ドラクエ4のバルザックに転生した   作:葛轍偲刳

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第九話:分岐点

「――……行ったか?」

「いや、まだ村に何人か残っている。きっと先生の残していった資料を運び出すためだろうな。そいつらが家の中にまで入っていくのを待て」

 

声高に西の洞窟のことを教えてやったから、追っ手の兵士たちはまず西に向かっただろう。それが釣りだと気付かれるのは時間の問題だが、それでも人出を割いて調べないわけにもいくまい。原作ゲーム内においてもオーリンが傷を癒すために洞窟の奥に潜んでいたし、そこまで行くのには明らかにエレベータとしか言いようのない機構の仕掛けもある。隠れ家ないし隠し部屋ぐらいあってもおかしくない、と考えるのが自然だ。

実際、ゲームで先に進むためには必須となる魔法の鍵を入手するには色々と手の込んだギミックをクリアしないといけないわけだからな。

 

「それにしても、バルザック」

「なんだ」

 

オーリンが声を潜めて囁いてきた。別にそんなことをしなくても声は響かないと思うが。

 

「いつの間にこんなものを用意してたんだ」

「この静寂の玉のことか。それとも、さっきの煙玉のことか」

「……両方だ」

 

静寂の玉は、ゲーム内ではマホトーンの代わりとなるマジックアイテムだ。他ならぬ俺――ベホマを使ってくるバルザックを倒すためには、西の洞窟で静寂の玉を入手しておく必要がある。このアイテム抜きでも倒せなくはないが、よほどの物好きでもない限りやろうとは思わない縛りプレイだろう。

そして、この静寂の玉は錬金術師エドガンの遺産。すなわち錬金術で生成が可能ということになる。

 

「完全な出来なら攻撃や回復を問わず魔法を封じるはずなんだがな。今の俺が作れたのはせいぜい身の回りの音を抑えて遠くには聞こえなくするぐらいだ」

 

手の中で転がる球体は、ただの飾り気のない黒い球体だ。だがこれには周囲の音を吸収し中和する効果がある。俺とオーリンの会話が追手の兵士に筒抜けにならずに済んでいるのはこれのおかげだ。

 

「煙玉の方は、この静寂の玉と組み合わせる為に作った。音は殺せても匂いは誤魔化せないし、姿は隠せない。だから催涙性の煙と刺激臭で視覚と嗅覚を塞ぐアイテムを用意する必要があった。それだけのことだ」

「それだけのこと、って、いや、お前……」

「そんなことより! とーさまを助けなきゃ!」

 

何かを言いかけたオーリンの声を遮って、マーニャは必死に訴えかけてくる。

 

「とーさまはお城にいるんでしょ? 早く助けに行きましょ!」

「どうやってだ?」

「どう、って、まずはお城に行って、それから……」

 

俺の反問に、マーニャは急に勢いを失った。

 

「先生が囚われているとしたら、おそらく城の地下牢だろう。先生を助け出すには牢獄の扉を破る必要がある。その手段がないというのも問題だが、もしそれをすれば今度は本当に先生が罪人になる。国から援助された資金を不正に流用したというのは冤罪だが、牢からの脱獄は文句なしの重罪だからな」

 

淡々と説明する俺に、マーニャは泣きそうな顔になって俯いた。それを見て頭が冷える。また言い過ぎた。たった7つでしかない子供に向かって俺は何を言っているんだ?

 

「無実の先生に罪をなすりつけるには、でっち上げだろうが何だろうが証拠を作る必要がある。あとは証人もだ。先生の研究内容を知っている助手が相手なら、言葉巧みに言いくるめて罪を認めさせる方向に話を持って行けると思ったのかもな」

「俺たちがそんなことをするわけ……!」

 

思わず激昂しかけるオーリンに向かって俺は首を振って見せる。

 

「先生は高齢だ。牢の中で閉じ込められたままで、健康状態が思わしくない。ここでもし素直に罪を認めれば牢からも出して、医者の手配もしよう。だが、いつまでも強情に罪を認めずにいれば、ずっと牢の中に押し込めているしかない。……そんな風に言われたら、どうだ?」

「そ、れは……」

「先生が苦しんでいるのに、弟子の俺たちは手をこまねいてそれを見ているだけか。証人として先生に代わって罪を認めれば、先生に楽をさせてやることが出来るのに。そんな風に畳みかけられて、お前は動じずにいられるのか」

 

原作ゲーム内においてはキングレオの父王が地下牢に幽閉されていた。あるいは、こんな手に訴えてくる時点で城内では何らかの政変が起きた可能性が高い。

 

「……じゃあ、これから一体どうするの、バルザック」

 

核心を突くその問いを投げかけたのは、俺の腕の中で眠っていたはずのミネアだった。

 

「起きてたのか」

「ううん。起きたのは、つい今しがた」

 

俺の腕から地面に降りると、ミネアはオーリンと俺の顔を代わる代わる見比べる。

 

「夢を見たの。とーさまが牢屋の中にいる夢。でも、きっと夢じゃないわ」

「そうか」

「信じてくれる?」

「俺は信じるさ。オーリンもそうだろう?」

 

必要以上に大きく首を縦に振るオーリンは、だが苦しそうな顔のままだ。

 

「俺は…俺たちは、どうしたらいい。どうしたら先生を救えるんだ、バルザック」

 

オーリンに抱きかかえられたマーニャも改めて俺を見た。

何とも皮肉な話だ。本当なら、俺は師を裏切った卑劣で醜悪な仇敵として、この三人から命を狙われるべき存在だったはずなのに。

 

「バルザック」

 

ミネアが俺の手を握る。その指は冷たく、微かに震えてさえいた。それでも俺の手を握りしめた。そこに一縷の希望があると信じて。

 

「まず、ここから真っ直ぐに北の城へと向かうのは論外だ。街道沿いに城の周りは絶対に見張られてると思って間違いない」

 

裏で手を回した俺から情報を引き出せなかった。だから次はエドガンを城に呼び出して、援助した資金を盾に成果を引き出そうとした。しかし、当のエドガンは研究を封印し、これまでの分の成果も全て破棄したと答えたとする。

だから罪人の汚名を着せて、コーミズ村にある資料や資機材を全て押収する。あわよくば成果が残っていないかと期待して、そうでないとしても研究を引き継ぐ取っ掛かりになる可能性ぐらいはあるからだ。

 

「俺たちに先生を見捨てることは出来ない。それは城の連中もわかっているはずだ。だから、ノコノコと先生を助けに来たところを捕まえるつもりだ。俺たちのうち、誰か一人でも捕まえられれば人質にして、先生に言う事を聞かせられる」

 

それがこれまでの研究の成果を自白させることを目的とするのか、はたまた一度は封印を決めた研究を再開させるつもりなのかは不明だが。

 

「だから、俺たちは逆に南へと向かう。目指すべきはモンバーバラだ」

 

3人は相槌すら打たずに黙って聞いている。食い入るようにして俺を見つめている。

 

「元々モンバーバラは人の出入りが多い。劇場目当ての客はもちろん、劇場に出演してみたいと芸人を志望する者らが世界中から集まってくる。そこに紛れ込めば、街の中にまで潜り込むことは難しくない」

 

ゲーム内でのモンバーバラの姉妹は親しい身内を殺されたというだけの被害者の立場で、キングレオの城内で大立ち回りの大暴れをしでかすまでは罪人として追われていたわけでもない。むしろバルザックの方が本来であれば殺人を犯した重罪人でありながら、キングレオの命令で城の中に匿われていたのだろうから。

 

「それで? モンバーバラの街に潜伏して、それからは?」

「機会を待つ」

「どういうこと?」

 

幾ら脅そうが、どれほど高く買収や有利な取引を持ちかけようが、おそらくエドガンが首を縦に振ることはない。

 

「まかり間違って俺たちが囚われの身にでもならない限り、先生は毅然として自分の意志を貫くだろう。絶対に悪に加担したりはしない。なら、どうにもならなくなった連中は先生の身柄を餌にして、俺たちを釣り上げようとする」

 

牢獄で罪を認めた。尋問で自白した。証拠が見つかった。証人が現れた。とにかく理由など何でもいいから、処刑を布告する。そして助けに出てきた俺たちを捕まえて、逆に人質にしてエドガンに研究を再開させる。表向きは処刑して死んだことにすれば、研究が実を結んだ後は口封じに殺してしまっても後腐れがない。

 

「だから、そう簡単に先生を殺したりはしない。少なくともコーミズ村から押収した資料や文献を一通り調べて、本当に何も成果が残っていないことを確かめるまでは。まあ、そこは城の連中の熱意と能力次第だろうな」

「……どれくらい待つことになるの?」

 

俺は一瞬だけ躊躇った。エドガンを、あの優しい養父を心から慕い、その無事を按じている三人に告げるには、あまりにも残酷な答えを口にすることを。

 

「――…最低でも、一年以上はかかるだろう。あるいは、もっとかかるかもしれないな」

「そんな…!」

 

思わず声を上げたオーリンの腕を、マーニャの手が掴んでいた。

 

「……。ね、バルザック」

「なんだ?」

「とーさまが研究してたこと、お城の人が知りたがってること、もしかしてバルザックは全部、最初から知ってた? 知ってて黙ってたの?」

 

俺は答えなかった。黙っていた。この場合、その沈黙こそが肯定に他ならないとわかっていたとしても。

 

「…そう」

 

マーニャは痛みを堪えるような表情になって、ただそれだけをポツリと呟いた。当然だ。俺は何も弁解できない。弁解して良い立場でもない。形こそ違え、そこに至るまでの経緯こそ違っても、やはり俺は裏切り者として憎まれることになる運命らしい。

 

「ねーさま……」

「大丈夫よ、ミネア。私は、大丈夫」

 

マーニャは泣かなかった。唇を噛んで涙を堪えていた。

 

「行きましょ」

「マーニャ?」

「オーリン、ミネア。とーさまは、きっと待っててくれるわ。私たちが助けに来るまでどんなに時間がかかったとしても、許してくれるわ。きっと」

 

その芯の強さは、その思慮深さは、確かに名君として知られたキングレオの王が見込んだ通りのものだった。俺に対する好悪の念をも飲み込んで、行くべき道を見定める。もう既に、この年でマーニャは世界を救う勇者の仲間としての片鱗を見せていた。

 

「だから、行きましょ。モンバーバラに」

 

こうしてマーニャとミネアの姉妹は優しい養父の庇護の下から離れ、残酷な世界が綾なす運命が導くままに南方へと一歩を踏み出した。――俺という異物の存在があっても、なお。

 




ここから作中時間が2年ほど飛びます。章管理の関係で次話の投稿時間はちょっと前後します
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