次話は明日の朝6時の予定です。
第一話:旅立ちの門
その日、モンバーバラの街門の外には複数の馬車が停められ、その周りは大勢の人間で賑わっていた。
「荷は積んだか? ちゃんと固定したか? 積み残しはないか? 後から取りに戻るわけにはいかないんだ。ちゃんと確認しておけよ」
「干し葡萄、干し肉、堅焼きのパンがあるよ。コーミズ村には大きな店はないから、今のうちに買っといた方がお得だよ」
「ハバリアの港まで魔物が出ないかって? 昔ならそんなでもなかったが、最近はなぁ……だから、ウチの馬車に乗ってけよ。今なら安くしとくぜ」
「傷によく効く薬草、毒消し草はいらんかねー。魔物に襲われてケガをした時の必需品だよー」
馬車に積んだ荷の確認をするように下働きの若者を叱咤する隊商の頭目。隊商と同行する乗合馬車の御者。隊商の一行や、それに同行する旅人相手に商売をしに来たモンバーバラの住人もいる。
老若男女、様々な人々が行き交う光景はモンバーバラでもさほど珍しいものではない。モンバーバラからコーミズ村を経て、北部のハバリアの港まで向かう交易の荷を運ぶ隊商に、それに同行してハバリアから船に乗る予定の外国からの旅人。あるいはハバリアから更に西のアッテムトに向かう鉱夫なども混じっている。
その一行の中で、やや異色を放っているのは肌も露わな踊り子の服を纏った複数の踊り子たちだろう。街から街へと旅をしては歌や踊りを披露するジプシーの一座、とも少し違う。
「お城に行くんだって。お城! もしかして王様の目にも留まったりして?」
「それ、寝言? 馬車の中でもよく眠れるように毛布を貸してあげようか?」
「やめなって、こんなところで喧嘩するのは。早く乗りなよ、後ろがつっかえてるんだから」
色とりどりの鮮やかな衣装を身に纏う踊り子たちが口々に言い合いながらも、次々と馬車に乗り込んでいく。
「馬車の護衛をよろしくね、オーリン」
「街の外でその名前は出さないでくれよ、頼むから」
キングレオの城の兵士とよく似た、しかしよく見ると細部や装備の色合いは少し違うように細工された鎧や兜を身につけた筋骨隆々の大男に、列の最後尾の踊り子が軽く声をかけ、苦笑交じりに返された答えに思わず口を片手で覆う。
「あら、いっけない。ごめんね。念のために他の子たちにも改めて言っておくから」
「そうしてくれ」
「でも、その恰好も似合うわね。戦場帰りの歴戦の兵士って感じ。惚れ直しちゃう」
気を取り直した踊り子に褒められたオーリンは再び苦笑した。
これ見よがしに尻を左右に振りながら馬車に乗りこむ踊り子の背中から目を逸らし、傍らのフードを目深に被ったローブの男に声をかける。
「首尾はどうだ、『
「問題はない、『
既に打ち合わせ済みの互いの偽名を再び確認して、小さく頷き合う。
二人が城からの出頭命令に従わずにコーミズ村から逃亡して、3年が経過している。ほとぼりも冷めた頃だろう。だが、油断はできない。
遠目には城の兵士にも見えるように変装して、目立たぬように同行する大規模な隊商の中に紛れ込み、さらに偽名も使う。
キングレオの城に呼ばれた踊り子たちの護衛役として臨時に雇われた旅の傭兵、『
傭兵だから、過去の素性なんて知らなかった。まさかお尋ね者だとは思わなかった。二人とも名前も違ってたから気付かなかった。
もし後になって城の方から隊商の関係者が問い詰められたとしても、言い抜けられる余地は十分に残っている。
「二人は?」
「そっちも大丈夫だ。さっき、衣装箱の蓋を開けておいた。俺としては、いっそ外には出ずに箱の中で寝ていてくれた方が気楽だが。最悪、もし馬車に酔った時でも妹のホイミがある。心配の必要はないだろう」
劇場の大荷物の運搬に使うような大型の箱なら、中に二人の子供が入っても狭苦しさを感じるほどではない。水や食料も積んである。活発な姉の方がじっとしているのに耐え切れずに外に出たがりでもしない限りは、そのまま大人しくしていてくれた方が安全だ。
「コーミズ村までは一泊か?」
「お前が一人で動くのとは状況が違うぞ。まず、この人数だ。途中で魔物に襲われることも考えられる。最低でも二泊は見ておけ。明後日の昼から午後ぐらいに着くであろうコーミズ村で、もう一泊。城の近くを通り過ぎて、最終的にハバリアに着くのは明々後日の夕方か、遅れれば夜になってからだろう」
「踊り子たちは城の前で降りるんだったか?」
「最初はその予定だったが、城からの話を引き受けた劇場側に俺が話をした。今の城に真っすぐ入ってもモンバーバラに来る客の数はあまり増えない。むしろ今のままだと問題を起こす客の方が増える恐れがある。だったらハバリアで興行する時間を作って、そちらからの客を呼び込んだ方が実入りは良い、とな」
さすがにアッテムトまでは無理だったが、と付け足す『
「出来れば、彼女たちも無事にモンバーバラに帰してやりたい」
「それが出来れば最善だ。それが出来れば、な」
実直な声に応じる平坦な声は、常に現実が最上の結果を出してくれるわけではないと指摘していた。
「おーい、そろそろ出るぞー!? 準備はいいかー!? 忘れ物はないだろうなー!?」
「こっちはいつでも良いぞ!」
「こっちもだ!」
前方からの大きな呼び声に、後方の馬車列から次々に応じる声が上がる。
「行くか」
「ああ」
二人は並んでモンバーバラの街門を見上げた。この3年間、自分たちを受け入れてくれた街。自分たちを守ってくれた街。
二人は静かに一礼した。そして、きっと馬車の中にいる姉妹も同じようにしているであろうことを何ら疑っていなかった。