街道を踏む足が重い。出来ればもっと急ぎたいが、背中に荷を負っていてはなかなかに難しい。
一人で黙々と歩くのは苦じゃないが、義妹たちを待たせてしまってはいないか、俺を待っている間に何かがあったりしたらどうしようかと、心配や不安の種は尽きない。陽はゆっくりと西に傾き始め、額から頬を伝った汗が顎から滴り落ちる。
「……ふぅ」
赤く色づき始めた陽光に照らされたモンバーバラの外壁が見えたところで一度足を止める。背負っていた鳥かごが揺れて、ピーピー、キューキューと高く啼く声が響いた。
「ああ、すまない。もうすぐ到着だから我慢してくれ」
手で顔の汗を拭う。黒ずんだ土ぼこりの混じった汗が掌を汚した。最後のひと踏ん張りだと自分を励まし、足を進める。
やがて街の門が見えてきた。幸い、門が閉まる前に辿り着けたようだ。開けられたままの門のところに門番と並んでいる小さな二つの影が見えた。
「オーリン!」
「オーリン兄さま!」
「マーニャ! ミネア!」
俺の顔を見てピョンピョンと飛び跳ねるように手を振っているマーニャと、その隣で微笑んでいるミネアに向かって駆け寄る。
「迎えに来てくれたのか。大丈夫だったか? 危なくなかったか?」
「うんっ」
「平気。門番さんも話し相手になってくれたから」
「おかえり、オーリン。妹さんたちはずいぶんと心配してたぞ。ほら、さっさと風呂にでも行くんだな。顔が真っ黒だぞ」
2年前に城からの出頭命令を拒否した俺とバルザックは捕縛対象ぐらいにはなっているはずなのに、顔見知りの門番は軽く笑って俺を通してくれる。
コーミズ村がある山岳地帯と森林が城のある北部とは隔ててくれているせいもあって、南のモンバーバラの街は王城の権威や影響力が及びにくい。国からの干渉を良しとせず、自ら磨き抜いた歌や踊りの芸能一つで生きていこうとする風土だからこそ、俺たちのような逃亡者も受け入れてくれる懐の深さがある。
「これは二人にお土産だ」
「わあっ、カナリア! 可愛い!」
「これ、どうしたんですか、オーリン兄さま」
背負っていた荷から下ろした鳥かごを見せると、二人とも興味深げに中を覗き込んだ。可愛らしくさえずる小鳥の声が響く。
「アッテムトの鉱山で飼われてたんだ。でも、歳をとってきたせいか、あまり鳴かなくなってきてな。生まれた時からずっと籠の鳥だったから、外に出されても飛ぼうとしない。放っておくとそのまま死んでしまいそうだったから、もらってきた」
「へぇ、こんなに可愛いのに」
「餌は何を食べるんですか?」
「穀物とか、野菜とか、あとは果物とかかな。アッテムトから戻ってくる時は、街道の傍に生えてたタンポポの種を綿毛を取って食べさせたりもしたな」
二人で鳥かごを抱えようとしていたので、小鳥を外に出して鳥かごだけを背中に戻す。
「あ、ほら、ミネア。こうやって手を伸ばすと指に止まるわよ。やってみて?」
「ホントだ。わぁ、大人しいです。すごい、可愛い」
もう10年も鉱山で飼われていたというから、だいぶ年寄りだろう。それでも二人が小鳥と戯れているのを見ると、連れ帰ってきて良かったと思う。
「バルザックは?」
「今日も家の中でずっと線香を作ってたわ。手が離せないから、ご飯は外で食べてきてもいいって」
「そうか」
俺がいない間、一人で留守を守ってくれていたバルザックに少し申し訳ない気分になる。
「先に風呂屋に行って汗を流してから、屋台かどこかで食べるものを買って帰ろう」
「ホント!? それじゃあ、お肉の串焼きが食べたい! 大きくて、肉汁がたっぷりの!」
「姉さま、野菜も食べないとダメ」
「じゃあ、ミネアは野菜を買えばいいのよ。二人で半分こしましょ」
仲良く言い合う姉妹の会話を聞きながら、今日も大勢の人が行き交って賑やかなモンバーバラの街の通りを歩く。
二人には、まだ言えない。今回もエドガン先生については何も情報が得られなかったことは、二人が寝た後でバルザックにだけ話そう。あいつはきっと、最初からわかっていたことのように表情の一つも変えないのだろうけれど。
今も牢に閉じ込められているであろう先生のことを思うとたまらない気分になるけれど、マーニャとミネアを放って俺だけが城に向かうわけにはいかない。そんなことをしても先生は喜ばないし、例え助けに行っても俺が叱られるのは目に見えている。
「オーリン!」
「オーリン兄さま、どうしたの?」
我に返ると、二人が左右から俺の手を握ってくれていた。ミネアの肩に止まった小鳥がチチチと小刻みに嘴を震わせる。まるで焦る俺を宥めて、もっと周りを見ろと叱っているようだった。
「いや、何でもない。風呂に入ったら、果物を搾った飲み物を買おうと思ったんだ」
「賛成!」
「林檎がいい」
「私は葡萄!」
二人が俺の手を引いてくれる。土ぼこりと汗で真っ黒に汚れた俺の手を。
その手の温もりが、かけがえのないものだった。今の俺が絶対に守るべきものだった。
「おかえり、オーリンさん」
「オーリンじゃないか。帰ってきてたのか。また力仕事を手伝ってくれよ。お前がいないと腰が辛いんだ」
「あ、オーリンさん! 今夜も酒場で歌うんだ。良かったら聞きに来ておくれよ!」
生まれつき体が大きいせいで通りを歩いていても目立ちやすい俺を見かけた街の住人も口々に声をかけてくれる。逃げてきた俺たちを受け入れ、マーニャとミネアを見守ってくれる優しい人たちだ。
「ああ。――ただいま」
俺は肩の力を抜いて、少しだけ笑った。背負った荷の重さは、何故か今は気にならなかった。