ドラクエ4のバルザックに転生した   作:葛轍偲刳

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キングレオの王子が魔物になる前の人間だった頃の言動が不明なので、三下の小物っぽい誇大妄想その他の言説は捏造です。
進化の秘法で人間から魔物に変わって実際に力を手に入れれば、また精神の在りようも変わって言動にも落ち着きが出てくるようになる、という解釈です。


幕間:獄中の問答

其処は、闇の中だった。

厳密に言えば、視界の全ては完全な闇に閉ざされているわけではない。光源はある。だが、問題はそれではない。

未来がない。行き着く果てが破滅だと見えていれば、結局お先は真っ暗でしかない。あるいは、そこに向かっている者には栄光に満ちた覇道に見えているのだろうか。だが、やはりそれは過ちだ。光に目が眩まされているとすれば、一面の白で塗り潰された視界は闇の中にいるのと何も変わりはしないのだ。

 

「錬金術師エドガン。いい加減に諦めろ。いや、何故そこまで頑迷に己を曲げぬ」

 

目を閉じたまま、老人は微かに笑った。ああ、今日もまた同じだ、と。甘言。誘惑。堕落。闇から伸ばされる手は優しく囁く。

 

「何故、後世のために未来を切り開こうとせぬ。貴様は一人で己だけの理想を抱え込んだまま死んで、それで良いのかもしれぬ。だが、後に残された者は貴様を恨むだろう。貴様が勝手に一人で死に果てたせいで、残された者は苦労をすることになった、と」

 

冷ややかな声が響く。鉄の扉の向こう側から届く声は、それと分かるほどの熱を孕んでいた。

 

「未来などないのだよ。そのようなものは」

 

エドガンは静かに答えた。声は低く、だが力強い。

 

「貴様が求めているのは未来ではない。破滅だ。己の身勝手な欲望のために全てを犠牲にする、傲慢な破滅だ」

「傲慢だと? この私が!?」

 

声が一段高く跳ね上がった。

 

「己の力で掴み取る覇道が傲慢だとでも言うのか! 誰の力も借りず、国を背負い、ただ一人で進むしかない王者の道が! だが、その先にこそ繁栄がある! 未来があるのだ! 私がこの国をさらなる強国に、世界で最も偉大な国に変える! いいや、私こそが世界を統べる歴史で最初の! そして唯一無二の! 覇王となるのだ!!」

「違うな」

 

エドガンは瞼の裏に、まだ幼いマーニャとミネアの笑顔を浮かべた。オーリンの屈託のない顔。そしてバルザックの、どこか憂いを帯びた琥珀色の瞳。

そして、その声の主に対してむしろ哀れみをすら覚える。例えどれほどの大言壮語を吐こうとも、それを向けるのが牢獄に閉じ込めた哀れな老人一人きりという時点でどうにもならない。

すべからく王の言葉とは万民に向けて発せられるべきもの。民を、聴衆を高揚させ、熱狂させ、王の指し示す方向に全ての民を向かせられるのであれば、その王の所業が善であれ悪であれ一つの稀有な資質ではあるのだろう。

しかし、この声の主はそうではない。どれほどの熱弁を壁に向かって振るおうと誰も聞く耳を持たないのであれば、それは心を病んだ哀れな狂人と何が違うのか。

 

「貴様が求めているのは孤独だ。誰の助けも借りず、誰にも頼らず、ただ独りで頂点に立つ孤独だ。だが、それは王者の在り方ではない。それはただの独裁者だ。王は誰かのために在るのだ。民のために在るのだ。貴様にはそれが分からぬらしい」

 

それは嘲笑であり、失笑であり、憫笑だった。特に最後の部分が癇に障ったのだろう。憤激の気配が鉄の扉越しにまで滲んでくる。

 

「民のために、だと!? 笑わせるな! 私は誰にも頼らぬ! 誰にも頼られぬ! 弱い者は淘汰されるのが当然の世界だ! それこそが真実であり、それこそが真理だ!」

 

エドガンは再び愛しい家族を思い浮かべた。何度でも思い出す。その記憶こそが彼を支え続けていた。

淘汰されるべき弱者だと言うなら、二人の弟子とて最初はそうだった。二人とも、森で行き倒れていた孤児だった。それに手を差し伸べるべき理由が当時のエドガンにあったわけではない。当時は、まだコーミズ村に居着き始めたばかり。貧しい村人たちにしてみれば、得体の知れない孤児を二人も抱え込むなど無駄な食い扶持が増えるだけだと言った。

二人の娘とて同じことだ。魔物に親を、同胞を殺され、死体漁りの狼に食い殺されかけていた幼女。紛れもなく弱者以外の何物でもありはしない。もとより旅から旅のジプシーにとっては、あるいは旅の途中で斃れるとしてもそれは然るべき末路と言えたかもしれない。助けて、何か得があったというわけではない。恩に着せて、いつか借りを返してもらうつもりだったわけでもない。

 

「なるほど。では、やはり私は貴様には手を貸せぬよ。貴様の言う『淘汰されるべき弱き者』こそが、()の愛する家族なのだから」

 

しかし、例え何も得るものがなかったとしても。

例え彼ら彼女らを助けた結果として、今ここに自分がいることになったのだとしても。

例え前もって今の自分の姿が見えていたとしても、やはり自分は手を差し伸べただろう。

 

「この、愚か者が!」

「愚かで結構。だが、貴様には私の愚かさは到底理解できまい。私は()の家族を愛している。だからこそ、貴様の身勝手な欲望のために彼らを差し出すわけにはいかぬのだ」

 

あえて言おう。自分は今の境遇に不満はない。ここに閉じ込められ、日に日に衰弱していく身体に甘んじることになったとしても。牢獄の暗闇の中にあっても、心の中には常に家族の笑顔と温もりがある。だからこそ、今日もまた同じ言葉で返すだけだ。

 

「殺してやる……! この、穀潰しの無能者が! いずれ絶対に殺してやる……!」

 

鉄の扉の向こうから、獣の唸り声のような呪詛が叩きつけられ、やがて怒りに任せた足音が遠ざかっていった。

エドガンはただ静かに目を閉じたまま、苦笑した。殺してやる、か。ただ静かに死期を待つのみの老人に向かってそれを言うとは、随分と回り道をするものだ。とんだ脅しだ。だが。

 

「――…全く、我が息子ながらどうしようもない愚物に成り果てたものだな」

 

静寂を取り戻したかに見えた牢獄に、今度は喘鳴にも似た微かな囁き声が低く這った。

 

「陛下。無理をなさいますな」

「答えは否だ。我が揺籃の師よ。王とは己が治世を引き継がせる次代を育成すべき義務を負う。そうでなければ、その当人がどれほどの名君であろうとも片手落ちだ」

 

エドガンの隣の牢に幽閉されたキングレオの前王は沈痛な声を漏らした。

 

「余は、致命的に間違えた。教え導くべき息子を見誤った。そして、道を踏み外した息子がまだ引き返せるはずの最後の一線までも、なすすべもなくむざむざと越えさせてしまったのだ。その一事のみでも余は名君と呼ばれる資格を失った。もはや愚王と呼ぶべきだ。それも、この命をもって償ってもなお足りぬほどに」

 

前王は喘ぎつつも、しかし呻くことも弱音を零すこともなく淡々と言い切った。

 

「いずれ余はここで独り朽ち果てる。余は己が愚かしさによって滅ぶ。それは良い。当然の末路だ」

「陛下」

「しかし、我が師よ。そなたは未だ死んではならぬ」

 

エドガンは思わず息を詰まらせた。その一言に込められた悲痛なまでの叫びを聞いたからだ。ああ、そうか。この方は、やはり王なのだ。

己を責めるのではない。己を蔑むのではない。己だけを顧みてはいけない。他者を想う心があればこそ王の器たりうる。

 

「そなたが死ねば多くの者が悲しむ。多くを救い、多くに感謝を捧げられてきた。これからも多くの命がそなたによって救われるべきなのだ」

 

エドガンは前王の言葉に沈黙を以て応えた。肯定も否定もしない。

 

「あるいは、そなたの娘を妃にできておれば余の息子も道を誤らずに済んだやも知れぬが」

「戯れ言を申されますな、陛下」

「……ふふふ、戯れ言ではないとも。繰り言ではあるが」

 

牢獄の中にあってさえ、奇妙なほどに穏やかで諧謔に満ちた声音だった。

その刹那だけは、牢獄の中に流れる時間は緩慢となり、老人たちの声の狭間にどこか懐かしむような追憶すら漂っていた。未だ前王が少年だった遥か遠き日に教え、教えられてきた揺籃の時の名残を偲ばせるように。

 

「いずれ、そなたの愛する、そしてそなたを愛する者らが来るだろう」

「願わくは、儂のことなど忘れて新たな土地にでも旅立ってくれておれば良いのですがな」

 

こんな死にかけの老い耄れのことなど捨て置いてくれて構わないのだ。

 

「いや、必ずや来る。そなたが家族を愛しておるように、彼らもまたそなたを愛しておるのだ。故にこそ、我が愚息も執拗にそなたの身を生かさず殺さず拘束し続けるのだ」

「だとするならば猶更に、何故儂の行く末を案じられます。陛下こそが大事なのです」

「案ずるな。余はよい。最早このような醜態を晒すばかりの余の命など惜しくはない。余は余の道を選んだ。そして選択には責任が伴うものだ」

 

それは紛れもなく王の矜持であった。己の責に殉じるものだけが見せる高潔にして苛烈な意思であった。

 

「余は王として生きた。ゆえに、愚王に相応しき最期を迎えるのだ。それが余に与えられた最後の使命であり義務であると心得る」

「ですが」

「良いのだ。全ては過ぎたこと。今更、如何程に悔いたところでもはや息子は正道に引き戻せぬし、この国の末路は知れておる」

 

一言一言を発するたびに残り少ない余命を削っていると自覚しながらも、前王は低く囁いた。

 

「導かれし者たち」

「……」

「余の口から伝えられれば良いが、もしそれが叶わぬ時はそなたから伝えてくれ。それだけが唯一の心残りでな」

「――…承知いたしました。それが陛下の勅命とあらば」

「すまぬ」

 

力なく咳き込む音が牢獄に木霊した。沈黙が落ちた。牢獄を巡回する看守役の兵士の足音が虚ろに響いていた。

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