…いや、まあ、システム的には確かにありえなくもない(不可能じゃない)けどさぁ…そこまでやる?
バタバタバタバタ…!という、実にけたたましい足音がサランの街の宿の階段を駆け上がってくる。
「おや、マーニャか」
「そのようです」
俺が
「バ、バ、バ……バルザック!」
「なんだ」
「一体なんなのよ、あのトルネコって人は!?」
ワナワナと肩を震わせているマーニャに椅子を勧めると、ポスンと腰を下ろして両手で頭を掻き毟る。
「もう、ホンットに信じられないわよ! 自分の目で見ても全っ然わけがわからないわ!」
「だから、何がだ」
「トルネコとオーリンと、エンドールで雇ったスコットっていう傭兵と、あとは私とアリーナとクリフトとブライでボンモールまで運んだの。エンドールから、はぐれメタル鎧を」
「ああ。幾らで売れた?」
メイたちにお使いを頼んだ時と同じく、鍵開け兼荷物持ちのオーリンに加え、かつて偽名として使わせてもらった傭兵のスコットも用心棒兼荷物持ちとして雇い入れて、ルーラ要員のマーニャとブライで高額の防具を転売するだけの簡単なお仕事だ。
原作ゲームにおいては、移動手段であるキメラの翼以外は全部高値で売れる商品を買えるだけ買い込んで行くのが常套手段だった。
「……3万」
「ほう?」
「3万よ! 鎧一つで3万ゴールド! もう、開いた口が塞がらなかったわよ!!」
俺は思わず苦笑した。ゲームでは2倍の買い値がつくかどうかは完全にランダムで、しかも可能性としてはかなり低く設定されているはずなんだが。
「なんなのよ、あの話術。『これを手に入れるには苦労しました』とか『もう二度と手に入らないかもしれません』とか、ボンモールの城の役人を相手に大法螺を吹きまくって、最初の一つを売りつけたら次は『さっきはこれだけの値段をつけてくれたのに、今度は安く買い叩かれるのですか。ああ、なんということでしょう。これでは妻と幼い息子を残して首を吊らなければ』って泣き落として!」
口真似をするマーニャの表情を見ているだけでも、トルネコの口車はよほどに真に迫っていたのだろう。さすがに本職の商人は俺などとは役者が違う。
「最後には『もうこれで最後ですから! この最後の一つを売り切ってしまわねば家で帰りを待っている妻に顔向けできません!』って役人の目の前で土下座までしたのよ!? 根負けした役人が無表情で黙って3万ゴールドを積み上げて、それを満面の笑顔で嬉々として革袋に仕舞い込んでいくのが怖くて怖くて、とても見てらんなかったわよ!」
俺は思わず失笑した。エドガンも喉を震わせている。ボンモールの役人には悪いとは思うが、これが笑わずにいられるものか。
「たった一日よ!? エンドールとボンモールをちょっとルーラで往復しただけで、たったそれだけで7万5千ゴールドが15万ゴールドに増えたの! 嘘みたい! 見ていたアリーナもクリフトもブライも呆然としてたわ!」
トルネコ、オーリン、スコット、クリフトとアリーナで鎧を一人一領ずつ運んで、全部で5つ。ゲームではアイテム欄さえ空いていれば一人8つまで運べるが、まあ現実には全身鎧を一人で同時に複数運ぶというのは難しいだろう。
「こういうのも錬金術と言って良いんでしょうかね、先生」
「うむ、錬金術の本来の目的からは外れてしまっているが、一面的には間違ってはいないだろうな」
レイクナバの街からトルネコを連れてボンモール城のリック王子に接触してもらい、夜の森で王子にアリーナがモニカ姫からの手紙を渡し、返事を受け取る。
そのままルーラでボンモールとエンドールを往復し、リック王子からの手紙をモニカ姫に渡し、今度はエンドール王からの手紙をボンモール王へ。
戦争という手段に訴えずとも無血かつ合法的にエンドールを乗っ取れると有頂天になったボンモール王は、城の地下牢に投獄されていたレイクナバの街のトム爺さんの息子に恩赦を与えて欲しいと願い出たトルネコに褒美を与えることを二つ返事で了承した。
最後にレイクナバの街に戻ったトム爺さんの息子から犬のトーマスを借り、狐ヶ原で化け狐を追っ払って建築家ドン・ガアデを解放して橋を修復してもらう。
原作ゲームでは一瞬で橋が直っているのだが、現実にはそうもいかない。今は橋の修復工事が終わるのを待つまでの間に、エンドールでトルネコの店舗兼住宅を購入するための資金集めをしているところだった。
スポンサーはサントハイム王家だけあって、原作ゲームにおける換金アイテムである銀の女神像を取りに行くまでもなくとんでもない金額が一瞬で稼げてしまったのはトルネコの話術によるものだが。
「私、もう賭け事なんて二度とやらないわ。あんなの見たらカジノでせせこましく小銭を賭けるなんて、てんで馬鹿馬鹿しいわよ。それこそトルネコにお金を預けて儲けてもらった方がずっといいわ」
「それはいいな。お前がそんな風に正しい経済観念を身につけてくれたのなら、わざわざ同行させた甲斐もある」
酒癖の悪さとギャンブル狂の部分は原作ゲームにおけるマーニャの大きな欠点だ。そのせいで妹のミネアも苦労させられていた。今のうちにそれを矯正しておけるのならそれに越したことはない。
「あと、クリフトから言付け。『サントハイムからの貸与は、これをもって完全に弁済されたものと見なします』だって」
「律儀なことだ」
「借りてたの?」
「サランの街で身躱しの服と理力の杖を買う時に、ちょっと前借りをな。元々アリーナは
サントハイム王家からの保護を
「それで、オーリンたちは?」
「オーリンはスコットと一緒に、レイクナバの街に。ルーラのおかげで本来の護衛の仕事が全然できてないから、せめてトルネコの家でエンドールに引越すお手伝いをしてくるって。何故かわからないけど、アリーナたちもトルネコの奥さんと子供に挨拶してくるって言ってたわ」
「……」
俺は頭を掻いた。アリーナの発案、ではないだろう。いや、アリーナ自身は本当に単なる挨拶だけのつもりかもしれないが。
「そうか」
「何かあるの?」
「俺たちに直接の関係はないだろうよ。今後
マーニャは小首を傾げた。
「エンドール…が? でも、ボンモールがエンドールを乗っ取るんじゃないの?」
「血筋としてはそうかもな。リック王子が次のエンドールの王になる。だが、実際に財布を握っているのは
俺を見るマーニャの目がだんだんと冷たくなっているような気がしないでもない。
「つまりバルザックはカジノの胴元みたいなものね。例え百人の客のうち一人が大勝ちしても、残りの99人から金を抜いて儲けるだけだもの。サントハイムから借りてたお金を返すのに、ボンモールの財布から抜いた金をあてるなんて」
「人聞きが悪い言い方をするな」
「私が禁酒してて良かったわね。そうでなかったら口止め料としてエンドールで一番高い酒を要求してたわよ」
マーニャがチラッとエドガンの方を見る。髭を撫でながら師は穏やかに微笑んでいる。そのことに安堵とも落胆ともつかない吐息を微かに漏らす。まだ養父の死期が差し迫っていないことへの安堵。まだ養父の容態が回復していないことへの落胆の両方がそこには滲んでいる。
「そういえば、ミネアは?」
「部屋で勉強しているぞ。お前がルーラを使えるようになったから、自分も新しい魔法を、ということなんだろうな」
レベル的にも、マーニャがルーラに手が届いたのならミネアもバギを習得する頃合いのはずだ。
欲を言えばマーニャがベギラマを、ミネアもベホイミを使えるようになれば戦力は大幅に上がるのだが。さすがに今は無いものねだりか。
「ああ、ミネアで思い出した。今、二人とも理力の杖を持ってるだろう」
「ええ。それが?」
「トルネコがエンドールに引っ越して来たら、トルネコの奥さんのネネに渡して2本とも売ってもらうと良い」
「へ?」
「下手をしたら2本分の差額だけで新しい理力の杖を買えるほど高値で売ってくれるぞ」
「えええ!?」
まあ、それが出来るのも仕入れ役のトルネコがエンドールに留まっている間だけという、原作ゲームではごく短い時間だけなんだが。
「な、な、な……何よ、それ!?」
「お前がキングレオから持ち出してきた踊り子の服も、思い出の品として大切に取っておいても別に構わないが、もし新しくするのならネネに頼んで高く売ってもらえば、楽に新調することができるぞ。エンドールなら宝石や布地を扱っている店も多いだろうし」
「武器だけじゃないの!?」
開いた口が塞がらないマーニャは、『夫婦揃って化け物なの?』と、ひどく失礼な感想まで呟いている。
「サントハイムからの借りがなくなったってクリフトが証明してくれたんだから、今お前が使っている身躱しの服も売ろうと思えば売れる。オーリンとミネアも一緒に連れていって、ありったけの持ち物を売れるだけ売って作った金で、今度ははぐれメタル鎧を仕入れて、それもネネのところに持ち込めば……」
ルーラを使う必要さえもない。同じエンドールの街を行ったり来たりするだけで、文字通りに無限に金を増やすことも可能だ。まあ、無限と言うのは少しばかり言い過ぎだが。
「……」
ポカンと口を開けたまま呆然としているマーニャは、やがて我に返ったようにブンブンと頭を振った。
極めて効率的で安全な利殖法を教えられて喜びを露わにするのかと思いきや、その顔はむしろ蒼褪めてすらいる。恐怖と、そして嫌悪に近い表情だ。俺は思わず小首を傾げた。
「…バルザック」
「うん? どうした?」
「この前、言ってたでしょ。お金って
「ほう?」
黙って話を聞いていた
「どうしてそう思ったんだね、マーニャ」
「だって、お父様。お父様と一緒に、コーミズ村で暮らしてた昔を思い出したの。毎日オーリンと皆は、汗水を垂らして畑で働いてた。きっと今だって、私に羽根帽子をくれた子はお父さんと一緒に頑張ってるのよ? なのに、こんなに楽に稼げることを覚えちゃったら、誰も働こうだなんて思わなくなるわ。それって、なんだか、コーミズ村の皆と、あの子を馬鹿にしているみたい」
自分で自分の体を抱き締めるようにして、マーニャは吐き捨てた。
「もしそうなったら、あのキングレオの王子と何が違うの? 自分で努力して、自分だけの力で強くなるだけの自信もないからって、『進化の秘法』に頼る。自分で真面目に働いて、自分の力だけで稼ぐことも出来ないからって、トルネコと奥さんに頼る。私は、あんな最低最悪のクソ王子と同じにはなりたくないわ」
俺は思わずマーニャの頭をクシャクシャと撫でた。そうせずにはいられなかったのだ。
「エドガン先生」
「どうした?」
「あの囀りの蜜で作った蜂蜜酒を開ける時は、必ず俺も呼んで下さい」
誰だって努力が貴いものだと頭ではわかっている。努力して何かを手に入れることには価値があるとわかってはいる。しかし、楽に稼げるのなら、結局はそちらを選ぶ。誰だってそうする。俺は無意識にそう思い込んでいた。
だけど、そうじゃなかった。こんな風に、甘い誘惑をちゃんと撥ね退けられる人間だっているのだ。マーニャには色々と欠点もあるが、こんな風に自分をしっかりと保てるのは、本当に大したものだ。さすがは勇者の仲間だ。
――いや、違うか。勇者の一行だの、『導かれし者たち』だの、そんなことは関係ない。マーニャは。俺の
「ははは、そうか。うむ、その時は忘れずにお前も呼ぶとしよう」
上目遣いで見上げてくるマーニャに、俺は笑いかけた。
「約束だぞ、マーニャ。お前が先生と祝杯を挙げる時は、必ず俺も呼べよ」
「…うん」
あと1話か2話くらいで第五章および第二部は終わります。