夢を見る。
夢に見る。
私と姉さん。それからオーリン。
オーリンが傷つく。傷ついて血を流している。
「ホイミ!」
私は回復魔法をかける。でも、オーリンの傷はあまりに深くて、ホイミをかけても血が止まってくれない。
「メラ!」
姉さんが魔法で攻撃する。でも。効いてない。違う。倒れてくれない。
「――!」
何かを叫ぶ。
許さない。あんなに優しかったお父様を裏切って、殺して。私たちから大切な家族を奪った。絶対に、許さない。
「――っ!!」
オーリンが叫ぶ。
「ミネア! 静寂の玉を!!」
姉さんが声を上げる。私は静寂の玉を掲げる。お父様の形見。お父様が遺してくれた大切なものを、
――そして、全ての音が消える。
耳に痛いほどの静寂。
「これで、あんたは終わりよ」
姉さんが憎々しげに吐き捨てた。
「絶対に許さないわ。お父様の仇は、ここで討つ」
私は頷く。姉さんの隣に並ぶ。この時を、私たちはずっと待っていた。お父様の仇は、私たちの、この手で。
「覚悟しなさい。――
姉さんは、憎むべき敵の名前を叫ん、で……
…
え? なんで? どうして、姉さんがその名前を? バルザック、が、私たちの、敵? そんなわけ……そんなことが、あるわけ――
「――……ッ!?」
次の瞬間、私はガバッと跳ね起きる。息が切れている。額には脂汗が滲んでいる。
心臓が早鐘を打っている。喉が渇いていた。呼吸が荒い。恐怖と混乱が入り混じった感情が、胸の奥で冷たい塊となって澱んでいる。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなる。慌てて周囲を見回す。宿の一室。隣には姉さんが寝ている。
「……夢?」
そう無意識に呟いて、そして自分がどんな夢を見ていたのかも思い出せずにいることに気付く。嫌な夢だった、ような気がする。ひどい悪夢だった、ような気がする。でも、肝心の夢の内容は思い出せない。何一つ。
「……姉さん」
だけど、ぼんやりとした影のような、虚ろな影法師のような
「それから、オーリンも」
そう、大切な義兄もいた。いつでも、どんな時でも自分たちを守ってくれる頼もしい義兄がいた。
「……。ダメ、思い出せない」
だけど、それだけだ。びっしょりと汗に濡れた額を手で押さえる。夢の中でも自分の隣には姉がいて。オーリンがいて。それだけは覚えているが、他には何も思い出せない。他にも
「顔、洗わなきゃ……」
寝汗というには体に纏わりついた感触はあまりに生々しい。重い。気持ち悪い。嫌な汗だ。それを拭い去るために、寝台から降りようとする。足が床板に触れた瞬間、冷たい感触が足の裏を突き刺すように駆け抜けていく。
「ん……」
隣の寝台で小さく寝言のような声が漏れた。姉さんだ。寝返りを打って、無防備な寝顔をこちらに向けている。
宿の窓からは東の空に昇り始めた太陽の光が薄っすらと差し込んでいる。姉さんの寝顔にその白く細い光が落ちていて、不思議なほどに穏やかな顔をしているのが見えた。
普段はあんなに騒がしくて奔放で、手のかかる人なのに。寝ている時だけはこうも大人しい。何も知らない赤ん坊のように。
「……ふふ」
つい見とれてしまう。微笑ましくもある。可愛い。姉さんだ。世界で一番大好きな人だ。
「よしっ」
足に力を入れて立ち上がる。汗で張り付いた寝間着が肌に纏わりついて気持ち悪い。まずは顔を洗いたい。体も拭きたい。着替えもしたい。そう思いながら歩き出そうとした瞬間。
「ん……?」
何か硬いものを踏んだ感触がした。
足元を見る。暗い。まだ薄暗い部屋の中で目を凝らす。足元に転がっているのは、細長い棒のようなもの。
杖だ。私の杖だ。理力の杖だ。昨夜、バルザックから渡されたばかりの杖だ。
「あ……」
ようやく思い出した。寝る前に、バルザックから渡されたのだ。
この杖を握って、構えてみる。独特の重みと硬さがある。これで魔物を殴ればダメージを与えられるらしい。魔力を打撃力に換えられる特殊な杖だ、と。
もし前衛がやられたら、この杖を使って敵を倒せ、とバルザックに言われた。
「……」
バルザック。
その名前を口の中で転がしてみる。何かが引っかかるような感覚があった。
夢の中で見た
「……違う」
なんとなく、嫌な感じがした。そうじゃない。
理力の杖を寝台に立てかけて、部屋を出た。部屋を出てすぐに、目の前に誰かが立っていた。
「あ」
「おはよう、ミネア」
ほんの一瞬だけ、目の前に立っているのが誰なのかわからなかった。別にフードを被っているわけじゃないのに。いつも見慣れている顔なのに。昨夜も寝る前に話したばかりなのに。
「お、おはよう、バルザック」
「ああ、今日も早いな。まだ厨房はやってないようだが、先に竈を借りて湯でも沸かすか。出発前に先生の体を拭くぐらいのことはしておきたい」
「ええ、それはいい考えだと思うわ。私も手伝う」
「ミネアにはマーニャを起こすという難しい仕事を任せたいんだが。きっと出発を待ちかねてアリーナ姫が城から早々に飛び出してくるだろうから、マーニャが寝坊するとそれだけで出発が遅れそうでな」
「だったらバルザックが起こしてあげればいいのに。……目覚めのキスで。きっと姉さんも飛び起きるわよ」
「やめろ。朝からメラの雨を浴びせかけられて俺が死ぬ」
肩を並べて話しながら一階に下りる。
「おはようございます」
宿の主人が眠そうな顔で挨拶してきた。この人は朝も昼も、そして夜遅くでさえ同じように眠そうにしているものだから、逆に一体いつ寝ているのか全くわからない不思議な人だ。
「おはようございます」
「先だってもお伝えした通り、今日から数日ほど出ますが、宿代は変わらずお支払いします。こちら、ご確認ください」
「はいはい、毎度どうも。オーリンさんが残ってくださるんでしたね。いつも街の立木も枝打ちして下さるし、今日も薪割りもやって下さるしで助かりますよ」
バルザックが支払いを済ませていると、入り口から薪の大きな束を肩に抱え、水の入った木桶をぶら下げたオーリンが入ってきた。
「おはよう、二人とも」
「ちょうど良かった。今から湯を沸かそうと思ってな。早速その薪と水を使わせてくれ」
「もちろんだ。この水を使うのなら、もう一度汲んでくる」
「頼む。マーニャも起きて来れば顔を洗いたいだろうからな」
私に比べるとまだまだ背の高い二人の会話を見上げながら聞いていると、オーリンは薪束と水桶を厨房に置いてから再び宿を出て行った。
「ミネア、顔を洗うんだろう?」
「あ、うん」
バルザックが竈の前に屈みこんで火を熾す準備を始める。私は桶の水を借りて顔を洗う。冷たい水の感触が額や頬から全身に沁みていく。火の粉が弾ける音がして、パチパチと乾いた音を立てながら木屑に火が入る。すぐに小さな火が大きくなった。
「……」
ふと、何かを忘れたような気がした。違う。忘れるべきことだ。思い出すべきではない。
「ミネア?」
「え?」
「どうかしたか?」
火を熾し終わって、竈に鍋を置いたバルザックが木桶に手を伸ばしていた。重たそうに両手で木桶を持ち上げて、鍋の中に水を注ぐ。
「ううん、別に。何でもない」
何か、さっきまで気になっていたようなこともあったような。だけど、それすらも朧げに消えていった。額から頬を伝って顎先にまで落ちてきた水滴を、指先で拭って振り払う。それで頭の奥にこびりついていた
「バルザック、何か手伝えることはある?」
「それなら、茶を淹れる準備をしておいてくれ。それで、湯が沸いたら先生に朝の一杯を持って行ってやってくれ」
「わかった」