城門の近くで炸裂した火薬壷の轟音は、その時キングレオの城の中にいたほとんどの人の耳に届くほどに大きなものだった。
「何事だ!?」
「城門付近で爆発!?」
「魔物の襲撃か!?」
城に詰めている兵士が右往左往し、城で働く侍女が不安げな顔を見合わせ、荒事には不慣れな侍従は慌てふためく。
「あっちだ!」
「外で兵士が倒れてるぞ!!」
そこに大声が連続して響いた。混乱する城内で、誰よりも大きな声が大勢を決する。
「すぐに救援を出せ! 手透きの者は倒れてる兵士を救護しろ! 急げ!!」
こういう時に、真っ先に指示を出すのが上に立つ者の務めのはずだ。判断に迷っている者、自分がどう動けばいいかわからない者に適切な指示を与え、動かし、混乱を治めるのが責任者の役割であり、義務である。
しかし、この城で大臣の役職に任じられている小心な臆病者は冷静に判断することなど出来はしなかった。そして、この国の王とされる者が姿を見せなくなって久しい。この時も姿を現すことはなく、それゆえに自分の頭で判断しようとはせず、あるいは決断を他者に委ねるしかできない大半の兵士は大声を出す
「い、行くぞっ」
「お、おうっ!」
「外だな? 外に行けばいいんだな!?」
誰よりも大きな声で機先を制したオーリンの声に従って兵士たちが駆けつけてくる。そして城門を開けて外に出た者は、火薬壷の破片と鱗粉を浴びた兵士たちが倒れ、呻き声を上げているのを目にした。慌てて駆け寄った者は、しかしまだ爆発の直後で空気中を漂い続けている毒蛾の鱗粉を吸い込み、ある者は倒れ、あるいはパニックに陥り、さらに二次被害が拡大して混乱が広がっていく。
「よし、今だ」
俺の声と同時にオーリンが城門脇の通用口の扉を抉じ開けた。施錠されていてもお構いなしだ。
城内の構造はゲームとほぼ同じ。右手を見ても大臣の部屋の扉が開く様子はない。やはりすぐ隣の通路で大きな音を立てないと外には出てこないようだし、今はその方が助かる。
「こっちだ。真っすぐ地下牢に行くぞ」
周囲に兵士の姿がないのを確認しつつ、廊下を進む。そして廊下の角を曲がろうとした時だ。
「!? 待て! 誰だ!?」
曲がり角の先に立っていた見張りの兵士の一人が俺たちに気付いた。顔を見られてはいない。口元を布で覆った怪しい4人組が堂々と廊下を歩いていることに気付いただけだ。まあ、城の兵士として警戒するにはそれで十分とも言えるが。
警告の声を上げようと息を吸い込むのが見えた。だが、その前にオーリンの槍の石突が腹部に突き入れられる。呻き声すら上げる間もなく兵士は崩れ落ちた。倒した兵士の体を壁際に引きずって避けて置き、俺たちは駆けた。
「あそこだ!」
階段を降りた先の鉄格子の向こうに地下牢が見えた。そこに立っていた見張りの兵士は一人だけだった。やはり大半の兵士を城門外に誘い出せている。それでも残っていた一人は油断なく槍を構え、地下牢へと近づいてくる俺たちを睨みつけた。
「貴様ら! 何者だ!?」
地下牢へと続く鉄の扉を背にして兵士は立ちはだかる。孤立無援の状況であってさえ職務に忠実。逃げようとも降参しようともしない。立派だ。だが、邪魔だ。
「ギラ」
俺の指先から放たれた熱線が兵士の肩を掠め焼いた。激痛に顔を歪めた兵士の隙を突いてオーリンの槍が兵士の脛を薙ぎ払った。倒れた兵士の鼻先に穂先を突き付けて制圧すると同時に、マーニャとミネアが兵士の体を手早く探る。
「あったわ! 鍵よ!」
マーニャが声を上げ、立ち上がって扉に駆け寄る。
「お前たちは……錬金術師エドガンの、弟子たちか」
鍵穴に差し込んでガチャガチャと鍵を動かすも、焦っているのか扉はなかなか開かない。俺が代わろうとしたところで、背中に低い声がかかる。肩越しに振り返ると、倒れた兵士が肩の火傷を手で押さえながら上体を起こしていた。
「邪魔をするな。それ以上動かなければ、こちらも何もしない」
「……」
今の俺たちにとって最大の敵は時間だ。時が経てば経つほどに俺たちが不利になる。いっそ殺してしまうのが一番手っ取り早い。マーニャとミネアの前でさえなければ、だが。
念のため、掌を向けて牽制しておく。下手なことをすればギラを撃つ、という脅しだ。
「勇敢なことだ。いや、無謀というべきか? 老い先短い老人のために、わざわざお前たちが死地に踏み込んでくる理由があるのか?」
「ない」
兵士の問いに、俺は即答する。
「そんなものはない。必要ない。御大層な理由付けなど、俺たちには」
俺は背を向けた。思うように鍵が回らず焦っているマーニャの肩に手を置く。
「落ち着け。ゆっくり深呼吸して、一息いれろ。そんなに慌てていたら、これから会う先生に『昔からマーニャは慌てん坊のままだな』と笑われるぞ」
焦燥のあまり涙目になりかけていたマーニャの肩から力が抜ける。気を取り直して鍵を回すと、嘘のようにあっけなくガチャリと音を立てて鍵が開いた。
扉が開く。マーニャが先頭に立って飛び込んでいく。その背にミネアが続く。その二人を追い越すようにオーリンが大股で突っ込む。
「俺たちは家族を助けに来た。そこに理由など要らないさ」
そう言い残して俺が最後に入る。兵士は何も言わなかった。だが、そこからは誰かに急を知らせる声も、他の兵士に助けを求める叫びも、後ろから聞こえてくることはなかった。
次話で再会します