次話は明日の朝6時の予定です。
なお第四章の章題を『風雲・キングレオ城』とかお茶目なAIさんが生成してきて大・爆・笑。
さすがに雰囲気が台無しになるから止めたけど、一体どうしようコレと数秒ほど大真面目に悩んだ。
第一話:前夜
アッテムトからハバリアに戻ってきた俺たちは、今は宿屋で体を休めていた。
「色々と予定外のこともあるにはあったが、どうにかこうにかここまでは漕ぎ着けられたか。やれやれだ、全く」
珍しくぐったりとしたように部屋の長椅子に体を伸ばしているバルザックが天井を見上げている。思えば、ここ数日の間にこいつが充分に寝ていた時間などあったのだろうか。俺が眠っている間も、あるいは歩いている間でさえも、あの平坦な顔の下で脳みそを無駄に回し続けていたに違いない。
「お前のおかげで先生を助ける見込みもついた。いくら感謝しても足りないな」
「他人事のように言うな。だいたいな、ここまでは前座だ。いいか、ここからが本番なんだぞ」
軽口を装った俺からの本心の賞賛と感謝に、バルザックは半ば投げやりに返してくる。体は長椅子に横たわったままだが、俺を真っ直ぐに見据える琥珀色の瞳には、冗談めかした光など微塵もない。
「はっきり言うが、俺に出来ることの9割はここまでだと思っておけ。いざ鉄火場となれば臨機応変に出来ることなどほとんどない。あらかじめ場に伏せた切り札をひっくり返して表にしていくことだけだ。その札をいつ切るかの判断はともかく、新しくその場で思いついた小手先の奇策など使い物になるものか」
そう言って一息をついたところで、俺は囁くように一言だけを短く差し込んだ。
「俺がいるだろう?」
バルザックは少しだけ黙った。俺の言葉の意味がわからないからじゃない。わかっているからこその沈黙だ。
「やめろ、オーリン」
「ダメだ。これは先に言っておくべきことだ。それも、俺から言い出さなければ意味がない」
「……」
俺の目から視線を逸らす。それでも足りないとばかりに背を向ける。ここまで露骨に『聞きたくない』と態度で示すことは滅多にない。
「聞け、バルザック」
「言うな。聞きたくないし、聞くつもりもない」
「ダメだ。聞け。これは
背中を向けたままのバルザックに言い聞かせる。
「エドガン先生を助け出すことは絶対だ。これは何よりも優先される。そうでなければ今までの努力や骨折りの全てが無駄になる。だから、諦めてはならない。何があろうとも、絶対に」
「……」
「そして、マーニャとミネアも絶対に守らなくてはならない。二人は俺たちの
静かに息を吐く。何度も考えた。何度も何度も繰り返し考えた。だけど結論は変わらなかった。変えられなかった。変えるつもりもなかった。
「そして、俺とお前の、どちらかを選ばねばならないとしたら。もしも、どちらかしか生き残れないというギリギリの判断が迫られる時が来たとしたら」
「オーリン、やめろ。それ以上は、」
「いいか、そうなったら俺を切り捨てろ。躊躇いも無く、俺を使い捨てろ。俺はお前の盾になり、お前の駒として死ぬ」
がばりとバルザックは起き上がった。俺を見た。真っ直ぐに睨みつけてきた。その金色の目には明らかな怒りと、そして冷たい敵意までもが滲んでいた。
「やめろ、と言ったぞ」
俺たちは睨み合った。
「他ならぬこの俺がお前を見殺しにしたとなったら、エドガン先生は、マーニャとミネアはどう思う。どんな顔をして俺は先生に報告すればいいんだ。『オーリンは逃げるのに邪魔だったので囮になってもらいました』などと、一体どの口で言えばいい」
バルザックの言い分は当然だ。俺は最も卑怯で恥知らずなことを頼んでいる。最も辛く、最も過酷な役目を押し付けようとしている。それはわかっている。わかっているが。
「同じ言葉をそっくりそのまま返すぞ、バルザック。さっき、お前は言ったな? 『自分に出来ることの9割はここまでだ』と。裏を返せば、あとは自分がいなくても何とかなると予防線を張ったんだろう? いざという時は、俺に後を託せると」
「…違う」
「嘘だな。俺たちが何年の付き合いになると思ってるんだ。それくらいはわかるぞ」
怒鳴り合いにはならない。この部屋と繋がってる奥の部屋ではマーニャとミネアが寝ている。明日のために早く休ませたのだ。だけど、互いの声は低いながらも熱を孕んでいた。
「俺とお前。どちらが残るべきだと言うなら答えは決まっている。バルザック、お前には先生から受け継いだ錬金術の知識、魔法の才能、そして世知にも長けて、どんな難問を前にしてもそれを解き明かせるほどの智慧がある」
「そんなものは二の次だ。本当に大事なことは他にある。思い出せ。森の中で狼に殺されかけていたマーニャとミネアを最初に救い出したのは一体誰だ。親と同胞を目の前で魔物に殺されて、心に深い傷を負っていた二人が懐いて甘え、心から頼りにしていたのは誰だ。ただでさえ高齢で今も弱っているだろう先生をこの先も介助し、寄り添い続けられるのは誰だ」
お互いに決して激発することはない。そうならないために、今この時、この場所を選んで俺は口火を切った。明日になってしまえば言い出す機会はなく、そして土壇場になってしまえば一瞬の決断が迫られる。一瞬の躊躇も許されない。
「何があってもエドガン先生だけは死なせない。その約束だけは絶対に守る。お前は必ず守ってくれる。そう信じられるから、俺は安心して死ねる」
俺が先生の
「オーリン」
「バルザック」
俺たちは見つめ合った。睨み合った。互いに譲らなかった。互いに譲れなかった。この一点だけは。――だが。
「……くっ」
最終的に先に目を逸らしたのはバルザックだった。頭まで毛布を被った。俺に背を向けた。何も言わなかった。
「すまない。……ありがとう」
弟として、兄である俺にあえて譲ってくれたのだと、何も言われずともわかった。だから最初に謝罪をして、それから感謝を告げた。それは小さな、とても小さな声だったが、ちゃんと伝わっていることを俺は疑わなかった。