読者の皆様には心から感謝を申し上げます。また、感想と誤字報告もありがとうございます!
で、ご報告が一つ。ストックが尽きました。明日からは一日一回更新となります。
火花が散った。薄暗い塔の中で甲高い金属音が反響する。クリフトが掲げた腕に獣が牙を立てて噛みつくように、
瞼のないガラス玉のように無機的な目玉が、ギョロリと妙に生々しく動いてこちらを見る。それが不気味で気持ち悪い。
「何よ、これ! メ――」
「待て、メラは撃つな!」
思わず反射的に右手を突き出して魔法を使おうとした瞬間、後ろから飛んできたバルザックの声が私を制止する。
「そいつは人喰いサーベルだ! メラ系やヒャド系は効果が薄い! ルカニを使え!」
「わ、わかったわ! ルカニ! アリーナ!」
「クリフトから離れろ! てやぁっ!!」
横手からアリーナが飛び蹴りを喰らわせると、吹き飛んで塔の壁に叩きつけられた人喰いサーベルは、しかしゆっくりと体を起こすように再び浮遊する。
「新手に気をつけろ! そいつは仲間も呼ぶぞ!」
「――ピィーッッッ!!」
再び警告するバルザックの声に重なって、ギザギザの歯が生えた人喰いサーベルの口が口笛にも似た鋭い鳴き声を立てた。
「姉さん! 後ろ!!」
「!?」
寒気がする。もし棒立ちのままだったら首を切られていた。一瞬でも遅れていたら死んでいたかもしれないという恐怖が背筋を冷たくする。
「ありがとう、ミネア!」
「ルカニ!」
ブライが二体目の人喰いサーベルにもルカニをかける。
「よくも姉さんを! やぁぁっっ!!」
理力の杖の鋭い先端が魔力の輝きを宿して振り下ろされる。ルカニで硬度を下げられたサーベルの刀身が
「アリーナ、敵をよく見ろ! 一撃で倒せなかったのはお前の見切りが甘かったからだ! 落ち着いて確実に仕留めろ!」
「わかった!」
肩を大きく上下させて息を整えたアリーナが足を前に出して、魔物を手招く。
「さあ、来い! ボクが相手だ!!」
「――…シィィィッ!!」
弓に
「姫様!?」
クリフトが悲鳴にも似た声を上げる。それと同時に、アリーナが少しだけ首を傾ける。湾曲した刀身が頬を掠める。白い頬に横一文字に薄い切り傷が刻まれる。糸のように細い血が飛んだ。
「うん、速いね。でも、そんな見え見えの攻撃じゃボクは倒せないよ」
奥の壁の手前で急停止した人喰いサーベルの頭上に、跳躍したアリーナの影が落ちる。
「はっ!!」
体重を乗せた浴びせ蹴りがサーベルを床に叩きつけ、その足裏の下敷きになった刀身がバキンッ!と音を立てて折れた。
「ふぅ……」
「姫様、すぐに治療を」
「いいよ、これくらいならすぐに治るし」
「ですが……」
敵を仕留めて小さく息を吐いたアリーナにクリフトが近寄るが、治療は断られた。抗弁しようとするクリフトは、しかし言葉を切って周りを見回す。
「次から次へと、息つく暇もありませんね」
蝶の鱗粉のような、あるいは火の粉のような、妖しい光の粒がどこからともなく漂ってくる。
「チッ……面倒なのが来たな」
バルザックが忌々しげに吐き捨てるというだけで、この魔物の厄介さがわかる。
「ドラゴンバタフライだ。炎と氷の両方に耐性がある。おまけにラリホーも効きづらい。しかもさっきの人喰いサーベルは動きも直線的だったが、こっちは蝶のように動きが捉えにくい。魔法でも肉弾戦でも倒しにくい難敵だ」
手短に説明するバルザックの声に呼ばれたように、フワリフワリと宙を舞うように背中に蝶のような二対の翼を生やした小型の竜が現れる。それも一匹や二匹じゃない。
「なお、こいつらは見ての通り竜の仲間だ。つまり、火を吐く。一斉に火を吐かれたら、こっちの被害は洒落にならない」
「ちょっ…!?」
「逃げた方がいいんじゃない!?」
「この状況で逃げ切れるならな」
ジリジリと射線を相互に確保するように魔物が集まってくる。全部で四体。
「ブライの爺様」
「仕方あるまい。おぬしが先に撃って、儂が合わせる。で、良いな?」
「はい」
ブライが杖を掲げた。バルザックが両手を広げた。
「あるいは、ひょっとすると二人がかりでも倒しきれんかもしれん。撃ち漏らしは火を吐かれる前に即座に仕留めろ。あとは……口を塞いで、息を止めろ!」
その鋭い声に思わず手で口を塞いだ。私だけじゃなくて、ミネアとアリーナも。
「「ヒャダルコ!」」
氷結系の対集団用攻撃魔法。それも二重奏となった冷気の衝撃波が浮遊しているドラゴンバタフライの群れを串刺しにする。凍り付いた蝶のような二対の翼が脆くも砕け、小さな竜の胴体を氷の棘が貫通して、一斉に火の息吹を吐こうとしていた魔物の開いた口に冷気の刃が突き刺さり、喉笛まで縫い留める。猛烈な冷気に晒された四体の小型竜は空中で凍りつき、重力に引かれて塔の床に転がり落ちるように墜落した。
「やった……」
それを見ているだけの私たちの瞼にさえ霜が降りるのではないかと思えるほどの冷気に、思わず呟いた声すら白く曇った。
「油断するな。クリフト、念のために翼を踏んで砕いておけ。それで動けなくなる」
だけどバルザックは油断しない。全身に鎧を着こんでいるクリフトでさえ寒そうにしているのに、容赦なく追い打ちをかけるように指示を出す。
パキパキと氷を踏み砕くような音と共に凍り付いた魔物の羽が粉微塵になる。
「あ、それ楽しそう! クリフト、ボクもやっていい?」
「姫様、これは遊びではないのですが」
「いいじゃない、別に」
アリーナも一緒になって氷漬けになった魔物を靴で踏んで回る。
「すごい魔法ね」
「あまり気軽に乱発したい魔法じゃないが、今回は撃つべきだと判断した。下手に長期戦になると、傷の回復が追い付かなくなる可能性もあったからな」
褒めたつもりなのに、当のバルザックは何一つ態度が変わらない。
いつも、そう。私やミネアが褒めても、どんなに凄いと思っても、当のバルザックは淡々としてる。
逃げ込んだモンバーバラの街で私たちを養うために手っ取り早くお金を稼ぐのに虫除けの線香を作るのを思いついた時も。
コーミズ村を通って私たちが無事にハバリアの港まで行くために隊商に潜り込む算段をつけた時も。
お父様を助けるためにアッテムトの坑道から火薬壷を運んできてキングレオの城の地下牢まで侵入する手はずを整えた時も。
広い外の世界を見たがってるアリーナのためにサントハイムの旅を計画して、しかもその途中でキングレオの悪だくみまで暴いても。
――今だって、アリーナやサントハイムの王様のために危険な橋を渡ってるのに。
私たちでは思いつきもせず、私たちの誰にも出来ないことをやっているのに、それで私たちを助けてくれているのに。それで私たちが感謝しても評価しても、当のバルザックだけがそれを受け取ろうとはしない。
それが、すごく苛立たしい。昔からそうだったかもしれないけど、最近は、特に。
「マーニャ? どうかしたか?」
「……。別に。何でもない」
今も何も気付いてないバルザックの顔から、気付いたら睨むように見上げてしまっていた目を逸らす。ミネアが宥めるように私の肩を手で軽く叩いた。それで気持ちを切り替えることにした。今は、そんなことを考えている場合じゃない。今はまだ塔を上る途中で、まだまだ危険な魔物がこれからも出てくるんだから。
「ミネア、お水ちょうだい」
「はい、姉さん」
「よし、ちょっと一息入れるか。アリーナ姫、さっきの頬の傷の血止めだけはしておけ。放っておくと化膿するかもしれん」
「はーい。クリフト、お願い」
「かしこまりました」