「コーミズ村の錬金術師エドガンには、古代の邪悪な術を研究するために国庫から与えられた資金を不正に流用した疑いがかけられている!」
城からやって来るなり、いきなりわけのわからないことを言い出した兵士の大声に村人たちは互いに顔を見合わせ、自分と同じように困惑の色を浮かべる隣人の顔をそこに見出した。
「よって、これより全ての研究成果は城に押収され、国費が正しく用いられていたかどうかを詳しく調べられる! また、これらの隠匿に協力した者も同罪とみなす!」
その宣言に対して、村人たちは何も言わなかった。言えなかった、というのが正しい。エドガンが具体的に何を研究していたかなど村人たちは全く知らなかったし、その成果と言われても何のことかもわからなかった。
そもそも村の名士として誰からも尊敬されていたエドガンがそんな悪事に手を染めていたと言われても、到底信じられはしなかった。
「……あー、その、」
暫しの沈黙を破ったのは、村の外の人間と顔を合わせる機会の多い宿屋の主人だった。
「いきなりエドガンさんがそんなことをしてたと言われましても……あまりに急な話で、こちらには一体何のことやら、何が何やらわけもわからず」
「ああ、お前たちは何もしなくて良い。どうかそのまま大人しくしているように」
そして村に派遣されてきた当の兵士たちでさえも、完全には困惑を隠しきれてはいなかった。国内の巡察のついで扱いとはいえ、わざわざ国王が自ら足を運んでコーミズ村に立ち寄りエドガンと親しげにしていたこと、それ自体は秘密でも何でもない周知の事実だ。それがいきなりの重犯罪者の扱いである。エドガンという錬金術師の評判を知っている者ほど驚愕と意外の念を禁じ得なかった。
「最後に、エドガンの助手であるオーリンとバルザックには事実確認のため城への出頭が命じられている。拒否は認められない」
誰もが沈黙する中で、迸る激情のままに叫ぼうとしたのは不安げに身を寄せ合う村の子供たちに混じっていたマーニャだった。
そんな馬鹿なことがあるわけがない。あの優しい父がそんな悪いことをしてたなんて絶対にあるわけがない。絶対に間違ってる。
しかもこんな時に頼りになるオーリンまでも、自分は何かと気に入らないけど父が後事を託していったバルザックと一緒に城へ連れて行くつもりだなんて。
コーミズ村に来た王が、城に来ないかと自分を誘ってくれたことがある。まさか自分がそれを断った仕返しのつもりなのか。
あの優しげだった王がこんなことをするなんて到底信じられはしなかったが、まだ子供でしかないマーニャがこんな理不尽を大人しく受け入れられるわけがなかった。
「マーニャ!」
「オーリン!」
エドガンの家から出てきた頼れる兄貴分が声高に呼びかけ、すぐに駆け寄ったマーニャは太く逞しい腕に縋り付いた。
「オーリン、とーさまが、とーさまが…!」
「わかってる! いいか、そのまましっかりつかまってろ!」
マーニャの視界で、クルリと世界が回る。無我夢中でオーリンの体にしがみつき、振り落とされないようにと両腕に力をこめた。
「ま、待て!」
一瞬だけ呆気にとられた兵士が我に返り、叫ぶ。だが遅かった。
「申し訳ありませんが、俺たちは無実の先生に罪を着せる城の命令になど従えません。失礼します」
オーリンの後に続いてきたバルザックが、腕にミネアを抱きかかえたまま場違いなほどに落ち着いて軽く一礼し、ローブの袖口から何かを放り投げる。
それは放物線を描いて鼻をつく刺激臭と催涙性の白煙を撒き散らしながら兵士たちの足元近くにまで転がっていき、視界を塞ぐ。
「くっ…これは…!?」
「バルザック、西だ! 西の洞窟に行けば隠れ家がある!」
「先に行け! 俺もすぐ後を追う!」
濛々と広がる煙の中で、オーリンとバルザックの声が交錯するのが聞こえる。
「待て! 逃がすな!」
「追え! 西へ向かえ!」
そして、してやられた失態を取り返さなければならない兵士たちの怒号がコーミズ村に木霊した。
次で第一章は終わります