「よくぞ来た! そなたらの事はサントハイム王より聞いているぞ。ようこそ、
玉座から立ち上がり、やや大仰な身振りで歓迎を示すエンドール王。
それは、まあ、良しとしよう。一国の王たる者が自ら軽々しく動くものではあるまいとも思うが、言葉通りに姫様を歓迎しているとするなら、今は目を瞑るべきところではある。
「お初にお目にかかります、エンドール国王陛下。サントハイム王国が第一王女、アリーナと申します。行き届いた手厚いお持て成しに、サントハイム王国を代表し御礼申し上げます」
偶然にもエンドールへの道中で手に入れた金の髪飾りを着け、落ち着いた色合いの緑のドレスを纏った姫様は、今や何処に出しても恥ずかしくない立派な王族の姫君そのもの。外交上の礼儀作法と謁見の口上を忘れずに試験問題に用意しておいて良かったと、苦心惨憺したこの老い耄れの目頭まで思わず熱くなる。
姫様の左右に一歩下がって控えるのは、侍女のように肌の露出を控えた服装のマーニャとミネアの姉妹。これまた元々の素材が良いせいか、実に人目を惹く。エンドールにおいてもこれほど眼福の光景もありはすまい。
「おお! アリーナ姫と言えば我が国にも名高きおてん…ゴホンッ、いや、大変に活発な姫君だと聞き及んでいたが、市井の噂などあてにならぬものだ。実に麗しき姫君であらせられる」
ほう? いま、『おてんば』と言おうとしたな? 謁見の場で姫様を愚弄しようとするなど、この許し難きアホ王めが。
「以前にも手紙を交わしたことがあるとは思うが、この場で改めて紹介するとしよう。我が娘、モニカである」
「初めまして、アリーナ姫。エンドールが第一王女、モニカと申します」
「うんっ……じゃなかった。初めまして! ボク……じゃない、アリーナです!」
ああ、もう化けの皮が剥がれかかっておる。そういえば試験の問題に謁見の際の国王への挨拶は含めていたが、隣国の王女との初対面の挨拶文例までは入れておらんかったか。これは儂の手落ちと言うべきであろうな。
横目で見たクリフトも頬が引き攣りかけておる。もっと勉強させておけばと悔いても遅い。姫様に高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変な対応を求める方が間違っておったわ。
「まあ、ようやく手紙で拝見したアリーナ姫らしいお言葉が聞けたように思いますわ」
だが、戸惑うよりもむしろ楽しげにクスクスと小さく笑ったモニカ姫がエンドール王へと顔を向ける。
「お父様、窮屈な謁見の儀礼はもうお仕舞いにいたしませんか? せっかく年の近い隣国の王女をお迎えすることが出来たのですから、私はもっと親しく語らう時間が欲しいのです」
「そうか。
「ありがとうございます」
「アリーナ姫、よろしければ私がご案内いたしますわ。侍女に軽い茶の用意もさせますわね」
エンドール王の退出を許す言葉を待っていたと言わんばかりにモニカ姫が立ち上がり、姫様へと近づいてくる。
隣国の王族から親しく振る舞われること自体は決して悪いことばかりではないが、思った以上に友好的な態度ではある。
「あ、ええっと……それじゃ、お願いしてもいい?」
「はい。それではこちらへどうぞ。お連れの皆さまも」
エンドールの宮廷にも少なからず人はいるようじゃが、さすがに自国の第一王女が自ら案内を買って出た客人に対して話しかけて歩みを妨げようとするほど無謀な、あるいは考えなしの阿呆はおらんようで、すぐに謁見の間から少し離れた客間に入ることが出来た。
まあ、モニカ姫の側近であろう侍女たちは何人か入室してきたが、それぐらいは甘受するべきところであろうな。
「さあ、これで邪魔は入りませんわ。どうか気を楽になさって下さいませ。この部屋では言葉遣いなど細かいことで咎める者もおりませんから」
モニカ姫が壁際に立つ侍女たちに目配せしながら言った。それで姫様もようやく肩の力を抜く。
「じゃあ、そうさせてもらうね! あーっ、やっぱりボク、こういうの苦手!」
勧められたソファに姫様はポスンと音を立てて座り込み、せっかく櫛で梳いて整えた髪をクシャクシャと掻き回す。それを見守るクリフトめはヒヤヒヤとしているように顔色が落ち着かんが、もうちょっと泰然としておれば良かろうに。
「あ、ええっと、モニカ姫、でいいのかな?」
「もし呼びにくければ、モニカで構いませんよ。私はアリーナ姫と呼ばせていただきますけど」
「ありがとう! こうして話すのは初めてだけど、前にもらった手紙は全部ちゃんと読んでたよ。やっぱりモニカは綺麗で可愛い立派な『お姫様』だった!」
「ありがとうございます。アリーナ姫は心根の真っ直ぐな方だと思っておりましたけど、本当にそのままの方ですのね」
「えへへっ、ありがと! あと、こっちの二人をモニカにも紹介していいかな? ボクの大切な友達なんだ!」
ソファの背もたれ越しに後ろを顧みた姫様が二人の姉妹を左右の手で示す。
「こっちがマーニャで、こっちがミネア。 今はボクの侍女みたいな恰好をしてるけど、本当は
紹介された姉妹はぴったり息の合った仕草で同時に一礼した。
「まあ、私、
驚いたように目を丸くしたモニカ姫は、しかしそこで何かを思い出したように目を伏せる。
「そういえば、キングレオで思い出しましたわ。アリーナ姫、キングレオの新王からの婚儀について話しをされたりは?」
「うんっ、ボクのところにも同じ話が来たよ。やっぱりモニカのところにも話が来たの?」
「はい、キングレオの大臣から」
姫様とモニカ姫はお互いに嫌そうな表情を隠そうともせずに目を見交わした。
「そっかぁ、やっぱりモニカもイヤなんだ。実はボクもだよ! マーニャとミネアはね、前にキングレオの王子と会ったことがあるんだって。すごく陰険そうで粘着質で嫌味な王子だったらしいよ!」
「まあ、そうなのですね。それはとても良いお話を伺いましたわ。お父様は『条件次第では考えても良い』などと、また軽はずみなことを言い出されて。私の体を交易の関税の条件などと引き換えにしても良いと思われてるのでしょうか。失礼な話だと思われませんか?」
「うわぁ、それは酷いね! ボクの父上は、絶対にボクを軽く扱ったりはしないのに!」
マーニャ嬢とミネア嬢も声に出しはしないものの、大きく頷いて同意してみせたり呆れたように首を横に振ったりと、キングレオの新王めとエンドール王の軽挙妄動ぶりにはすっかり四人で意気投合しておる。
「あのね、モニカ。ボクは父上からキングレオの大臣が
姫様の問いにモニカ姫は少しだけ考え込み、壁際に立つエンドールの侍女たちに顔を向けた。
「何か話を聞いている者はいますか? サントハイムは古くからの友好国。また、先だっては砂漠のバザーで盗品などを取り扱っていた不逞な商人を取り締まって下さったおかげで、それらを目当ての怪しげな客も足が遠ざかり、それに伴って我が国の治安も改善しています。その借りをお返ししなければなりません」
侍女たちは互いの顔を見合わせ、やがて一人が一歩前に進み出た。
「実は、先だってキングレオの使節団がボンモールへの訪問を終え、
「修復の手配は?」
「我が国が一方的に修復したのでは、その費用もまた我が国だけが負担することになります。折半とするのか、あるいはどちらかがより重く負担するのか、これにはボンモール側との協議が必要なのですが、その協議に必要な使者の往来そのものがままならぬ状態となっており……」
派遣した使者も途中で足止めを食らっているのか、あるいは険しい山を越える途中で魔物にでも襲われたのか未だに帰ってきておらず、話がまるで進んでおらぬ、か。
「でもさ、それって本当にキングレオの仕業なの?」
「不明です。ですが、キングレオの帰国と橋の不通が前後しているのも事実であり、あるいは関与しているのではと疑う声もございます。問いただそうにも相手は既に海の彼方。書面を船で送って事実確認をしようにも、その返事が戻ってくるのは果たしていつのことになるやら」
侍女の口振りでは疑惑の域こそ出てはおらぬが、まずもって怪しいとは思われているといったところか。
「そう、ですか。だから最近――」
ふと、モニカ姫が小さく呟いた。おそらく自覚はされておられぬであろうが、妙に物憂げな横顔をされておられる。侍女たちも心得顔で何も言わずにいるあたり、どうやらエンドール側では、少なくともモニカ姫の周りでは周知済みと見える。
「モニカ、どうしたの? 何か心配事?」
「え? い、いえ、別に。ただ、ちょっと……お手紙の返事が、なかなか戻ってきていなかったので、もしや何かあったのでは、と」
ふむ?
「じゃあ、ボクが手紙を届けてきてあげようか? ついでに返事ももらってきてあげる!」
ふむふむ?
「で、ですが……」
「大丈夫! ボクにはそういう細かい手はずを整えるのが得意な知り合いもいるんだ!」
なんと、まあ、姫様も積極的に人の手を借りることを覚えられたのは良い傾向なのじゃが、あずかり知らぬところで勝手に仕事を押し付けられるバルザック殿にとっては厄介事以外の何物でもなかろうな。気の毒に。
「ええと、本当によろしいのでしょうか。仮にも隣国の王族を私用で使い立てするというのは……」
「いいの、いいの。ボクとモニカは、もう友達! 友達のためなら、それくらい喜んでやるよ!」
思わず漏れそうになる歎息を儂は噛み殺す。これが姫様の美点でもあり、短所でもあるところじゃ。
「で、では、その……」
恥ずかしげに頬を淡く染めたモニカ姫は、儂やクリフトめの耳を気にするように声をひそめた。
「――ボンモールの第一王子、リック様に」