クリフトは出木杉君枠。バルザック君は意地の悪い家庭教師枠です。
キングレオの大臣がそうであったように、一国の使節とは国の
僅かな失言で揚げ足を取られ、かといって沈黙すれば付けこまれる。補佐役の自分も可能な限り援護する。だが、やはり姫様がご自分の口で語られるかどうかは良くも悪くも発言の重みとなって現れる。
無用の発言は出しゃばりと嫌われ、慎ましく黙り続ければお飾りかと侮られる。
「えっと……クリフト? これ、何?」
「サントハイム城の公文書庫から取り寄せたエンドールに関する歴史、政治、経済、外交に関わる資料一式です」
頑丈なはずの勉強机の脚が毛足の長い厚手の絨毯に沈み込んで見えるほどに机上にうず高く積み上げられた分厚い文書の山を呆然と見上げているのは、この部屋の主の姫様だけではない。
「ちょっ……なんで私たちまで!?」
「あの、これってどう見ても軽く目を通すだけでも一日や二日で終わる量じゃないんだけど……」
姫様の隣に並ぶマーニャ嬢とミネア嬢もすっかり腰が引けてしまっているが、しかし、その二人の肩を抱くバルザックは満面の笑顔だった。
「お前たちもアリーナ姫と一緒にエンドールの城に上がるとするなら、いつ、どんな相手から話しかけられるかもわからん。いや、むしろ物珍しさから寄ってくる連中も多いだろう。で、そんな時に迂闊にも何か失言をしてみろ。恥をかくのは主賓扱いのアリーナ姫とサントハイム王国だぞ」
「で、でも! そんな時のためにバルザックがいるんじゃないの!?」
「もちろん、俺も一緒に勉強するとも。だが、生憎と俺の口は一つきりでな。二人、三人と寄って集ってこられたらどうなる? モンバーバラの酔っ払いと同じように対応するのか? エンドールの城の中で?」
「うぐぐぐ……」
二の句が継げずにいるマーニャ嬢の横で、真っ先に立ち直ったミネア嬢が机の上から書類を一枚取る。
「クリフト、私たちにいきなり専門的な高度な話題を振ってくることはないわよね? もしそうだったら『私たちは子供だから、難しいことはわからない』で逃げられるもの」
「ええ、はい。そうですね。まずはエンドールの街並みや店の品揃えといった軽い話題から入るのが定石かと」
「じゃあ、エンドール城や城下の街の建築物の歴史関係とか、経済面での主な交易の取り扱い品目とか、その辺りから始めればいいのかしら」
少し感心する。少なくともミネア嬢は効率的な勉強のやり方を既に心得ている。
それこそ姫様よりも遥かに、とは、例え思っていても口には出せない感想になってしまうが。
「その辺りの資料でしたら、こちらの山に。侍女に言って別の卓も用意させましょうか」
「読書に集中しやすい飲み物と軽くつまめるお茶請けも欲しいわ」
そう言って適当に書類を二つ、三つと小脇に抱えて手近なソファに腰を下ろすミネア嬢は放っておいても大丈夫だろう。下手に手を出す方がかえって勉強の邪魔になる。
自分は何から始めればいいのかもわかっていない姫様の補助に専念するべきだ。
「姫様」
「え?」
「これら全てを全て、必ずしも一言一句まで残らず暗記しろとまでは申しませんが。最終的にブライ様の出す試験問題に合格しなければエンドールへの旅の扉の通行許可は出さないとの陛下の仰せです」
「父上ぇっ!?」
「その問題は俺にも見せてくれるか? ミネアはともかく、アリーナ姫とマーニャは資料の読み込みだけでも時間がかかりそうだからな。その間に問題に手を入れたい」
「バルザック!?」
絶対に難しくて意地悪くするつもりでしょ!?とマーニャ嬢が叫んだ。その程度の声ではバルザックの笑顔はこゆるぎもしなかったが。
「いや? そんなことはないぞ?」
「嘘よ! 絶対に嘘! そんなこと言って優しくしてくれたことなんて一度もないくせに!」
「ミネアは簡単に合格してただろう?」
「バルザックはミネアに甘いのよ!」
「そうだったか? なんだ、そうか、俺はミネアに甘かったのか。それは知らなかった。俺の自覚が足りなかったな。反省しよう」
自分は思わずバルザックとマーニャ嬢の顔を見比べる。以前からバルザックがマーニャ嬢に甘いという話は何度か聞いたが、そう言えばミネア嬢に甘いというのは初めて聞いた気がする。
バルザックはわざとらしく悩ましげな溜め息をついて、座って書面に目を通しているミネア嬢に視線を転じた。
「――と、マーニャは言っているんだが。なあ、ミネアはどう思う?」
「ふーん。だったら、もっと難しくしてもいいんじゃないかしら。私が頭を抱えるくらいの超難問にしてもいいわよ。当然、姉さんも同じ問題を解くことになるわけだけど」
「ミネアまで!?」
裏切り者!とマーニャ嬢が叫ぶ。この場合、自ら墓穴を掘ったことに気付いていないのだろうか。澄まし顔のミネア嬢は素知らぬふりだったが。
「ええっと、クリフト」
「はい、何か」
「ブライの出す問題がどの辺から出されるのか、とか、教えてくれない?」
「自分もその辺りは知らされてはおりませんが」
「それでも、爺やが出しそうな問題は『大体この辺り』ってクリフトなら読めるでしょ。少なくともボクよりは」
なるほど、出題範囲を絞り込むお手伝いぐらいなら不正行為には当たらないか。
「かしこまりました。自分でよろしければ」
「アリーナ、ずるい!」
「使えるものは使うのが王様だって父上が言ってたもん!」
「おい、マーニャ。だったら俺と一緒に勉強するぞ。ブライの爺様と知恵比べだ。むしろクリフトの読みを外してくる方に俺は賭ける。アリーナ姫に甘くしてエンドールで恥をかかせることを選ぶか、ここはアリーナ姫の将来のためにと心を鬼にして厳しくするか。どっちになるか楽しみだ」
「いいの!?」
「……バルザックって、やっぱり姉さんには甘いんだから」
自分は城の侍女を呼んで、先にお茶の支度を依頼しておく。ずっと放置されたままだった姫様の勉強机がようやく本来の用途のために使われるのかと思えば、不謹慎ながら少しは胸が弾む。
自分がかつて知識を詰め込むだけ詰め込んでいた神学校の厳格な静寂とは違う、騒がしくも賑やかな勉学の時間になりそうだった。
ここから数か月ほど時間が飛びます。3ヶ月くらい?