ドラクエ4のバルザックに転生した   作:葛轍偲刳

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第五話:引見

錬金術師エドガンの弟子をサントハイム王が引見したのは、城内で宵の口から開かれたキングレオからの使節を歓待するための宴から退席してすぐのことだった。

口の悪い者であればただ単に王族が見栄を張るためだけの虚栄の宴、国民の血税の無駄遣い、などと言い立てるかもしれないが、宴を開かねば開かぬでサントハイムは外国からの使節を歓待するほどの金もないほど落ちぶれたのか、と嗤われることだろう。どちらにしても国民の全てが、一人の例外もなく全員が満足する統治などありえない。必ずや誰かしらは不満を抱き、不平を口にする。

それは避けられぬ政治の宿命である以上、どこかで折り合いをつけるしかないものだった。

 

「待たせたか」

「ちょっと……いや、結構? 待ったかな」

 

本来であれば、その宴にも参加するべき立場のはずの第一王女(アリーナ)が他人事のような顔をして、のほほんと笑っているのにはサントハイム王(父親)としては笑うしかない。それでも一言ぐらいは叱るべきかとも思いはしたが、客人の前であることを思い出して口を閉じた。

 

「頭を上げよ。今この場においては礼を失しても咎め立てはせぬ」

「寛大なお言葉、ありがとうございます」

「むっ、堅苦しいよ。もうちょっと肩の力を抜いてもいいと思うな、ボクは」

 

畏まって一礼するバルザックとは裏腹にアリーナは全く気にしていなかった。いつものことではある。

とはいえバルザックとしては油断するわけにもいかない。例えば今ここでサントハイム王が彼を捕らえよと声を上げても何もおかしなことはないのだ。何しろキングレオ王国では国中に布告が出回っているお尋ね者。むしろ彼の身柄を交渉材料としてキングレオから何らかの譲歩を引き出そうとする、といったことも考えられなくもない。

原作ゲーム内においてサントハイム国王は決して暗愚な王というわけではなかったが、エドガンがキングレオの城から脱出してサントハイムまで落ち延びてきている時点で本来のシナリオとは大きく乖離している。どこでどんな風に歯車が変わっているかさえ知れたものではない。

 

「して、用件は何だ」

 

ゆったりとソファに腰掛けた父王の隣にポスンとアリーナが腰を下ろす。足をブラブラと軽く揺らしながらニコニコと期待の眼差しでバルザックを見ている。完全に丸投げするつもりだ。

 

「サントハイム王国内におけるアリーナ第一王女殿下の御遊覧につきまして、国王陛下に奏上を」

 

さりげなく切り出すバルザックに、王は驚きや意外の念を見せなかった。むしろいつか来るべきものがとうとう来たかと前々から予想していたとばかりに横目で隣の(アリーナ)を一瞥してから、再びバルザックの顔に視線を戻す。

 

「内容は」

「テンペの村を経由してフレノールの街まで。元は王族の避暑地としても知られた風光明媚な土地柄。殿下におかれましてはその貴きおみ足を運んでも何ら不思議ではない道程かと」

「それだけか」

「私事ではございますが、かの地には我が師エドガンもかつて足を運んだことがあるとのこと。錬金術にも関わりの深い土地柄ゆえ、この未熟者の見聞を広めるには良き機会になろうかと愚考いたしました次第」

 

王は目を細めた。何かを考えている顔だった。

 

「護衛は」

「はっ。殿下の側近として同行いたします神官見習いクリフトと宮廷魔術師ブライ様は当然として、やんごとなき女性の身として御二方が距離を置かざるを得ぬ事態に備えてマーニャとミネアの姉妹を殿下の傍付きに。さらに姉妹の監督役として自分かオーリンのいずれかを」

「そこは自分が必ずボクをお守りいたします、ぐらいは言ってくれないの?」

「手合わせから逃げ回ってばかりの俺よりも強い殿下をお守りするなど、とてもとても言えたものではありませんな」

 

横から茶化してきたアリーナにバルザックが言い返すと、一瞬だけ黙ったお転婆姫は何かに気付いたようにソファから立ち上がった。

 

「いま『逃げ回ってた』って言った? ボクには今日は外せない用件があるとか先生から言いつけをされて用事があるとか何とか、手合わせを申し込むたんびに色々と言い訳してたくせに!」

「それが言い訳だとわかっておられたのであれば、もうその時点で俺が逃げていることに気付いてなかったとは言えぬでしょうに」

 

追及を巧みに言い抜けられて、ぐぬぬとばかりに唸りながら座り直す。

それを呆れたように、しかし一抹の微笑ましさを込めて眺めながら、王はようやく口を開いた。

 

「マーニャとミネア。コーミズ村の、か。――そういえば、かの錬金術師エドガンはまだ健在か」

「存命ではございます。投獄の後遺症もさることながら年齢的なものもございまして、完治までにはまだまだ時間が」

 

バルザックはそこで言葉を切った。もし今ここで『本当に完治する見込みがあるのか』と下問された場合、果たして落ち着いて答えられるかどうか自分でもわからなかったからだ。

 

「そうか」

 

サントハイム王は暫し瞑目した。バルザックは黙って待っていた。(アリーナ)ですら迂闊に声はかけられずに静かに待っていた。父王が答えを出すのを。

 

「――…良かろう。(アリーナ)の外泊を許可する」

「やった!」

「ただし」

「え?」

「状況次第ではブライにルーラで連れ戻させる。だから、あまり危ない真似はするな。無茶をせず、間違っても怪我などせずに無事に帰ってくるように」

 

王としてではなく、娘を愛する一人の父親としての言葉にアリーナは一瞬だけ黙り込んだ。そして、大きく頷いた。

 

「うん。大丈夫。ボクは必ず父上のところに帰ってくるから。この城が、ボクの帰る場所だから」

 

そして、少しだけ躊躇ってから小さな声で付け加えた。

 

「いつも我が儘ばかり言うお転婆で悪いお姫様でごめんなさい。――…ありがとう」

「それがわかっておるのなら、……とは、今だけは言わぬ。あまり心配をさせてくれるな」

 

王の手が娘の頭を優しく撫でた。赤みがかった亜麻色の髪を撫でる手に、えへへとアリーナは小さく笑った。

バルザックは何も言わずに目を伏せた。原作ゲームにおいては、この王は城の人間ともども謎の失踪を遂げることになる。残されたのは猫が一匹だけという、それ以外の人間は一人の例外もなく姿を消した大規模な失踪事件だ。それを解き明かすために、アリーナはお供の二人と共に旅立つことになる。

果たしてゲームと同様に目の前の父親が忽然と姿を消してしまったら、この天真爛漫なお姫様は一体どんな顔になるのか、なってしまうのか。できることなら考えたくもない未来図だった。

 

「バルザックよ」

「はっ」

(アリーナ)を頼んだぞ」

「ははっ」

 

その空っぽになったサントハイム城で、まるで城の主であるかのように振る舞っていた悪役。それこそが原作ゲームにおけるバルザックであり。大切な故郷を蹂躙されて激怒したアリーナと仇敵を憎むマーニャとミネアの姉妹によって、最後は悲惨な末路を辿るのが本来のシナリオである。

そのバルザックが、よりにもよってそのアリーナの無事を父王から託されるとは。皮肉にもほどがある話だった。

 

「よろしくね、バルザック!」

 

その皮肉な因果を知らぬアリーナが溌溂とした笑顔を向けると、バルザックは小さく苦笑した。

 

「まあ、やれるだけのことはやるさ。何かと手がかかるお姫様のために」

「何さ! そんなこと言うんだったら、マーニャとミネアに言いつけてやるんだから!」

 

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