ドラクエ4のバルザックに転生した   作:葛轍偲刳

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第五話:濁った酒と腐った城

夜更けのモンバーバラの路地裏で情けなく腰を抜かした男は、無様に小さく震えていた。

冷たい水を頭から浴びせかけられて、体はずぶ濡れ。カチカチと歯が鳴っている。鼻水が垂れている。それを恥だとさえ思わなかった。

キングレオの城に、王に、国に仕える兵士という肩書の重み。そんなものは知らなかった。誰にも教えられなかったからだ。

 

危険な魔物が徘徊する世界だ。そんな世界で真面目に畑を耕して何になる。海で魚を獲って何になる。鉱山で穴を掘って何になる。

魔物が出れば逃げ惑い、逃げきれなければ死ぬのだ。バカバカしい。だったら安全な場所で、魔物が来ない場所で死なずに済む仕事をした方がいい。

死にたくないし、威張りたいし、酒や女も楽しみたい。当たり前のことだ。誰だってそうなのだ。だったら自分が楽しんで何が悪い。

 

――そう思っていた。そう信じて疑わなかった。

 

だから今夜も場末の酒場で飲んだくれているのも別に悪いことだとは思っていなかった。フードを目深に被った怪しいローブの男が安っぽいお世辞と甘言で近づいてきて安酒を瓶ごと奢ってくれた時も警戒などしなかった。

何しろ自分は城に勤める兵士なのだ。自分は偉いのだ。いつだって都合よく考えて、そのことに疑問も持たなかった。

気持ち良く酒に酔って、酔っぱらって、……そして、酔い潰れて。

 

「……オーリン、水をぶっかけてやれ。酒を奢ってやったのはいいが、飲み過ぎてまともに舌も回らないようでは困る」

 

氷のように冷たい、地を這うように低い声が聞こえて、いきなり全身がずぶ濡れになった。思わず反射的に跳ね起きて、ありったけの怒号と罵声を張り上げようとして、しかし目の前に筋骨隆々の大男が仁王立ちになっていた。その隣では冷たい金色に目を光らせている若い男が見下ろしてきていた。

 

「そう怯えるな。聞きたいことがあるだけだ。大人しく話してくれれば危害は加えない」

 

ローブ姿の若い男は片膝をついて、囁くように言った。大男は分厚い胸板の前で太い両腕を組み、無言で見下ろしてきている。例え自分が酒に酔っておらず、武装していて、相手が素手だったとしても勝てるとは思えなかった。否も応もなく首だけを縦に振る。

 

「一つ。城で、王の姿を見かけたことは? お前だけではなく、他の誰かでもいい。ここのところ、王の姿を見たことがある兵士や侍女、あるいは侍従などがいると話に聞いたことはあるか?」

「な、ない」

 

首を横に振る。自分は下っ端だ。ただの兵士だ。隊長でも何でもない。あるわけがない。

そして、城にいる自分の知り合いも似たようなものだ。下っ端で、真面目に働くのがバカバカしくて、安全な場所で働くために城に入った連中ばかりだ。王様なんて顔を見たことさえないし、それがおかしいだなんて思わない。

 

「二つ。城には、いつも威張り腐っている気に食わない上司がいると言っていたな。どこにいる?」

「い、一階の隅だ。小心者で臆病で、そのくせ何かしら気に食わないことがあると牢屋にぶちこむとか脅してくるクソ野郎だ!」

 

新しく取り立てられた大臣だかなんだか知らないが、まともに働こうともしないくせに威張ってばかりの役立たずだ。

なんであんな奴が大臣で、自分が兵士なんだ。世の中は不公平だ。間違ってる。

 

「なあ、バルザック。こいつ、自分の姿を鏡で見たことがないのか?」

「誰だって自分のことは都合よく棚に上げるし、そのくせ他人のことはよく見ているものさ」

 

どこか暢気に話している二人を震えながら見上げていた男の酒精で濁り切った記憶が、ようやく一つの線で繋がった。

 

「オーリンに、バルザックだと!? 城からの命令に従わずに逃げたお尋ね者か!」

「今ごろ気付いたのか」

 

すぐに仲間を呼んで捕まえてやる。誰に手を出したのかを牢屋の中で後悔させてやる。いや、この手で縛り首にしてやる。剣で首を切り落としてやろうか。

頭の中を数限りない妄想が駆け巡り、しかし逃げようともしない二人は落ち着いて自分を見下ろしている。

 

「お、おい! 俺が大声を出せば仲間が駆けつけてくる。いいか、この街には俺以外にも城の兵士が大勢いるんだ。たった十人やそこらじゃないぞ。百人はいる。お前たちなんかすぐに捕まるぞ!」

「そうか。なら今すぐに呼んでみたらどうだ?」

「へ…? い、いいのか? お前たちは絶対に逃げられないんだ。捕まったら縛り首か、打ち首だ。泣いて命乞いしても絶対に許されないんだ。そうなってから後悔しても遅いぞ!?」

 

精一杯の虚勢を張って強がって見せる。なのに、二人は全く動じない。

 

「……。お前の言った通りだったな、バルザック。本当に、今のキングレオの城は腐り切ってるんだな」

「そうだ。以前の国王陛下が健在であれば、こんなことには絶対になっていない。その生きた証明が俺たちの目の前にいる」

 

深々と溜め息を漏らした偉丈夫はゆっくりと拳を握り込んだ。ポキポキと拳の関節が鳴る音が不吉に響く。

 

「エドガン先生を援助してくれていた以前の陛下には俺も恩があるが、こんな兵士を野放しにしているのなら遠慮は要らないな」

「ま、待て! 待ってくれ!」

「幾らでも声を張り上げてくれていいぞ。せいぜい悲痛に泣き叫んで、無様に悲鳴を上げて命乞いをすればいい」

 

偉丈夫の太い腕が伸びて、ずぶ濡れの男の襟首を掴んだ。連日の酒浸りと荒淫で緩んでいるとはいえ、それでも大の男の体を片腕で軽々と釣り上げられてパクパクと口だけは動くが、声が出ない。

 

「お前のような一山いくらの兵隊が何人いなくなったところで、どうせ城は気にもすまい。モンバーバラの酒場で、娼館で、代金も払わず好き放題に暴れて迷惑をかけた分の金はアッテムトの鉱山で鎖に繋がれ働きながら返してもらう。ああ、もちろんこれは別に危害でも何でもない。借金の取り立てという、正当な商取引に基づく業務の一環だ」

 

ローブ姿の若い男は手の中に握った黒い球体を弄びながら冷ややかに宣告した。

 

「だが、その服や装備は俺たちが引き取ってやろう。国から支給された装備を個人で作った借金返済の足しに出来るんだ。良かったな」

 

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