ドラクエ4のバルザックに転生した   作:葛轍偲刳

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メイ(偽アリーナ姫)および一行の外見や言動については本作の捏造です


第四話:鍍金

「一体どうなっている!? まだ見つからんのか!?」

 

フレノールの街の宿では苛立たしげな怒声が響き渡っていた。

予定通りに、あるいは自分の思い通りに物事が運ばないことに多大なストレスを感じる人間は少なくない。しかし、ストレスに対する耐性は人それぞれである。辛抱強く自分の感情を制御することに長けた人間もいれば、僅かなストレスにさえ半狂乱になって周囲に当たり散らす人間もいる。キングレオの大臣は、明らかに後者寄りの人間だった。

予定では、もうとっくにフレノールの南の洞窟から『黄金の腕輪』が持ち帰られているはずなのだ。それをキングレオまで運んで献上する。ただそれだけの簡単な仕事のはずだったのだ。少なくとも、彼の主観においては失敗するはずもない簡単なことのはずだったのだ。無能な部下が、彼の足を引っ張りさえしなければ。

 

「さっさと盗人どもを見つけ出して来い! サントハイムの王族の許しはいただいている!」

 

彼の怒声は演技が半分、そして残りの半分は本心からの焦燥に炙られていた。

それを互いに不安に満ちた顔を見合わせながら聞いているのは、警護という名目で宿の一室に監禁されている旅芸人の三人だった。

 

「ねえ、もう帰りたいんだけど」

「俺だってそうだよ。こっちの仕事はもう終わってるんだから、とっとと解放してくれてもいいじゃねえか」

 

着替える服など持ち込んできてはいないので、決して着心地が良いわけでもない劇用の衣装を着たきり雀のまま着込んでいるしかないという有様。街の外に置いてきた荷物が盗まれていないかも気になって仕方がない。

尤も、そんな身近な悩みに頭を使っていられるだけ、今はまだしも幸福なのだとは知る由もなかった。

時と場合によっては『サントハイムの王族を騙ってキングレオの大臣を騙した大罪人』として口封じに殺されるか、あるいは騒ぎの責任を押し付けられてサントハイムに引き渡されるかもしれない、などとは想像もしていない。ただ金をもらって、依頼人から指定された筋書き通りに劇を演じただけだと思っていたからだ。

 

「タダで飯が食えて、ちゃんと寝床があるのも野宿するより百倍マシではあるんだけどね。あの金切り声を聞かされ続けるのはちょっとした拷問だよ。扉を閉めて耳を塞いでいても聞こえてくるしさぁ……」

「まあまあ、少しは落ち着いて下され、姫様」

「姫様じゃないし。ただの踊り子だし」

 

宥めてくる老人に唇を尖らせて言い返す少女は、蓮っ葉な態度で安物の染料が剥げてきている髪を掻き上げた。艶のない日焼けした金髪は地毛の栗色と混ざって斑模様になっている。

 

「はぁ、早く帰りたい」

 

そう呟いた少女は、宿の外の方から大きなどよめきと歓声が立て続けに上がったことに思わず眉をひそめた。何事かと窓に駆け寄って通りの方を覗き込む。宿の入り口付近に人だかりが出来ているのが見えた。

何かを担いだ数人の男たちが宿の中に入っていく。担がれているのは、動かない人間たちだった。明らかに怪我をしており、中には包帯でぐるぐる巻きにされている者さえいた。

 

「な、ななな、なんだ、こやつらは!? し、知らん! こんな者どもの顔など見たこともないわ!!」

 

扉の方からは、慌てふためいて声を裏返らせ、奇声に近い叫びを上げて目の前の現実から逃避を始めている大臣が騒いでいる物音が聞こえる。

だが、それすらも気にしている場合ではなくなってしまった。

 

「嘘、でしょ」

「いやいやいや、待ってくれ。冗談だろう?」

「儂らはただの旅芸人なんじゃがなぁ」

 

三人が三者三様に深々と歎息する中で、フレノールの街の通りでは大歓声が沸いていた。

 

「国王陛下、万歳!」

「サントハイム王、万歳!」

 

元々フレノールの街は王族の避暑地として知られていた。今もなお、王が国内を巡察する際は必ず立ち寄る街でもある。当代のサントハイム王の顔も、当然のように街の人々は見知っていた。

若い頃は武者修行として各地を旅し、当時はこの街にも一時滞在していたこともある。その娘であるアリーナ第一王女は公の場にはほとんど姿を現すこともなく、その顔を知っている者はほとんどいなかったが、王その人の顔を見間違える者はまずいない。

 

「皆の者、大儀である。サントハイムの民の安寧こそが余の喜びとするところ。皆の声を励みとしつつ、日々の政務に当たるとしよう」

 

ゆったりと手を挙げて民を慰撫する姿、その貫禄は王者に相応しい威厳に満ちていた。

 

「ちょっ……王様がこっちに来るよ!?」

「に、逃げ、逃げないと……」

「もう遅いじゃろ。というか、儂らは部屋の外にも出してもらえんことを忘れたのか?」

 

慌てふためく少女と男を見て、老人は悟り切ったように頭を振った。

 

「こ、こここここ、こ、これは、国王、陛下」

「どうした。キングレオの大臣よ。よもや余の顔を見忘れたか」

 

そして、おっとり刀で宿の主人と共に入り口に駆けつけて出迎えた大臣は、満面にびっしょりと冷や汗をかいていた。

 

「ど、どうしてここに……い、いえ、そうではなく! へ、陛下。実は、この街の宿に盗人が」

「ほう?」

 

慌てず騒がず、サントハイム王は蒼白になって地面に平伏する宿の主人を一瞥し、

 

「立つが良い。この件で宿の主人の責は問わぬ」

 

軽く言い捨てて、さらに足を進めた。安堵のあまり腰が抜けて逆に立てなくなってしまった主人はさておき、王が宿の中に入って行くとキングレオの大臣もそれに追従せざるを得ない。

 

「で、ですが陛下!」

「何か」

「盗人どもを捕らえ、我が国の宝を取り返してはいただけるのでしょうな!? 何しろ、あれはボンモールの国王陛下に献上するべき大事な宝であったのですぞ!? それを、サントハイムの領内で盗まれるなどと! 一体貴国の警吏は何をしておられたのでしょうな!?」

 

無礼と言われぬ程度の一線はわきまえつつも、抗議の口調で自己正当化に満ちた論理を展開する。自分は被害者なのだと強調し、サントハイムの落ち度を非難する。

 

「なるほど。そうか。それは気の毒なことだ」

 

王は立ち止まった。宿の廊下の中央で。そして振り向いた。階段を上り切ったばかりの大臣は、思わず階段を転げ落ちそうになるのを必死に踏みとどまった。

鷹か鷲をも思わせる鋭い眼光が大臣を射抜いている。間違っても、それは友好国の使節に向けて良いものではなかった。

 

「気の毒と言えば、貴国には同情する。いや、正確には貴国の兵士にだが」

「は?」

「食うにも困って、我が国の商人たちに追い剥ぎを働こうとするとはな。キングレオに仕える兵士とは、それほど貧窮しておられるのかな?」

 

表向きには深く同情し、憐れむように見せていながら、それは明らかに嘲弄であり、侮辱だった。キングレオの名にかけて許しがたい不遜な発言だった。

 

「な!? ぶ、ぶぶ、無礼な!」

「無礼か。では、証拠を出そう。まず一つ目、先に宿に運ばせた貴国の兵士だ。いずれも貴国の国章が刻まれた鎧、兜、盾を持っていた」

「し、知りませぬ! あのような者ども、私は見たこともありませぬぞ!」

「二つ目。――ブライ」

「はっ」

 

王の声に応えて、白髭を伸ばした老人が杖を突きながら階段を上ってきた。そのローブの胴には穴が開き、乾いた血で赤褐色に汚れている。

 

「我が国の宮廷魔術師にして大賢者、ブライだ。我が股肱の臣、よもや知らぬとは言わせぬ」

「ぬ、ぐ…っ」

「そのブライを傷つけた大罪は断じて看過できるものではない。ブライよ、見せてやれ」

「ははっ」

 

老人が懐から取り出した布を開くと、赤黒い血に汚れた短剣が姿を現した。短剣の柄にはキングレオの国章たる獅子の紋が刻まれている。

 

「こ、これは……し、しかし、これが本当に正しく我が国のものであるという証拠はありませぬ!」

「ほう?」

「そう! これは我が国を陥れようとする陰謀かと! この凶器も、我が国の兵士に偽装されたならず者どもも! サントハイムと我が国を仲違いさせようとする何者かの(はかりごと)かと! 陛下、騙されてはなりませんぞ!」

 

どこまでも見苦しく言い訳を続ける大臣を王は冷たく見下ろす。

 

「なるほど。では、この短剣は貴国から盗まれたものか?」

「左様です!」

「だが、それは、この宿で盗まれたという財宝とは別であることになるな? もしこの宿で盗まれたものであるのならば、今この瞬間まで何故それを言わなかったという事になる」

「……あ、いえ、それは」

 

サントハイム王は容赦なく追及した。

 

「短剣に、兵士たちの装備。鎧、兜、そして盾。これら全てが盗まれたものであるとするならば、実に奇妙なことだ。先ほど、そちは言ったな。『我が国の警吏は何をしていたのか』と。そっくりそのまま、余は同じ言葉を返そう。『貴国の警吏は、一体何をしておったのだ?』」

 

大臣は言葉に詰まった。

 

「そして、そうであるならば。この街の宿の管理体制とは別に、貴国の管理体制も問わねばなるまい。賊に盗まれるまで財宝は一体どこにあったのか。誰が管理していたのか。見張りは何をしておったのか。よもや、ボンモールに献上する予定の財宝の保管が、兵士たちの装備品よりも警戒が緩かったなどとは申すまい?」

「……」

 

真綿で首を絞めるように、王の言葉が大臣の首を締め上げていく。

これがまだ、相手がサントハイム城の下っ端の役人であったならば、多少の無理筋であったとしても大臣という権威でゴリ押すことも不可能では無かった。というか、そもそもそのつもりで大臣は高を括っていた。城から誰かが遣わされてくるにしても、せいぜい交渉事が得意というだけの木っ端役人。大臣である自分に言い返すことなど出来はすまい、と。

 

「どうした。何故、黙っておる。この宿に侵入した賊がどのようにして貴国の厳重な警備を掻い潜って財宝を盗み出し、そして脱出するにまで至ったのか。その詳しい経緯を言わねば我が国の警吏が賊を追うのも難しい。嘘偽りなく全てを語ってしかるべきであろうに」

 

だが、相手はサントハイム城の主。サントハイム王その人である。立場も権威も、何もかもが大臣よりも格上の存在。それに対して何が言えよう。

 

「その上、どうも聞き捨てならぬことも耳にしておる。この街の宿に、我が娘を名乗る者が滞在している、とか」

 

ここまでの会話を、薄く開けた部屋の扉の隙間から盗み聞きをしていた旅芸人一座の三人は震え上がった。

 

「ち、ちちちち、違います!!」

「陛下! どうかお許しを!!」

「どうか聞いていただきたい。この通り、お願いいたします!!」

 

扉の前に立っていたキングレオの兵士を押し退けるようにして部屋から飛び出し、三人揃って床に体を投げ出して平伏する。

 

「私たちは!」

「ただの旅芸人の一座でございます!!」

「王族を騙るなど、断じて!!」

 

床に頭を擦り付けて命乞いをする。

 

「な、な、何だと!?」

 

そして、あまりにも躊躇なく自白した旅芸人のあまりの勢いに一瞬だけ呆然としてしまったキングレオの大臣が慌てて声を上げる。

 

「旅芸人だと!? 我らにはサントハイムの王族を名乗っておきながら! この詐欺師どもめ!! 許せん!」

「そんな!」

「儂らは金をもらって、依頼された筋書き通りに即興劇を演じただけでございます!!」

「だいたい、大臣ともあろう御人がサントハイムの王族を本物か偽物か見抜けぬ方がおかしいのでは!?」

 

詐欺の片棒を担いでいた者同士の醜い仲違いを見ていた王が、これ見よがしに『本物の』ブライと『偽物』を見比べる。

 

「ふむ。ほう。旅芸人か。それにしても、確かに顔立ちは似てはおるな」

「陛下、御戯れを。ならば、儂は明日から()()()()()()()()()()()()()()、のんびりと昼寝を決め込みますぞ」

「なるほど、影武者にするか。まあ、そちらの旅芸人に魔法の心得があるかどうかにもよるが」

 

のんきな主従のやり取りを聞き咎めたキングレオの大臣は振り返って、必死の形相でサントハイム王に抗議する。

 

「何を仰せになりますか、陛下! このような詐欺師ども、即刻処刑するべきです!」

「無論、まずは取り調べをするとも。一体どこで、誰に、どのように依頼を持ちかけられて劇とやらを引き受けるに至ったのか。全てを詳細に調べねばならぬ。先ほど、そちが言った『キングレオとサントハイムの仲違いを目論む陰謀』とやらの関係かどうかも含めて」

「い、いえ、ですが、取り調べで素直に白状をするかどうか、それが真実を語っているかどうかも疑わしいのでは、と」

「話します!」

「全部、包み隠さず全てをお話しいたします!!」

「ですから、どうか命だけはお助けを!」

 

詳細な事情や経緯を白状されると何か困ることでもあるのか、急に歯切れが悪くなる大臣を横目に、旅芸人の三人は躊躇なく白旗を掲げた。

 

「殊勝なことである。そちの名は?」

 

サントハイム王から直々に名を問われた少女は信じられないとでもいうように目を丸くし、それからおずおずと答えた。

 

「……メイ、と申します。ただの踊り子で、名も無き旅芸人の娘です」

「踊り子か。ふむ、なるほど。そうか、踊り子か」

 

何かが王の琴線に触れたように愉快そうに含み笑い、そして傍らのブライも白い髭を撫でながら笑みを噛み殺していた。

 

「良かろう。メイよ、改めて我が娘を紹介しよう」

「え?」

「アリーナ、ここへ来い」

「はい、父上」

 

涼やかで、軽やかな声が応じた。トン、トン、トンと階段を上がる足音は優雅でありつつも軽快で、その足音だけでもわかった。この歩みの主は、窮屈なドレスや高いヒールの靴といった物に縛られることを良しとしない者であることを。

 

「……」

 

赤みがかった亜麻色の巻き毛に、トレードマークの青いとんがり帽子と同色のマント。そして動きやすさを第一に求めた若草色の服。その全てにおいてメイと呼ばれた少女とは正反対の装い。

世間一般で言われるような『お姫様らしさ』は無い。なのに、その品位と立ち居振る舞いは紛れもなく高貴の生まれであることを示していた。

 

「改めて紹介しよう。我が娘、サントハイムが第一王女アリーナである」

「よろしくね!」

 

どこか既視感があった。どこかで会ったことがあっただろうか。()()()()()()()()()()

 

「さて、キングレオの大臣よ」

「……」

 

サントハイム王に呼びかけられても、大臣は絶句したまま何も言えずにいた。『本物の』アリーナ第一王女は、サントハイム城の謁見の間で遠くから見たのとは全くの別人だった。ドレスも着ていない。ヒールの高い靴も履いていない。これでは、まるで街娘のようですらあった。

こうして偽物と見比べてみても、逆に共通点が無さ過ぎた。これでは、『よく似ていたので偽物だとは気付きませんでした』という言い訳すら出来ない。髪の色や身に纏うドレスの値段の問題ではない。()()()()()()()()()()

 

「どうした。何故、黙っておる」

「い、いえ。そ、その……」

 

主導権を完全に握られ、何一つ言い訳も口にすることすら許されず、キングレオの大臣は体を小さく震わせていた。

 

「ふむ。……ああ、そうそう。先ほど、そちは言っていたな。『キングレオの兵士に偽装したならず者』、であったか。その不逞な者どもが我が国で暴れた際に、奇妙なものを落としてな」

「!?」

「城で調べさせたが、どうも我が国のものではないようであるし、果たして何処の国から盗まれてきたものやら、と思っておったのだ」

 

思いがけず目の前に垂らされた救いの糸に、大臣は目の色を変える。

 

「クリフト。例の物を、これへ」

「はっ」

 

生真面目そうな神官服の少年が、両手で捧げ持つようにして何かを運んでくる。金色に光る、腕輪を。

 

「そ、それは!?」

「おや。見覚えがあるのか。もしやとは思うが、それが貴国の財宝か?」

 

間違いなく、腕輪だった。大きさからして指輪や足環と言えるほどのものではない。腕輪だ。それも金色の。

大臣も、自分の目で現物を見たことがあるわけではない。だが、間違いなく『黄金の腕輪』と言われていた物と、それは酷似していた。

 

「は、は、はい! 間違いなく、それは我が国の!」

「そうか。それは良かった。であるならば、これで問題は全て解決したというわけだ」

 

一も二も無く飛びついた大臣に、サントハイム王は悠然として頷いてみせてから、クリフトに腕輪を渡すように命じた。

 

「こちら、どうぞお確かめください」

「おお、ありがたく。陛下、この御恩は忘れませぬ。はばかりながらキングレオを代表して篤く御礼を申し上げます」

「結構。ならば速やかに発たれよ。エンドールへの旅の扉の門番には、貴国の使節団は最優先で通すように言っておく」

「心遣い、ありがたく存じます。それでは失礼を」

 

階段を転げ落ちるような勢いで大臣が駆け降り、そのまま宿を飛び出していく。

 

「今すぐ出発だ! 急げ!!」

 

護衛の兵士たちの都合を一切斟酌しない身勝手な命令を一方的に告げて、キングレオの大臣が宿から遠ざかっていく。慌ててそれを追いかけようとする兵士たちの気配や慌ただしい物音が聞こえてくる。

それをサントハイム王やアリーナたちは静かに聞いていた。

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