「乗船券を5枚売ってくれないか」
「ああ、もちろん幾らでも売るが、しかし見たところ4人しかいねえようだが?」
「もう一人は所用で遅れてる。先に券だけでも買っておこうと思ってな」
「まあ、構わねえが。もしそいつが今日の便に乗り遅れたら、また一人分だけ新しい券を買い直しになるぜ。それでもいいのか?」
ハバリアの港でエンドール行きの船への切符を売る男は、俺の身なりからそれほど懐に余裕があるとは思えなかったのだろう。むしろ親切で確認してくれたのだろうが、俺は内心で小さく舌打ちをした。
「――……そうだったのか。いや、もし俺の勘違いだったら謝るが、例えば前もって買っておいた乗船券でも、それを見せればギリギリで出航寸前の船に飛び乗れる、なんてことはありえないのか?」
男は少し考えてから、思い出したように頭を掻いた。
「あー、まあ、絶対にねえとは言い切れねえな。そう滅多にあるようなもんでもねえけどよ。事前に大金を積んで、特別な券を買っとくのさ。よっぽどの金持ちでもない限り手を出すようなことはしねえが、そういう特別な客のために船室を一つや二つは空けてある」
それを聞いて再び俺は舌打ちを堪えねばならなかった。
原作ゲームではキングレオの城から逃げ出した姉妹はハバリアの港に停泊していた最後のエンドール行きの船に飛び乗り、追手から逃げ切ることに成功する。
俺たちがエドガンを脱獄させれば、まずキングレオの国内に居場所など無くなるだろう。ならばゲームの展開に倣って外国まで落ち延びられれば、と思っていたのだが、改めて計算をやり直す必要がある。
こうなるとゲーム内で地下牢にいたキングレオの前王が用意していた乗船券は、あるいは万が一に備えて王族の亡命用にでもあらかじめ手配されていたものだったのか。まあ、もし一隻の船に人が集中して乗り切れなくなる恐れを考えると、一日に売る乗船券を限定するのは売り手側にとっても当然ではある。
「で、どうする? 先に4枚だけ買うか?」
「すまん、こっちで相談してからまた出直す。邪魔したな」
「いいってことよ。またな」
海から吹きつける潮風に帽子に差した羽が飛ばされないよう手で押さえていたマーニャが、桟橋から戻ってきた俺に尋ねた。
「どうするの? 船の時間に合わせて城に入る時間をずらすとか、できるの?」
「難しいだろうな。そもそも船の出航準備にも時間がかかる。風の強さや波の高さでも出航の延期や中止の可能性だってあるはずだ。そういう出航待ちの客のために、ハバリアの宿屋はかなりの部屋数があるわけだしな」
だが、俺たちは悠長に宿に泊まって船出を待つというわけにはいかない。城からの追手がハバリアに到着すれば船の出航を停め、それからじっくりと宿を一件一件しらみ潰しに調べるだろう。背後は海だ。逃げ場などない。そして小舟で外洋に出るなど自殺行為だ。すぐに海の魔物に襲われて全滅するのが目に見えている。
「……
「キメラの翼を探そう。城から脱出したらすぐにハバリアまで飛んで、追手が港まで来るまでの時間を稼ぐ。そうでなくても、またモンバーバラの街に逃げるという手もなくはない」
俺を見上げるミネアの紫の目から顔を逸らして、僅かな希望に縋るようにそう口にした。
キメラの翼は一つにつき一度きりの使い捨てだが、遠く離れた場所まで一瞬で飛べる貴重なアイテムだ。マーニャが成長してくれればいずれルーラが使えるようになるので不要になるが、今の俺たちにとっては必要になるだろう。
ゲームだと道具屋で安価かつ持てる限りは無限に買うことも出来るが、実のところ、この世界にキメラという名の魔物は存在しない。厳密に言えばゲームには登場しない、ということになるが。
だが、本来のキメラは、というか前世の記憶におけるキメラとは複数の生き物を合成した怪物を指す。そして、この世界には『進化の秘法』が存在することを考え合わせると、あまり愉快な気分にはなれないような結論が導き出されることになりそうだ。
「錬金術で作れれば、とも思うが」
「お前でも無理か」
「まず第一に材料がわからん。わかったとしても、それが近場で手に入れられる物なのかどうかも問題だ。第二に生成する機材が無い。炉も釜もない状態で材料だけ手にしてもどうにもならん」
まあ、ルーラで世界中を飛び回れるような勇者一行と俺とでは、そもそもの前提条件が異なって当然なのだが。
「アッテムトで金を掘り出せれば一攫千金、ってことにはならない? そのお金で、さっきの特別な乗船券を買うとか」
「俺たちはお尋ね者だということを忘れるな。コーミズ村の住人を基準にするなよ? 迂闊に大金を掴めば周りから注目されるのは避けられない。やっかむ人間や嫉妬する人間も多いだろう。俺や
「なんでそこでコーミズ村の人たちを引き合いに出すのよ」
「ひょっとしたら城の追手から庇ってもらえるかも、なんて期待は最初からしない方がいい、という話だ。俺たちを庇えば罪に問われる。むしろ下手に関わろうとはしない方が村のためにもなる」
俺はフードを目深に被り直した。マーニャの寂しそうな横顔を視界に入れるのを避けたかったのだ。
「
「だろうな」
もしキメラの翼を安定的に入手できていれば、オーリンがアッテムトまで行き来するのにわざわざ一人で街道を往復させる必要も無かっただろう。ここまで来るのに時間と手間をかけて隊商に潜り込むこともせずに済んだ。あの時点では無いものねだりしても仕方ないと割り切っていたが、こうなると逆に、もっと本気で探していれば、と思いたくなる。まさに後悔とは後に悔いるもの、だ。
「もう一つの方は?」
「そっちは問題ない。店の品揃えからしても、売り切れているようなことはないはずだ」
気を取り直して、オーリンとの実務的な打ち合わせに意識を向ける。
「なら、やはり優先すべきはキメラの翼だな」
港近くの通りは荷揚げの人足や交易商人が行き交い、道端にも行商人が露店を広げて客を引く声が響くほどに賑やかだ。
「おい、モンバーバラから踊り子が来ているそうだぜ」
「本当か?」
「今夜、酒場で踊るってよ。さっき少しだけ練習してるのを見たが、胸が揺れて、尻を振って、そりゃもう色気がたまらねえのなんの」
「そりゃ絶対に見に行かなきゃ損だな。今晩は楽しもうじゃねえか」
そんな混雑の中でオーリンにも負けず劣らず逞しい男たちが声高に話している横を通り過ぎる。
「――…やはり、無いか」
通りに面した幾つかの道具屋を見て回るが、やはりキメラの翼を置いている店は見当たらない。
店主に確認しても、同業者の間でキメラの翼が出回ったという話はここしばらく無いようだ。金さえあれば買える、というものですらないというのが痛い。
「
徒労に終わった骨折りほど虚しいものはない。思わず肩を落とした俺の手をミネアが横に引っ張る。すぐ後ろに、次の客が待っていることにすら気付いていなかったとは。情けない。
「すまん、ミネア。助かっ――」
「いらっしゃい…って、なんだ、またあんたか」
「ああ、どうだ。静寂の玉について何か新しい噂は入ったか?」
俺は不自然に口の動きを急停止させ、すぐ横で交わされる会話に耳をそばだてた。
「あんたもしつこいねぇ。そろそろ諦めたらどうだい?」
「商売人が金儲けの種を諦めてどうする? 俺はもうずっと長いこと静寂の玉を追ってるんだ。今さらここで諦められねえよ」
「そりゃまた意地っ張りなことで」
「俺みたいに魔法が使えなくても、道具の一つで相手の魔法を封じられる。メラを撃たれる心配もねえ。せっかくつけた傷をホイミで治されちまうこともねえ。そんな便利な道具があるなら売れねえはずはねえ」
ハバリアの道具屋に食って掛かる勢いで、唾を飛ばして熱弁する商人風の男。その横顔を見た俺は、記憶の底に引っかかるものを感じた。待て。ちょっと待て。静寂の玉。商人。まさか。
「そりゃそうだが、あんたがそれを手に入れられたらの話だろう?」
「在処はわかってるんだよ! どこにあるかは!」
「ああ、ああ、あんたから何度も聞かされてるから、それはわかってるさ。南のコーミズ村の、どっかだったか? あの村には偉い錬金術師の先生が住んでるとか。その先生に聞いてみちゃどうだい?」
「そう思ったんだが、何年か前からいなくなっちまったらしい。村の住人に聞いてもだんまりでよ。西には怪しい洞窟があるって聞いたから、そっちにも足を運んでみたが――」
ああ、そうか。そうだ。静寂の玉。コーミズ西の洞窟。商人。そして、あそこには。
――
「すまない、ちょっといいか?」
いきなり会話に割り込んできた俺に、道具屋の店主と商人は怪訝な顔で振り向いた。
「なんだよ、あんた」
「さっきも言ったが、キメラの翼ならハバリアの街じゃ在庫はねえぞ」
「静寂の玉。そう言っていたな。もし俺に心当たりがあると言ったら話を聞いてくれるか?」
「!?」
顔色を変えた商人は、道具屋の店主と俺とを代わる代わる見比べた。
「……場所を変えようぜ」
「そうだな。もっと落ち着いた場所で商談と行こうじゃないか」