「――……なーんてことがあったわけ! っとにもう、ボクのこと馬鹿にしてさぁ! 父上の目の前でさえなかったら、ぶっとばしてやりたかったよ!!」
大声で騒ぎながら、城から持ち出してきた焼き菓子をテーブルマナーもへったくれもない勢いで盛大に頬張るサントハイムの第一王女殿下である。そんなに食べたら、この後の晩餐が入るのかと心配になる勢いだ。
「そっかあ、アリーナも大変だ。お姫様ってのも楽じゃないよね。私も昔キングレオの王様の誘いを断って正解だったな」
で、もっともらしく頷いているマーニャはマーニャでモグムグと口を動かしながら他人の甘味を遠慮なく食べまくっている。
前世の記憶でハンバーガーショップなどで駄弁りながらポテトをつまんでいる女子中学生とかが重なって見える光景だった。なお、執事よろしく紅茶を淹れさせられているのは何故か俺である。さすがは王族の飲み物とあって最高級の茶葉だ。そこらの安物とは香りが全く違う。
この二人がその辺りを味わって飲んでいるようには全く見えないのが難点だが。
「え!? 何それ聞いてない!」
「え?」
「だから、そのキングレオの王様に誘われたとか何とかっていう話!」
「昔、コーミズ村にキングレオ王が巡察に来られた時のことだ。マーニャとミネアの二人か、あるいはどちらかを城に迎えたいという話があってだな。おそらく将来的には王子の妃か、さもなくば側室にというつもりだったんだろうが」
「「ええっ!?」」
横からの俺の解説に、アリーナどころか何故かマーニャまでもが異口同音に驚愕の声を上げる。ああ、いや、そういうことか。
「わかってなかったのか。親もいない
「え、じゃあ、何? もしかして、一つ間違えば私やミネアがあの最低最悪のクソ王子の相手に……」
「そうなる前に、お前が即答で断ったんだろうが」
今さらのように人生を左右する重大事だったと気付いたマーニャが冷や汗脂汗をダラダラと流している。
「へー? もしそうなってたらボクのところにお鉢が回ってくることもなかったんだね。そうなってたら良かったのに」
「そんなわけないでしょ!? 絶対にイヤ! あんなのと一緒になるなんて! そうなるくらいなら――」
そう言いかけたマーニャが続きを飲みこみ、慌てて席を立つ。バタバタと騒がしく足音を立てて飛び出していき、
「え? ちょっと、姉さん!? それって酒瓶――」
「香りづけ! 紅茶の香りづけのためだから!!」
おそらく部屋の掃除をしていたであろうミネアの、遠くからも聞こえる説教の声をさらなる大声で上塗って、急ぎ足で戻ってくる。
「おい、マーニャ。後でミネアに叱られるのは俺なんだが」
「私の心臓を毒針でぶっ刺したのはバルザックのくせに!!」
八つ当たり気味に怒鳴られる、この理不尽を是非とも誰かに代わって欲しい。
「こんなの飲まなきゃやってられないわよ!」
どう見ても香りづけと言い張るには無理のあり過ぎる量をカップに入れて呷る。
「バルザックも苦労してるんだね」
おまいう。
だが、俺は口に出しては何も言わずに横目で部屋の隅を見た。警護役兼お目付けとして控えている生真面目な少年はチラリと俺を一瞥するなり、特に何も言わずに立ち続けている。その隣で、やれやれとばかりに小さく首を横に振っているブライの爺さんの方がまだしも空気が読めている。
「それで、キングレオの大臣は現在サントハイム城に滞在中ってことで間違いないのか」
「うん。明日か明後日にはエンドールに戻るために出立するんじゃないかな」
まあ、傍目にも娘を溺愛しているのは歴然としているサントハイムの王がキングレオへの嫁入りを簡単に認めるとも思えないから、長々と交渉のために居座るよりはさっさと次のボンモールに向かった方がいいという判断だろう。アリーナ姫を嫁にしたいというのも、どこまで本気で切り出したのかも疑わしいが。
魔物が出没するこの世界では、例え外交使節といえども身の安全を確保するには少数の精鋭なり、あるいはそれなりの数の兵隊を連れ歩くのは当然で、だからこそ、それだけの戦力を国の外に出しても問題のない国はそれだけの国力の裏付けがあるということにもなる。とはいえ、護衛の兵だけでサントハイムと戦争をするつもりはあるまい。万が一エドガンを見つけたとしても、それだけでは勝手に捕縛はできない。ここではサントハイムの法が優先され、そしてそれに基づく手続きが必要になる。
「なあ、アリーナ姫」
本当は第一王女殿下、と呼ぶべきところなんだろうが、それを言うと本人が堅苦しくてイヤだと駄々をこねるため仕方なく妥協している。間違ってもマーニャのように呼び捨てになんか出来るか。
「うん?」
「前に言ってたよな。もっと広い世界を見てみたいって」
「うん!」
「だけど王族として見て回るのはイヤなんだろ? お付きの兵や侍女をゾロゾロ引き連れて行きたくはない……で、合ってるか?」
「そうだよ! ボクは父上が若い頃にそうしていたみたいに、自分の力で旅をしてみたいの!」
全力全開で同意するお転婆姫は太陽のように眩しい笑顔だった。しかし、俺は冷静に指摘する。
「だが、さすがに一人旅は無理だって自分でもわかってるだろ?」
「むぅ」
「そっちのクリフトと、ブライの爺様の二人は最低限必要だ。それでも父親としてはまだ心配だろうな」
「うー」
唇をひん曲げて唸って見せてもダメなものはダメなんだが。
「なので、もう2、3人は大目に見てくれないか。俺か、オーリン。あとはマーニャとミネアの半人前の二人を合わせて一人前」
「!?」
「バルザック? アリーナと一緒に旅に出るの? でも、お父様が……」
空になった茶器に次の一杯を注ごうとしていたマーニャの手から酒瓶を奪い取り、俺は首を横に振る。
「わかっているさ。旅と言っても、遠出するつもりはない。テンペの村を通って、フレノールまでだ。サントハイムの国内だけなら、王族の巡察の一環ということでアリーナ姫も父王陛下を説得しやすい」
「……」
「テンペで一泊。フレノールで一泊。帰りも同じ。日程としては三泊四日の小旅行ってところかな」
もう一度部屋の隅を見ると、ブライの爺様も白い髭を撫でながら思案していた。俺の視線に気づくと、渋々とだが小さく頷きを返してきた。よし、爺様が父王の説得に助力してくれるのなら成功率も上がる。
「どうだ、アリーナ姫。俺たちは先生のこともあるからサランの街を長くは離れられない。アリーナ姫も、いきなり広い世界に飛び出していけると思うほど無謀じゃないだろう。初めて城の外に出るのであれば、ちょっとした練習としては悪くないんじゃないか?」
うーうーと唸っていたアリーナは何故かマーニャの方を見た。マーニャも何故かそこで俺を見た。
「マーニャの言った通りだね。バルザックが言うと、なんとなくその気になっちゃう」
「でしょ? 後から思い出すと結構とんでもないことを言われてるのに、何故かその場ではもっともらしく聞こえるのよね」
おい。濡れ衣だぞ、それは。
「うん、まあ、いいか。父上に黙って勝手に城を出て、そのせいで皆を心配させるっていうのもイヤだし」
「ちゃんと正面から説得してくるんだな。もし、うまい言い訳が思いつかないなら俺を呼んでくれてもいい」
「いいの!? じゃあ、今夜! これから今すぐ来て!!」
完全に丸投げしてくる流れだった。自分で考えるつもりは全くないらしい。そんなだから脳筋姫とか言われるんだぞ。
「あー、クリフト。すまないが国王陛下への面会の約束を……」
「そんなのいらないから! ボクと一緒ならすぐ会えるから!」
いいのか、それで。一応、俺はキングレオの国内じゃお尋ね者の犯罪者なんだが。普通に国王の前に顔を出したら捕縛からの即処刑コースのはずなんだが。
「……」
「すみません、バルザックさん。姫様はいつもこうなので」
ただでさえ苦労人ポジの少年から逆にすまなさそうに頭を下げられた。どうやら逃げられないらしい。
「わかった、わかった。ちょっと準備してくるから待っててくれ」
「うんっ!」
立ち上がった俺の前に現れたのは、どうやら部屋の掃除を終わらせたらしいミネアだった。
「バルザック、また姉さんに酒を飲ませて……」
「待て、違う。俺じゃないぞ。俺は飲ませてない。マーニャが勝手に持ってきて、俺が止める間もなく一人で飲んだだけだ」
「えー? バルザックったら、ひっどぉい。私を酔わせて、あーんなことやこーんなことをしようとしたくせにぃ」
わざとらしく甘ったるい声で俺にしなだれかかりながら、マーニャは俺を道連れにしようとしてきやがった。こんにゃろう、一人だけで説教されたくねえからって……。
「バルザック、やっぱり姉さんに甘い……」
ひどい濡れ衣だ。どうしてこうなった。