ドラクエ4のバルザックに転生した   作:葛轍偲刳

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終わる予定が思ったより長くなってしまったので二つに分けます。


第六話:鳴かない金糸雀

サントハイム王が鋼の全身鎧と鉄仮面で顔を隠し、お忍びでサランの街の宿に足を運んだのは夜も更けた時分のことだった。

魔物が蔓延る世界では全身鎧姿の客が訪れることも珍しくない宿の主人は慣れているように何も言わない。果たして鎧の中身に気付いているのかいないのか、例え気付いているとしても余計な詮索はせず、賢くも沈黙を守っている。

 

「ようこそおいでくださいました、陛下」

 

エドガンの部屋に入った王は無言で頷くと、その後にアリーナとブライが無言で続き、最後尾のクリフトが静かに扉を閉めるのを確認してから鉄仮面を外した。

 

「父上、これが囀りの蜜だよ。甘いのは好きじゃないだろうけど、我慢して」

 

そう言って(アリーナ)が小瓶に指を入れようとしたのを見て王は思わず目を見開き、マーニャとミネアが慌ててそれを止める。

 

「ちょっ、ちょっと、アリーナ!? まさか指につけた蜜をそのまま舐めさせるつもり?」

「? そうだけど?」

 

全くわかっていないアリーナが小首を傾げると、バルザックは小さく歎息した。

 

「甘いものが苦手な人間に、そんなにいっぱい舐めさせようとするな。俺が薬湯の調合に使う茶匙を貸してやる」

 

そう言って差し出されたのは、匙というより耳かきに使うようなヘラに近い細さで、アリーナの小指の爪よりもさらに一回り以上も小さかった。それを見た王は小さく安堵の息を漏らし、ブライは思わず笑いを噛み殺す。

 

「えっと……本当に、たったこれだけで大丈夫なの? もっと舐めさせなくてもいい?」

「効果があるかどうかは実際に舐めさせてみてからの話だ。とにかく大量の薬を飲ませれば病気が治るのなら、この世に医者など要らなくなる」

 

不安そうに訊いてくるアリーナにバルザックが言い返したので、それで納得したように匙の先端を蜜に差し入れる。一滴の蜜を掬い取った匙の先端をサントハイム王の口に運ぶ。

王も王で甘いものが本当に苦手と見えて、口元に近づけられた匙を嫌そうに見つめながらも渋々と口を少しだけ開き、匙の先端を銜える。

 

「……父上、どう?」

 

王が口を微かに動かし、喉が小さく上下する。アリーナを筆頭にクリフト、マーニャとミネアらが固唾を飲んで見守る中、王は手で自分の喉に触れ、微かに口を開けた。

 

「――ぁ、む、ん。んんっ……あ、あー……」

「父上!?」

「陛下?」

「あー……おお、声が……戻ったぞ」

「父上!」

 

囀りの蜜の小瓶を匙ごとブライに押し付けてからアリーナが飛びついた。ブライは瓶の蓋をしっかりと閉めてから匙と共にバルザックに渡し、深々と安堵の溜め息を漏らした。

 

「陛下、無事の回復をお喜び申し上げますぞ」

「うむ。苦労をかけたな、ブライよ」

 

父親の胸に抱きついて喜びにむせび泣いている(アリーナ)の頭を撫でながら王が応じると、ブライは小さく頭を振った。

 

「いえ、儂など今回は何のお役にも立てませんで。陛下の不調に囀りの蜜が効くとの話は、こちらのエドガン殿が発端。それを手に入れるための手はずを整えたのは弟子のバルザック殿の手柄ですじゃ」

 

寝床から上体を起こしたエドガンは静かに頭を垂れ、その横に控えるバルザックも黙礼した。

 

「そうか。エドガンにバルザックよ。大儀であった」

「恐れ入ります。とはいえ、儂はこれこの通り安全な場所で寝ていただけで何もしてはおりませぬ。お褒めの言葉はこちらのバルザックに」

「それもこれも師の薫陶あってのことでございます」

 

謙虚な師弟の返答に王は頷き、改めて(アリーナ)の頭を撫でた。

 

「苦労をかけたな」

「ううん、ボクは、父上が元気にさえなってくれれば、それだけで……」

 

涙声で答えるアリーナが父親の胸から顔を上げ、照れの混じった泣き笑いを浮かべる。

その横顔を見ているクリフトが思わず貰い泣きをしかけて慌てて顔を伏せた。

 

「陛下」

「何か」

「これはブライ翁とも相談してのことになりますが、陛下の快癒については城にも伏せておいた方がよろしいかと。少なくとも、明朝までは」

「おい」

 

部屋に広がる喜びの空気に水を差すような物言いをするバルザックに思わずオーリンが肩に手を置くが、すげなく振り払われる。

 

「どういう意味か」

「素性も怪しげな錬金術師、それも異国の者が用意した品で陛下が回復なさったとなれば、城の侍医の面目が立ちませぬ。もちろん第一王女殿下の御尽力はあったとしても、それらの原材料を基に良薬を調合し、陛下を快癒せしめたのは城の侍医の手柄とするべきかと」

「ちょっと、バルザック。それでいいの?」

「陛下が回復したのはあくまで結果論だ。今回はたまたま囀りの蜜が効果を上げたからといって、王族が城の侍医を信用せずに薬の服用や治療を拒むようになってはならないだろう。怪我人や病人の治療に医師は欠かせない。錬金術師に医療の心得が全く無いわけじゃないが、さすがに専門家とまでは言えない。本職に任せるべきことは任せるべきだ」

 

淡々と説明するバルザックの顔をマーニャとミネアが複雑な表情で見つめる。エドガンは無言で髭を手で撫でている。

 

「なるほど。ブライよ、そちはどう思うか」

「はっ、陛下のご下問に奉答いたします。幸いにして陛下の症状は外見に表れるようなものではなく、声を出すことなく黙っている限りは快癒なさったかどうかの判別が適うものではありませぬ。バルザック殿の口上通り、城の侍医の薬を飲んだことによって初めて回復した、という段取りを整えることは難しくはないかと」

「でも、ブライ。それじゃバルザックが……」

「いいんだ、アリーナ姫。囀りの蜜なんてものが無くても、城の侍医がいずれ何らかの特効薬を発見していたかもしれない。ただ、それじゃ()()()()()()()()()()()()()()から、俺が余計な手出しをしただけだ」

 

サントハイム王を筆頭にアリーナたちと、そしてエドガンたちを含めて全部で9人もの人間が詰め込まれた部屋の中に不自然な沈黙が落ちた。

誰もが何かを言おうとして、しかし何も言えずにいるような束の間の静寂。その中で、勇気ある先陣を切ったのはアリーナだった。

 

「ねえ、バルザック。あの囀りの塔で言ったこと、なんで何も話してくれないの?」

「何のことだ」

「……」

 

しらばっくれるというより、本気で言っているように見えるバルザックに、アリーナも思わず言葉を失う。

 

「陛下」

「どうした、ブライよ」

「陛下が声を封じられたのは地獄の帝王について言及しようとなさったがゆえのことだと、囀りの塔でバルザック殿が推察されましてな。(まこと)でありましょうや?」

「ほう? 一体どのようにしてその結論に辿り着いたのかは知らぬが、うむ、相違ない。余の悪夢に恐ろしい怪物が現れて、地上の全てを破壊しているのが見えたのだ。悪夢そのものは前々から見ないわけではなかったが、エドガンらから『進化の秘法』について耳にしてからは度々それを見るようになり、特にキングレオからの干渉を境にここ最近は毎夜それが続いておった。ゆえに『進化の秘法』と余の悪夢に何らかの関係があるのではと疑い、(アリーナ)にもそれを伝えておこうと思った矢先――」

「急に声が出なくなった、と」

「うむ」

 

そこまで確認してから、ブライはバルザックへと視線を戻す。

 

「おぬしは囀りの塔で言っておったな。『血筋』や『単語』の問題ではない、と。よもや姫様を囮にしてそれを確かめたのか、と、儂としては咎めるべきところかどうかを迷っておる」

「……」

「とはいえ、それはひとまず脇に置こう。おぬしに罪があるとすればそれを裁くのは陛下であろうからな。儂が先に尋ねるべきは別のことよ。――すなわち、『導かれし者たち』とは何ぞや」

 

その静かな問いに答えたのはバルザックではなかった。

 

「元々キングレオの王家には、地獄の帝王に関する伝承が伝わっておりました。『進化の秘法』にまつわる資料も、その多くがそれに付随するものでした。おそらく、地獄の帝王に対抗する手段を何とかして見つけ出そうとして、その力の秘密である『進化の秘法』を解き明かそうとしたのでしょうな」

「エドガンよ、(まこと)か?」

 

老いた錬金術師は静かに頷く。

 

「ふむ。で、『導かれし者たち』とは?」

「真偽は不明ですが、太古に封印された地獄の帝王は、いずれ復活する。しかし、これに対抗し、打ち倒す者が必ず現れる、という予言が各地に伝わっております。『導かれし者たち』というのは、その予言に基づく呼び名ですな」

「なるほど」

 

小さく頷くサントハイム王の腕をアリーナが軽く引いた。

 

「あのね、父上。それでバルザックが、ボクたちも『そう』だって言ってたんだ。ボクやクリフト、それにブライも『導かれし者たち』だって」

「ほう?」

 

チラリとバルザックを一瞥したサントハイム王は、しかし何故か驚く様子を見せなかった。

 

「バルザックが、か。何故それを知っているのか――と問う前に、余はこれを先に言っておかねばなるまい」

「え?」

(アリーナ)よ。確かにお前は『導かれし者たち』だ。お前はいずれ勇者と呼ばれる者と旅をする定めにある」

 

父親から告げられたアリーナが目を丸くする。

 

「マーニャとミネアよ。お前たちも『お告げの祠』で託宣を聞いたのだろう?」

 

サントハイム王と同じように、エドガンもまた二人の姉妹に告げる。

 

「お父様?」

「は、はい。ですが、それはオーリンとバルザックも……」

「どうしてバルザックが『自分はそうではない』と考えるに至ったかまでは儂にもわからんが、少なくともお前たちは『導かれし者たち』だというのは儂も同意する」

「……」

「これは、今は亡きキングレオの先王陛下からの言付けでもある。いつか、自分に代わって伝えてくれと仰られていた」

 

マーニャとミネアは互いの顔を見合わせる。まだ幼い時分の名も無き漂泊の民(ジプシー)の娘である自分たちに目をかけて、わざわざ城にまで招こうとしてくれたキングレオ王は、まさかあの時から自分たちの未来を知っていたのだろうか。

 

「父上、どうしてボクが『そう』だってわかるの? 未来が見えたの?」

「そうとも。余が、今のお前よりもさらに幼い頃にな。余の娘が、()()と共に広い世界を旅しているのを夢に見たのだ」

「陛下。そのようなこと、この儂にしても初めて聞きましたぞ」

「許せ。余がこのことを誰かに話したのは余の妃に求婚した時にのみだ。若き日の余が武者修行の旅をしたのも、いずれ余の娘が旅をするであろう外の広い世界を、余も自らの目で見ておきたかったのだ」

 

優しく(アリーナ)の頭を撫でるサントハイム王は、慈しむような笑みを浮かべていた。

 

「わかっていたのだ。いつか余の娘が余のもとから離れていってしまうことは。わかっていたとしても、それでも余はお前に傍にいて欲しかった。余の我が儘だ」

「父上……」

 

嬉し涙に暮れるアリーナが再び父親の胸に顔を伏せる。クリフトも貰い泣きの涙を禁じ得ずに顔を俯かせる。

 

「――…オーリンよ。そこの鳥かごを、儂のところへ」

「先生?」

 

その時、寝台の上からエドガンが指示を出した。何故ここでと思いつつも、オーリンが部屋の隅の鳥かごを持ち上げる。

一体何事かとアリーナとクリフトが顔を上げ、マーニャとミネアもまた養父の手元に目を向けた。

 

「バルザック、囀りの蜜を」

「はい、先生」

 

鳥かごから出されてエドガンの手に移った小鳥に、バルザックが新しい匙で一滴の蜜を差し出す。

嘴で微量の蜜を啄ばんだ金糸雀は、やがてエドガンの手の上で美しい澄んだ声で囀り始めた。

 

「わぁ……」

 

ピロロロロ、キュィキュィ、ピュルルル――甲高くも澄んだ囀りは涼やかに響き、サランの街の夜を賑わせた。その声はおそらくサントハイムの城にも、あるいは天上の彼方にまで届いたかもしれない。

 

「綺麗ね」

「そういえば、ボクはこの子の声を初めて聞いたかも! こんなに綺麗な声で啼くんだ!」

 

オーリンとクリフトは少しだけ外を気にする素振りを見せた。昼ならばともかく、今は夜だ。あるいは眠りに就いている者も既にいるかもしれない。もしかしたら眠りを妨げてしまうことになるのでは、と、当然の危惧を抱いたのだ。

だが、その心配は無用のものとなった。

 

「――……え?」

 

囀りに聞き入っていたアリーナが驚いたように目を丸くした。マーニャとミネアは、それを予期していたように唇を噛んだ。

ひとしきり美しい声で囀っていた金糸雀は、だが、しかし、それで最後の力を使い果たしたように静かにエドガンの手の中で動かなくなった。

 

「とても良い声だった。すまなかったな。儂の為に最後の力を使わせた」

 

動かなくなった小鳥の頭を指で撫でて、エドガンは小さく呟いた。

 

「エドガンよ。そちは知っておったのか」

「はい、陛下。この鳥がもはや余命いくばくもないことはわかっておりました。ですが、逝ってしまう前に、せめてもう一度啼かせてやりたい、と。儂の我が儘で無理をさせてしまいました」

 

サントハイム王は(アリーナ)の頭を撫でる。

 

「アリーナよ。お前は死者を看取ったことはあったか」

「…ううん、ない」

「ならば、どうする。遠くキングレオの地から、このサントハイムにまで共に旅をしてきた姉妹(友人)()()()()()を、お前はどうやって見送る」

 

ハッとしたようにアリーナがマーニャとミネアを見た。まだモンバーバラの街で生活していた頃から世話をしていた小鳥の死は、例え予期していたものであったとしても姉妹にとって堪えるものだった。

 

「あ、あのさ、マーニャ、ミネア」

「……」

「お葬式、しようよ。この子の」

 

堪えようとして堪え切れない涙が滲む潤んだ二対の紫の瞳がアリーナを見る。

 

「サランの街でもいいけど。もし良かったら、お城の片隅にお墓を作ろうよ、ボクと一緒に。三人で」

 

オーリンもバルザックも黙ってそれを見守っていた。まだ子供でしかない三人が、身近な死を受け入れる為には必要な儀礼だった。

 

「ボクの母上のお墓はお城にじゃなくて、ずっと南の王家の墓地にあるから、そこまで運んでいくわけにはいかないけど。でも、もしこの子が母上のところにまで飛んで行って、さっきの綺麗な声で啼いてくれていたりしたら、きっと母上も喜んでくれると思う」

「うん…」

「…そうね」

 

とうとう堪え切れなくなったように静かに嗚咽を漏らす姉妹の頭を、オーリンとバルザックの手が撫でた。

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