ドラクエ4のバルザックに転生した   作:葛轍偲刳

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第三話:王女の戦い

体が重い。

もちろん足元は砂だらけで、足は滑るし、踏ん張りも利かないし、動きにくい。

吸い込む空気も埃っぽくて、喉に引っかかる。暑いから汗もかく。動きやすいはずの身躱しの服が汗で体中にまとわりつくような不快感がある。

手足も重い。マーニャが言ってた通り、体中がだるい。自分がこんなに疲れてて、こんなに体力を使い果たしてたんだと今さらのように気付かされる。

 

「死ねえぇぇっっ!!」

 

血走った目で兵士が剣を振り下ろしてくる。はっきり言えば隙だらけだ。手足には余計な力が入ってて、動きだって遅い。体中が傷だらけだ。

でも、目で追うことは出来てもボクの体がついてこない。簡単に避けられるはずなのに、必死で体を反らして逃げる。反撃の余裕さえもなく、必死に逃げる。

地面に転がる。髪が砂だらけになる。目にも砂粒が入って痛い。

 

「ふっ、は、あっ……!」

 

跳ね起きる。口の中に入った砂を唾ごと吐き捨てる。

 

「ええいっ!」

 

低い姿勢から足を蹴り払う。相手の姿勢が崩れる。でも、一息を入れる隙すらない。すぐに隣から別の兵士が来る。槍の穂先が突き出される。

 

――ダメ、避け切れない。

 

覚悟して、左腕で穂先を逸らす。血が出た。痛い。すごく痛い。でも、オーリンに殴られた時ほどじゃない。骨が折れたかと思うほどに重く、鋭いオーリンの打撃を喰らった経験が無かったら、きっと耐えられなかった。

 

「ホイミ!」

 

後ろからクリフトの支援が飛んでくる。

 

「ありがと、クリフト!」

 

傷が塞がり、体の重さが少しだけ消える。

 

「や、あぁぁっ!」

 

足を下から上に。顎を蹴り上げられた兵士が後ろに吹き飛ぶ。

 

「チクショウ! 小僧が! ガキが!!」

「てめえぇぇっ! 殺してやる! 絶対に殺してやるぞ!!」

 

殺意と憎悪に満ちた叫び声が耳に突き刺さる。怖い。怖いけど、逃げない。

ボクはサントハイムの第一王女だ。見て見ぬふりをしない。ただ逃げるだけなら城の外には出なかった。これが冒険なんだ。危険な目に遭うことを知っていても、立ち向かわなきゃならない時があるってことだ。バルザックの言ってることは難しくて、時々すごく意地悪だし、ボクには全部はわからないけど。でも。

 

「メラ!」

 

横からマーニャの火球が飛んでくる。仰向けに倒れた兵士に火球が当たる。髪にまで火がついて、槍を手放して転げ回る。嫌な臭いが鼻を突く。気持ち悪くなる。相手は魔物じゃなくて人間なんだと改めて思い知らされる。

 

「なんで来たの!?」

 

マーニャまでボクに、ボクたちに付き合う必要はない。ミネアと、バルザックと一緒に後ろで隠れてくれていてもいいのに。

体勢を立て直した兵士が再び剣を振る。避け――切れない。ボクの肩が切れて、また血が出る。

 

「決まってるじゃない! 友達だからよ!!」

「ホイミ!」

 

今度はミネアの回復魔法が飛んできて、またボクの傷が回復する。

 

「ああ、もうっ! マーニャもミネアも、バカなんだから!!」

 

振ったばかりの剣の重みで体が流れてる兵士の懐に飛び込んで、顔面に頭突きを叩きこむ。鼻柱が折れ曲がって鼻血が出る。ボクもおでこが痛いけど、歯を食いしばって耐える。剣を手放して涙目で顔を手で覆う兵士の首に回し蹴りを叩きこむ。吹き飛んで、のたうつように体を痙攣させるけど、動かない。

 

「てめえぇぇぇっ! てめえだけは、殺すっ!」

 

だけど、ほんの一瞬だけ油断した。二人を倒して、息をついた一瞬の隙に、短剣を構えた最後の兵士が体ごと突っ込んでくる。動こうとしたのに、体が動かない。剥き出しの、憎悪。殺意。血走って真っ赤に染まった双眸がボクを捉える。

 

――……ごめん。父上。ボク、帰れないかも。

 

目を閉じる。次の瞬間、衝撃。誰かに突き飛ばされる。

 

「え?」

 

目を開く。目の前にはボクの代わりに、深々と短剣を突き刺された――

 

「ブライ!?」

「ブライ様!?」

 

叫んだクリフトが思い切り理力の杖を兵士の頭部に叩きつけた。兜ごと側頭部を殴り飛ばされた兵士の体が真横に吹き飛ぶ。

 

「ブライ! しっかりして!? ブライ!!」

「ブライ様!!」

 

ボクはブライの体を抱き締める。腹には短剣が刺さってて、血が。血が、たくさんの、血が――

 

「落ち着け」

 

ボクの頭の中が真っ白になり、目の前が真っ暗になりそうになった瞬間、冷静な声がボクの耳を打った。

 

「爺様を死なせはしないさ。何のために俺がいると思っている」

 

バルザックが手際よく短剣を引き抜いた。真っ赤な血の糸を引いて刀身が砂の上に投げ出され、ブライが口から一塊の血を吐く。でも。

 

「ベホマ」

 

一瞬だった。バルザックの手が傷口に押し当てられる。ひょっとしたらこのまま死んじゃうんじゃないかって思った深い傷が見る見るうちに小さくなって、跡形もなく消えていく。

 

「お見事です、バルザック。ありがとうございます!」

「お前もすぐにこれくらいは出来るようになる」

 

クリフトの言葉に短く返し、バルザックはブライの体を抱きかかえる。

 

「……フンッ、死に損なったか。姫様の身代わりとして死ねるのなら、この老い耄れにしては悪くない死に様かと思ったが」

「しっかりしてくれ。姫様の若子を見るまでは死ねないんだろ?」

 

普段の憎まれ口を叩くブライに、もう大丈夫だと安堵する。だけど、バルザックはそんなボクに淡々と告げた。

 

「さあ、アリーナ姫。そこの短剣を拾え。それは大切な証拠だ。そして、周りを見てみろ」

 

ブライの血に染まった短剣を手に、ボクは立ち上がって、周りを見回す。そして、唇を噛む。

酷い、惨状だった。白い、あるいは灰色の砂に点々と血の赤が撥ねている地面。転がる兵士たち。鼻血を流して呻く者。腕を押さえて動かない者。燃えた髪を両手で抱え込んだまま動かなくなった者。

砂漠のバザーを開いていた商人たちは、逃げている。或いは遠くで見ている。さっきまでは賑やかだった露店が、散乱し、踏み散らされている。商品を叩き割られた怒り心頭の商人と、命からがら逃げ出して無事を確認している者。

皆、ボクたちに憎しみの目を向けている。巻き込まれて怪我をした者はより一層に憎しみが深い。

 

「お前は正しいことをした。悪いのは俺だ。それでもお前が報われることは無い。感謝もされない。酷い理不尽だ。だから全部俺のせいにしてくれていい。()()()、な」

「……()()()?」

 

バルザックの声も、そして答えるボクの声も乾ききっている。

 

「俺が全ての悪の根源で、俺さえいなくなれば全ての問題が解決し、皆が幸せになれる。そうなれば一番話は早い。だけど世の中はそうじゃない。そんな単純には出来ていない」

 

ブライの体を支えるように肩を貸して、バルザックはボクに語り掛ける。

 

「わかりやすい正しさ。正義って言葉に人は騙される。正しくあろうとすることは良い。だけど、その正しさを他人に押し付けたり、自分さえ正しければ他のことはどうでもいい、ってことにはならない。このキングレオの兵士たちにも、あの盗品や偽物を売って金儲けをしているような連中にだって、そいつらなりの正義がある」

「……」

「サントハイムの国の中にだって、それぞれ意見や立場の違いがある。お前が女王として次のサントハイムの王位を継ぐのか。それとも誰か婿を取って、そいつが次の王位を得るのか。お前の父親が生きている間は大きな声にはならないだろうが、いつか、そういう話を嫌でも聞かされる日も来るだろうさ。どっちかが正しくて、反対側が間違ってる。そんなわかりやすい正解が存在しない話を」

 

ボクは短剣を見下ろした。ブライの血で汚れてるけど、柄のところにキングレオの国章が刻まれてる。獅子を模した国章が血で汚れてる。

 

「忘れるな、アリーナ姫。王族っていうのは、そういう答えの出ない問題を一生背負い続けることになる。実に面倒くさくて、割に合わない商売だ。贅沢な暮らしですら、面倒で窮屈なだけで息苦しい。……ああ、いや、そんなことは、もう知ってるか」

「うん、知ってる」

 

ボクは短剣をクリフトに渡した。受け取ったクリフトはありあわせの布で短剣をグルグル巻きにして仕舞い込む。

 

「バルザックって」

「なんだ」

「お城の教師よりもずっと厳しいね。ボク、こんなに厳しくて難しい問題を出す先生を初めて見たよ」

「ああ、わかるわ。バルザックって意地悪でホントに性格が悪いの。私だって魔法の授業で何度も頭を抱えたもの。イオナズンよりも上の魔法があるとか、聞いたこともないわよ」

 

マーニャが横から口を挟んできた。体は重くて疲れ切ってたけど、口元が少しだけ緩む。

 

「バルザックって、ずっと昔からこうなの?」

「私たちが知る限りでは、そうね。お父様に訊いても、あんまり昔から変わってないって」

 

ミネアまで一緒になってバルザックをからかって遊んでる。こんな状況じゃなかったら思わず声に出して笑ってたかも。

 

「お喋りはその辺にしておけ。一度城に戻って態勢を立て直すぞ」

 

旗色が悪くなったバルザックは、そそくさと話を切り上げて逃げ支度に入った。

最後にボクは周りを見回した。やっぱり周りの人たちはボクたちを憎々しげに見ていた。でも、見渡した限りでは死んでる人は誰もいなかった。泣いてる人もいなかった。ボクにとっては、それだけで十分だった。

 

「迷惑をかけて、ごめんなさい!」

 

誰にともなくボクは謝った。もちろんそれで許してもらえるとは思わなかったし、ただボクがそうしたかったから、そうしただけだ。

 

「姫様」

「うん」

 

ブライの傍に近寄る。ブライの手がボクの頭を撫でた。次の瞬間、ボクたちはルーラでサントハイムの城に飛んでいた。

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