ドラクエ4のバルザックに転生した   作:葛轍偲刳

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第二部開始時点:第一部終了から3年後(第一部開始時点からは6年後)
現在の年齢:アリーナが12歳、クリフトが15歳、マーニャが13歳、ミネアが11歳、オーリンが31歳、バルザックが29歳

第二部用にアリーナ、クリフト、ブライの三人と、マーニャ、ミネア、オーリン、バルザック、エドガンの設定を合わせてpixivに投稿しておきます


第一章:サランの日だまり
第一話:老いの自覚


「おはようございます、お父様」

 

瞼越しに感じる窓から差し込んでいる柔らかな日差しの明るさと、耳に届く物静かな娘の声で目を覚ます。ゆっくりと瞼を開けるが、視界は白く霞んでいる。何度か瞬きをするが、視界が明瞭さを取り戻すことはない。最近はいつもこうだ。だから驚きも狼狽えもしない。

 

「おはよう、ミネア。今日の天気も悪くはないようだな」

「はい。外を散歩するにはちょうど良い日和です。風も穏やかで、陽射しも――」

 

そこで私の目の焦点が合っていないことに気付いたのだろう。気配が近づいてきて優しい手が私の瞼の上を撫でていく。

 

「ホイミ」

 

魔法の癒しの力も、眼病のような視力の低下には効き目が薄い。私の場合は長く光の届かない地下牢にいたことで視覚そのものが弱ってしまったせいもあるから尚更だろう。気休めにしかならないとわかっているが、そう言っても娘は聞く耳を持ってはくれない。

 

「見えますか、お父様」

「……うむ、そうだな。ぼんやりとだが、お前の顔も見えるようになった。いつもありがとう」

 

ゆっくりと目を瞬くと、影のような輪郭が見えた。もう一度瞬くと、それが記憶の中にある娘の顔と重なる。まだ幼い頃の、私に甘えようとしている娘の顔。

 

「もう一度かけましょうか」

「いや、それには及ばない。十分だとも」

 

こうでも言わないと娘は何度でも、それこそいつまでも回復魔法をかけ続けようとするだろう。

 

「おはようございます、先生」

「おはよう、オーリン」

「朝食をお持ちしました。今日は貝を使ったスープだそうで」

 

鼻先を潮の匂いが微かに掠める。海に近いサランの街の宿では魚介を使った料理も日常的に出る。出されたものに文句をつけるつもりはないが、取れたばかりの芋と岩塩を使ったコーミズ村の素朴なスープが恋しくなる。特に――

 

「ん……」

「お父様、口に合わなかったでしょうか」

「……ああ、少し砂が入っていたようでな。下ごしらえが足りなかったのかな?」

 

これがバルザックであれば、手抜きなどせずにきちんと取り除いていただろうに。と、そんな風に思ってしまうのは贅沢と言うべきなのだろう。働きもせずに寝たきりの老人が、出された料理に細々とケチをつけるなど、宿の厨房に立つ料理人からすればひどく苛立たしいに違いない。

 

「すみません、お父様。宿の方には、私の方から」

「やめておきなさい、ミネア。ずっと部屋を占領して長逗留を許してもらっているだけでも十分すぎるほどに迷惑をかけているのだ。この上、料理にまで注文をつけるな、ど……」

 

声が続かない。息が切れる、というよりは、幾ら息を吸っても肺を空気が満たさないような感覚。木の匙を手放して胸を掴む。肩を使ってゆっくりと息を吸って、吐く。昔は意識せずとも出来ていたことが出来なくなる。老いる、というのはこういうことなのだろう。

 

「お父様、大丈夫ですか?」

「いや、なに、これぐらいは何とも無いとも」

 

そっと肩に触れてくれる娘の気遣いが嬉しくもあり、また申し訳なくもある。皮肉な話だ。牢獄に閉じ込められている時よりも、むしろ救い出された後の方が手を煩わせてしまっている。こんな風に迷惑をかけたいがために生き延びたつもりはないのだが。

 

「お父様! おはよう!」

 

暗くなりかけた空気を振り払ってくれたのは、もう一人の娘だった。

 

「おはよう、マーニャ」

「姉さん、今日も寝坊よ」

「ごめんね、ミネア。これでも急いで起きたのよ」

 

何気ない足音でさえ軽やかで耳に快く響く足取りがパタパタと近づいてくる。昔から踊るのが大好きな娘だったが、やはり好きなものにかける情熱は上達を後押ししてくれる。とはいえ――

 

「マーニャよ。その年から寝酒の習慣を始めるのは体に毒だ。やめておきなさい」

「うぇ…っ!?」

 

図星を突かれた娘が硬直したのがわかる。急いで起き出してきたせいで口をすすぐのも忘れていたのだろうが。そのせいで呼気に微かな酒精の匂いが残っていたのにも気付かなかったのだろう。

 

「……へえ、姉さんって、()()飲んでたのね?」

 

昔なら姉にべったりだったミネアが、これほど冷ややかな声を出せるようになるとは。成長したものだ。

 

「あ、えっと、その……い、一杯だけ。ほんの一口だけだし!」

「だったら、せめてお父様に許しをいただいてからにしたら? 私やバルザックの目を盗んでコソコソ飲まないで」

「……」

「どうせ部屋も散らかしっぱなしなんだろうし、私が掃除のついでに酒瓶を没収するわ。お父様の目の届くところで酒の匂いをさせるなんて許さない」

 

背筋を伸ばしてお説教する妹と、腰を折り曲げて拝聴する姉の姿が瞼の裏にまざまざと浮かんでくる。愉快だった。さきほどまでの気鬱も忘れて思わず口元が緩んでしまう。

 

「ふ、ふふ……」

「お父様?」

「ああ、いや……ふ、ふふふっ、体こそ大きくなってもオーリンは下戸で、バルザックも酒の味には慣れなかったのか、そういえば親子で酒を酌み交わすという機会にはとんと恵まれなかったことを思い出しただけだ。そうか、マーニャがな」

 

ひとしきり肩を揺らして笑ってから、おぼつかぬ手つきで持ち直した匙を使い、冷めてしまったスープをゆっくりと啜る。スープに入っている貝の身を食べるのは諦めて、汁だけでも体に入れることに集中する。

 

「儂が死ぬ前に、一度でいいからマーニャと差し向かいで酒を飲んでみたくなった。そのためにも、もう少しだけは体を元に戻さねばならんな。今のままでは医者から飲酒の許可ももらえんだろう」

「お父様……」

 

私の肩を優しく抱く娘の手が微かに震える。その手が姉のものか、妹のものか、今の私にはよくわからない。あるいは、両方ともか。

 

「大丈夫だ、マーニャ、ミネア。儂は、まだ死なん。まだ、死ねん。陛下の遺命は、守らねばな」

「お父様っ」

 

匙を手放して、娘の頭を撫でる。昔に比べて、ずっと大きくなった娘の頭を、そっと撫でる。絹のように艶やかな二人の娘の髪は、私の指の間を滑らかに通り抜けて行った。

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