「アリーナ姫、体はどうだ?」
「まだまだ、このくらい。どうってこと、ないよ」
弱みを見せようとしないのは立派だが、息を切らして肩を上下させている時点で説得力はないぞ。
「クリフト、お姫様に薬草を食わせておけ」
「え。ボク、アレすっごく苦いからイヤなんだけど」
「ホイミじゃダメなんですか」
「なるべく魔力は温存しておけ。いつ必要になるかわからん」
目を転じるとブライの爺様はしかめっ面で薬草を口に詰め込んでいた。さすがだ。この後のことについて何も説明していないのに、もう次の展開を読んでる。
「はい、姉さん。食べて」
「えー」
「干し肉とチーズで挟めば食べられる?」
「そんなの、何を一緒にしたって苦くなるだけで何も変わらないじゃない!」
文句を言いながらもマーニャとミネアも薬草を噛んでいる。
俺も覚悟して薬草を口に入れた。青臭さと苦みが舌を刺しながら鼻から脳天にまで突き抜ける。決して自分から好きこのんで口にしたいものじゃない。良薬は口に苦しというのなら間違ってはいないし、実際ある種の気つけにはなるのだろうが。
原作ゲームのように一瞬で体力を回復させるというよりは、一時的に痛みや疲労を軽減して忘れさせるエナドリめいた強壮剤の一種というべきなのかもしれない。こんなものを常用してたら中毒になりそうだ。
だが、今はそれが必要だった。追手の連中のように長時間洞窟の中を探索してない分だけマシとはいえ、まだ12やそこらの子供が三人。途中で何度か小休止を挟んだとはいえ、ほとんど寝る間も惜しんでの強行軍だからな。
「さて、と。ブライの爺様、残りの魔力は」
「おぬしが口を酸っぱくして言っとった通り、ルーラの一回分は残してあるわい」
「それは何より。――…さて、アリーナ姫」
思い切り顔をしかめて薬草を噛んでいたお姫様がイヤそうに俺を見上げる。今度は何を言われるのかと警戒しているんだろう。昔、コーミズ村にいた頃のマーニャを思い出す。
「何さ」
「これからブライの爺様のルーラでサントハイムの城に戻り、一休みして体力を回復させてから、改めてルーラでここに戻ってくる。これが一番安全で、楽な道だ」
「え!? いいの!?」
一瞬だけ目を輝かせてから、さらに顔を顰める。
「…って、ちょっと待って。なんで? だったら、もっと早くルーラを使っても良かったよね」
「そうだな。ここがルーラの目印にするにはちょうど良かったのは事実だが、逃げるだけなら洞窟から出てすぐにルーラを使っても良かったな」
アリーナは黙る。この先の話の流れに嫌な予感がしたのだろう。そして、それは正しい。
「……じゃあ、なんで?」
俺が黙っているからこそ、アリーナは先を促すしかない。何も訊かずに城に逃げ帰るという楽な選択肢を選べない。それは、城の外に出ることを選んだ自分自身への裏切りになってしまうからだ。
「いま俺たちを追いかけてきている連中にしてみれば、この状況は何とも理不尽で腹立たしい限りだろう。苦労して洞窟の奥から運んできたお宝を奪われ、チクチクと嫌がらせのように魔法を撃たれながら延々と追いかけっこに付き合わされている。俺は何度も言われたよ。『殺してやる』ってな。半分は八つ当たりかもしれないが、残りの半分は紛れもない本気だろうさ」
「……」
「で、そんな俺たちが砂漠のバザーに逃げ込んだ。連中が俺たちを探し出し、見つけ出すのにどれほどの手間がかかると思う? いかにも怪しげな商人たちが、日よけのフードを被りながら店を出してる。露店に並べられているのは骨董品と称した素性の怪しい偽物、紛い物、そして盗品。追手の連中の目には、ここにいるのは全てが全て、
クリフトがアリーナの肩を抱くようにして寄り添い、俺に非難の目を向ける。ただでさえ疲れ切っているところに、こんな薄汚い話題を出されてはたまらないだろう。気持ちはわかる。
「バルザック! あなたって人は!」
「……クリフト、ごめん。ちょっと静かにして」
だが、アリーナは乳兄弟を制した。
「キングレオの兵士が、ここで暴れるってこと?」
「そうならない可能性もある。尤も、俺は是非そうなってくれと期待すらしている」
「なんで?」
「今のままでは、キングレオの兵士がフレノールの南の洞窟で何をしていたかの証拠は無いからだ。たまたま使節団からはぐれた数人の兵士が風雨を凌ぐために洞窟に避難していただけと言い逃れされたら、それ以上は追及できない。だから、他国の領土で揉め事を起こして欲しかった。誰の目にも明らかな形で」
俺たちの周りでは何も知らない商人たちが露店を開き、商談で値切り交渉をして、あれこれと噂話に花を咲かせている。アリーナは俺に、初めて見るような硬質の視線を向けていた。それは明らかに敵を見るような目つきだ。
「ここにいるのは、サントハイムの民というわけじゃない。いや、必ずしも全員がそうだとまでは言わないが、基本的に世界中を回っては似たようなバザーをあちらこちらで開いている流れの行商人たちだ。扱っている品が品だから、真っ当な店に持ち込むことも出来ず、こうやって国の目が届きにくい辺鄙な場所で市を開いては怪しげな品を売りさばいている連中だ」
「だからって! 巻き込んでいいってことにはならないよ!」
「その通りだな。だから、アリーナ姫にはこいつらを庇って戦うという選択肢もある。1ゴールドの得にもならず。むしろここの連中からは感謝すらもされず、嫌われ、非難される。余計な厄介事を持ち込んだ疫病神として」
それについては全面的に俺のせいにしてくれても構わないが。必要なのはキングレオの兵士が暴れたという事実だけだ。他の件は知らぬ存ぜぬで白を切り通せても、この件だけは最低でも使節団の監督不行き届きにまで持って行けるはずだ。
「なんで、そこまでするの? そこまでしなくったって良かったじゃない」
「アリーナ姫。政治や外交の交渉において相手の落ち度の有無は絶対的な差となる。キングレオの『盗みに遭った被害者』の立場を崩さない限り、サントハイムの追及は届かない。何を言っても『じゃあ盗まれたものを返せ』で終わる」
「……」
「だから、その基点をひっくり返す。そっちが盗みに遭ったのなら、こっちもキングレオの兵士が暴れた被害を受けた。お互い様だ、と言えるだけで立場は対等になる」
俺から目を逸らし、アリーナは周囲を見回した。拳を握りしめ、歯を食いしばった。
「ボクには、バルザックの言ってることが正しいとは思えない」
「そうか」
「父上が、今のバルザックと同じように難しいことを考えてる時も、いつもボクは思ってた。正しいことを正しくやろうとしてるだけのことが、なんでそんなに難しいんだろうって」
「そうだな」
俺は覚悟した。もしかしたらここで腹を殴られるのかもしれない。そうなったら俺は無様に倒れるしかないだろう。あるいは、ここで見捨てられるかもしれない。キングレオの連中に突き出されることまで覚悟した。それくらい、この天真爛漫で純粋なお姫様にとって、俺の遣り口は許し難いものであったことは明らかだった。
「……でも。でも! でも、やっぱりボクは!」
声を上げたアリーナに周囲の注目が集まる。
「ボクはサントハイムの第一王女として、目の前の人を見捨ててはおけない! それは父上の娘じゃ――…サントハイムの王族じゃない!!」
何を言ってるんだ、こいつは、という呆れた目が集まる。
「クリフト! ブライ!!」
「はい」
「はっ」
「行くよ! ボクたちでキングレオの兵士を止める!」
アリーナは俺に背中を向けて走り出す。父王と同じく俺たちに何も言わないのは、やはり俺たちがサントハイムの人間じゃないからか。
「バルザック、あまりアリーナをいじめないでよ」
「いじめているつもりはないが」
「じゃあ、言い換えるわ。あまり怖がらせないで」
マーニャに言われると弱い。脅かしたりはしていないつもりだが、純真な子供の夢を踏み躙ってしまっている部分はあるかもしれない。
「アリーナは私たちみたいにバルザックと長く付き合っているわけじゃないんですから。あまり酷い言い方をすると、そのうち泣いちゃうかもしれませんよ」
で、ミネアが容赦なく追い打ちをかけてくる。
「アリーナを泣かせると後が怖いな」
クリフトにブライの爺様と、サントハイム王が漏れなく復讐してくるだろう。あるいはサントハイム城の連中がこぞって。
「ええ、絶対そうなるわよ。だから、少しは手加減してあげなさいな」
「私たちも後で少しだけアリーナを慰めてあげますから。少しだけですけど」
マーニャが羽根帽子の位置を軽く直した。ミネアも理力の杖を持ち直した。俺は溜め息をついた。
「全く、もっと楽に片付けたいんだが」
「諦めなさい。アリーナって冒険に憧れてたんですって。で、冒険って危険と困難が付き物なのよね」