ドラクエ4のバルザックに転生した   作:葛轍偲刳

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章管理の関係で早めに投稿します


第二部:おてんば姫の冒険 編
間章


サントハイム王国はキングレオ王国から見ると北方、エンドール王国の北西に位置する。

キングレオ王国ほどの国土の広さは無く、エンドールにおける闘技場とカジノのような誰の目にも明らかな繁栄の基盤こそ持たないが、それでもサントハイム城のお膝元と言えるサランの街を抱え、元々は王家の避暑地であったが数百年前に川辺で砂金にも似た黄金色の砂が発見されたことで錬金術師や金を求める人が集まり大きくなったフレノールの街、そのフレノールへと繋がる街道を山の間に切り開くための拠点として開かれたテンペの村など、複数の街や村を領有している。

 

また、わざわざ船を出さずともエンドールとは旅の扉で行き来が可能なことから、南部の砂漠地帯にあるオアシスでは不定期にバザーが開かれてもいる。さらに、直接的な国土として統治しているわけではないにせよエンドールとキングレオを繋ぐ航路の近くには歴代の王を葬った墓所もあり、サントハイム王家の力は大国キングレオの王家と比較してさえも、決して劣るものではないのは明らかだ。

歴代の王族は未来の予知をも可能にするとも言われ、その力は国の舵取りという困難な責務を担うにあたって非常に有益なものであったことも疑いの余地はない。

 

「――…錬金術師エドガン、か」

 

玉座に腰掛けたサントハイム王は目元を軽く手で押さえた。

 

(アリーナ)を通じて話は聞いた。本人の供述、二人の弟子と養女であるという二人の姉妹による証言にも矛盾点などは特になく、経緯の説明についても首尾一貫している。あくまで一方の側からの主張という点を差し引いても、明らかな虚偽を疑わせるものは今のところ存在していない」

「エンドールからは何と?」

「キングレオ王家からは、脱獄した重罪人の引き渡しを求める正式な国書が来ているそうだ。脱獄に当たっては複数の兵士に負傷者が出ている。極めて凶悪かつ危険な犯罪者たちであり、これを見逃しては法の根幹に関わる、と」

 

サントハイム王は重々しく首を振った。玉座の前には第一王女アリーナの教育係をも兼任する宮廷魔術師ブライが白い髭をゆったりと撫でている。その横には王室の顧問官として王の相談役を務めるゴンが難しい表情を浮かべていた。

 

「ひとまず、錬金術師エドガンの罪状については脇に置きましょう。本人らが主張するところの冤罪による投獄の妥当性、さらにそこからの脱獄による罪人扱いについては現在のところ泥沼の水掛け論にしかなりませぬ。真相の究明は事実上不可能で、永遠に平行線ですな」

 

まず口火を切ったブライは法律論の不毛さを語り、複雑に絡み合った問題点を整理した。

 

「問題は『進化の秘法』についてです。そうであろう、ゴン爺」

「何を言うか。姫様にそう言われるのならともかく、貴様も爺であろうが」

 

長年の友人である二人の老人は王の御前であるにもかかわらず遠慮なく言い争い、そしてそれを王も咎めようとはしない。

 

「ゴンよ、そちの存念は」

「はっ、失礼いたしました、陛下。この歯に衣着せぬ無礼者に同意するのは業腹ではございますが、キングレオにおける法の裁きそのものは他国の内政に関わる領分ゆえ、この件に我が国として公的に関わるのは下策と存じます」

「ふむ」

「しかしながら、『進化の秘法』については別となりましょう。エドガンの弟子の一人によれば、この術式について必要とされる増幅器の黄金の腕輪は、かつての我が国において製作されたものだとか。果たして事実かどうかはさておき、これらを全て戯れ言として聞き逃すには少々……」

 

サントハイム王は深く頷いた。問題はそこである。キングレオ城から逃げてきた他国の犯罪者の証言を頭から全て信じ込むほど愚かではない。しかし、それら全てを妄言として退けるほどに狭量でもなかった。

 

「フレノールの砂金騒ぎについては王家の古い記録にも残っておる。沢から取れた砂は黄金によく似てはいるが、最終的には違うものだった、と。しかし、人の欲望とは醜いものだ。金ではないにも関わらず、それを金と偽って人を騙そうとした者。それを金だと信じ込んで、大々的な採取のために大金を投じて結局は破滅した者。なまじ腕の良い職人が作り出したものであるがゆえに腕輪それ自体の出来は良いものだったがため、その腕輪は様々な人の手を渡り歩き、いつしかそれを所有した者には不幸が訪れる、死を招く、破滅させるなどの悪い噂が纏わりつくようになったのだとか」

「よくある怪談、と笑い飛ばせれば良かったのでしょうがな。それまでの経緯を考えれば笑ってはいられませんな」

「フレノールの南の洞窟であれば若い頃に入ったものだ。ヒャドを唱えてくるベビーマジシャンどもはブライの弟子かと思うほどに憎らしい相手だったことを覚えておる」

 

王の軽口にブライは髭を撫でる手を止めて、思わず顔を覆った。

 

「陛下、お願いですからそのようなことを姫様の前ではお話になりませぬように。ボクも父上のように武者修行の旅に出る、などと言い出しかねませんぞ」

「もう遅い。余が口にせずとも、あれの母との馴れ初めは秘密でも何でもないのだからな」

 

むしろ茶会のたびに引き留めるのに苦労している、などと付け足されてブライは深々と歎息した。

 

「話を戻そう。錬金術師エドガン、およびその関係者を我が国が公的に保護下に置くわけにはいかん。キングレオとの外交問題となりかねん」

「ですな」

「ご明察かと」

 

二人の老人が異口同音に賛同するのを確認し、王は頷く。

 

「が、サランの街の宿に外国からの旅行者が泊まるのを我が国が邪魔するのも筋が違う。そも、旅行者の素性をいちいち確認して回るほどに我が国の役人も暇ではない」

「然り、然り」

「ごもっとも」

 

玉座の肘掛けに手を置き、指先を軽くタップさせる。

 

(アリーナ)も近い年の女友達が二人も出来たと喜んでおる。先だっても異国の踊りを披露してもらったと大喜びでな。おまけに歯応えのある手合わせ相手まで、と言われた時は頭を抱えたくもなったが」

「……」

 

ゴン爺が何とも言えぬ顔で沈黙すると、ブライは低く咳払いをした。

 

「クリフトも回復系魔法の先達ができたとあって、良い刺激となっているようです。少し前までなら傷を見ても狼狽えるばかりで使い物にならなかったホイミで姫様の生傷を跡形もなく治せるようになってみせると、がむしゃらに腕を磨いております。新しく出来た女友達に傷を治してもらったと姫様に言われたのが、特に堪えたようですな」

「そちも新しい教え子が出来て嬉しいのではないか?」

「無論です。姫様が楽しそうにされていれば爺として嬉しく思いますし、また新たな才能が芽吹く瞬間を見届けられるのは老い耄れにとっても喜びでありますからな」

「ふふふ」

 

王は小さく笑った。

 

「では、錬金術師エドガンの件については、ひとまず素知らぬものとして扱う。国の記録には残さず、キングレオからの問い合わせについても調査中で通す。我が国も広大だ。国内の全てを王家が把握しているわけでもない。あるいは余の代では調べ尽くせぬこともあろう」

「ですな」

「また、サランの街に病人が出たとなれば一大事だ。あるいは、それが重い流行り病である可能性もある。城内の医師を派遣して容体を診させるのは王の務めであろう」

「慈悲深き王の治世に栄えあらんことを」

「ブライよ、引き続き(アリーナ)のお守りを任せる。クリフトと共に手綱を手放すな。あれは目を離すと何処に行くかもわからぬ」

「左様ですな。まあ、新しい女友達と手合わせ相手だけで暫くは気を紛らせておられるものとは思いますが」

「……そう願いたいものだ。本当に、それが出来るだけ長く続いていて欲しいものだ」

 

玉座の背もたれに体を預けた王は小さく息を吐いた。

軽く手を振って退出を許す。ブライが深々と頭を下げながら退出していくのを見送った王は、しかし居残ったもう一人の老人が気遣わしげな顔になるのに思わず苦笑した。

 

「陛下、もしや何か心痛の種でも。あるいはお加減でも」

「余の悩みの種が(アリーナ)の行状以外にあると思うのか、ゴン爺よ」

「なんと、あの無礼者に毒されて、陛下までもがそのような……いや、いや、そのような物言いで誤魔化されたりはしませんぞ」

 

カツンと杖を鳴らした老人は腰を折り曲げ、声を低めた。

 

「陛下が時おり悪夢に魘されておいでのようだ、と、先だって女官長が漏らしておりました。侍医には何も告げておられぬのですか?」

「……」

「では、よもや何か良からぬ出来事が、この先に」

 

探るような目にも、しかし王は答えなかった。心から信頼する腹心であっても、全ては告げられぬこともある。

 

「……許せ」

 

一言のみの答えに、老臣は深々と頭を下げて平伏した。

 

「陛下にお仕えする臣でありながら身の程をわきまえぬ詮索、御無礼つかまつりました。非礼の罰は、いかようにも」

「良い。許す」

「ご寛恕、まことにかたじけなく」

「下がって良い」

「はっ」

 

杖を突きながらゆっくりと退出していく老人を労わるように見送ると、玉座のサントハイム王は静かに目を閉じた。

錬金術師エドガン。『進化の秘法』。そして――。

 

「アリーナよ。愛しき我が娘よ。広い外の世界を夢見るお前を、そのお前の夢を例え踏み躙ることになったとしても、それでも守ってやりたいと願ってしまうのは余の我が儘だ。許せ」

 

ずっと空のままの王妃の椅子に、他の誰かが座ることに耐えられなかった。それほどまでに王は早くに亡くなった王妃を心から愛していた。その気になれば、後妻となる次の王妃を見繕うのも容易であったにもかかわらず。

だから、亡き王妃に生き写しの愛娘までもが自分の手元からいなくなってしまうことに恐怖していた。できることなら、ずっと自分の傍にいて欲しいと。そう願っていたとしても誰が責められよう。

 

「――…ああ、だが。やはりお前は余の娘だ。そうであるがゆえに、ずっと籠の鳥でいることには耐えられぬのであろうな」

 

王は独り寂しげに苦笑した。いつの日にか必ず来るであろう娘の巣立ちの時が、せめて一日でも遅くなってくれることを願って。

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