「それでね! その時にマーニャが『決まってるじゃない、 友達だからよ』って言ってくれて! ボク、すごく嬉しかった!」
「ははは、そうかそうか。いざという時にも助けてくれる友達は得難いものだ。大事にするといい」
砂漠のバザーでの大立ち回りを身振り手振りで説明しながら力説すると、父上はとても嬉しそうに笑ってくれた。
「それでね、最後の兵士が突っ込んできたんだけど。でも、ボクは動けなくて。そんなボクをブライが庇ってくれて」
あの時は本当に死ぬかと思ったし、ボクの代わりに刺されたブライが死んでしまうかもと思った時は身が凍るほどに怖かった。でも、それはきっとボクがテンペの村で生贄の身代わりになると言った時にクリフトとブライも感じたことなんだろう。
「だから、ボクの体を、ボクよりも大事にしてくれる人がいるんだって、わかった。だから、ボクも、もっとボクを大事にしなきゃって思ったんだ」
そう言うと、父上は少し黙った。それから、席を立って、わざわざボクのところに来て、大きな手でボクの頭を撫でてくれた。
「そうか。……そうか」
「父上?」
「その言葉をお前の口から聞くことが出来ただけで、余は、お前に城の外を見せることを許して良かったと思う」
「えへへ……」
こんな風に父上に手放しで褒めてもらえるのは久しぶりだった。叱られるのはいつものことだけど。
「王とは、王族とは、多くの民の命を担う責任を負う。確かに重荷ではある。重圧を感じることも一再ではない」
「父上も?」
「もちろんだ。お前ではないが、余とて城から逃げ出したくなる時もあるのだぞ?」
「ホント!?」
ビックリした。いつも父上は世界で一番立派な王様なのに。
「だが、な。もしも余が逃げたら、一体誰がこの城を守る? 妃が愛した城を、サランの街を、そしてサントハイムの全てを。余が、守るのだ」
「……」
「そして、何よりも。妃の忘れ形見であるお前を、余は、守りたい。だから、王座などという似合いもせぬ窮屈な場所に今も座り続けているのだ」
クシャクシャと父上の手が僕の頭を何度も撫でる。泣きたくなるくらい嬉しかった。ボクはずっと、父上のことを誰よりも立派な王様だと思ってた。ボクはお転婆で、いっつも父上に叱られてばかりで、父上に守られてばかりのくせに我が儘ばかりを言う全然ダメなお姫様で。サントハイムの第一王女なんて御大層な呼び名には相応しくないって思ってた。
「ボクは、父上の娘でいいの? 父上みたいに未来を見ることも出来ないし、お姫様らしくすることも出来ないし、母上みたいにお淑やかにもなれないし、体を動かすことしか出来ないダメな娘なのに」
だから、もっと父上の後を継ぐのに相応しい兄弟か、でなきゃ姉妹でもいればと思ってた。いつも叱られてばかりのボクじゃなくて、もっと父上に褒められるような王子か王女が他にいれば、ボクなんかよりもずっとこの国を立派に治められるのに、って。
「……この、大馬鹿者め」
父上はボクを抱き締めた。力いっぱい抱き締めてくれた。
「お前以外の娘など、要るものか。余には、お前だけで十分だ。余が心から愛した妃の、ただ一人の娘だ。余が心から愛する娘は、お前しかおらぬ」
ボクも父上の背中に腕を回した。王族は人前で涙を見せちゃダメって言われてたけど、無理だった。父上の胸に顔を押し付けて、ボクは泣いた。
父上はボクが泣き止むまでそのまま抱き締めてくれて、少し目元が赤くなってしまったボクのために侍女を呼んでくれた。
「もう大丈夫か」
「うん」
侍女に軽く顔に化粧をしてもらって、涙の痕を誤魔化してもらう。
例え嬉し涙だとしても、それは城の他の人にはわからない。ボクが泣いてた、なんて噂は、そんな噂が立つというだけでも城の人に要らぬ波を立たせてしまうから。
「アリーナよ」
「うん」
それが終わって、侍女を下がらせて。もうそろそろ父上も政務に戻らなきゃならない時間になると、ボクに向かって父上は口を開いた。
「キングレオの狙いは、もうわかっておるな」
「マーニャとミネアから聞いてはいるよ。あの国が『進化の秘法』っていう邪法を狙ってるらしいってことは」
「うむ」
父上は小さく頷き、少し迷うように口を開きかけてから、また閉じて。それからまた口を開いて、また閉じる。
「父上?」
珍しい。父上がこんなに言いあぐねるなんて。
「……」
「えっと……父上?」
また口を開ける。でも、何も言わない。何も言わずに口を閉じる。また口を開けて、何かを言おうとして、でも、また閉じる。
「父上?」
そこまでされて。絶望的なまでに察しが悪くて頭の回転の遅いボクは、ようやく
席を立つ。あまりにも慌ててたせいで、テーブルの上の茶器が下に落ちて割れる。けたたましい音が響いて、侍女たちが駆けつけてくる。
「姫様?」
「どうかなさいましたか?」
「父上が変なんだ! 急いで侍医を呼んで!!」
「は、はい?」
侍女はまだ状況が飲み込めないらしく、戸惑ったように父上とボクの間で目を往復させる。だって、父上は普通に座っているだけだから、何かがあったなんてわからないのだろう。
「さっきから父上が黙ったまま、何も言ってくれない!」
「…え?」
「ボクに何かを話そうとしてたのに、黙ったままなの! もしかしたら
「陛下が?……陛下? 陛下!?」
そこでようやく、侍女たちも異常だと気付いたらしい。
「誰か! 急いで侍医を!」
「かしこまりました!」
「ブライとクリフトも呼んで! 早く!」
「ただいま、すぐに!!」
「陛下!? ただいますぐに侍医が参ります。陛下、どうかお気を確かに!!」
侍女たちが互いに叫びながら慌ただしく動き始める。
なのに、父上だけが何も言わない。――
ついさっきまで、あんなに楽しくお喋りしていたのに。あんなに嬉しいことをボクに言ってくれてたのに。
『お父様が、最近――』
テンペの村の宿でミネアが不安を口にしていたことを思い出してしまう。違う。父上は、まだお元気で。
『この身も、そう長くはありませぬ』
静かに言っていたエドガンのことも思い出してしまう。違う。違う。そんなわけ。父上は、まだ。
『お前の父親が生きている間は大きな声にはならないだろうが、いつか、そういう話を嫌でも聞かされる日も来るだろうさ』
なんで、なんでこんなことを思い出すの? こんな時にだけ、思い出したくもないことを思い出してしまう。
ついさっき、化粧で誤魔化してもらったばかりの目元に新しい涙が滲んでしまう。泣いちゃダメなのに。今ここで泣いたら、本当に。本当に、そうなってしまいそうで。
「……に」
「姫様?」
「誰か、サランの街に! マーニャとミネアと……バルザックを呼んで! 早く!!」
誤字報告いつもありがとうございます。
ここから作中時間が数日ほど飛びます。この状況下でサントハイム王に何が起きたのかなんて読者の皆様には説明するまでもなくわかりきっていることだと思われますしおすし。