ドラクエ4のバルザックに転生した   作:葛轍偲刳

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第四話:生贄の祭壇

テンペの村の中央に建てられた、小さな村にはいささか不釣り合いなほど立派な教会の裏門が静かに開かれる。二人の村人が松明を掲げ、大きな籠を吊った天秤棒を肩で支えながら、ゆっくりと森へと進む。

既に陽は落ち、明かり一つ無い真っ暗な森は松明を持っていてさえも人の侵入を拒んでいるように不気味な空気を漂わせている。今も木々の間に微かに漂う死臭は、数日ほど前に亡骸で見つかった旅人の怨念がまだ残っているかのようだ。木々の間を吹き抜ける夜風はうそ寒く、獣の低い唸り声めいた響きをも帯びている。

村人たちは恐怖で竦みそうになる足を懸命に踏みしめ、棒で吊った籠を左右に揺らしながらゆっくりと運んでいく。

 

森の奥には石段が刻まれた小高い台座が据えられていた。

かつて、この森の奥の山間に街道を切り開くことになった際に、ここで当時のサントハイムの王が神に加護を願って祈りを捧げたという。だが、その台座も今は半ば苔に覆われ、残酷な時の流れに晒されて朽ちかけている。

村人はゆっくりと苦労しながら石段を上っていき、とうとう台座の上に籠を下ろす。そして、一人が思わず慙愧の念に駆られたように籠に向かってひどくすまなそうに頭を下げる。

 

「すまねえ。本当にすまねえ」

「何やってんだ、行くぞ」

「だけどよぉ……」

 

足早に戻ろうとする相方に急かされ、顔を苦しげに歪めながらも村人は石段を駆け降りる。村を守るために、村とは関係のない外部の人間を身代わりにする。理屈はわかる。村長の判断も当然だと頭では理解できる。だが、年端も行かない少女たちを生贄にする非道を働くことに躊躇いを覚える人間性はまだ残っていたらしい。

二人の村人の足音と松明の明かりが遠ざかると、森の闇は再び静寂を取り戻した。籠は何かを待っているように静かなまま動かない。あるいは、動く気力さえもなく恐怖で怯え震えているのか。

風が止む。空気が停止しているはずなのに、森の木々の枝が、梢が、葉が震える。

 

「グルルルル……」

 

低い、腹の底に響くような唸り声。暗闇から姿を現す獣の影。それも二体。台座の左右から四つ足の獣が籠を挟み込むように上り、匂いを嗅ぐように何度も鼻を鳴らす。籠の中にいるのが、紛れもなく汚れを知らぬ乙女だと確かめるように。

 

「「ルォオオオオォォォンッッッ!!」」

 

二体の獣は異口同音に吼えた。森の向こうのテンペの村にもその咆哮は届き、村人たちを恐怖させたことだろう。

そして、その咆哮こそが最後の一体を呼んだ。やたらと大きな左右の眼玉をギョロつかせ、口の下から出た長い舌が森の木陰を飛んでいた羽虫を捕らえ、再び口の中に巻き戻る。

 

「キタ、カ……カ、カカカ……」

 

巻き舌の、ひどく聞き取りづらい声が森に響く。錫杖を石段に突き、ボロボロのローブを翻して上ってくる姿はさながら邪教の神官のようにも見える。

 

「イケ、ニエ……イケニエ……ダァ……」

「ああ、なるほど。そういうところを見ると確かにカメレオンのように見えなくもないな」

「!?」

 

唐突に、森の木々の間を場違いなほどに冷静な声が飛んできて、異形の神官は反射的にビクリと後方に跳ねた。左右の大眼球を忙しなく動かして、音の発生源を探る。

 

「ギラ」

「ヒャド」

 

牽制の魔法攻撃が立て続けに飛んできて、ボロボロのローブを焦がし、錫杖を握る腕を氷漬けにする。

 

「チィィィ……!」

 

不快と怒りに舌を鳴らす邪神官に構わず、木陰から姿を現したバルザックが鋭く声を上げた。

 

「よし、治癒役は引き離した。集中して一気に殴れ!」

「たぁぁぁぁっ!!」

「メラ!」

「喰らいなさい!」

 

籠の中から機を伺っていたアリーナが飛び出し、獣に殴りかかる。小癪な少女に噛みつこうとした鼻先をメラが焦がし、怯んだ一瞬にアリーナが顎を下から上に殴り上げる。一瞬だけ露わになった喉笛にミネアの理力の杖が突き出された。淡い魔力の光を帯びた先端の鋭い金属部分が深々と獣の喉を貫いた。即死だった。

もう一体の獣は、行く手に立ち塞がったクリフトに爪を振るう。神官服が切り裂かれ、血が舞う。

 

「ホイミ」

 

しかし、獣の爪が抉ったばかりの肩の傷は即座に回復魔法で癒される。たった一瞬。されど一瞬。その一瞬で形勢は決定づけられた。獣の片方が倒れ、もう一体は足止めされ、残る治癒役は――

 

「ホ、ホイミィ…ッ!」

 

仕方なく氷漬けにされた片腕を癒した邪神官が忌々しげに戦況を見回す。こんな小さな村では絶対に用意することなど出来ないはずの、魔法を使える複数の術師をも含む強力な装備を携えた一団。それは、この地に可能な限り長く居座って生贄を要求し続けるはずの計算を根底から狂わせた。

 

「お前が誰から命令されて来たのかは興味もあるが、どうせまともに答えてくれはしないだろうな」

「オノレ……」

「『若い女の生贄』だとか、まるで狙いすましたような要求をしてきやがって。まあ、全部が全部とは言わないさ。半分ほどはお前らの胃袋に収まる算段だったとしても驚きはしないが」

「オノレェェ……!」

 

似たようなローブ姿の、艶の無い灰褐色の長髪が森の夜風に微かに揺れる。

 

「とりあえず、邪魔だ。さっさと死んでおけ」

 

醒めた金色に光る目が無情に告げる。

 

「ミネア、クリフト。やれ」

「「はいっ!」」

 

理力の杖が、それも左右から都合二本。まだまだ未熟な杖術ではあっても、殴れば倒せる。咄嗟に受けようとした錫杖をさえ、クリフトの理力の杖は叩き折った。

 

「ガァァァッ!!」

 

そして、血を吐いた異形の邪神官から憎々しげに睨みつけられて思わず怯みかけたミネアの肩を、バルザックの手が抱いた。

 

「忘れるな、ミネア。()()が何かの、誰かの命を奪うこと、だ」

「バルザック……」

「お前は、これから何度でも()()を繰り返す。相手は魔物だから、好きに命を奪っていい、ってことにはならない。だが、生きるか死ぬかの場面では無我夢中で気付かなくても、いつかお前は気付く。いつの間にか自分の両手が血まみれになってることに」

「……」

 

杖を持つ小さな手は震えていた。先に獣の喉笛を貫いた杖の先端は既に血に濡れていた。そのことに、今さらながらに気付いたようだった。

 

「その重さに心が悲鳴を上げる時が来たら、俺の言葉を思い出せ。『悪いのはバルザックだ』ってな」

「え?」

「俺のせいにすればいい。悪いことは全部。何もかも」

 

真面目な顔で言ってのけるバルザックを見上げたミネアは、それが決して冗談のつもりで言っているわけではないことを悟り、そして思わず微笑む。

 

「もしかして、本気で言ってる?」

「本気だが」

 

そして、改めて杖を両手で握り直す。瀕死の邪神官の体に突き刺さった杖をさらに深く押し込む。

 

「グ、ガァッ…ゴ、バ…ッ!!」

 

断末魔の呻きを上げた魔物が絶命する。ビクビクと痙攣する体の生々しい震えが杖から伝わってくる。その気色悪さに耐える。

 

「今日じゃないけど、いつかバルザックの言葉を思い出すとは思う」

「そうか」

「だけど、そのたびに私は『バルザックは悪くない』って返すよ。思い出の中の、バルザックに」

 

絶命した魔物の体が、ようやく崩れ落ちる。

 

「ギラ」

 

魔物は人間よりも生命力が強い。死んだと思ってもまだ生きている場合もある。容赦なく、バルザックは魔物の死骸にギラの炎を浴びせて追い打ちをかけた。死んだふりで息を潜めている僅かな可能性をさえ許さなかった。

 

「ミネア」

「私は自分の意志で決めたから。姉さんを守るために。私もお父様を助けられるぐらいに、オーリンやバルザックぐらいに強くなるって」

 

火に包まれるボロボロのローブに焼かれて、胸の悪くなるような肉の焦げる臭いが漂い始める。

 

「クリフト、こっちはもういい。アリーナ姫の援護に戻れ。あまりに長引き過ぎるようならブライの爺様と一緒に手を貸してやれ」

「はい!」

 

少年は即座に背後の台座に駆け戻る。最後の獣がアリーナと殴り合っていた。マーニャのメラも飛んでいるが、獣の生命力はまだ絶命にまでは至っていない。

 

「まだ行けるか、ミネア」

「うん」

 

炭化して黒焦げになっていく魔物を一瞥して、ミネアは理力の杖を握った。まだ手は震えていた。一つの命を奪う生々しい感触は、まだ手に残っていた。きっと今夜は眠れそうになかった。だけど。

 

――後悔は、していなかった。

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