないと空腹で寝付けなくなるぞ」
「むっ、そんなことあるわけないでしょ! バルザックの意地悪!」
「マーニャ、儂の分も食べなさい。この切り身は、儂には少し大きい」
「……オーリン、半分こ」
「いいのか?」
「一緒に食べたい」
そんな賑やかな食卓を微笑みながら見守るライアンは、しみじみと噛みしめるように言った。
「――本当に、良き家族だ」