第一話:不毛な追いかけっこ
「くそっ」
「まだか……まだ、追いつけないのか……っ!」
――彼らは疲弊していた。
彼らは兵士である。それも世界に冠たる大国の一つ、キングレオ王国に仕える兵士だ。
国から金を貰い、一朝ことあらば国のために命懸けで戦う覚悟と誇りをもつ。
しかし、自らこそが国の防人たらんと訓練に汗を流す彼らにも得手不得手はある。狭く、暗い洞窟の中で、いつどこから襲ってくるかも知れない魔物と戦い、洞窟の奥を探索するのは明らかに畑違いの任務だ。
まして、そこは自国ではない。土地勘すらも無い馴染みの薄い異国だ。
さらに、与えられた任務ですらも不可解だった。「かつてキングレオ王国から奪われた財宝を奪還せよ」と言われはしたが、具体的にそれがどこにあって、どういう形をしたものなのかさえも定かではない。洞窟の奥でそれらしいものを見つけたら持ち帰れ、と言われても、それが本当に目当ての品なのかさえ確信できない。
自分たちこそが盗掘者なのではという疑いが胸の奥に燻ぶったままなのだ。
それでも、彼らは彼らなりに任務を遂行しようとは努めた。慣れぬ土地で、慣れぬ畑違いの任務で、内心では疑問を抱きつつも、それだけで任務を拒んだり命令に歯向かったりする理由にはならなかったからだ。
――ただ、彼らが任務に励んだ誠実さは、残念ながら報われなかった。あるいは、彼ら自身の不運はその任務を命じられた時から既に始まっていたのかもしれない。
不定期に襲い掛かってくる魔物を苦労して掻い潛り、洞窟の奥でそれらしい品を見つけた。古い箱に仕舞われた、暗い洞窟の中で松明の光に照らされて不吉に輝く黄金色の腕輪。それを持ち帰るべく再び洞窟への入り口までの帰路を辿る。
何度も魔物に襲われ、傷つきながらも必死に足を運び、出口の近くまで辿り着いたところで彼らを待ち受けていたのは、卑劣な待ち伏せの罠だったのだ。
「ギラ」
熱線が闇の中を走り、先頭の兵士の鉄兜を掠め焼いた。金属が焼ける微かな臭いが鼻腔を突く。
「ヒャド」
氷塊が別の兵士の足元を凍らせた。氷の結晶が鎖帷子の隙間に食い込み、脛を凍てつかせる激痛に男が膝をつく。
「う、ぐっ……!」
「敵襲! 伏せ――」
叫び声は途切れた。二本目の熱線が松明を握る腕を焼き、松明が落下して地面に転がる。炎の芯が弱まり、洞窟の闇が四方から押し寄せてくる。
魔法だ。複数の魔法使いが暗闇の中から一斉に攻撃を仕掛けてきた。松明を落としたことで視界は著しく制限され、敵の位置すら把握できない。
「落ち着け! 闇雲に動くな!」
誰かが怒鳴る。だが、その声すらも洞窟の反響に掻き消されて方向感覚が狂う。これが罠なのだ。黄金の腕輪を持ち帰る兵士たちの帰路を熟知している誰かが、出口に近い場所で待ち伏せをしていた。
「ギラ」
三本目の熱線。今度は脇腹を焦がした。防具の金具が熱を帯びて肌を焼く。苦悶の声が洞窟に反響する。
「怯むな! 前へ!」
兵士たちは剣を抜く。槍を構える。だが、しかし。
「速いぞ!」
「くそっ!」
高く飛び上がった人影は、洞窟の天井を蹴って落下してくる。
「ほいっと!」
子供のように、少女のように高い声。だが、その軽い声とは裏腹に兜越しに叩きつけられた
「ごめんなさーい!」
続いて踊るようにステップを踏んだ影が兜や鎧では覆われてはいない首筋を撫でるように手を伸ばした。
「がっ!」
「んぐっ」
喉笛を突かれ、息が詰まる。反射的に振るった剣も空を切った。むしろ、無理な姿勢で反撃しようとした分だけ体勢が崩れてしまう。
「奥の一人だ! 荷物袋が膨らんでる!!」
「あっちの人だね!?」
「失礼しまーす!」
右から、そして挟み込むように左からも二つの小柄な影が飛び込んでくる。
「くそっ! 盗賊が!!」
「ヒャド」
叫んで振り上げようとした剣を持つ手が容赦なく氷漬けにされる。動きが止まった一瞬の隙に荷物袋に手が入れられる。
「これかな!?」
「見える!?」
「ああ、それだ!!」
「よし! 退くよ!!」
一瞬だ。ほんの一瞬の隙を突かれた。すかさず脱兎のように逃げ出していく。脇目も振らず一目散に。あまりにも鮮やかな逃げっぷりに呆然と互いの目を見交わした次の瞬間。
「追え!」
「逃がすな!!」
当然のように、彼らは追いかけた。追いかけねばならなかった。このまま手ぶらでは帰れるはずがなかったからだ。
彼らにとっては真剣で、この上もなく必死な追いかけっこ。しかし、おそらく傍目には馬鹿馬鹿しいほどに不毛なそれ。
「ヒャド」
「ぐあっ!」
「またか!?」
散発的に、森の木々の間を縫って魔法が撃ち込まれてくる。傷の手当てをしようにも、洞窟の中で既に手持ちの薬草はほとんど使い切っていた。ありあわせの布を傷に巻いて誤魔化すのが精いっぱい。
ここは異国だ。補給など受けられない。水や食料にも事欠く有様だ。負傷したまま、しかも空腹で、重い鉄製の装備を身につけて動かねばならない彼らの足取りは遅かった。もちろん、主観的には全力で手足を動かしてはいたが、客観的にはどうしようもなく彼らは遅かったのだ。
「こっちだったはず……この辺りのはずなんだ」
「ちくしょう! 探せ! 隠れているのはわかってるんだ!」
鬱蒼とした森の中。周囲は木々が密集していて視界は利かない。茂みを掻き分けながら捜索しているが、何もない。どこに行った? 疑念が湧いてくる。あるいは撒かれてしまったか?
「ギラ」
「今度はあっちか!」
「畜生、ちょろちょろと鼠みてぇに……!!」
罵倒と弱音、呪詛と愚痴とが等分に混じり合った声が交錯する。
「痛ぇ……薬草は、無いか……?」
「あるわけねえだろう。もうとっくに底をついてる!」
「畜生、なんで、こんな……」
だが、ここで引き返せるわけがなかった。間違いなく激怒するであろう大臣に、帰国してから一体どんな罰を命じられるか。いや、ただでさえ最近のキングレオの城では『人が消える』だの『王の不興を買えば殺される』だのと不穏な噂が絶えないのだ。
奪われたものを奪い返さねばならない。取り返さねばならない。そうしなければ彼ら自身の身が危ういのだ。
「見ろ、光だ」
「やっと森を抜けられるのか」
「見てろよ、見えるところにいるのなら、すぐに追いついて――」
太い木の幹に傷だらけの手をついて、鬱蒼とした森の外に抜ける。そこは、一面の砂漠だった。
枝葉が陽光を遮る薄暗い森から急に剥き出しの日の光に晒された目が眩む。真っ白に焼けた砂の照り返しと相まって、眩しいを通り越した暴力的なまでの日光が針のように眼球を刺した。
「見ろ!」
「眩しくて見えねえよ!?」
「しっかりしろ! あれだ! あそこにいるぞ!?」
誰かが指さす。
白い砂漠の地平線の手前。黒っぽい地虫のようにも見える人影が砂漠を進んでいる。彼らの財宝を奪い取っていった、憎むべき
「行くか」
「行くしかねえのかよ」
「ああ、畜生……!」
白く焼けた砂は傷ついた手足を情け容赦なく苛んだ。鉄製の装備が日に焼けて肌を焦がす。むしろ捨てるべきなのだろう。本来なら。生きることを最優先にするなら捨てた方が良い。身軽になった方が動きやすくなるのだから。
だが、任務に固執する彼らは装備を捨てられない。上司のところに戻った時に、国から与えられた装備品が無ければ咎められてしまうからだ。いっそ逃げてしまえば、という思いさえ虚しい。
ここで逃げても何処に行けば良いのか。馴染みのない異国で、それも誰のものとも知れない財宝を洞窟の奥から運び出そうとした自分たちを受け入れてくれる場所などあるのか。任務に対する疑問や後ろめたさが逆に逃げ道を塞いでいる。
「ギラ」
「ぐあああっっ!!」
「てめえぇぇぇっ! 殺してやる、てめぇだけは絶対に殺してやるぞぉぉっ!!」
重い脚を必死に動かして、手を伸ばせば届きそうになるたびに、振り返った
「見ろ、オアシスだ」
「痛ぇ……水だ、水をくれ……誰か、水を……」
「畜生、あの野郎……殺してやる、絶対に殺してやる……」
傷の痛みと、空腹と、疲労と、憎悪と、殺意。彼らは人間だった。どうしようもなく人間でしかなかった。いつしか人間の形をした
――辿り着いて、しまった。砂漠のバザーに。