「――……ック?」
これでどうにか城に潛り込む算段はついた。変化の杖があれば手っ取り早いのだが、そもそもサントハイムの王家の墓を暴こうとする時点で無理がある。かといってモシャスは勇者専用の魔法だ。今の俺にはどうすることもできない。
「……ザック、ねえってば」
しかし、まだ一番の難題が残っている。言うまでもなく城から逃げ出す時の追手だ。原作ゲーム内においてはオーリンが囮となって追手の足止めをしたが、同じことをしろと言うのは俺には無理だ。というか、そんなことをしたらエドガンが自分も残る、いや自分が一人で残るとか言い出しそうだ。
ならばどうする? どうすればいい? 兵士たちの注意を引いて、俺たちを追いかけるどころではないほどに混乱させられるか、あるいは足止めが出来るような――
「バルザックってば!」
いきなり大声を出され、キィンッと耳鳴りがした。
耳を押さえて顔をしかめた俺を見て、マーニャは更に怒ったような顔つきになった。紫の瞳が据わっている。
「もう! 何なのよ! さっきから呼んでるのに全然返事しないし!」
「あ? いや、すまん。少し気になっていることがあって、ちょっと考え事を、」
「だったら相談してくれたっていいじゃない!」
容赦のない追撃に俺は閉口する。思わず目を逸らすと、いつの間にかオーリンの膝の上に乗っていたミネアが俺を見ていた。
いや、待て。そしてなんでマーニャが俺の膝の上に乗ってるんだ。
「バルザック、いつから物思いに耽っていたのか知らないが、それはお前の悪い癖だぞ。子供の頃から何度も先生に注意されていただろうに、まだ直してなかったのか」
夕飯の後に俺が淹れた茶を飲みながらのオーリンの指摘が耳に痛い。そしてニンマリと猫のように意地悪い笑みで俺の顔を覗き込むマーニャはさっさと降りろ。
「へーえ? バルザックって子供の頃からそうだったんだ?」
「そうだ。バルザックは俺と同じ孤児だったくせに妙に礼儀作法はしっかりしてて、そこは先生も不思議がってたくらいなのに、逆に妙な悪癖があってな」
「やめろ、オーリン。そんな昔のことを今さら蒸し返すな」
「いいじゃない。昔のバルザックの話、すっごく聞きたいわ。ミネアもそうでしょ?」
「うん」
ここにエドガンがいればマーニャの悪ノリを叱ってくれていただろうが、今の俺は孤立無援だった。
「やめろと言ったぞ、オーリン」
「だったら、さっきから何を考えてたのか言いなさいよ。一人だけずっと深刻そうな顔で黙ってたら気になるに決まってるじゃない」
ローブ越しに俺の太ももをマーニャの手が軽く抓った。本気ではないから痛みを感じるほどではなかったが、答えなければ次は本気になるだろう。
「……バルザック。ちゃんと寝てる?」
おまけにミネアまで静かすぎるほどに平坦な声を投げてくる。俺の小手先のごまかしなど容易く見通してきそうな紫の目が怖かった。
「寝てるさ」
「嘘。私がラリホーをかけてあげようか?」
まだミネアはラリホーを使えるわけではないが、いつかの俺のやらかしをそっくりそのまま返された。あの時のことはうやむやにしていたが、まさか今になって我が身に跳ね返ってくるとは思っていなかった。
「バルザック、寝ろ」
「寝なさい」
「寝て」
三人が異口同音に言ってきた。違う。これはもう命令だった。しかも城からの命令とは違って、拒否も逃走もできそうになかった。
「私とミネアのベッドを使っていいから」
「いや、だが、そこまでしなくても、」
「でないと、私たちが気付かない間に勝手に起き出してどこかに出かけたりするじゃない」
俺は返答に詰まった。どう足搔いても無駄だと潔く観念して降参するしかなかった。
「わかった、わかった。俺の負けだ。今夜だけ、お前たちの寝床を借りる」
膝の上からマーニャが降りると、俺は立ち上がった。オーリンの目が奥の部屋を示したので、仕方なく奥に進む。扉を開ける。
「マーニャ、そう見張っていなくても俺は逃げない」
扉のところで牢獄の看守の如く仁王立ちになるマーニャに俺は苦笑した。寝台に転がる。思えば、まともな寝床を使うのは随分と久しぶりだった。自分で思っていた以上に疲労が蓄積していたことを今さらのように自覚した。
「おやすみ、バルザック」
「ああ、おやすみ」
俺は目を閉じた。息を吐いた。少し寝たふりをしたら、夜中には寝入っているであろうマーニャとミネアと代わろうと考えた、はずだ――が、そこで俺の意識は真っ暗な穴の底にストンと落ちた。