いつも誤字報告ありがとうございます。
これで第四章は終わり、幕間を一つ挟んで第五章になると思います。
翌日。金糸雀の埋葬は、マーニャとミネアの希望で
サントハイム城の前庭には庭師が丹精込めて整えた花壇がある。その近くの地面を浅く掘り、土を露出させる。その上に死んだ金糸雀の体を置き、その上に
「死せる魂に安らぎを。流るる水と風が、その魂を天へと運び去らんことを」
マーニャが舞い、ミネアが歌う。少し離れた回廊の柱の影からブライとクリフト、そして俺が静かに見守る中、姉妹の歌が響く。
「お別れは辛いけど、この子はまた生まれ変わって、今度はもっと自由に空を飛べるようになるよ。だから、あまり悲しまないで」
アリーナがそう告げると、二人は静かに頷いた。
「「さようなら」」
最後に手を繋いだ姉妹が異口同音に告げて、マーニャがメラの魔法で火花を散らした。指先に灯された無数の火の粉がゆっくりと舞い落ちていく。まるで赤く色づいた雪のように。
火の粉は振りかけられた香油と
ゆっくりと立ち昇る煙をアリーナと二人の姉妹が見上げている。
「バルザックよ」
「これは陛下。御無礼を」
「良い」
後ろから声をかけられて振り向くと、サントハイム王が立っていた。ここも一応は城内とはいえ、供の一人も連れてはいない。いや、門番の兵士がさりげなく俺に注意を向けてはいるか。
「
静かな声で言いながら、サントハイム王はアリーナの背中や、そこに肩を並べているマーニャとミネアを見ている。
「恐れ入ります」
「
「……」
やはり、あの一幕の不自然さには王も気付いていたか。
幾ら死期が迫っていたとはいえ、あのタイミングでエドガンが小鳥をわざわざ鳥かごから出して囀りの蜜を与える必要などありはしなかった。だが、俺に対する追及をうやむやにするという一点のみを考えるならば辻褄は合う。『進化の秘法』、地獄の帝王、そして導かれし者たち。やむを得なかったとはいえ、天空城の住人であるエルフを喰いつかせるためには原作ゲームにおけるキーワードを惜しみなく使うしかなかったのだ。
何故なら、原作ゲームにおいて囀りの塔で花を摘んでいたエルフたちが塔の最上階まで上がってきたアリーナたちを見て慌てて逃げ出し、その際に囀りの蜜を落としていったという展開はどう考えても偶然の産物でしかない。そして俺やマーニャとミネアが同行しているという時点で、ゲームと全く同じ展開が再現されるなどという期待は間違ってもしてはならなかった。
「正直に言えば、余は疑っておった。そちがキングレオが忍ばせた間者ではないか、とな」
非礼は承知で、横目で王を窺う。相変わらずアリーナたちの背中を穏やかな眼差しで見ている。表情だけを見ていれば一人娘を溺愛する子煩悩な父親だろう。
「俺がサントハイムの信用を得て、懐に潜り込む。その上で情報を流す、あるいは策謀の手駒となる。そういうことでしょうか」
「うむ。そちの打つ手があまりにもキングレオの策を
さすがは一国の王というべきだろう。これほどの猜疑心を心の内側に飼い馴らしているとは。
「では、何故その疑いを晴らされたのでしょうか」
「晴らしてなどおらぬ。今も疑っている。余はサントハイムの王ゆえ、今は亡き妃と
「ごもっともかと」
政治とは、あるいは外交とはそういうものだろう。国家には永遠の敵も永遠の味方も存在しない。状況次第で幾らでも敵と味方は入れ替わる。
一時の怨恨や怒りや悲しみと言った私情を引きずって国益を損なうような王は、王冠を担うには相応しくない。
「だが、そちは囀りの塔で自らは『導かれし者たち』ではないと言明したそうだな」
「はい」
「他の点はともかく、その一点のみは奇妙だ。そちが何故、そこだけは
なるほど、そこで引っかかりを覚えたのか。まあ、さすがに
逆に、もしそれが見えていたのならアリーナの成長を待つまでもなく即座に王自身の手で俺を殺していることだろう。
「俺では、地獄の帝王の相手は荷が重すぎます」
「それは謙遜か。あるいは韜晦か」
「本心です」
俺とサントハイム王の間に流れる張り詰めた空気に気付いたのか、クリフトが様子を窺ってきている。隣のブライに杖で軽く背中を叩かれて、慌ててアリーナたちに目を戻したが。
「ならば、
「否、と申し上げれば信じていただけるのでしょうか」
「そちの言ならば、
逆にアリーナの攻撃力抜きでゲームをクリアしようとする方が難易度は高くなるので、それは無理な相談なんだが。
「第一王女殿下は既にオーリンと肩を並べかけております。あの御年で。そして、もう間もなく追い抜き、さらなる高みへと至るでしょう」
「……」
「マーニャとミネアも、そしてクリフトも同じです。既に俺を追い抜くのは時間の問題に過ぎません。才能の問題ですらないのです。『導かれし者たち』と、そうでない者とを分ける絶対的な壁があるのです」
「そうか。そちは、そう考えるのか」
王は俺に向き直った。内心を窺わせぬ静かな目が俺を見据える。
「バルザックよ」
「……」
「既に頼んだことではあるが、やはり今一度そちに頼むとしよう。――
はぐらかしようもないほどに真正面から言われてしまった。こうなると何とも断りづらい。
「それは一体、どういう意味でしょうか」
「そちも知っての通り、キングレオの一行はエンドールを経由してボンモールへと向かった。
「……いえ、ありえないかと」
「ならば、それを探る必要がある。
エンドールで武術大会が開かれているという話はオーリンたちからは何も聞いていなかったが、まさかこうなるとは。
「必要とあらばボンモールまで足を延ばすことも認める。かの国のリック第一王子は、父親のボンモール王としては年の近いモニカ姫か、あるいは
待て。待て待て待て。俺は内心で頭を抱える。エンドールのモニカ姫と、そしてボンモールのリック王子だと?
その話が来るとなると、どう考えても勇者の仲間の一人である妻子持ちの武器屋の顔が思い浮かぶんだが。
「
しかも、その口ぶりだと余計に心配になる。まさかキングレオに向かって出兵の準備を始めようとしていたりしたらどうなるか。まさかとは思うが、サントハイム城の失踪事件の引き金を引いたのが実は俺だった、なんてことになったりはしないだろうな。
「差し出がましいとは承知の上で申し上げます」
「許す。申せ」
「はっ、最悪の場合、サントハイムがキングレオと本格的に戦端を開くこともお考えでしょうか」
「……何故そこを気にする。そちにとって、何か不都合でもあるのか。エドガンを冤罪で投獄された恨みを晴らす好機であろうに」
「それとこれとは別の話でございます。特に、陛下の不調の原因については未だ不明なことが多すぎます。陛下の娘であらせられる第一王女殿下が地獄の帝王について言及しても何も起きず、俺や
「……」
「これは単なる可能性の問題ですが。陛下の不調がサントハイムの歴代の王に受け継がれるという未来予知の異能に警戒する
空気が重くなる。俺の背筋にじっとりと冷や汗が滲む。すぐ隣に立つ王からの重圧が恐ろしくてたまらない。アリーナたちが振り向くと、すぐにそれは消えたが。
「……そちの言には一考の価値はある。もし
「はい」
「なるほど。それでは軽々には動けぬな」
「父上! 来てくれたの!?」
俺たちの会話など露知らずにアリーナが駆け寄ってくる。
「うむ。侍医の薬を飲んで声も戻ったのでな。今は城の者たちに労いの言葉をかけているところだ。余が不調の間、つつがなく城を保っていてくれたことを慰労せねばな」
何食わぬ顔で応じるサントハイム王は、俺の都合など斟酌せずにアリーナに切り出した。
「それはそうと、お前にはエンドールに行ってもらおうかと思っておる」
「え!?」
「お前がサントハイムの国内だけに留まらず、もっと広い世界に足を延ばすための第一歩となるであろう。無論、お目付け役はつけるが」
「クリフトとブライ?」
「うむ」
「マーニャとミネアと……バルザックも?」
おい。なんでそこで少し言い淀んだ? オーリンの方が良いって言うなら、俺は喜んで代わってやるぞ。
「良かったわね、バルザック」
「まだまだ退屈はせずに済みそうですよ。アリーナと姉さんのお守りの仕事で」
マーニャとミネアも戻ってきていた。二人の手は土で汚れていた。荼毘に付した金糸雀を自分たちの手で丁寧に埋葬したのだろう。そうすることで心に一区切りをつけたのか、俺に笑いかける顔に陰りは見えなかった。
「ちょっと、ミネア。アリーナはともかく、なんでそこで私まで引き合いに出すのよ」
「それはもちろん、エンドールに行ったら姉さんがカジノにフラフラと吸い寄せられたりしないように監視してなきゃいけないもの。私とバルザックで」
「そうだな。もしマーニャがスロットマシンに夢中になっているのを見つけたら、ブライの爺様にルーラで連れ戻してもらってエドガン先生に叱ってもらうとするか」
俺は頬を膨らませるマーニャの頭を宥めるように撫でた。残念ながら、俺の苦労はまだまだ終わってくれそうになかった。